魔法のプリンセス ミンキーモモ 夢を抱きしめて
(1991年10月2日〜1992年12月23日・全62話 / TV放送)


〜「魔法のプリンセス ミンキーモモ 夢を抱きしめて」 必見エピソード紹介〜
 前項に続き、以下から「海モモ」の必見エピソードを紹介していきたいと思います。



第39話 「モモとモモ」
〜あらすじ〜
 ついにマリンナーサが地上に浮上した。しかし待ち望んでいたはずの地上は、夢が消滅し、生命の滅び去った死の土地に変わり果てていました。

 …ある夜、そんな夢をモモは見てしまいました。夢の国の住人にとっては、それが悪い夢であれ良い夢であれ、見る夢は叶えられるのが当然。 もしかすると、自分の見た夢は未来を暗示しているのかもしれない、とモモは不安に駆られます。
 そんなモモの前に、突如として光り輝く夢のカケラが飛来します。夢のカケラに導かれてノコッタ・インの開かずの間に足を踏み入れたモモたちは、 部屋の中で様々な魔法の道具を目にするのでした。実は、この部屋は魔法の国フェナリナーサの残した、いわば夢のへそくり部屋といった場所だったのです。
 そしてモモは、その部屋の中で一枚の写真を見つけます。自分とそっくりの少女が、これも同じく犬・猿・鳥三匹のペットを連れている写真。
 彼女の名前はミンキーモモ。人々の心に夢を復活させるため、夢の国フェナリナーサからやってきたプリンセスです。しかし、彼女は使命を 果たすことなく命を落とし、現在は人間の女の子に生まれ変わっているのだそうです。
 その話を聞いたモモは、フェナリナーサからやって来たというモモに会いたいと思います。会って、どうすれば地上に夢を取り戻せるのか聞いてみたいと…。

魔法の電話


モモとモモ


〜ちょっと一言二言〜
 「海モモ」で一番の大事件は何なのか。人の意見は十人十色ですが、まず大半の人は「空モモ」とリンクしたことを指摘するのではないでしょうか。
 たしかに第1話の段階からフェナリナーサに関する言及はありましたし、そうなったら…というファンの淡い期待はあったものの、まさか本当に「空モモ」の モモ(分かり難いので以下、小山モモ)が作中に登場しようとは!
 そんな小山モモと林原モモの初顔合わせとなった「モモとモモ」には、「空モモ」を知っている人ならニヤリとするであろう仕掛けが用意されています。 例えば、モモのペットショップに移り住んでいるおばあさんは「空モモ」第10話に登場したセーラばあさんだったりしますし、小山モモの引っ越した先が ロンドンとなっているのは「空モモ」のアナザーストーリー「それからのモモ」を踏襲したものなのです。

 もう少し「モモとモモ」について書きたいことがあるのですが…重大なネタバレを含みますので、以下から文字反転で記述します(といっても、各所で 散々書かれていることなので知ってるという方も多いでしょうけど…)。



 実際に本編をご覧になった方には改めて述べるまでもありませんが、「モモとモモ」の中盤には「空モモ」第46話をなぞった シーンが登場します。あの高名なトラック衝突シーンがそれで、直前の「ボク、いい車じゃない。免許持ってるの?」という小山モモの台詞から、 轢かれる直前にカットが替わるところまで、ほとんどそのままのレベルでトレースをしています。
 ここで小山モモの危機を救うべく林原モモが魔法を使ったものの、結果は不発。あわやと思われましたが、小山モモは無事でした。ほっと胸を なでおろす林原モモは、しかしどうして自分の魔法が、かつて夢の国の王女だった小山モモに効かなかったのかと訝ります。その後の小山モモを 観察した林原モモは、小山モモが既に夢を持って生きていることを知り、そんな彼女に夢の魔法は必要無かったのだと悟るのでした…。

 …と「モモとモモ」はまとめられています。ですが、よくよく考えてみると小山モモを危険に晒すならトラック以外にもいくらでも方法はあるわけで、 「空モモ」第46話の悲劇を再現する必然性が非常に乏しいことが分かります。
 あまつさえ、ここで小山モモは「あたしね、車を避けるの小さい頃から慣れてるから」という台詞を喋っているのです。さすがにここまでくると、 「空モモ」第46話をおちょくっているようにすら見えてしまいます。

 では、どうしてわざわざここで「空モモ」第46話を持ち出したのか。個人的な意見を述べますと、輪廻の物語へと繋がる「空モモ」最大の名シーンだと 当時のファンが感動した場面、それをあえて首藤氏は笑い飛ばしてみたかったのではないでしょうか。
 「空モモ」や「ようこ」のスタイルを見るに、首藤氏は自分の作品に入り込まず、作品は作品として客観的に眺めるという姿勢でいるように感じます。 だからこそ、おそらく首藤氏は自分の作品に対する照れのようなものがあったのではないかと思うのです。視聴者たちが傑作だと誉めれば誉めるほど身を引き、 天邪鬼に否定してついには木っ端微塵に崩壊させたくなったのではないか…。


 こういうパンキッシュな手法を取ってしまうことこそが、まさしく首藤作品的なのではないか。筆者はそのように感じるのです。




第52話 「出動!おたすけ隊」
〜あらすじ〜
 タンカーが炎に包まれた。船内に残された人がいるものの、炎の勢いが強すぎてレスキュー隊も近づけない。そんな時、どこからともなく現れる黒い影。 その正体は、謎の災害救助グループ”おたすけ隊”だ!
 …というわけで、正体不明の救助隊は世間の耳目を集める存在となっていました。
 そんなある日、モモたちは海を隔ててノコッタ・インの真向かいにある離れ小島に”おたすけ隊”のメカが降り立つのを偶然目にします。なんと、 この無人島こそが彼らの秘密基地だったのです。灯台下暗し、予想外の事実を知って驚くモモは、さらに”おたすけ隊”の隊員が普段は主婦や八百屋の 店員として暮らしており、彼らのカンパによって成り立っていた、ただの趣味のグループだったと知って二重に驚くのでした。
 それから数日後。ちょっとの欠片だけでも大爆発を起こしてしまう危険物質が、空輸の際のトラブルによって街中に落ちてしまいました。 当然のように”おたすけ隊”が出動するのでしたが…。


〜ちょっと一言二言〜
 「サンダーバード」のパロディ物といった内容の物語。おたすけ隊の搭乗するメカのデザインまで「サンダーバード」ソックリというところが、 なかなかに愉快です。
 この52話は、実は「月刊アニメージュ」誌上で公募された「海モモ」シナリオ大賞の入選作だったりします。かねてからアニメ脚本家の書く脚本は マンネリ化して面白くない、と公言してきたシリーズ構成の首藤氏は、「ようこそようこ」でも素人(ただの舞台俳優とか)に脚本を書かせた ことがありました。この企画もまた、同じような意図で行われたようです。
 受賞者の遠野秋彦氏は、雑誌に掲載されたプロフィールによると当時ゲーム関係のお仕事をされていたご様子。「超絶無敵ロボ・オメガナイン殺人事件」の 作者と同一人物だと思われます。なお、この企画からはもう一作品、第58話「ふしぎなふしぎな映画館」という作品も生まれています。こちらも、その点を念頭に 置いて見ると違った面白さが発見できるかもしれません。




第53話 「走れ夢列車」
〜あらすじ〜
 パパ・ママと一緒に街でお買い物をしていたモモ。突然のクラクションに驚いて振り向いてみると、車が行き交うのもかまわず道路を横切って こちらに向かってくる青年がいるではありませんか。その青年は「ルウ…会いたかった…」と何やらわけの分からない言葉を呟いたかと思うと、 往来の真ん中に突っ伏してしまいました。
 病院に運び込まれた青年は極度の衰弱状態に陥っており、明日にも亡くなるかもしれないと医者は語ります。なんとか青年の知り合いに連絡をつけよう と調べた結果、彼の名前はストーンといい、アニメーターとして働いていた人物だと判明します。そしてストーンが口にしていたルウとは、彼がいつか 制作したいと夢を抱いていたアニメのキャラクターだったのです。
 今、誰よりもストーンが会いたがっているのはルウだ。そう考えたモモは、ルウに変身してストーンの夢の中に入っていくのでした…。

ストーンとルウ


〜ちょっと一言二言〜
 アニメの中でアニメ界を題材にした話を展開するという、一種メタ的な手法は「星のカービィ」の第49話や「こいこい7」の第6話のように最近の アニメでも多く見かけます。しかし「走れ夢列車」は、これら自虐ネタや皮肉に走りがちな作品と明らかに一線を画した内容となっています。

 作中、モモはあまりにも酷いアニメ制作の環境を目にして、こう問います。
「そんなにしてまで、なぜアニメを作るの?」
 これに対し、アニメーターの女性は力強く答えます。
「私たちは夢を見ているのよ。いつか自分の描いたキャラクターが映画の中やテレビの中で動き回る、そんな日を。(中略) でも、アニメを作るには人手もお金も必要。今は他の誰かが作ったキャラクターしか動かせない。でも、必ず自分のキャラクターが動く日が来る。 その日を夢見てるから、きつくても眠くても頑張れる」
 …のだと。

 アニメ制作現場の悪い点も含めて真摯な姿勢でぶつかっている(このあたりは「アニメがお仕事!」に雰囲気が近いように思います)のは、やはり この物語が 実在の人物をモデルとしている からでしょう。
 脚本にクレジットされている石田昌久とは「空モモ」に演出で参加されていた石田昌平氏のことで、本作の作監である渡辺浩氏とは「大いなる遺産」などで コンビを組んでいた方です。しかし残念なことに、氏は長年温め続けてきたアイデアに首藤脚本、渡辺作監という強力な助力を得てOVA「ミリオンをつかめ!」を 制作していたのですが、その完成を見ることなく志半ばにしてこの世を去りました。
 「走れ夢列車」はもちろん「海モモ」製作スタッフから氏への追悼作品です。しかし、それだけでなく夢破れて現場を去っていった数多のアニメ制作者たち への挽歌であり、かつアニメ賛歌ともなっているように思います。このような物語が少女向けアニメに相応しいものなのかどうかはともかくとして、 「モモ」ファンを自認するなら…いえ、アニメファンならば是非一度は目にしておきたいところです。




第59話 「夢に唄えば」
第60話 「夢の彼方に」

〜あらすじ〜
 敏腕映画プロデューサーのズデニックは、かつて地上に存在していたという伝説の夢の国フェナリナーサを題材にした映画を企画していた。 そこで考古学者であるモモのパパに考証を依頼し、さらにイメージに合っているということでモモが主役のオーディションすることになったのです。
 その結果、映画の主役にはノコッタ・インのモモ………と、なんとロンドンに住むモモ、つまり二人のモモに決定しました。これで順調にクランクイン…と 思いきや、スタッフは突如として様々なトラブルに見舞われ、撮影は暗礁に乗り上げます。そしてとどめとばかりに、突然の戦争勃発。
 これによって映画は戦意高揚映画のみが求められ、ズデニックの唱えるファンタジックな映画は撮影すら許されなくなりました。

 あまりの逆境に映画を捨てようとさえ考えたズデニックでしたが、フェナリナーサの映画を作ることは彼の小さい頃からの夢でした。 それを簡単に諦められるはずがない。たとえ、ちっぽけな8ミリカメラでも撮影してみせると決意を新たにします。
 しかし、そうはいっても映画は一人で撮れるものではありません。どうすればいいのかと頭を抱えて悩むズデニックの姿を見たモモは、 魔法の力を使って映画を、ズデニックの夢の実現を手助けするのでした。
 ところが…。

み・ん・な・の
モモで文句ある?


〜ちょっと一言二言〜
 「空モモ」でいうところの第43話にあたる内容のお話。
 魔法の力で他人の夢を叶えたとしても、それは本当に本人の夢なのか。夢は他人に叶えてもらうものではなく、自分の力でつかみとるものではないか。 ズデニックの映画を通じて、モモはそれを嫌というほど思い知らされます。
 そして、これは間違いなくモモの存在を否定する(ひいては「海モモ」という作品の存在を否定する)ことにも繋がっていきます。この大きすぎる 矛盾をどう収束させたのか…ということに関しては、後に第62話の欄で述べていきたいと思います。

 それはそれとして。
 ズデニックに撮影した映画はフェナリナーサを題材としているだけあって、「空モモ」を知っている人なら、おおっ、と思うような 遊びが仕掛けられています。ちゃんとシーンと話数が合わせてあるので(特に最初のシーン36と42は渡辺作監という点にも注目)、元ネタを 思い出しながら見るとより楽しめると思います(「空モモ」をご存じない方は、逆にここからチェックするのも面白いかも?)。




第62話 「いつか、あなたと」
〜あらすじ〜
 その日は当たり前のように、でも、突然やってきました。モモの魔法が無くなる日が…。

 レジェンド・パークを追われて魔力を失っていたモモは、それでも夢のカケラたちの力を借りて人々に夢と希望を分け与えてきました。 でも、それももうお終い。夢のカケラは、決して無限にあるわけではないのですから。
 夢の無くなった地球には住めないと、妖精たちは次々と地球を離れてしまいます。そして海の底に沈んでいたマリンナーサもまた、 全ての力を使って地球を脱出し、他の星に移り住むと決断します。マリンナーサが地上に姿を現すのは翌日の夜明けの瞬間、その時を 逃せばモモはマリンナーサに帰ることができなくなります。

WITH YOU
TOMORROW

 それは、いつもとまるで変わらない、いつもの朝でした。そして、いつものように昼がすぎ、いつものように今日のお日様が沈んでいきます…。

 夢の無い世界では、夢の国の住人であるモモは消え去るしかない。マリンナーサに戻ることを決意したモモは、パパとママの記憶から自分を消すため、 二人の夢の中に入っていきます。パパとママと、そしてモモとのさん人で過ごした楽しい思い出、それらを一つ一つ消していくうちに、モモは固く閉じられた 夢の扉を見つけます。最後まで残った扉、その向こうにモモが見たものは…。


〜ちょっと一言二言〜
 「空モモ」との区別をつけねばならなくなった「海モモ」は、夢とともに自壊するという結末が選ばれました。これによって、自らが大人になって 夢をつかもうとする「空モモ」に対し、「海モモ」は他の誰かが夢に向かって進んでいくのを傍らで見守ることしかできない(なぜなら、 もうモモに魔法の力を持たない夢の住人だから)のだ、という違いが生まれました。
 未来という希望が残っていた「空モモ」の比べ、明らかに「海モモ」は先がない、どん底の結末です。OP主題歌で「誰だってその胸に叶えられる夢がある」 と歌っておきながら、モモは夢を叶えるどころか、叶えるための夢すら持ち合わせていませんでした。夢を語ることによって、現実には夢なんて 存在しないんだと逆説的に証明してしまったのが「海モモ」なのです。

 ただ、さすがにそれでは、あまりにも身も蓋も無いと首藤氏も考えられたのでしょうか、「海モモ」には以下のような仕掛けを施されることになりました。
 夢の国の住人は誰かが夢を抱いていれば存在できるのです、だから海の底からやってきたプリンセスが消えてしまわないようにテレビの前にいる視聴者の 一人一人が夢を持ってください、と。
 モモはいつでもあなたの傍にいる、だからこその「WITH YOU TOMORROW」なのです。




 必見エピソードの紹介は以上でおしまいです。次項は、「海モモ」の四方山話となります。



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