あおぞら




 朝のあいさつもそこそこに御柳はいった。
、あのね話があるんだけど」
 そして私は座らせられた。屋上の、フェンスに寄りかかるように。一限そうそうさぼりにくる子もいないので閑散とした、さびしい屋上。そんな中で私は手をこすり合わせたりして、口を一文字に結んでまっすぐ正面をみている御柳と一緒にいる。あたたかいところにいきたい。
「それで」白い息をはきながら私。
「なんでしょうか?」
はおれの名前をしっていますか?」
 御柳は結んでいた口を離し、ゆっくりと重々しくいう。
 オレの名前を知っていますか?外国語の基本文に出てきそうな、しかし日常会話にありえない文を理解するのに、たっぷり時間が必要だった。
 たっぷりとした時間がすぎ、
「はい?」しげしげと御柳を見上げれば、
「名前、しってますか?」
 もう一度、とても真面目に御柳がいう。
「御柳芭唐でしょ?」
 問われるまま答えれば、御柳はまっすぐを向いたまま頷く。御柳の視線上にはただ空誰があるばかりだった。さっきから交じわない私と御柳の視線。
「そうです」
「そうよね」
 つられて私も頷く。首をかしげながらも、頷く。
「じゃあ、次に聞きますけど」
「はい」
「じゃあ、はどうしてオレを名前で呼んでくれないんでしょうか?」  また、間があった。
「もしかして」
「はい」
「それでさっきから様子が変だったの?」
「だって。名前って大事だよ?」
いいながら御柳は体を完全にこっちにむけた。会話を始めて10分してやっと顔を向き合わせる。
「オレはのことって呼ぶけど、はオレのこと御柳とか御柳くんとかよぶじゃん」
「でも御柳だっては時々苗字で呼ぶときある」
 ――でしょ。などといえる雰囲気でないことにやっと気付く。そのため、途中まで吐き出された言葉はそのまま中途半端なまま終わる。
  そりゃ、時と場所と機会と雰囲気よってよび方は変わるけどさぁ。ぶちぶちと御柳…いや、御柳芭唐くんはつぶやいている。さすがに年賀状も加賀、今年もよろしく。なんてしょげマス。なんて数ヶ月前のことすらいってくる。
「ちっさい時はバカラちゃんで、いつの間にかバカラ君になって、そのうち御柳とか御柳くんですよ、サン」
「時と共に呼び方って変化するわよ」
「役割と共によび方も変化してもいいと思うよ。オレは」
 俺たちつきあってんじゃないんですか。それを聞いていないふりをしながら、私は思う。弁解みたいなことを私の中でだけ思う。指がかじかんできている。あったかいところにいきたいと思いながら、思う。
 結局ぶっちゃけると、名前をよぶのになれていないのだ。急に呼び方を変えるのも、意識しているようで嫌だ。……これ以上は思うだけで恥ずかしいから思わないけれど。
 一時間目を知らせるチャイムが空気を伝って聞こえてきた。朝のとがった空気にぼんやりと響いてくるチャイムの音。
「―――御柳」
 そのチャイムの余韻がまだ残る間に私は口を開く。御柳は答えない。小さく私はため息をつく。
「バカラクン」と呼べば、
「なに」返事が返ってくる。
「今年度の目標としては五・一の割合として始めたいです」
「五が名前?」
「いえ、五が苗字の方向で」
「…………………」
「…………………」
「三・一で」
 指を三本たてて、御柳がいう。
「いや、五・一で。芭唐くん」
 私はひらひらと五本の指を動かす。ぐっと御柳がつまる。それをたたみかけるべく、五・一でミヤナギクン。と私は硬く発音をする。
 すれば、
「…わかった。五・一で」
 やはり御柳はおれた。
「それでね、バカラ君」
「うん」
「いい加減、寒いから」
「うん」
「どっか暖かいとこにいこう。御柳」
いえば、
「……。それ最低だよ」
 そう返された。