( ̄ ̄<     / ̄>                   \  ヽ   / /ソ         プ ロ ジ ェ ク ト\  ヽ P r o j e c t MS    ──────────────────────          技術者たち /|_/ /\engineers                  |   /   \   丶                  \/       \__ノ    プロジェクトX特別編・ジオン共和国防衛隊創設秘話            〜栄光無き戦士たち〜 ジオン公国の崩壊。 これは、サイド3で生活する人々には、屈辱以外何者でもなかった。 法の再整備、資産凍結、企業財閥の解体、10年間の開発凍結、 そして・・・・・誇りであった軍の解体。 これは、忘れられる為に、子供達に未来を残す為に立ち上がった男たちの 熱く悲しい物語である。 ♪かぜのなかのすーばるー すなのなかのぎんがー♪ 「総帥の死」「残された者達の決断」 ♪みんなどこへいったー みおくーられることもなくー♪ 「屈辱の終戦」「奪われた誇り」 ♪そうげんのぺがさーすーまちかどのびーなーすー♪ 「責任」 ♪みんなどこへいったー みまもーられることもーなくー♪ 「義務」 ♪ちじょうにあるほしを、だれもおぼえていない♪ 「戦争の悲劇」 ♪ひとはそらばかりみーてるー♪ 「戦後の悲劇」 ♪つぅばーめよーたかぁいそぉらかぁらー♪ 「泥を被り続けても果たすべき事」 ♪おしぃえーてーよーちじょーのほしをー♪ 「未来の妻子達の為に」 ♪つぅばーめよーちじょうのほしはー♪ 「まだ、終わっていない」「君たちの番だ」 ♪いまぁどーこーにーあるのーだーろー♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ソロモン崩壊後、ギレン総帥も亡くなり、指揮もままならないまま、決定的な反撃を出来ずに 撤退戦を続けていたジオン軍は、とうとう、N中将が発案した特別攻撃を指揮するまでにいたった。 いわゆるカミカゼ攻撃である。 だが、命を捨てたの抵抗も空しく、連邦の物量は圧倒的であり、撤退を重ねていった。 そして、本土決戦か降伏かが、問われていた。 宇宙暦0079 12月30日 終戦前夜 ジオン総隊司令部の長官室では軍令部次長、N中将が連合艦隊司令長官、Z中将に 徹底抗戦を主張、決断を迫った。 「これ以上抗戦を説いて何になる。死ぬのは兵隊ばかりではない。ミネバ陛下も、 国民も、みんな死ぬんだぞ…」 翻意は不可能なのを悟って退出しようとするN中将を、Z長官は呼び止めた。 「N君、死ぬなよ。けっして死ぬなよ。死ぬ思いで戦争の後始末をするんだ。 それが生き残ったわれわれの仕事なのだ」 そう、N中将の背中に叫んでいた。 宇宙暦0079 12月31日 終戦 翌日以降、N中将をはじめ将校の自決が相ついだ。 ここに、N中将の遺書が有る。 ------------------------------------------------------------------ 特攻隊の英霊に申す 善く戦ひたり深謝す 最後の勝利を信じつつ 肉弾として散華せり 然れども其の信念は 遂に達成し得ざるに至れり 吾死を以って旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす 次に一般青壮年に告ぐ 我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ 聖旨に副い奉り自重忍苦するの誠ともならば幸せなり 隠忍するとも日本人たるの矜持を失うことなかれ 諸子は国の宝なり 平和に処しなら猶克く 特攻精神を堅持し 日本民族の福祉と 世界人類平和の為 最善を尽くせよ ------------------------------------------------------------------ 終戦放送の流れる直前まで無条件降伏に反対し、全軍特攻を提唱し ジオン不滅を叫んでいた闘将とは思えないほどに、この遺書には冷静な 祈りが織り込まれている。 徹底抗戦の主張から一転し、軽挙をつつしめと。 生き残った若者達には「国の宝」と呼びかけ、日本の復興と世界平和の為に 特攻隊のような自己犠牲の精神を以って尽くせ、との切なる願いが込められていた。 辞世 これでよし百万年の 昼寝かな (特攻隊の現れるような民族が、そうやすやすと滅びるはずはない。 暴風の後にはより美しい月が洗い出されてくるのが悠久を貫く大自然の すがた。しかし詫びねばならないことには詫びてゆく。 死はいささか長い昼寝にすぎない。) 宇宙暦0080 1月1日 自決 自ら「特攻は統率の外道」と称していたN中将。 彼の死を聞いた軍関係者は誰も驚かなかった。 「Nはたとえ戦争に勝ったとしても、腹を切っただろう」と。 宇宙暦0080 1月2日 N中将の自決の報を聞いたZ長官は幕僚を集めて言った。 「君たちはけっして腹を切ってはならんぞ。みんな死んだら、誰がこの戦さの後 始末をするのか、死んではならん。俺も死にはせん」 以降、自決者は激減した。 そして、彼らは、戦勝国の茶番劇とまで揶揄された「ジオシティー裁判」に臨んでいた。 この戦争の責任を取る為・・・・・部下に戦争責任は無い事を主張する為、そして ジオンが必要以上に貶められないために。 彼らの奮闘により、コロニー落しが有ったにも関わらず死刑判決者は殆ど出なかった。 彼ら、首脳部数名が、絞殺刑に処せられたのみである。 一方、連邦政府代表M元帥は、サイド3に降り立った。 M元帥の移動路の護衛は、武装解除させられたジオン兵が充てられていた。 生身のまま、沿道を護衛させ、自分の身辺は完全武装した連邦兵に護衛させていた。 ジオン兵を弾除け程度にしか考えていなかったのかもしれない。 しかし、M元帥は、ジオン兵達を見て、戦慄を覚えた。 ジオン兵全員が、M元帥の車に背を向けていた。 誰一人、M元帥を見るものは居なかった。 ジオン魂が、ジオン兵の誇りがそれをさせていたのだ。 ジオン兵に改めて怖れを感じたM元帥は、占領政策として、情報統制を実施した。 ジオン兵は、祖国を破滅に導いた愚か者だと。 以後、元ジオン兵は、荒廃した祖国で肩身の狭い思いをしながら、隠れるように 細々と生きて行く事となる。 三年後、自国の防衛組織すら持つ事を許されず、全てを連邦に一任されてきたジオン共和国に、転機が訪れる。 デラーズ事件である。 この事件は、当時一般には極秘扱とされていたが、各高官たちには報告されていた。 これをきっかけに、連邦は軍拡の道を歩みティターンズ抗争へと発展するのだが、当初は、連邦本部、つまりは地球の護衛強化の為、連邦軍のサイド3駐留は連邦にとって、大きな負担になってきていた。 そこで発案されたのが、再軍備計画である。 これには、連邦はもとより、ジオンからも反対の大合唱となったのだが、誰もが今のままでは駄目だと判っていた。 議会が紛糾する中、とある計画案がもたらされた。 この部隊は、警察の配下となり、交戦権の持たない警察予備部隊にするという物である。 膠着していた議会は突然動き出した。 この、元ジオン士官からもたらされたと噂される、警察予備部隊案は可決成立した。 この計画には、大きな問題が孕んでいた。 部隊の中核となるだろう、元ジオン兵の再召集である。 3年の月日が彼らの生活を変えていた。 肩身の狭い思いをしながらも、彼らなりの生活を始めていたのである。 この部隊は完全志願制であったため、皆が拒絶される事が容易に想像されたのだ。 そこで、旧軍の各部隊長に白羽の矢が立った。 彼らに各部隊ごとに、隊員の説得を依頼したのだ。 ここでは、その中の一人、中隊長をしていたA大尉の行動を追います。 各部隊の隊長の捜索をしていた警察は、スラム街でA大尉を発見した。 家族も生存し、ささやかながらも蓄えのあったはずのA大尉が何故にと不思議がられたが、A大尉の証言からすべてが発覚した。 A大尉の家族には、戦死報告の誤報が届けられていたのである。 戦後、A大尉が復員し、自宅に戻ろうとした時に、自分の父に出会い全てを聞いた。 自分の戦死報告が有った事、妻の幸せのため再婚させていた事、すでに妻のお腹には再婚相手の子供がおり、ささやかだが、幸せな生活をしている事。 全てを悟ったA大尉は、妻に会うこともなく町を去った。 そして、スラムに流れ着いたのである。 戦後の悲劇、しかし、当時は頻繁に起きた事件の一つに過ぎなかった。 突然の来訪者に、当初A大尉は困惑した。 彼は、何の希望の無く、ただ生きることに必死な現状に絶望し、死が訪れるのを待っていたのだ。 今また、過去の亡霊に出会ってしまった心境だった。 それほど、旧軍の兵隊には風当たりの強い風潮だったのだ。 最初は断ったA大尉だが、何度となく訪れた、役人の最後に発した言葉が、彼を動かした。 「この国の妻子達の未来の為に、我々の責任を果たしましょう、たとえ泥をかぶり続ける事になったとしても!!」 忘れ去ろうとしていた、妻の事を思い出した、短いけれど幸せだった日々を。 涙が、溢れた。 血がざわめいた。 彼は思った、もう一度、自分達の行なった事の責任を取ろうと。 こうして、再召集は地道な人海戦術で行なわれた。 戦後間もなく、疲弊した人々を動かすには、人の心に訴えるしか無かったのだ。 A大尉は、自分の部隊の家族を回る事から始めた。 戦死した部下も含めて、慰霊のつもりだった。 しかし、予想以上に厳しい仕事となった。 生き残った部下たちは、現在の生活を捨てる事を拒絶し、戦死した部下の家族 からは、息子は死んだのに「上官の貴様が何故生きている!!」と罵倒され、墓前にも参らせてもらえない日々が続いた。 年齢順に部下の家に参っていったA大尉は、部隊の中でも、最も若い部下達の家に回る事になった。 若い部下・・・・・妻も居ず、特攻兵に志願した部下達である。 罵倒は覚悟の上、ただ、墓前に立ち謝りたいが一身で、遺族の前に臨んだ。 殆どの遺族は罵倒するばかりで、墓前には参らせてもらえなかった。 塩を撒かれたこともあった。 だが、ただひたすら、遺族を回っていると、一軒の家で、部下であり、特別攻撃隊に加わったU少尉の遺書を見せていただいた。 所感 栄光ある祖国ジオンの代表的攻撃隊ともいうべき特別攻撃隊に選ばれ 身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。 思えば長き学生時代を通じて得た 信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合 これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが 自由の勝利は明白な事だと思います。 人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく たとえそれが抑えられているごとく見えても 底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。 権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも 必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。 我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。 ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、 今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく 次から次へと滅亡しつつあります。 真理の普遍さは今現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく 未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。 自己の信念の正しかった事この事あるいは祖国にとって 恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。 現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。 すでに思想によってその闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。 愛する祖国ジオンをしてかつての大英帝国のごとき 大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。 真にジオンを愛する者をして立たしめたなら ジオンは現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。 世界どこにおいても肩で風を切って歩くジオン人 これが私の夢見た理想でした。 宇宙の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。 操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、 ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。 理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で しいて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。 一器械である吾人は何もいう権利はありませんが ただ願わくば愛するジオンを偉大ならしめられん事を 国民の方々にお願いするのみです。 こんな精神状態で征ったならもちろん死んでも何にもならないかも知れません ゆえに最初に述べたごとく特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。 MSに乗れば器械に過ぎぬのですけれど、一旦下りればやはり人間ですから、 そこには感情もあり熱情も動きます。 愛する恋人に死なれたとき自分も一緒に精神的には死んでおりました。 天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと 死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。 明日は出撃です。 過激にわたりもちろん発表すべき事ではありませんでしたが、 偽らぬ心境は以上述べたごとくです。 何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。 明日は自由主義者が一人この世から去っていきます。 彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。 いいたい事を言いたいだけいいました無礼をお許し下さい。 ではこの辺で 出撃の前夜記す 宇宙暦0079 12月15日 出撃 戦死 「息子はそういう思いで、死んでいったんです。 ですから・・・・・もう、そっとして置いてください。」 そう言われた、A大尉であったが、逆に、詣でずには帰られないと思い再度頼み込むと、遺族は一冊の本を持ってきた。 「あの子の遺品です。これを読んでからもう一度来て頂けますか」 そう言われ、渡された本を持ち帰り、読みふけった。 彼の愛読書は、哲学者クローチェを論じたものであった。 戦争に喜びを感じていたように見受けられた部下だったのだが、遺書といい、この本といい、意外な事だらけであった。 本を読み続けるうちに、所々の文字に赤い丸が付けて合った。 奇妙に思い、最初からたどって読むと以下の文章になった。 Kちゃん、さやうなら。 私は君が好きだつた。 しかしその時既に君は婚約の人であつた。 私は苦しんだ。そして君の幸福を考へた時、 愛の言葉をささやくことを断念した。 しかし私はいつも君を愛してゐる 何もいえなかった。 ただ謝りたい、そういう心境だった。 翌日、再び遺族の下に訪れ、遺品の本について、率直に語った。 遺族の顔が、少しだけ綻んだ。 そして、墓前に立つ事が許された。 この、警察予備隊の参加の勧誘と戦死した部下への慰霊の旅で初めての事だった。 トモロヲ こうして、A大尉のように全国行脚した人々により、なんとか人員が揃いました。 その数は、旧軍、最盛期の1/10にも満たなかったのですが。 人数がおぼつかないながらも、ジオン共和国防衛隊の前身である、 警察予備隊の発足とになりました。 警察予備隊の発足式の日、Y首相は、こう訓令を行なっています。 「君達は予備隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく予備隊を  終わるかもしれない。 きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。  しかし、予備隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて  国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。  言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。  どうか、耐えてもらいたい」  隊員の大部分がY首相の言う通りの人生を送り、なおかつY首相の言葉が真実を含んでいる  だけに、防衛隊員の苦労と忍耐を思うと心が痛みます。  それでは、最後にA大尉が、病床の中部下に残した最後の言葉で締めくくりたいと思います。 (ED BGM開始) 「我々の世代は、自分たちがしでかした事のツケを払うのが人生そのものだった。  君たちの為に、国を豊かにする事しか出来なかったんだよ。  でも、今のままでは、何かが足りないままだ。  君たちには、今の子供達が、誇りを持って、自信を持って生きていけるだけの国を、社会を  築いていって欲しい。生きる事と享楽に走る事が全てでは、余りにも悲しすぎるから」 終 この駄文は、創作とも、ノンフィクションとも言えない作品です。 感づいた人も多いと思いますが、この内容は、連邦を「米国」に、ジオンを「日本」に 置き換えると、そのまま「自衛隊創設秘話」になります。 無論、創作している部分も多いので、完全ではありません。 ただ、難しい問題も絡んでいますから、今後も語られる事の無いエピソードと思い 電波と呼ばれたり、非難を受けることを承知で、書かせて頂きました。 不快に思われた方には、お詫び申し上げます。 ですが、これを読んで、何かを感じられた方々、「靖国神社」や「千鳥が淵」に詣でろとは 申しません、せめて、激動の時代を生きた、お祖父さん、お祖母さんの墓前で、改めて 手を合わせてあげてください。 もし、ご存命であるならば、大事にされてください。そして、戦中の事を語られる事があれば それを忘れず、心に留め、後世に残してあげてください。 それで思いは残りますから。 あとは、現在の自衛隊に関してですが、皆さんも色々、思う事は有るかもしれません。 しかし、現在、海外に派遣されている自衛隊の人々は、ろくな装備を与えられず、 前線に出ています。 「もし、民間人が狙われる事があれば、防弾チョッキを重ね着して、前に立つ!」 こういう、発言が出てしまうぐらいです。 国政とか主義主張を唱える前に、人として忘れてはいけない物が、どこかに行ってしまってる 気がする、今日この頃です。 それでは最後に、登場人物や、各エピソードの説明をして終わります。 出典は、「聞け、わだつみの声」とか色々。 もし特攻隊の事を詳しく知りたければ、知覧の特攻記念館に行く事をお勧めします。 私は、遠いところに住んでますので、行った事がありませんが、いった人から聞くと 大抵、一日中泣いていたと、涙が枯れる体験をしたと聞きます。 私も一度は行こうと思っています。 ●登場人物 Z長官:連合艦隊司令長官、小沢治三郎中将。 N中将:軍令部次長、大西瀧治郎中将。彼は「特攻の父」と呼ばれています。 M元帥:米国マッカーサー元帥。 A大尉:完全に創作ですが、彼のような人は、星の数ほど居ました。 U少尉:陸軍 上原良司少尉。 Kちゃん:京子さん。U少尉の遺書と本に出てくる方。 Y首相:内閣総理大臣 吉田茂。 ●エピソード ・終戦前夜から終戦翌日までのエピソード  すべて、固有名称を除き、太平洋戦争での日本の実話です。 ・N中将の遺書と辞世  固有名称を除きすべて、大西瀧治郎中将の残した内容です。 ・ジオシティー裁判  東京裁判。  当時は戦争裁判に関する国際協定は無く、本当に他国から茶番劇と呼ばれていました。 ・絞首刑  死刑にも格という物が有り、特に軍人には「銃殺刑」の方が、より敬意を払った  死刑方法になります。あくまで当時の概念ですが。  (苦しまずに即死可能、武器で死ねるという意味もある。自決、切腹に近い。)  つまり、東京裁判で13階段に登らされた人々は、それだけ侮蔑されたという事。 ・M元帥が見た背を向けたジオン兵  マッカーサー元帥が見、怖れた、日本兵。これも、固有名称を除き実話です。 ・デラーズ事件  朝鮮戦争。 ・A大尉のエピソード  彼と彼に起きた事は創作ですが、当時、本当によくあった出来事を演じて頂きました。 ・U少尉の遺書と本のエピソード  固有名称を除き上原少尉の残された実話です。 ・Y首相の訓令  昭和32年2月、防衛大学第1回卒業式での、吉田茂総理の訓話。 ・A大尉の遺言  私の師匠の遺言。