もちろん、簡単に「軍隊を持つことや兵器を作ることは悪いことだ」と言い切れるものではありません。例えば相手の攻撃兵器のみを無力化できる安価な兵器が製造できれば世界平和に大きな貢献となります。また筆者は非武装中立すべきとの考えに立っていますが、本当に非武装でも侵略されないのか、もし侵略されたらどうするのか、これは非武装論者が常に考えているべき論点ではないでしょうか。
しかし、大筋から言えば人殺しを目的とする組織や工場が税金からお金をもらっていることは間違いありません。無論、その周辺に住んでいるわたしたちもその恩恵に浴していることはよく考える必要があります。広く言えば朝鮮戦争以来日本は戦争特需で焼跡から立ち直って来たわけです。守山区が曲がりなりにも名古屋市に編入されるまで豊かになったのは陸軍第3師団騎兵第3連隊(軍事施設)を誘致した経済効果です。宮前橋は1957(昭32)年8月の豪雨で流された後、1958(昭33)年10月に陸上自衛隊守山駐屯地受け入れの防衛支出金で防衛道路として再建されています。すぐ近くに軍事施設がたくさんあるのですから、万が一日本が戦争に巻き込まれた時には、太平洋戦争でそうだったように攻撃の目標になることは間違いありません。
過去分よりは少ないので掲載範囲を広げてあります。本当はもっとたくさんあるのでしょうが、軍需産業は下請け関係が複雑で秘密主義も多いため全体像がつかみづらく、とりあえず判明している分のみの掲載であることを考慮して見て下さい。
守山で「自衛隊」と言えばここを指します。第10師団司令部が入っています。昔の陸軍第3師団騎兵第3連隊(軍事施設)跡地です。
昔の小幡ヶ原演習場(軍事施設)跡地の一部です。東名阪自動車道小幡ICの隣です。
昔の小幡ヶ原演習場(軍事施設)跡地の一部です。訓練場から東名阪自動車道を挟んで反対側、緑ヶ丘商業高校との間にあります。
昔の小幡ヶ原演習場(軍事施設)跡地の一部です。緑ヶ丘バス停前に赤く錆びたアンテナの鉄柱が3本建っているのが龍泉寺街道からも見えます。
昔の陸軍造兵廠鷹来製造所西山分廠(造兵廠)の跡地です。現在は陸上自衛隊第10施設大隊が入っています。

昔の陸軍兵器補給廠高蔵寺分廠(補給廠)です。愛岐道路で多治見へ行く途中左側にある鹿乗橋を渡った正面の高座山をくりぬいた半地下式で、貯蔵能力は5200tです。熱田空襲の経験者によれば100kg爆弾でも厚さ10cmの鉄筋コンクリートが紙のように吹き飛ぶそうですが、その五万二千発分が貯蔵できるということです。
昔は陸軍小牧飛行場(軍事施設)でした。敗戦後アメリカ軍が接収して1946年、48年、53年と拡張し、その後返還されて名古屋空港・航空自衛隊小牧基地になりました。
陸軍各務原飛行場だったところです。
三菱重工業の航空機産業は1945(昭和20)年敗戦で壊滅しましたが、1953(昭和28)年朝鮮戦争でアメリカ軍のB−26爆撃機やC−46輸送機の修理の仕事が入って復活し、その後はF−86F戦闘機、F−104J戦闘機、YS−11輸送機、AAM−1空対空ミサイル、ナイキJ地対空ミサイル、F−4EJ戦闘機、AAM−2空対空ミサイル、T−2練習機、Fー1戦闘機、F−15J戦闘機、B−767輸送機、P−3C哨戒機、SH−60J対潜ヘリ、T−4練習機、F−2戦闘機、パトリオット地対空ミサイル、SSM−1B艦対艦ミサイル、AAM−3空対空ミサイル、ASM−2空対艦ミサイルと自衛隊向け兵器の生産、修理、改装で順調な成長を遂げ、今では昔のように日本有数の工場になりました。B−767旅客機やMU300ビジネスジェット機など民間機の製造もありますが、割合的には航空自衛隊向けがほとんどのようです。
航空機の部品が各地から小牧空港に搬入され、三菱重工業の航空機のほとんどはここで完成され、小牧空港から飛び立って行きます。

小牧空港の北隣というより敷地内にある工場です。
小牧ICから国道155号バイパスに入って東に向かうと右側に広大な工場が見えて来ます。
1972年に建設されました。生産の50%がミサイル、26%が航空宇宙エンジン、制御機器他が14%と言いますから、ほとんど軍需専門工場であると言えます。
大曽根駅のすぐ東側に広がっている工場です。三菱電機名古屋製作所(軍需工場)で書いたとおり昔から軍需工場でした。
インターネットで調査したところ、この工場の現在の製造品目の中に「航空機用電装品」があり、軍需産業の関係書籍を読むとこれに軍需関連が含まれていることがわかります。

小牧と三菱重工業の関係と同じく、航空自衛隊岐阜基地の北隣というより敷地内に航空機の工場があります。
名鉄名古屋本線須ヶ口駅の前の大工場です。戦争中から旧陸軍向けの小銃を製造しており、今でも陸上自衛隊向け小銃を生産しています。
野崎誠一会長は冗談か本気か「日本いたるところコンクリートになっては困るじゃないか、竹やぶがなくなって竹槍も作れない」と言ったとか。日清戦争ですら火力がなければ勝てないことは明らかだったのに、怖るべき勘違いです。
名鉄瀬戸線旭前駅の北にあります。陸上自衛隊向け弾薬を生産しています。
名鉄瀬戸線矢田駅の近くで守山区から大曽根に降りて行くカーブの外側にある工場です。昔は尾張時計電機矢田製作所(軍需工場)で、飛行機の部品を作っていました。
