中棚荘・法師温泉長寿館

 2013年(平成25年)8月22日(木)から8月24日(土)まで、信州松本、小諸、軽 井沢、群馬中之条町、法師温泉、榛名湖、榛名神社に、マイカーで行きました。その道中記です。 第一日目は、自宅から小諸の宿・中棚荘まで、第二日目は、小諸の宿から法師温泉長寿館まで、第三日目は、法師温泉宿から自宅までの旅行記です。

第二日目(8月23日(金))

信 州小諸・中棚荘出発(9時47分)→(県道)→(国道18号)→JR軽井沢駅北口(10時45分)→(国道18号)→軽井沢警察署・軽井沢高校→ (県道・離山通り)→旧軽井沢(旧軽井沢銀座前交差点)→(県道・三笠通・軽井沢本通)→聖パウロ協会前)→(県道・旧ゴルフ通)→鹿島ノ森→(県道・御 水端通り)→野沢原→(県道・離山通り)→離山→(国道18号)→中軽井沢(11時35分)→(国道146号・ロマンチック街道)→峰の茶屋→(鬼押 ハイウェイー)→浅間六里ヶ原休憩所(11時59分)→(鬼押ハイウェイー)→鬼押出し園(12時27分)→ (鬼押ハイウェイー)→(県道)→浅間牧場→(国道146号)→旧北軽井沢駅(12時48分)→(国道146号)→(県道)→(国道145号)→道の 駅・八ツ場ふるさと館(13時17分〜14時8分・昼食) →(国道145号)→中之条町伊勢町上→(県道53号)→道の駅・霊山たけやま(14時48分)→(県道53号)→富沢家住宅(15時14分〜15 時22分)→(県道53号)→湯宿→(国道17号)→吹路→(県道)→法師温泉・長寿館(16時8分)




 二日目は、島崎藤村が、信州小諸時代に逗留した、 中棚荘から、次の宿泊先の、群馬県法師温泉・長寿館(日本の秘湯第1号の宿)を目指しました。
 JR軽井沢駅で、東京からの連れを乗せ、鬼押出し園、八ツ場ダムのために付け替えらた国道と道の駅・八ツ場ふるさと館を通り、養蚕農家の富沢家住宅を訪ねました。
 



中棚荘の客室棟です。




中棚荘ロビー


中棚荘の玄関です。



中棚荘の客室棟です。


中棚荘の客室棟とお風呂への渡り廊下です。





食事処での朝食です。


中棚荘の下にある、食事処のはりこし亭の入口です。自動車は、このはりこし亭の横にとめました。





はりこし亭の玄関です。
江戸時代末期に造られたそうです。





 信州小諸の中棚荘を後に、JR軽井沢駅を目指しました。
軽井沢駅に近づくに従い、中軽井沢の交差点手前から渋滞が始まりました。
軽井沢駅近くまで、のろのろ運転でした。
軽井沢駅から北に伸びる旧軽井沢方面の、軽井沢本通が渋滞で、そのために、こちらも渋滞しているようでした。
軽井沢駅で、東京からの連れを乗せ、先き来た道を戻り、軽井沢警察署の先で右折して、離山通りを、旧軽井沢銀座の方へと進みました。
この道は、車も少なく、旧軽井沢銀座の交差点に着きました。
軽井沢本通からの車が多く、Uターンも難しかったので、三笠通へと左折して、北進しました。
旧軽井沢銀座の交差点から北へ一つ目の交差点を、左折し、西へ旧ゴルフ通を進みました。
元の離山通りへ戻ろうとしましたが、離山通りは斜めの通りで、どんどん離れるようでした。
林の中を進んで行きましたが、最終、離山通りに出ることができ、離山の交差点で、国道に戻り、中軽井沢へと進みました。




  軽井沢の旧ゴルフ通りです。






軽井沢の旧ゴルフ通りの別荘です。





 中軽井沢の交差点を右折して、北上し、浅間山方面を目指しました。
車の進行方向は、渋滞もなく進みましたが、対抗車は、ハルニレテラスを頭に何キロも”止まった”状態でした。




 
鬼押ハイウェイーの浅間六里ヶ原休憩所から近くの山を見る




浅間六里ヶ原休憩所から浅間山を見る。
あいにくの雨で、裾野しか見えませんでした。


浅間六里ヶ原休憩所の内部です。




農産物も売っていました。


鬼押ハイウェイー内の浅間六里ヶ原休憩所です。





鬼押ハイウェイーです。


鬼押出し園
江戸時代の天明3年(1783年)に浅間山が大噴火を起こし、流れ出た溶岩でできた奇勝です。




北軽井沢駅を復元した駅舎です。
軽井沢から草津温泉まで走っていた、昭和37年に廃線となった、旧草軽電鉄の駅舎の復元です。



国道145号の橋です。
八ツ場ダムのために、国道145号は付け替えられました。旧の国道と村は、まだ、ダムが完成していないため、水没していません。民主党政権になって、ダム工事が中止され、再び、自民党政権に戻り、ダム工事の中止が解除されましたが、工事はとまっています。




国道145号沿いの、道の駅・八ツ場ふるさと館です。どしゃぶりでした。


道の駅・八ツ場ふるさと館横の橋です。





国道145号での車窓です。


群馬県中之条町の県道53号から少し入ったところにある、富沢家住宅です。かやぶき屋根の、養蚕農家の家です。





富沢家住宅の内部です。
無人で開放されていました。協力金100円を箱の中に入れ、見学しました。





  法師温泉長寿館は、三国峠の中腹にあり、弘法大師巡錫の折 見つけられたと伝えられる温泉で、「日本秘湯を守る会」の認定第一号の温泉宿で、日本温泉協会の天然温泉表示の温泉です。長寿館の本館が1875年(明治8年)建築の全館木造建築で、別 館が昭和15年建築の木造建築で、法師乃湯が明治28年建築の木造の温泉で、それぞれ国の登録有形文化財に指定されています。法師乃湯は、混浴で、浴槽の 下に玉石が敷き詰められ、底の玉石の間から、泡がぷくぷくと、温泉が自然に湧き出ています。法師乃湯は、混浴ですが、20時〜22時の間は女性専用になっていま した。ほかに、男女入れ替え制の玉城乃湯、と女性専用の長寿乃湯があります。長寿乃湯が、日本天然温泉審査機構より6項目すべて満点を得た オール5の宿です。法師乃湯は、新湯注入率が4以外、源泉、泉質など5です。長寿館には、与謝野晶子や川端康成なども宿泊したそうです。国鉄時代の高峰三枝子と上原謙が写ったフルムーンの宣伝ポスターが撮影された場所です。


法師温泉・長寿館本館玄関です。



長寿館の別館と長寿乃湯です。


長寿館の本館と別館及び薫山荘を結ぶ、渡り廊下です。展示ケースにいろいろなものがありました。





長寿館を流れる川と長寿乃湯と本館です。

長寿館の別館です。




川を挟んで、別館と長寿乃湯及び本館があります。


日本かもしかの剥製です。




別館及び薫山荘への渡り廊下です。


川は雨で増水していました。
別館です。




温泉棟と本館です。
長寿乃湯の向こうに、法師乃湯と玉城乃湯の屋根が見えます。


法師の湯
混浴ですが、20時〜22時の間は女性専用
湯温42.2℃、湧出量155.5ℓ/分、泉質:カルシウム・ナトリウムー硫酸塩泉、pH8.4、源泉地(浴槽より湧出)、加水加温なし。かけながし。








長寿の湯
宿泊時点では、女性専用の湯。
(最近、男女の入れ替え制に)
日本温泉協会オール5の温泉。
湯温42.2℃、湧出量87.6ℓ/分、泉質:カルシウム・ナトリウムー硫酸塩泉、pH8.4、源泉地(浴槽より湧出)、加水加温なし。かけながし。




玉城の湯
男女入れ替え制
湯温42.2℃と27.8℃、湧出量87.6ℓ/分と190ℓ/分、泉質:カルシウム・ナトリウムー硫酸塩泉と単純温泉の混合泉、pH8.3とpH8.4、30mと1150mの引き湯、加水加温あり。一部循環。



夕食のお品書きです。
1.先付(山芋千切り、冷し赤城鳥、おくら掛け、みずの実)
1.吸物替り(スッポン汁)
1.造り(姫ます、トロ湯葉、エリンギ酒蒸し、生コラーゲン)
1.煮物(米茄子、湿地、冬瓜、花人参、鳥そぼろあん掛け)
1.鍋物(麦豚シャブシャブ)
1.揚物(河ふぐ唐揚、とうもろこし、川海老、ししとう)
1.焼物(活鮎塩焼タデ酢)
1.冷し鉢(冷し小茶碗)
1.酢の物(鯉と蒟蒻のカルパッチョ)
1.ご飯(契約農家で栽培した魚沼産コシヒカリ)
1.香物(よしこさんのお手製)
1.果物(季節のフルーツ)


夕食です。




鮎が出てきました。


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