ハーバーライト物語
(1986年3月28日 / OVA)


 前項の続き。



〜「ハーバーライト物語」ストーリー紹介・後半〜
 翌日、キッドの妨害によって実施が危ぶまれていたディスコクイーンコンテストでしたが、町長の努力によって無事に開催 されたのでした。会場となる特設スタジアムのステージ上には色とりどりの華やかな衣装を身にまとった女性たちが集まり、 見事なダンスによって審査員や観客の目を楽しませるのでした。
 すべては滞りなく、無事に終了するかのように見えました。ところが…。
 キッドはコンテストの阻止を諦めたわけではありませんでした。彼は仲間たちを総動員すると、警備にあたっている警察官を バイクでなぎ倒しながらコンテスト会場であるスタジアムへと雪崩れ込みました。スタジアム内は一転して、爆弾の轟音と、逃げ 惑う人々の叫び声が交じり合う、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌したのでした。

 さてその頃、ミホはコンテストを見ることもままならない現在の境遇に打ちひしがれ、自室で泣き崩れていました。とその時、 屋根裏部屋にしまわれていた古い絵本の中から奇妙な生き物が姿を現しました。ピグとモグと名乗るその二匹の妖精は一人悲しむ ミホを哀れに思ったのでしょうか、彼女を大人のファッションララに変身させると、願いを叶えてあげると語るのでした。
 それは一生に一度だけの、夢を叶える魔法。魔法の力によって自分のデザインした衣装に身をまとったミホは、ピグとモグと、 そして愛犬のミックとともに空へ飛び上がると、そのままコンテスト会場へと向かいました。
 いまやスタジアムは炎に包まれ、今にも崩れ落ちようとしていました。しかし、そこにララが降り立つと炎は消え、 あたりは静寂に包まれました。そして魔法の力によってスタジアムに光が灯り…ララのワンマンショウが始まりました!


 突如として空から舞い降りた天使のような女性の姿に、キッドは自分の目的も忘れてただただ見入るばかりでした。やがて破壊の 限りを尽くしていたキッドの仲間も、逃げ出していたコンテストの参加者も、観客もステージの前に集まりだし、まるで夢のような ララのダンスに見とれるのでした。

 魔法によって叶えられたミホの夢……その一途なまでの純粋さは、町の人々に愛と平和を与えたのでした。これを聞いた者は、 ただのおとぎ話として片付けるかもしれません。でも、それは本当にあった奇跡の夜だったのです…。




注意!
 ここからは物語の核心に関する話になりますので、文字色反転となっています。その点に留意して、ネタバレ問題なしという方 だけお読みくださいませ。


〜「ハーバーライト物語」・驚愕のエピローグ編〜
 翌日。ミホは昼近くになっても、まだベッドの中で横になっていました。昨日の出来事は全て夢だったの でしょうか。いや、夢であるはずはありません。そう、あれは本当に起きた奇跡の夜だったのだのですから…。

 しばらくすると、叔母の3人の娘であるエリナ、マリエ、シュリが寝坊してるミホを起こしにやってきました。それでも夢うつつの ミホに、彼女たちは「ミホちゃんのお土産、私たちでもらっちゃうわよ」と優しく微笑むのでした。
 何のことかわからずキョトンとしていると、今度は戸口に立っていた叔母が「大切なお客様よ」と言って一人の男性を紹介しました。 扉の向こうに見える影、それはミホが本当に会いたがっていた彼女のパパだったのです。



〜「ハーバーライト物語」について、ちょっと一言二言〜
 ちょっと見たところ、ララの魔法の力によって叔母一家の皆が改心してミホに優しく接してくれるように なったことに加えて、ミホが本当に望んでいたこと=父の帰還も魔法によって叶った…という結末に感じられるのではないでしょうか。
 筆者も最初はそのように思っていたのですが、詳しく見ていくと、どうもそれは違うようなのです。なぜかというと、ミホは 薄汚い屋根裏部屋で住んでいたはずなのにエピローグではこざっぱりした女の子らしい部屋で寝ており、そもそも部屋の内装や 家具の配置などがまるで異なっているからです。
 奇跡の夜とエピローグの間には数ヶ月ほどの時間があったのではないかという意見があるかもしれません。たしかに、そう 考えればミホの部屋が変わっていることも説明できますし、海外からミホの父が帰ってきた(=相当の時間が経っている) という事実にも合致します。ですが、それを明確に示すシーンは無く、画面を見る限りは奇跡の夜の翌日がエピローグだと するのが自然です。

 となると…まさか本当に 夢オチってことですか?

 だとすると、今までの話は全て別の意味合いを持ってきます。ミホは不憫な生活を強いられていたわけではなく、最初から親切な 叔母一家に囲まれて何不自由ない暮らしをしており、怠惰な毎日の中で 自作の妄想に浸っている電波少女 だった…ということになってしまうわけです。
 しかも問題なのは、叔母一家は非常に親切であったにもかかわらず悪役に据えられていることでしょう。つまりは、叔母一家を (理由は不明ですが)露骨に嫌っているという心理状態が夢に反映されていると見ることができるわけです(ただしシュリの役柄を 考えると、彼女だけはミホのお気に入りだったのでしょう)。
 温情を受けていながらそれを憎むとは…なんとまあ、被害妄想丸出しで可愛げのないクソガキでしょうか!  …という結論で…かまいませんよね?



 さて、ここからは少しばかり話を変えて、何ゆえ本作が消費者に受けなかったのかということについて考えてみたいと思います。

 一つ目の理由は、作風のマズさ。物語はディスコクイーンコンテストなる代物が中心に語られており、簡単に言うと「サタデー・ ナイト・フィーバー」のような作風になっています。最後はダンスで皆幸せになるという何だかよく分からない結末にしても、 かつてのダンス映画をモデルとしていることは明らです。
 ただ、「サタデー」は1977年の公開であり、その後、雨後の筍のごとく「グリース」、「ザナドゥ」、「フラッシュダンス」 などの同種作品が登場しますが、このブームは1983年あたりでストップしてしまっています。ということで、1988年にもなって このようなタイプというのは、いくらなんでも時代遅れと感じてしまいます(むろん、今見ると余計に古臭く感じます)。 「優のフラッシュダンス」というダンスネタを放送した「クリィーマミ」は1984年放送でしたから、それに比べるといかに 時代とのズレがあるのかが分かるでしょう。

 二つ目の理由は、先に紹介した”夢オチ”であること。たしか手塚治虫先生も嫌っていたような気がしますが、 やはり安易な夢オチというものは、それだけで鑑賞者の気分を害するものだと思われます。

 三つ目の理由は、魔女っ子アニメという存在自体がOVAで必要とされていなかったこと。当時(というか、今でも)OVA市場などと いうものは男性中心であり、やはり美少女やメカ、エロでなければ彼らのハートを鷲づかみすることは難しいと言えます。実際、 この当時に話題となったアニメといえば、「パトレイバー」、「ボーグマン」、「トップをねらえ!」などでした。

 四つ目の理由は、ぴえろ魔女っ子アニメのブランドが崩壊していたこと。「パステルユーミ」の段階で凋落傾向が見られていた とは思いますが、それが決定的なものとなったのは悪名高い「エイリアンX」(本作の前年に登場)によるものでしょう。まさに 身から出た錆。


 これだけの悪条件が重なれば、売れない、話題にならない、というのは当然の帰結でしょう。それゆえ本作は現在でもDVD化の 話題が出てこない、時代の闇の中に忘れ去られた幻の作品となっているわけです。
 もちろん、作品内で テロ行為が連発している ことも問題ですが!



 大まかな物語の紹介は以上で終了。
 次項では、キャラ紹介などの細々としたページになります。



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