
私の意外と好きなゲゲゲの鬼太郎キャラクター 厳選3妖怪
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雪女
雪の夜に現れる有名な妖怪。
約束を破ると冷たい風になって相手を殺す。昔話では人間と結ばれ子供もできている。
「ゲゲゲの鬼太郎」原作では、「雪ん子」に登場し、雪男、雪ん子らとともに吹雪を起こし人間の魂を奪っていたため、鬼太郎に退治される。 アニメでは、上記をアニメ化した「ゲゲゲの鬼太郎(1968)」の第48話『雪ん子』、「ゲゲゲの鬼太郎(1985)」の第15話『冷凍妖怪雪ん子』、「ゲゲゲの鬼太郎(1996)」の第58話『冷凍妖怪・雪ん子!』、ゲゲゲの鬼太郎(2007)第7話『燃えろ!目玉おやじ』に登場する。
「ゲゲゲの鬼太郎(1985)」:第15話『冷凍妖怪雪ん子』において、雪男、雪ん子らと共に人間を凍らせ魂を奪っていたが、化け火?の力をかりた鬼太郎に倒された。第94話『高熱妖怪ぬけ首』では、高熱化したぬけ首?を冷ます為に鬼太郎と敵対関係にありながらも、一時協力する。雪ん子やつらら女ら冷凍妖怪と一緒にぬけ首の頭に冷気をかけた。この時、他の二人は黙って冷気をかけていたが、雪女だけツンデレっぽい台詞をはいていた。
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かわうそ
能登(石川県)の妖怪。
20歳前後の娘や碁盤縞の着物を着た子供に化ける。「誰だ?」と言うと、人なら「オラヤ」という所を「アラヤ」と答えるので判別が出来る。また、「お前はどこのもんじゃ?」と聞くと「カハイ」と答えると言う。
鬼太郎の古い友人。「オべべ沼の妖怪」において、ひもじい生活に耐え切れず、人間をだまして金儲けしていた。
なお、かわうそは複数の個体がいるようで、各話に登場するかわうそが同一人物なのかは不明。鬼太郎に友好的な者いればよく思っていない者もいるらしい。
第71話『オベベ沼の妖怪!』に登場。ねずみ男を騙すペテンの腕をぬらりひょんに買われ、キタロンZなる栄養ドリンクをインチキ商売して荒稼ぎするが金を持って逃亡、追手から逃げる途中で滝に落ちたところを老人に助けられる。老人はカワウソのことを自分の孫(光太郎)と思っていた。ひとまず老人の家で追手をやりすごすつもりだったが、家に息子の借金取りが現れる。自分は関係ないとその隙に逃げ出そうと思ったが悩んだ末に今迄せしめた金で借金を返済する。もともと寂しかったからこそペテンをやっていたカワウソにとって老人の親切はかけがえのないものとなっていた。なぜこんなこと(返済)をしたのか自問している時、追手のぬらりひょんが現れる。鬼太郎が現れぬらりひょんを撃退したあと、カワウソには罰としてもうすこし老人の相手をしてやってほしいと命じた。良い話である。
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縁切り虫
水木しげるオリジナルの妖怪。
人の縁を切るばかりでなく、国と国との縁まで切ってしまうという恐ろしい虫。目玉の親父によると過去の大きな戦争の影にはこの虫がいたとのこと。この虫を使って金儲けを企んだねずみ男は、濃沼という男と手を組んで兵器会社の株を買う。そして縁切り虫を国際平和会議に忍ばせ、各国の代表に噛みつかせて戦争を起こし、兵器会社の株が急騰したところで一気に売却しようと企む。
ゲゲゲの鬼太郎 誕生の経緯
1933年から1935年頃にかけて、民話の『子育て幽霊』を脚色した、伊藤正美作の富士会の『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』という紙芝居が存在し、『黄金バット』をも凌ぐほどの人気であった。 1954年、紙芝居の貸元である阪神画劇社と紙芝居作者として契約していた水木は、同社社長・鈴木勝丸に前述のハカバキタローを題材にした作品を描くよう勧められた[1]。作者承諾の上で、水木はオリジナルの紙芝居『蛇人』『空手鬼太郎』『ガロア』『幽霊の手』の4作を仕立てた。これが鬼太郎シリーズの原点である。 だが、奇抜な展開で評判を呼んだ『空手鬼太郎』を除き、鬼太郎シリーズはそれほど人気が出ず、それ以降は製作されなかった。[2] その後、貸本漫画家に転身した水木は、1959年に兎月書房発行の怪奇短編マンガ誌『妖奇伝』に「幽霊一家」を発表。ここで現在の鬼太郎の基礎が定まる。この時期の鬼太郎はまだ人間の味方ではなく、関わった人々に怪奇な結末をもたらす不吉な少年という位置づけであった。『妖奇伝』第2号には第2作「幽霊一家 墓場鬼太郎」が掲載されるが『妖奇伝』は一般には全く人気が出ず廃刊になった。ただ、鬼太郎シリーズは熱心な読者からのファンレターがあり、1960年に同じく兎月書房から『墓場鬼太郎』と題した怪奇短編マンガ誌上で、「地獄の片道切符」(第1巻)「下宿屋」(第2巻)「あう時はいつも死人」(第3巻)などのシリーズ諸作が発表された。[3] それまで水木は兎月書房の専属に近い形だったが、経営難の兎月書房からは原稿料が一切支払われなくなり、憤慨した水木は長井勝一の三洋社に移籍。『鬼太郎夜話』シリーズ「吸血木と猫娘」「地獄の散歩道」「水神様が町にやってきた」「顔の中の敵」を順次発表した。以前に書いた「幽霊一家」から「顔の中の敵」までは一連の物語になっており、後年、ガロ版「鬼太郎の誕生」及び『鬼太郎夜話』としてリメイクされている。しかし、5冊目「カメ男の巻」を出す段階で三洋社の社長が入院、そのドサクサで原稿が行方不明となり、「カメ男の巻」は幻の作品となってしまった。 一方、兎月書房は『墓場鬼太郎』の発行を続け、鬼太郎シリーズの続編を竹内寛行に描かせていた。やがて水木は兎月書房と和解し、1962年には読切作品『怪奇一番勝負』『霧の中のジョニー』を描く。しかしその後、兎月書房も倒産。水木は1964年に佐藤プロで、読みきり作品『おかしな奴』、『ボクは新入生』、『アホな男』を発行。桜井昌一の東考社でも『霧の中のジョニー』の続編と予定されていた『ないしょの話』を発行した。なお、鬼太郎はこの頃には、後の少年誌に登場する親しみやすいキャラクターへと変貌している。
メジャー化
1965年、劇画路線を推進していた『週刊少年マガジン』で読み切り作品『墓場の鬼太郎』「手」が掲載された。当初は不定期掲載で人気も出ず、3話で打ち切りを検討された。だが夏休みが終わる時期に、当時の貸本読者や大学生たちからの激励の葉書が届き、打ち切りは回避された。 当時、『週刊少年マガジン』の編集長だった内田勝の著書『「奇」の発想』によると、『鬼太郎』はずっと読者投票の最下位で、人気獲得のためにアニメ化しようとも試みられたが困難を極め、友人である東映の渡邉亮徳(当時の東映常務取締役テレビ事業部長)に相談したところ、「妖怪もので、タイトルが墓場ではちょっと……スポンサーが付かないから、時間をかけてじっくりと行きましょう。」と説得された(結果として『悪魔くん』の実写ドラマ化が先行)。 『悪魔くん』の成功により、水木しげるが人気作家になったため、1967年からは正式な連載作品となる。内容も「怪奇物語」から「正義の鬼太郎が悪い妖怪を退治する」という少年誌向けの内容に変化。徐々に人気を増していった。妖怪という言葉がひんぱんに用いられる様になったのもこの頃からである(貸本時代にはほとんど使われていなかった)。貸本時代の作品のリメイクも多く、「霧の中のジョニー」を「吸血鬼エリート」に、「おかしな奴」を「陰摩羅鬼」に、「ボクは新入生」を「朧車」に、「ないしょの話」を「大海獣」にと、多少内容をアレンジして再執筆している。また怪獣映画さながらの「大海獣」や「妖怪獣」、「毛羽毛現」の恐竜、「白山坊」のモスラのような容姿の巨大蛾などが登場するのもこの時期の特色である。 やがて安定した人気を得た本作は1968年に、タイトルを『墓場の鬼太郎』から『ゲゲゲの鬼太郎』にかえることでスポンサーの了解を得て、テレビアニメ化を果たす[4]。それに合わせて1967年『少年マガジン』11月12日号から作品名を『ゲゲゲの鬼太郎』と改題された。 またアニメ化に伴って、少年漫画誌のみならず講談社の『たのしい幼稚園』などの幼年誌への連載も始まる。鬼太郎は子供たちのヒーローとして活躍する一方、貸本時代からのファンや青年向けに『月刊ガロ』で貸本時代のリメイク「鬼太郎の誕生」や「鬼太郎夜話」、『週刊宝石』にはベトナム戦争を題材にした「鬼太郎ベトナム戦記」などの劇画作品にも登場した。 1969年、人気絶頂の最中に『少年マガジン』の連載が終了。翌1970年の『別冊少年マガジン』7月号では連載終了の作品の主人公を描く「その後のまんがスター」という企画があり、南方に渡り最後は平和に暮らす鬼太郎という「その後のゲゲゲの鬼太郎」が掲載された。
長期シリーズ化
連載やアニメの終了後も人気は衰えず、1971年に再びテレビアニメ化された事に合わせて、小学館の『週刊少年サンデー』で新作が描かれた。このシリーズでは『少年マガジン』においてゲスト妖怪として登場していた猫娘と設定は同じものの容姿が微妙に違う猫子というキャラをレギュラーとして登場させている。 少年サンデーの連載終了後は、1976年に双葉社の少年アクションに『鬼太郎の世界おばけ旅行』で諸外国で冒険する鬼太郎の活躍が描かれた。1977年には週刊実話にて『続ゲゲゲの鬼太郎』『新ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』『新ゲゲゲの鬼太郎』が連載される。これらは青年となった鬼太郎の物語で、チャンチャンコをやめて縞模様のセーターを着用している。なお『続』以降の週刊実話での作品は『その後のゲゲゲの鬼太郎』というタイトルで扶桑社より文庫化された(別冊少年マガジン掲載の短編『その後のゲゲゲの鬼太郎』とは無関係)。
近年の動向
1985年夏にフジテレビの「月曜ドラマランド」で実写版「ゲゲゲの鬼太郎」が放映され、またその年の10月からはアニメ第3シリーズがスタート、玩具メーカーや出版社とのタイアップ、原作の現代風アレンジなどで、本シリーズは大人気を博した。結果、同時期に再び週刊少年マガジンで新作(俗に『新編ゲゲゲの鬼太郎』と呼ばれる)を、終了後は掲載誌を移動し月刊少年マガジンで『ゲゲゲの鬼太郎 地獄編』が連載された。また水木自身の筆ではないがコミックボンボンにて『最新版ゲゲゲの鬼太郎』(以下『最新版』と略)が水木プロの作画により連載された(『最新版』の単行本は当時に第20話までを収録した4巻まで出たが、21話以降の4話分が収録されず、また再版もされず未だ商用単行本としては未完)。またこの頃には新レギュラーとして"シーサー"が登場する。アニメ版が長期化したことから、掲載されたばかりの新作も逐一アニメ化されていき、シーサーもアニメレギュラーキャラクターとして取り上げられた。 アニメ終了後、1990年からはコミックボンボンで『鬼太郎国取り物語』が連載スタート。勧善懲悪のわかりやすいストーリーながら、当時のバブル時代の社会風刺を上手くからめた作品となった。また連載中に本作を元にした4度目のアニメ化の話が持ち上がったが実現せず、4期アニメは子どもたちの間に学校の怪談ブームが起こった1996年開始となった。 1996年、ビッグゴールド誌において、久々に『鬼太郎霊団』第一話が掲載される。鬼太郎たちはこの世のバランスを司る調停者であるという、新解釈シリーズの予定だったが、キャラクター版権の都合で一回で休止。第二話は翌年漫画サンデーに掲載され、これが現状最後の水木による鬼太郎漫画作品となる。 現在は連載作品としては休止状態にあるが、各種イベントなどのために作者(及び水木プロ)がイラストなどを描き下ろすことが稀にある。 水木本人は現在、復刊された文庫版「墓場の鬼太郎」の帯に「かびくさいマンガです…」と、やや自嘲的なことばを寄せている。
派生漫画作品
2004年には「コミックボンボン」でほしの竜一作画による「ゲゲゲの鬼太郎R 妖怪千物語」が連載され、連載終了後から2007年に第5期アニメ化に際して「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪千物語」と題し設定を若干変更して再び連載されている(なお、第5期アニメのキャラクターデザインやストーリー構成に影響した点も見られる)。一時期Rとしてのボンボン連載時での鬼太郎の表紙絵の髪の色が銀髪になっていた事がある。恐らくコナミでの原作鬼太郎の色に合わせて銀髪に変えられたと思われる。その後はアニメ化に合わせた形で表紙では茶髪になっている。なおボンボン休刊のため、その後のほしの版はテレビマガジン(増刊など)で連載していたが、第5期アニメ休止に伴って連載も一旦休止となり、アニメ再開を待つことになった。
登場キャラクター
「ゲゲゲの鬼太郎の登場キャラクター」を参照
映像化作品
本作は過去から現在に至るまで不定期的に映像化されているが、テレビ番組と して製作された作品は一貫してフジテレビで放映されており、フジテレビと東映が製作している。2007年4月には松竹によって初めての劇場版実写映画化が成され、全国ロードショーされた(後述)。 2008年1月からは『ゲゲゲ~』の原形的作品である『墓場鬼太郎』がアニメ化され、フジテレビ系深夜アニメ枠「ノイタミナ」にて放送開始されている。(詳細は別項を参照)
<テレビドラマ> 月曜ドラマランド ゲゲゲの鬼太郎 1985年8月5日19時30分 - 20時54分フジテレビ系放映。 ラスボスとしてのぬらりひょんや人間のヒロインの登場などテレビアニメ3作目以降の要素を最初に盛り込んだ作品である、また原作に先駆けて砂かけ婆が砂太鼓を使う(劇中で説明がなく唐突だった為原作での登場まで詳細不明であったのだが)。ボスのぬらりひょんは人間変身時は女性という設定で、「ボンデージ姿の夏樹陽子VS鬼太郎」という奇妙な戦いが前座的に繰り広げられた。その後の霊界での戦いは東映が製作に関わっている故か、異世界を想定した採石場で戦ったり、宇宙刑事シリーズの様であった。 長らく市販ソフト化されず“幻の作品”化していたが2007年8月3日にDVD化。22年越しの初ソフト化となった。
<キャスト> 鬼太郎:六浦誠 ねずみ男:竹中直人 子なき爺:赤星昇一郎 砂かけ婆:由利徹 目玉親父の声:田の中勇 一反木綿の声:増岡弘 関京子:奏暎花 京子の父:石山律雄 京子の母:木村有里 ぬらりひょん:夏樹陽子 ぬらりひょんの声:桑原たけし 吸血鬼エリート:佐渡稔 おっかむろ:汐路章 あみきり:うえだ峻 おっかむろ・あみきりの声:西尾徳 生命接着係:高橋利道 霊界郵便配達夫 水木しげる スタッフ 企画:前田和也、吉川進 プロデューサー:西村政行 プロデューサー補:日笠淳 音楽:馬飼野康二 脚本:山崎晴哉 アクション監督:金田治 監督:小林義明 撮影:瀬尾脩 キャラクター制作:レインボー造形企画 合成:チャンネル16 ビデオ合成:東通ecgシステム 助監督:大井利夫、近藤杉雄 小ネタ
水木ロード郵便局 境港市関連 宝塚ファミリーランド 宝塚市の阪急沿線にあった遊園地で最も早く鬼太郎をマスコットキャラクターとして扱っていたと言われている。毎年、夏毎に鬼太郎をテーマとしたお化け屋敷を開設し、遊園地の目玉としていた。また、その際TVコマーシャルにオリジナルのアニメを作成し、アニメ版が第3期に入り鬼太郎、ねずみ男役が戸田恵子と富山敬に交代した後も、初代の野沢雅子と大塚周夫を起用し続けた。現在は閉園。 水木しげるロード 水木の故郷である鳥取県境港市の境港駅を出て東側に延びる商店街には「水木しげるロード」がある。ロードに沿って妖怪オブジェが並び、水木ロード郵便局(既存局を改称)もある。境港市の七つの郵便局で「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターが入った風景印を押印することもできる。設置されていた86体の妖怪を100体にするために1体100万円としてスポンサーを募集し、2006年には120体となった。水木しげるロードの最終地点には「水木しげる記念館」も開設されている。 住民票 鳥取県境港市では、住民票等の用紙にゲゲゲの鬼太郎や仲間の妖怪のイラストを透かしで入れている。ちなみに、境港市以外の住民でも、住基ネットに接続している自治体に住民票を置いていれば、この用紙で住民票(正確には写しの交付)を取ることができる(有料。申請時に運転免許証などの公的証明書が必要)。 また境港市の他、東京都調布市役所では鬼太郎の住民票を無料で配布している。これは鬼太郎の現住所や本籍(鳥取県境港市である)、住民となった年、ファッションなどが記載されており、希望者は調布市役所本庁舎または調布市役所神代出張所でひとり何枚でももらうことができる。 霊番ホーム JR西日本境線の列車の一部には、鬼太郎たちがラッピングされている。また、境港線の始発駅である米子駅境港線ホームは0番線だが、それをもじって「霊番ホーム」と表記されていた。しかし、2005年4月25日に発生したJR福知山線脱線事故を受けて、「多くの死傷者が出たのに『霊』の字は好ましくなく、事故関係者の心情に配慮する必要がある」との判断で同年5月に自主的に撤去された。JR西日本では当初、鳥取県や沿線自治体と共同で境線各駅に妖怪名の愛称をつけたり、妖怪にちなんだ装飾を駅に施す「妖怪路線化」事業を計画していたが、これについても「霊番ホーム」と同様の理由で当初予定していた2005年7月15日から11月3日に延期した。 鬼太郎バス 日本交通の高速バス(米子-大阪、京都、広島)・貸切バス、境港市のコミュニティバスはまるーぷバスで鬼太郎バスが運行されている。(同じく鬼太郎バスを称する調布市のコミュニティバスも存在する。下記参照) 鬼太郎タクシー わかとり交通(鳥取県境港市)で鬼太郎タクシーが運行されている。 鬼太郎フェリー 隠岐汽船(境港・七類-隠岐諸島)で鬼太郎フェリーが運航されている。 鬼太郎像 2006年7月13日、鳥取県境港市にある「大漁市場なかうら」で左手にズワイガニを抱え、右手を振っている日本一巨大な7.7メートル、90トンの鬼太郎像が完成する。 ガイナーレ鳥取 2011年よりJリーグに参入するJ2のサッカークラブ。鬼太郎とぬりかべがマスコットキャラクターになっている。サブキャラクターからぬりかべが採用されたのは、サッカーのゴールキーパーのイメージに合っているからとのこと。 ゲゲゲの鬼太郎カード(山陰信販株式会社) http://www.san-inshinpan.co.jp/credit/gegege_card.html 鬼太郎飛行機 鬼太郎が描かれたYS-11 2008年に境港市に所在する航空自衛隊美保基地が開庁50周年を迎えて、同基地に所属するC-1輸送機・YS-11輸送機・T-400練習機に一反木綿に乗った鬼太郎が描かれた。 米子鬼太郎空港 2010年4月より境港市の米子空港の愛称を米子鬼太郎空港とすることを決定している[5]。2006年頃から利用促進懇話会と市観光協会共同で提唱しキャンペーンを続けていた。 その他諸々 社会風刺や哲学思想の濃い大人向けの漫画であり、最初に『週刊少年マガジン』に掲載された時には、当時勧善懲悪の少年漫画や児童漫画が主流だったため連載開始数話で打ち切りが決定するが、大学生からの「鬼太郎のおかげで漫画を卒業せずにすみました。」という手紙で免れたという逸話がある。 観光バスや飛行機の座席に備えてあるエチケット袋(吐寫物用の袋)を、俗に「鬼太郎袋」と呼ぶ(「ゲゲゲ」だけに。『ちびまる子ちゃん』から登場した語。正式な名称ではないので、「鬼太郎袋」といっても通じないこともある)。 東京地下鉄千代田線の主力車輌である6000系は、デビュー時は珍しい左右非対称の前面デザインを採用し、それが片目の様に見えることから「ゲゲゲの鬼太郎」という愛称が付けられたことがある(但し、現在は鉄道ファン相手でも通じない場合が多い)。 愛・地球博会場内に「水木しげるのゲゲゲの森」という店舗が出展された。 鬼太郎ヘアーが確立。髪を伸ばして思いっきりアシンメトリー(非対称)に分ける髪型のことを指す。当初『鬼太郎バング』と名付けられたが、『鬼太郎ボブ』と言う髪型もある。これは、ウェーブやカールなどでふわふわしたイメージの鬼太郎バンク(ボブ)のことを指す。また、寝癖などで髪の毛が立っていると、妖怪アンテナが立っているといわれる。 作中で度々登場するメガネの男は作者が世話になったという桜井昌一がモデル。大抵は大人だが子供で登場するときもある。河本準一(次長課長)は彼のモノマネを得意芸としている。 1998年に放送されたスズキのコマーシャルではきたろうが本作の主題歌『ゲゲゲの鬼太郎』の替え歌を歌っていた。 江戸東京たてもの園内にはパンフレットに載っていない鬼太郎の家がある。 2006年8月11日の25時-27時にニッポン放送にてゲゲゲの鬼太郎のオールナイトニッポンが放送された。 ミュージシャンの桑田佳祐は、いずみたく作曲のアニメ版オープニング曲を最高の名曲と絶賛しており、渋谷ハチ公前でゲリラライブを行った時、一番初めにこの曲を弾き語りした。 たけし軍団のダンカンはビートたけしから名前を命名してもらう時に、不清潔だったことから「ねずみ男」か「ふんころがし」にしろと言われ、「ふんころがし」を選び、一時そう呼ばれていた。 バンド・人間椅子のベーシスト鈴木研一は、ねずみ男の衣装で演奏を行っていたことで知られている。 水木しげるのゆかりの地、東京都調布市のコミュニティバス調布市ミニバスには「鬼太郎バス」の愛称がつけられ、鬼太郎と鬼太郎ファミリーのイラストでラッピングされている。仙川駅発着の鬼太郎バスは外装だけでなく、料金箱にも目玉オヤジのステッカーが貼られている。(仙川発着系統は一般車輌で代走の場合あり。) FC東京のホームゲームで、『ゲゲゲの鬼太郎』とコラボしたイベント「ゲゲゲの鬼太郎Day」が年一回行われている。 2010年3月29日から放送の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」(NHK)のオープニング映像の中にアニメーションの鬼太郎やねずみ男などが登場している。また、作中での『ゲゲゲの鬼太郎』アニメ化のエピソードでは実際のアニメの映像が使用された。