青島神社、くろず情報館「壺畑」、嘉例川駅


 平成24年(2012年)7月12日 (木)から7月14日(土)まで、九州の宮崎県、鹿児島県、大分県、熊本県を旅行してきました。その旅行記です。ただ、三日とも、梅雨末期の大雨という より、豪雨で、当初予定していたとおりには、旅行することができませんでした。ちなみに、「平成24年7月九州北部豪雨」となづけられ、熊本の阿蘇、熊本市 内白川の氾濫、大分の竹田市、豊後大野市、日田市、福岡県柳川市矢部川の氾濫など被害が出ました。
 7月12日から、豪雨となり、熊本県阿蘇市内牧で土砂崩れと道路冠水、阿蘇市一の宮町、阿蘇郡高森町でも土砂崩れで、国道57号と国道265号が通行止めとなり、ま た、豊後竹田と豊後大野の緒方付近で、道路が流され、国道502号が通行止めになり、大分県の県道は寸断されました。雨は、7月13日も、14日も降り続 きました。九州自動車道をはじめ、九州の高速道路は、雨がきつく降ったため、7月12日から13日にかけて、人吉から八代にかけて、7月13日には、都城 の前後の、高原から田野の間が、7月13日から7月14日にかけて大分の日田付近で土砂崩れで、通行止めになりました。

 旅行初日は、宮崎県の青島神社から、鹿児島県霧島市福山の、くろず情報館「壺畑」、霧島市のJR「嘉例川 駅」を訪ね、霧島温泉郷の硫黄谷温泉に泊まりました。翌日二日目は、霧島温泉から、宮崎県高原町、小林市野尻町を通り、宮崎県都農町の都農神社へ行き、その後、大分県長湯温泉に泊まりました。 三日目は、長湯温泉から、久住高原、瀬の本高原、やまなみハイウェイ―、ミルクロードを通り、熊本市に入り、熊本城を見ました。
 その一日目の旅行記で す。

  平成24年7月12日 (木)、午前4時に起き、5時15分に家を車で出て、名神高速と中国自動車道を乗り継ぎ、中国豊中ICで降り、大阪伊丹空港近くのJPパーキングに6時半 ぐらいに到着しました。パーキングに二泊三日で車を預けました。料金は、300円割引券を使い、4,200円でした。空港までは、パーキングの送迎車で送ってもらいました。雨が降っていましたが、リュックか ら傘を出さずに、空港ロビーまで、雨に濡れて行きました。空港で、予約していた飛行機のチケットを、発券機で打ち出しました。九州宮崎空港へは、午前7時20分発のJAL の2431に乗っていきました。飛行機は、片側2席、両側4席で、20列ぐらいの17列、18列目でした。60%ぐらいの乗車でした。雨で視界不良の 中、飛行機は飛び立ちました。天候が悪いため、機体は、よく揺れました。また、機内サービスのドリンクは、揺れで飲み物がこぼれる恐れがあったため、冷たい もののみでした。私は、アップルジュースを飲みました。家族は、アイスコーヒーなどでした。雨で、飛行機が飛ぶか心配でしたが、一応飛び、飛んだら、宮崎 に着陸できるか不安でしたが、宮崎は、少し雨で、午前8時半過ぎに、着陸はできました。
 宮崎空港ロビーには、親善大使の東国原前知事さんの看板がありました。空港のインフォメーションで、レンタカー会社に連絡を取ってもらい、迎えに来ても らいました。レンタカーは、オリックスレンタカーで、日産のキューブでした。営業補償の保険に入っていなかったので、追加して入りました。1日当たり 525円で、3日で1,525円でした。



伊丹空港のJAL



東国原前知事

  午前9時過ぎに、宮崎空港から、国道220号を南下して、青島神 社に9時半前に着きました。青島神社へは、旧国道わきの駐車場に止めました。駐車料金は500円でした。駐車場から、青島神社のある青島へは、橋を渡 り、15分ほど かかりました。青島神社への道々、写真を撮りながら進みました。青島神社のある青島の周りは、「鬼の洗濯板」といわれる波に侵食された海岸でした。また、 青島は、南洋の植物でおおわれていました。青島神社本殿の右手から、南洋樹林の密林を進むように、摂社にたどり着きました。摂社では、数種の色のこより紐 を、結びつけて、願をかけるようになっていました。ちなみに、恋愛成就のピンク色のこより紐を結んで、願掛けをしました。青島神社で参拝しているとき、一 時、雨が激しく降り、青島神社で雨宿りをしました。しばらくして、小止みになっ たので、駐車場に戻りました。



青島は、宮崎市から南へ約11kmの日南海岸にあり、周囲約1.5kmの小さな島です。青島海岸から、弥生橋を渡って島に入ると、鬼の洗濯板と言われてい る波状の岩床にかこまれ、枇榔樹など多くの亜熱帯植物に覆われた島で、島全体が、国の特別天然記念物に指定されています。



鬼の洗濯板は、一万五千年前から三千万年前に、海の底で波に侵食された砂岩と泥岩の海底が隆起してできたものです。







鬼の洗濯板



鬼の洗濯板と鳥居



鬼の洗濯板



鳥居から本土を望む



青島神社



青島神社



青島神社の玉の井

玉の井とは、海積宮(竜宮城)の入口にあったとされる井戸のことで、彦火火出見命の頸飾りが語源と言われています。古事記によると、彦火火出見命と豊玉姫 命との出会いのきっかけになった井戸とも記されています。病気平癒、家内安全の清めの水として、水を汲みに人々が来られます。願い符に願いを書いて水に浮 かべ、、とけて願いが叶うと言われています。


青島神社本殿

 青島神社は、青島にあり、海幸山幸神話のヒコホホデミノミコト、トヨタマヒメノミコト、シオヅツノオオカミを祀っています。縁結び、安産、航海、交通安全の御利益のあるパワースポットの神社です。
 本殿に向かって右手へ行くと、絵馬のトンネルと枇榔のジャングルを通り、枇榔に囲まれた、元宮へと進みます。




枇榔のジャングル


「天の平瓮」(あめのひらか)

元宮の裏手には磐境(いわさか・神の御座所)があり、ここで平瓮(素焼きの皿)を願い事を小声で呟きながら投げ入れます。磐境の中に平瓮が入れば願い事が叶い、平瓮が割れれば開運厄払いになると言われています。


元宮の夫婦枇榔の木の綱に結び付けられた「産霊紙縒」

願いが叶う神事「産霊紙縒」(むすひこより)は、願い事にあった色のこよりを、夫婦枇榔の木の綱に結び付けて、神様にお願いします。古来から、万物すべての始 まりは、産霊(結び)の力から生成されていると、信じられてきました。紙縒りの呪力には、糸、紐、綱、縄に共通する霊的な力でものを結ぶ「魂結び」機能が あるといわれています。江戸時代には、心よせる相手のことを思い、紙縒りを神社の格子や神木に結び付け、結婚を祈願するということが行われていました。



紙縒りは、水引として用い、色分けや結び方で、吉凶の別が生じます。不思議な力を秘めている紙縒りの呪力は、災いや病気をのぞいたり、恋人に逢えるよ うにといった願いを込めて、まじないに用いられ、昔の恋の歌にも紐という言葉が多く使われています。ちなみに、桃色の紙縒り紐は、良縁を願い、縁結び、子 授かり、安産、夫婦円満を願います。紫色の紙縒り紐は、心身健全(病気平癒、厄除け)。碧色は、生業成就(学業、勝利、仕事)。黄色は、商売繁盛(金運、 幸運、除災招)。白色は、心願成就(その他)。


青島神社本殿前


国道220号
  午前10時過ぎに、青 島神社を参拝後、九州自動車道の宮崎ICを目指し、宮崎市へと国道220号を戻り、北上しました。国道220号には、南洋の樹木が植樹され、道路わきには、南洋の花が咲いていま した。宮崎ICを入り、九州自動車道を都城ICへと車を進めました。途中、山之口SAでトイレ休憩をしましたが、その時、人吉ICから先、熊本方面が通行止めに なっていましたが、都城まで行けるので、また、雨も降っていなかったので、このときは、あまり気にも留めていませんでした。都城ICで高速道路を降り、国 道10号に入り、霧島市の国分を目指しました。



国道220号の日南海岸には、フェニックスなどの亜熱帯植物が、街路樹として植えられています。



国道220号には、低木の花木や草花も植えられています。



国道220号



国道220号

都城を過ぎるまでは、雨も降っていませんでした。しかし、霧島市の国分、福山へ近づくと、途中から雨が激し く降ってきました。国道10号の霧島市国分の牧之原の手前あたりから、雨が激しく降りだし、前 が見えなくなり、車のライトをつけて、走りました。途中、対向車がはねた水が、フロントガラス全体に、大きなタライで水をぶっかけたみたいに、大きな音を 立てて当たりました。瞬間、車が、滝の中にいるように、水が流れ落ち、前方がなにも見えなくなりました。怖い!!。国分牧之原で、国道10号から別れ、県 道478号に入りました。相変わらず激しく降る雨の中、ライトを点け、県道478号を、車を福山へと進めましたが、牧之原から福 山へは、かなり急な坂を下りました。県道478号を福山に出た国道220号の海岸べりに、夫婦イチョウのある宮浦宮がありましたが、激しい雨で車外に出ら れませ んでした。次の目的地 の、くろず情報館「壺畑」へ車を進めました。



都城市内の国道10号を走るトレーラ
大型トラックを2台連結したようなトレーラ




霧島市国分牧之原の交差点
この交差点から、国道10号から別れ、県道へと急こう配の坂を下って行きました。激しい雨で、前方の信号も見えません。

国道220号に、くろず情報館への大きな看板がありました。その看板下を、右折して、道なりに、12時半前 に、くろず情報館「壺畑」 に着きました。が、激しい雨のため、しばらく車の中で、小止みになるまで、待ちました。くろず情報館「壺畑」に併設されているレストランで昼食をとること にしました。レストランへは、情報館を通り抜け、いったん外に出て、50mほど離れた場所にあり、傘をさしていきました。レストランの傍の屋外に、くろず を作っている壺が、たくさん置かれていました。壺は、屋外に置かれ、金網のフェンスに囲まれ、フェンスの上端には、侵入防止のため電線が張り巡らされてい ました。また、雨ざらしになっていました。雨にもかかわらず、雨に濡れて、作業する人がおられまし た。晴れの日には、壺畑の向こうに、錦江湾の対岸に、桜島が望めますが、あいにく雨で、何も見えませんでした。レストランは、中華風のランチのみしか扱っていませ んでした。昼食後、くろず情報館で、くろずが出来るまでを説明してもらいました。黒酢醤油を買って帰りました。



くろず情報館「壺畑」の入口です。


黒酢は、200年前の江戸時代から現在まで、「アマン壺」と呼ばれる、薩摩焼の高さ50cmほどの陶器製の黒い釉薬がかけられた壺に、3%精米の玄米に 近い米(お酒の場合は、30%以上大吟醸では50%以上精米する。)を蒸し、麹と天然の湧水を入れ、蓋をして、1年をかけ、嫌気発酵させ、さらに、2年3年、中には5年かけ熟 成させて作られます。醸造過程で、褐色に色がつき、くろずと呼ばれている。ちなみに、アマンとは、方言で酢のことを言います。


レストラン横の壺畑



晴れた日には島越しに桜島が見えます。




くろずを使った、ヘルシー中華



くろずを使ったヘルシー中華

 午後2時半前に、くろず情報館「壺畑」を 後にして、先ほどの、夫婦イチョウの宮浦宮へ行きました。が、神社の手前で、また雨が激しく降りだし、車外に出ることができませんでした。しばらく 小やみになるかなと、待ちましたが、ダメでした。しかたなく、JR嘉例川駅を目指しました。JR嘉例川駅も宮浦宮も、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」 で鶴瓶さんとはるな愛さんが訪問した場所です。宮浦宮から、国道220号をしばらく進み、国分敷根で県道472号へと右斜め方向に入り、県道472号を進 み、国分中央、国分向花、国分新町、熊龍城、日当山へと進み、日当山付近で、国道223号へと入り、霧島 温泉方面へと北上しました。国道223号の新川渓谷、日の出温泉付近で、県道56号へと左折して、10分ほどで、午後3時半前に、JR嘉例川駅に着きまし た。嘉例川駅でも、雨が激しく降り続き、しばらく待って、駅舎に入り ました。駅は、無人駅で、明治36年(1903年)に建てられ、100年以上たっている、木造の駅舎でした。ホームは、七夕飾りで飾られていました。



宮浦宮の夫婦イチョウは、神武天皇が東征する前に、この地が仮の宮居であったことを記念して植えられ、樹齢1,000年を超えるイチョウです。



嘉例川駅
嘉例川駅は、明治36年(1903年)1月15日鉄道開業当時そのままの100年余りたつ木造の駅舎です。無人駅で、単線です。

 午後 3時半過ぎに、嘉例川駅を後に、霧島市牧園町の 霧島温泉郷の硫黄谷温泉の霧島ホテルを目指しました。雨が激しく降りしきる中、午後4時半過ぎにホテルに着きました。部屋は、本館(東館)の5階の部屋で、ぎりぎ り 4人の布団がひける大きさの和室でした。一服ののち、西館を越えて、風呂に行きました。庭園風呂は、混浴で、19時30分から22時までは、女性専用となっていまし た。庭園風呂は、中央に噴水もあり、打たせ湯の滝もありました。しかし、深さが、1.4mもあり、プールのようでもありました。

 夕食は、同じ5階の広間 で、畳敷きの上のテーブル席の和食で、ライトアップされた百年杉の庭園が望める部屋でした。

霧島ホテルの夕食

  部屋でテレビを見ていると、熊本の阿蘇で土砂崩れや道路冠水、大分県竹田市で道路崩落と冠水が報道されていました。また、スマートホンの情報で、九州自動 車道の人吉ICから八代JCTの間が通行止めということでした。当初、二日目の旅行は、九州自動車道のえびのICから熊本の二つ手前の松橋ICで降り、山都町の通潤 橋を見て、高森町の高森湧水トンネル公園を見て、豊後竹田から長湯温泉へ行くよう計画していました。八代JCまで行く一般道も、九州自動車道に並行している一般道 は通行止めのため、いったん有明海側の国道3号に出なければならず、八代から高速に乗っても、熊本から阿蘇を通る国道57号、国道265号に通行止め箇所 があり、大分の県道にも熊本からの県道にも普通箇所があり、大分自動車道の九重ICや湯布院ICを経由して、長湯温泉へ行くことを考えました。また、霧島 から東へ振り、宮崎市を経由して、宮崎から大分へ国道10号を使い九州の東海岸沿いに長湯温泉へ行くことも考えました。ホテルのフロントにパソコンがあっ たので、借りて、インターネットで道路情報を調べました。国道10号と国道3号は、通行止め箇所がなかったが、大分県の県道は、あちこちで、通行止めのと ころがありました。
 夜、寝ていると、雷鳴と雨音が激しく、大雨のようでした。


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