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<09年 9月14日> デジカメ高画素数崇拝について(「デジカメに1000万画素はいらない」(たくき よしみつ氏著)を読んで)

 たまにはサイトのタイトルの一部である写真についても書かねばと思い、まずはかねがね思っていたことをズバリ書いてある本に出会ったのでその内容を一部引用しながら紹介します。

 最近はカメラといえば、デジカメが当たり前の時代でフィルムカメラはフィルムメーカーの撤退やらで絶滅寸前です。(レンズ付きフィルムを除く)
 そのデジカメもコンパクトカメラから、一眼レフへと市場の勢いは移行しており、ムービー撮影機能やチルト式ビューファインダー等、各社製品の差別化を図るのに懸命です。

 そんな中、いまだに凌ぎを削っているのが「記録画素数」です。

 確かにデジカメ黎明期にはフィルムカメラと勝負するには画素数の向上が必要不可欠で、画素数の多いものが高画質、といった宣伝もされてきました。
 そんなわけで、フィルムに相当するデジカメの「撮像素子」(CCDとか言ったりします)というのは、沢山の「画素」の集まりであることは大体一般的に認識されていると思いますが、画素数を増やすにはCCDの面積そのものを増やすか、画素の大きさを小さくして沢山詰め込むかのどちらか(あるいは両方)になります。
 いまでは、携帯電話のカメラですら1000万画素という時代ですが、果たしてそれ程の画素数は必要なのでしょうか?

 例えば商業印刷物の写真画像の解像度は一般的に350dpi(ドット・パー・インチ、1インチ(2.54cm)当たりに並ぶ点の数)と云われており、前述の葉書サイズ(148×100mm)に350dpiで全面印刷すると約281万画素に相当します。
 実際350dpiというのはかなり余裕のある解像度で200dpiで印刷しても人間の目にはわからない程度です。
 よって実用限界解像度を200dpiとし、1000万画素の画像を印刷すると約463×367mmとなりA3サイズ(420×297mm)より大きくなってしまいます。
 また私の使っているパソコンのモニターは縦900×横1440ピクセルですので、画素数に直すと129万6000画素です。1000万画素の画像は、画面を一杯に使ったとしても8分の1程度しか表示できないことになります。
 よって高精細な画像を得るためという見方をしても、1000万画素というのは通常の使い道としては途方もない解像度という事が云えると思います。

 画素数を増やす話に戻りますが、撮像素子の大型化は非常に製造コストに響くため、メーカーはむしろ小型化・高密度化で「高画素」化を追求してきました。
 よって一つの画素が受け止める光の量は格段に少なくなってしまいました。 これは光の諧調や色味などの情報が少なくなるということを意味しており、高精細ではあるが決して綺麗な写真が撮れるわけではない(そのままではむしろ汚くなる)ということになります。

 カメラメーカーはその背反を埋め合わせるべく、「映像エンジン」なる画像処理デバイスで「綺麗に見える写真に仕上げる」技術を磨くことになりました。確かに昨今のその技術の進歩は素晴らしいものがあるのですが、簡単に云うと、不必要な解像度を求めるべく撮像素子の性能を低下させ、その結果の汚い画像データをカメラ内で処理して綺麗に見えるようにしていることになります。

 不必要な高画素化はデータの肥大化、処理・転送時間の無駄にもつながり、いいことがありません。

 なんかまるで自分の古い一眼レフを擁護しているようだけど、まぁ、それもいいか。


 
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