戦争展展示前文(トップ) 軍事施設 造兵廠 補給廠 軍需工場 民間戦争遺跡 現在は? グーグル地図 Q&A
補給廠の敷地は今は少年鑑別所、名古屋盲学校、市邨学園、市立大学芸術学部、愛工大名電高校、公務員住宅などになっており、その北東端の塀グーグル地図が清明山交差点の南西にある愛宕神社の南側に残っています。1997年の現地調査では当時のままと思われる古い灰色でしたが、1998年の現地調査では明るいクリーム色に塗り直されており、また一部壊されてしまったようです。

壁の向こうは若鯱屋の駐車場、写真右の道路を奥に進むとバスレーンがある通りの清明山交差点です。
陸軍造兵廠千種製造所(造兵廠)のすぐ北側にあり、陸軍補給廠守山分廠、鳥居松分廠、鷹来出張所、春日井分廠、高蔵寺分廠はこの支部です。だいたい造兵廠製造所の隣に作られていることが多いのがわかります。
千種区にあった兵器補給廠の支部です。
補給廠守山分廠の旧敷地の西の部分は現在市営住宅第一香流荘や住宅地、東の部分は森孝新田交差点の北東にある病院になり、その2つをつなぐ太い道路がスシローとホームインテリアの北側裏手に残っています。写真はその道路です。

バスレーンがある通りに元補交差点グーグル地図がありますが、これは昔からの地名ではなく、戦後補給廠がなくなってから「元補給廠」の略でつけられたものです。

この辺は畑でしたが、1943(昭和18)年陸軍に1坪(3.3m平方)あたり畑1円、桑畑2円の安い値段で強制的に接収されました。敷地は2カ所に分かれてあって、その2カ所は太い道路でつながれました。

千種区にあった兵器補給廠の支部です。陸軍造兵廠鳥居松製造所(造兵廠)のすぐ北側です。今は上条小学校、朝鮮初中級学校になっています。
千種区にあった兵器補給廠の支部です。陸軍造兵廠鷹来製造所(造兵廠)の端にあって、今は日本通運の鷹来倉庫になっている場所です。

ちなみに隣に最近できた春日井市民病院は最上階が全く使われないままになっていて、現地調査時も最上階のみ電気がついていませんでした。説明によれば阪神淡路大震災の教訓から予備のスペースを取ってあるとのことだったそうですが、ガイドライン対応と考えるのは考え過ぎでしょうか。常滑に新空港ができる状況でやたら汎用スペースの多いというターミナルビルを増設した小牧空港と併せて不気味なところです。
千種区にあった兵器補給廠の支部です。1999年の調査で入手した昔の陸軍機密地図に掲載されていました。今の春日井インターチェンジの辺りだと思います。
千種区にあった兵器補給廠の支部です。高座山をくりぬいた半地下式で、貯蔵能力は5200tです。熱田空襲の経験者によれば100m爆弾でも厚さ10mの鉄筋コンクリートが紙のように吹き飛ぶそうですが、その五万二千発分が貯蔵できるということです。

1945(昭和20)年敗戦でアメリカ軍に接収されましたが1958(昭和33)年返還され、現在は航空自衛隊の高蔵寺分屯基地・高蔵寺弾薬庫になっています。