http://www.khan.co.kr/kh_news/art_view.html?artid=200409131726421&code=990310

京郷新聞

[明日を開く歴史] 親日清算、遅れただけ徹底的に

姜萬吉(カン・マンギル) 尚志大総長 〉

私達ほどの文化水準を持った民族社会が、20世紀に入ってから他人の強制支配を受けるようになった事も世界史に珍しい事だが、解放された後、反民族行為者を全然粛正することができなかった事も、フランスのナチ協力者粛正や中国の親日行為者ハンガン(漢奸)処断などを例に挙げるまでもなく、世界史に類例が無い恥ずかしい事に違いない。

殖民支配から解放された民族社会の初政権は、たいてい民族解放運動勢力が建てる事になっている。しかし我が民族の場合、解放と一緒に南北に分断されて、南の方に実施された米軍政によって日帝協力勢力が政権の下手人(手下)にそのまま安存した。引き継いだ李承晩政権では大統領と招待国務総理は民族解放運動勢力と言えたが、行政・警察官僚及び教育界と軍部の上層部などには日帝協力分子達がそのまま席を振ったし、したがって反民族行為者処罰特別法が制定されても、直ぐに廃棄されてしまった。

-指導層、民族歴史意識 不足-

4・19で李承晩政権が倒れて張勉政権が立ったが、その政権上層部の大部分も日帝協力者達だったから反民族勢力粛正は期待することができなかった。 5・16軍事クーデターで政権を取った朴正煕少将は、日本帝国主義の将校出身で、やっぱり反民族勢力清算はあることができなかったし、後続の全斗換・掻泰愚政権も軍事政権の以上、そんな歴史意識や政治的決断を持つことが出来ないのは同じだった。軍事政権30年ぶりに文民・金泳三政権が立ったが軍部独裁勢力との妥協、すなわち合当に成立された政権で反民族勢力清算の為の歴史意識や政治的決断を期待することができないのは又同じだった。金大中政権も、5・16軍事クーデターの核心要因を中心にする政治勢力との連合に成立されるしかなかったから、たとえ歴史意識を持ったと言っても反民族親日勢力の清算を期待することは難しかった。

-政治決断、半世紀以上 持ち越して-

次に、解放後のうちの歴史展開過程を通じて、親日反民族勢力粛正がこのようにも難しかったか、半世紀が更に経た今に来ても、何故、遂に敢行しなければならないかを考えて見よう。

第一、この地で二度と李完用・宋秉oのような売国奴と反民族行為者が出ないようにする為に、苛酷な歴史反省が一度は必ずなければならないからだ。決して、政治的目的なんかに利用されることができない厳粛な民族史的課題であるだけだ。

第二、他人の強制支配を受けた民族社会が解放後、反民族勢力を粛正する事が出来なければ、その後の歴史展開過程全体を通じて正しい事と悪い事の仕分けが不明に成ってしまうという事実が重要だ。よく言われる、社会正義が立たないという話になる。

由緒深い文化民族として文民統治体制が席を獲ってから久しい社会でありながらも、日帝侵略軍将校出身が20年間近くも独裁することが出来た事や、それだけでなく、一部からでも其の政権の歴史的正当性が主張されるとか、讃揚されすらした事や、 20世紀後半期に30年間もの軍事独裁時代を経験せざるを得なかった事は、政治指導層の歴史意識が始めから無かったとか、国民一般の歴史意識が曇って民族史全体の正しい進行方向を見積ることが出来なかったからだとするしか無い。

第三、これから成り立つ平和・対等統一に備えて、全ての部門で南北が同じ条件であることが理想的で、特に親日反民族勢力清算問題で同等な水準であることが望ましい。しかし、南の方は反民族勢力清算が全く無かったのに比べて、北側は解放直後清算を比較的徹底的にした事と知られている。平和・対等統一過程で、他人が北に不足な点が無い為にも、反民族勢力に対する歴史的清算だけでも不可欠だ。

第四、反民族勢力を粛正する事が出来なかった歴史的負債が、21世紀民族史の進展を塞いでいるという点だ。親日反民族勢力の大部分が、民族分断過程を通じて過激な冷戦勢力、及び反北朝鮮勢力に成る事で、政治・経済・社会・文化など各部門で自分の位置を更に強化することが出来た。しかし今では、世界史的に冷戦体制が崩れて平和志向の和解・協力時代が開かれて行っている。そうであっても、親日反民族勢力に根を置いた冷戦・反北朝鮮勢力は、相変らず民族の他の一方を敵に見做して冷戦・反北朝鮮体制を固めて自分の基盤を維持しようと思う事で、民族史全体の前進を塞いでいる。

軍事独裁勢力と妥協するとか、連合しないで成立された、すなわち軍事独裁時代の政治的汚染に比較的影響されなかったとする盧武鉉政権に来て、親日反民族行為者処罰法が通過された事は幸いな事だ。その上に、これからは清算実務も、解放後1世代でも2世代でもない3世代学者達が担当するようになって、客観性高い作業になることが出来るようになったりした。

‘ボロ’法を直した後に洗い出すのではあるが、法が通過された去る国会では、軍事独裁政権と癒着されたとか妥協した反民主勢力が議席の過半数を占めて、折角通過された清算法が‘ボロ’法になってしまった。今になって親日派を清算したところで実定法的清算は不可能になったし、歴史的清算に限定されるしかなくなった事も不憫切なのに、清算法さえ‘ボロ’なら民族史的意義は期待し難いとしか言えない。

国を売った代価だとされる乙巳5敵の財産が、解放後にもそっくりそのまま後孫に相続されたら、その社会は決して正義が在る文明社会だとすることが出来ない。去る国会で通過された‘ボロ’法で清算と言うものをするつもりなのか、現時点で我が国民の意志が一番良く反映された新しい国会で改訂法を作って清算らしい清算をするつもりなのか。この問題は、21世紀に入った我社会の清浄度と成熟度、そして正義性を測る重要な基準になる。

入力: 2004年 09月 13日 17:26:42 / 最終編集: 2004年 09月 13日 17:26:42