エーックス! 平和な時代が続いていた。 地球連邦の国家予算のかなりの部分を消費する連邦軍に対して、批判の声が上がりはじめていた。 軍事費を削減しなければならない。しかし、いざという時に備える戦力を低下させる事もできない。 技術士官たちは、主力MSの小型化を提案した。 これは、MSの新たな時代を切り開いた人々の苦闘のドラマである。 「主題歌 地上の星 中島みゆき」 「戦乱の消滅 技術の停滞」 「時代が要求した 小型化」 「試行錯誤 アナハイムとの確執」 「夢を選ぶか 家族を取るか」 「限界を超えた 機動性」 「そして 予期せぬ実戦投入」 『新世代標準機への道〜フォーミュラ計画〜』 「スタジオには、一年戦争前からの代表的なモビルスーツの1/100模型を年代順に並べてあります」 「ははぁ…こうして見ると0080年代後半の物は一段と大きいですねぇ」 「そうですね。ただ大きいだけでなく、固定武装が増えてゴテゴテしているでしょう」 「はい、確かに」 「それでは次のコーナーに行って見ましょう」 「今度は小さいし、なんというかすっきりしていますねぇ」 「この時期、モビルスーツに関する大幅な技術革新がありました。今週は、それを成し遂げた人たちの物語です」 宇宙世紀0110年代。シャアの叛乱・ネオジオンの衰退から二十年近くが過ぎ、反連邦活動も沈静化していた。 度重なる戦乱で荒廃したスペースコロニー群の再建が、始まっていた。 フロンディアサイドと名を改めた、かつてのサイド4。その1バンチに、連邦軍傘下のささやかな研究施設があった。 海軍戦略研究所(Strategic Naval Resarch Institue)・通称サナリィ。 技術主任のJ。あのホワイトベースに乗っていた事もあるという、大ベテランである。 彼には、一つの持論があった。 「MSは小さい方がいい」 当時、地球連邦軍の主力MSはRGM-89「ジェガン」の改良型だった。頭頂高は19m。 グリプス・アクシズ戦役の頃に続々と開発された巨大・重装MSよりは小さいとはいえ、最新の技術を持ってすれば15m程度に収める事は可能なはずだ。 機体が小さければ、運用コストも低く押さえられる。 大規模な紛争のないこの時代、連邦軍はなかば失業対策事業団と化し、金食い虫と批判されていた。経費削減が必要だった。 MSの小型化を主張していたのは、Jだけではなかった。 某工廠では、ミドルMSをベースに長距離支援用の小型MS、RX-107が試作された。MSの黎明期に、同様のコンセプトで開発された機体にちなんで「ガンタンク」と仮称された。 しかし、完全な失敗作だった。武器マニアの民間人に払い下げられた。 ブッホ・エアロダイナミクス社は「デッサ」を発表した。作業用MSではあったが、洗練されたデザインと高い運動性は注目に値した。 アナハイムも、連邦軍の要請によってRGM-109「ヘビーガン」を開発した。ジェガンを単純にスケールダウンしただけの機体ではあったが、総合的な評価はやや上回っていた。 ヘビーガンは制式採用され、量産が開始された。しかし連邦軍上層部は、これを次世代機が開発されるまでのつなぎと位置付けていた。 ジェガンタイプに固執していたアナハイムは、小型MSの受注から一号機の完成まで実に五年を要した。 この事をきっかけに、同社が軍用MSの開発・生産を事実上独占している現状を見直すべきと考える者たちが現れたのである。 彼らが目を付けたのが、サナリィだった。次期主力MSのためのデータ収集用実験機の開発が、命じられた。 Jは、右腕として信頼していたG教授に開発チームの指揮を取るよう求めた。Gは言った。 引き受けよう。その代わり、このプロジェクトに名前を付けてくれ。Jは答えた。 君たちは、単に新しいMSを作るのではない。これからの時代の、MSの新しい規格を作るのだ。 プロジェクトの名前は・・・「フォーミュラー」だ。 Jは開発チームに、一つだけ具体的な指示を出した。 フォーミュラ計画の一番機、F90の顔はガンダムタイプにしてほしい。 単なる感傷ではない。MSの原点に戻るという基本姿勢を示すためだった。 Gも、同じ事を考えていた。 F90の固定武装はビームサーベルとバルカン砲のみ。 機体各部のハードポイントにオプションを装着する事によって、想定されるあらゆる任務に対応する。 紙上の計画に終わったものまで含めれば、最終的には26種類ものオプションが考案され、 いくつかは本体に先駆けて完成した。 しかし、肝心の本体の開発は難航した。 アナハイム製MSの多くは、核融合炉とジェネレーターが一体化していた。これを切り離し、 ジェネレーターをランドセル内に移さなければ、15m級の機体に目標とする性能を収める事は出来ない。 予想以上に、難しい作業だった。 若手技官だったMとY。毎日のように、回路図を書きなおさせられた。 (サナリィ・M)「『どんな重いオプションを積むかわからんのだ。とにかく本体は軽くしろ』 っていうのがG教授の口癖でしたよ。『10g減らすごとにコーヒー、1kgごとにランチをおごる』 と私たちをけしかけたんです」 ある日、信じられない知らせが舞い込んだ。 秘密裏に進められていたはずのフォーミュラ計画が、アナハイムに漏れていた。 急遽、次期主力MS選定に関するコンペが行なわれる事になった。 幸いなことに、ジェネレーターの再配置はどうにか目処がついていた。 開発チームは、直ちに一号機の組み立てに取りかかった。 全員、工場に泊まり込んだ。交代で仮眠を取り、パンをかじりながら作業を続けた。 一号機は、コンペのわずか十日前に完成した。 その二日後だった。Mが、最終調整の合間を縫って描き上げた、一枚の概念図を仲間たちに披露した。 大型のビームライフル二門をランドセルに装備し、ジェネレーターから直接エネルギーを 供給するというものだった。 エネルギーCAPを使う従来の方式よりはるかに威力があり、低速で破壊力の大きいビームと 高速で貫通力の大きいビームを撃ち分けられる。 Mはこれを、可変速ビームライフル・ヴェスバーと名付けていた。 しかし、Yが反対した。 彼もまた、ビーム兵器と実体弾の両方を防御できるビームシールドを提案していた。 一号機のジェネレーターでは、両方を賄えるだけの出力はなかった。 Mも譲らなかった。これだけの長さと質量があれば、AMBACも出来る。 攻撃力と機動力を同時にアップさせられるんだ。 二人の間に割って入ったのは、Gだった。 確かに今は、ヴェスバーとビームシールドを同時に使う事は出来ない。 だが、ジェネレーターの出力を上げる方法ならいくつもある。やってみて損はない。 彼らの提案は、Vタイプオプションとして採用された。 コンペ当日。サナリィはF90一号機とAタイプ(強襲用)・Dタイプ(近接戦用)・Sタイプ(支援用) の各オプションを。アナハイムは新鋭機MSA-120を持ちこんだ。 模擬戦が行なわれた。F90の圧勝だった。 審査に当たった高官たちから、驚きの声が上がった。 Gたちは勝利を確信した。 しかし、F90には唯一の、そして最大の弱点があった。 量産を考慮せず、すべてをゼロから作りなおした実験機であるがために、在来機との互換性がなかった。 多くのパーツが新造され、最終的にヘビーガン30機分ものコストがかかってしまったのだ。 結果、次期主力MSはハイ・ロー・ミックス方式で整備が進められる事になった。 高性能かつ高価な「ハイ」は開発から量産まで、サナリィが一貫して担当する。 それなりの性能で安価な「ロー」は試作機をサナリィが作り、量産はアナハイムが行うというものだった。 「ロー」は支援用MSとしての能力をも求められた事から、F90・Sタイプオプションを元に開発 される事になった。F計画チームは量産性をも考慮しつつ、可能な限りF90の性能を受け継いだ原型機・ F70「キャノン・ガンダム」を作り上げた。 しかし数ヶ月後、量産型であるF71「G・キャノン」を目にした彼らは愕然となった。 なんだこれは。我々の苦労が台無しだ。 採算性を重視したアナハイムは、ヘビーガンのパーツを流用する事でコストダウンを図った。 結果、F71はヘビーガンよりはいくらかましという程度の機体になってしまっていた。 その夜、MとYは自棄酒を飲んだ。 落胆した彼らを元気付けたのは、Vタイプオプションの成功だった。 バックパックごとジェネレーターを交換することで、F90は大幅に出力を向上させた。 ヴェスバーもビームシールドも、問題なく作動した。 「ハイ」の原型機・F91は、Vタイプオプションをベースに開発される事になった。 新しい技術が導入された。 装甲と構造材を一体化し、なおかつ電装系としての機能をも持たせたMCA構造だった。 推力重量比が、大幅に向上した。 だがシミュレーションを行ったところ、思わぬ問題が判明した。 機動力が高すぎて、並みのパイロットには制御できなかった。 まるで、暴れ馬だった。 F91はこの時点における、MSの限界性能を実現していた。 だが、かつてニュータイプと呼ばれたような者たちにしか、乗りこなせない機体になってしまった。 リミッターを付けるしかない。Mが言った。 F71より一回り高いレベルに押さえる。それ以上のパワーを操れるパイロットが乗った時だけ、 全開で動けるようにすればいい。 だが、どうやってそれを判断するのか。 経過報告をよんだJは、一つの論文を思いだした。 バイオコンピューターによるマン・マシン・インターフェースに関する研究をまとめたものだった。 筆者はA。 Jは早速、彼女にコンタクトを取った。