串本橋杭岩・トルコ記念館・
樫野埼灯台

 2017年(平成29年)2月9日(木)から2月10日(金)まで、和歌山県那智勝浦町勝浦のホテル浦島へ、三重県の伊勢まわりで一泊二日で行きしました。
 那智勝浦には二回目の旅行です。(前回の旅行記は、「那智勝浦」です。」)
 その二日目の橋杭岩と、トルコ記念館・樫野埼灯台の日記です。
 二日目は和歌山県那智勝浦町から串本の橋杭岩と、トルコ記念館・樫野埼灯台へと車をすすめました。 

第一日目(2月9日(木))(雪→途中から雨・曇)

自宅出発(8時)→金閣寺マクドナルド(店内食事)→京都東IC(9時10分)→(名神高速)→草津Jct(9時20分)→(新名神)→甲南PA(9時 50分・休憩)→ (新名神)→亀山Jct(10時10分)→(伊勢自動車)→嬉野PA(10時40分・休憩)→(伊勢自動車道)→勢和多気Jct(10時55分)→(紀勢 自動車道)→紀勢大内山IC→大紀本線料金所(11時10分・3,900円)→紀伊長島IC→(紀勢自動車道・無料区間)→海山 IC(11時30分)→(紀勢自動車道・無料区間)→ 尾鷲北IC(11時45分)→ 尾鷲市→(国道42号)→尾鷲南IC→(熊野尾鷲道路・無料道路)→熊野大泊IC→熊野市→(国道42号)→熊野市・獅子岩(12時・写真撮影)→(国道 42号)→花窟神社・「道の駅 熊野・花の窟」(12時15分・参拝)→(国道42号)→ローソン向地口(12時35分・昼食)→(国道42号)→道の駅「紀宝町うみがめ公園」(13 時・休憩)→(国道42号)→新宮市→(国道42号)→新宮南IC→(那智勝浦新宮道路・無料道路)→那智勝浦IC→(県道46号)→勝浦臨海交差点→ (県道 46号)→ホテル浦島駐車場(体育文化会館横・13時50分)→(ホテル送迎バス)→勝浦港→(14時10分・ホテル送迎連絡船)→ホテル 浦島(14時15分手続き・キー受領)



第二日目(2月10日(金))(晴れ→帰途雪)

ホ テル浦島出発(10時)→(ホテル送迎連絡船)→(10時10分・ホテル送迎バス)→ホテル浦島駐車場(10時15分)→(県道46号)→那智勝浦IC→ (那智勝浦新宮道路・無料道路)→市尾IC(終点)→(国道42号)→道の駅 くしもと橋杭岩(10時50分〜11時15分・散策)→(国道42号)→串 本→(県道41号)→くしもと大橋→(県道40号)→樫野(11時30分・無料駐車場)→(徒歩)→トルコ記念館・トルコ軍艦遭難慰霊碑→樫野埼灯台→樫 野(12時・無料駐車場)→(県道40号)→くしもと大橋→(県道41号)→潮岬・潮岬観光タワー(12時25分〜12時50分・散策)→(県道41号)→串本→(国道42号)→市尾 IC→(那智勝浦新宮道路・無料道路)→那智勝浦IC→(県道46号)→(国道42号)→道の駅 なち(13時55分)→(国道42号)→(県道46号) →熊野那智大社・ 青岸渡寺・那智の滝(14時10分〜14時30分・参拝)→ (県道46号)→那智勝浦IC→(那智勝浦新宮道路・無料道路)→新宮南IC→(国道42号)→新宮市(15時)→(国道42号)→「道の駅 パーク七里御浜」(休憩)→(国道42号)→ 花の窟神社・「道の駅 熊野・花の窟」(15時50分〜16時・参拝)→(国道42号)→熊野市→熊野大泊IC→(熊野尾鷲道路・無料道路)→尾鷲南IC→ (国道42号)→尾鷲市→尾鷲北IC→(紀勢自動車道・無料区間)→海山 IC(16時35分)→(紀勢自動車道・無料区間)→紀伊長島IC(紀勢自動車道・有料区間)→大紀本線料金所→紀勢大内山IC→大宮大台IC→奥伊勢 PA(17時10分・休憩)→(紀勢自動車道)→→勢和多気Jct→(伊勢自動車道)→嬉野PA(17時45分〜18時20 分・夕食)亀山JCT(18時50分)→(新名神・雪のため渋滞)→土山PA(19時20分)→(新名神・雪のため渋滞)→草津Jct(20時5分)→ (名神)→京都東IC(20時15分・3,900円)→自宅(21時)

全行程 627.2km



 

 二日目は、10時にホテルを出て、連絡船と送迎バスでホテルの駐車場に戻り、マイカーで串本の橋杭岩を目指しました。
 前回は、那智勝浦ICで終わっていた、那智勝浦新宮道路(無料自動車専用道路)で市尾IC(終点)まで行き、そこから国道42号に出て、道の駅「くしもと橋杭岩」を目指しました。
 
 道の駅「くしもと橋杭岩」には、10時50分に着きました。11時15分まで橋杭岩で散策しました。


道の駅「くしもと橋杭岩」





道の駅「くしもと橋杭岩」




橋杭岩の全景

はるか太平洋の熊野灘から向かいの大島と串本を結ぶ「くしもと大橋」まで見渡せました。


 橋杭岩は、幅15m、長さ900mにわたって、橋の橋脚のように、紀伊大島に向かって、串本の陸から、まっすぐに巨岩が並んでいます。上昇したマグマが、泥岩層に入り、その後長年にわたり、荒波にやわらかい泥岩が削られ出来たといわれています。
 巨岩の列の周りのちいさな岩は、巨岩が削られたかけらが散在したものや、巨大地震の津波で流されたものとのことです。


橋杭岩が陸から続いてありました。


熊野灘を遮るようにありました。


橋杭岩が目の前に、手の届くようにありました。



右手遥かに「くしもと大橋」がありました。


「くしもと大橋」です。
本州の串本と大島を結びます。




手の届くところに橋杭岩があります。

 

 道の駅「くしもと橋杭岩」で、10時50分か〜11時15分まで橋杭岩や熊野灘を眺めました。
 その後、国道42号から串 本を目指し、串本から県道41号に入り、くしもと大橋を渡り、大島に入りました。

くしもと大橋
橋の途中が螺旋状になっていました。




くしもと大橋です。


くしもと大橋です。



 「くしもと大橋」を渡り、大島の県道40号を進み、終点の樫野に午前11時30分につきました。樫野の無料駐車場に車を停め、歩いてトルコ記念館に向かいました。


大島樫野のトルコ記念館です。


 トルコ記念館を過ぎ、さらに進んで行きました。
しばらく進むと、トルコ軍艦遭難慰霊碑が見えてきました。





トルコ軍艦遭難慰霊碑です。
 
1890年、明治23年6月、トルコの特派使節として来日したオスマンパシャ海軍少将率いる650名あまりの将兵を乗せた軍艦「エルトゥール号」が、トル コへの帰途、9月16日夜、熊野灘で暴風雨にあい、串本樫野埼灯台下の岩礁で難破し、少将以下580名あまりの将兵が殉職しました。


 さらに樫野埼灯台を目指して進みました。しばらく進むと、第一次大戦後、分割占領されていたトルコを祖国解放に導いた指導者のムスタファ・ケマル・アタテュルク騎馬像がみえてきました。



ムスタファ・ケマル・アタテュルク騎馬像



 さらに 樫野埼灯台へと進みました。


樫野埼灯台入口


樫野埼灯台

樫野埼灯台


樫野埼灯台から熊野灘・太平洋がひらけていました。












 灯台と駐車場との間の道は、ところどころ橋が架かっていました。海面は、はるか下にありました。




樫野の駐車場です。


 樫 野灯台の駐車場を12時に出発して、潮岬を目指しました。県道40号を戻り、くしもと大橋を渡り、県道41号を潮岬・潮岬観光タワー方面へ進みました。


大島の県道40号を進みます。



くしもと大橋手前です。


くしもと大橋のはじまりです。




螺旋のカーブです。


カーブが続きます。




先ほど通ったループ橋の部分が前方に見えます。


通ってきたループです。



ループ橋の道路上


ぐるぐる回ります。

 くしもと大橋を渡り左折して、県道41号を潮岬・潮岬観光タワーに向かいました。





ループ橋と大島です。
 
潮岬・潮岬観光タワーに向かう県道41号から見ました。



ループ橋と大島です。


ループ橋と大島です。




潮岬観光タワーには12時25分に着きました。



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