ジムスナイパー2 エースに贈られたエンジニアの心 前編 UC0079・10月上旬。 互いにまだ名前も顔も知らぬ4人の男達が、それぞれ別の場所で同時に落胆していた。 「あの程度のもので良かったのか」 彼等はジャブローで行われた極秘のコンペティションの結果に落胆していたのである。 自分達の作ったパーツは採用されなかった。性能に自信を持っていた。だが制式仕様の RGM−79に採用されたのは、彼等が作ったパーツよりも質の低い、だが生産性に 優れたものだった。彼等は落胆していた。 3ヶ月前、7月のことである。地球連邦の企業に対し、連邦軍上層部から極秘の通達が届いた。 その中身は、ある統一規格についての説明と、プロトタイプパーツの設計図であった。 「このプロトタイプを基に量産用パーツを開発せよ。可能な限りの高品質、低コストを 期待する。コンペティションの時期は9月下旬の予定」 軍からの指令は要約するとこのようなものである。 これは地球連邦軍の量産型MSに使用するパーツの開発要請であった。 「噂は本当だった」 A氏は驚愕し、同時に狂喜していた。連邦軍が極秘にMS開発を進めているという噂は 以前からあった。だがそれは何の根拠もない、市民達の期待が生み出した噂でしか なかった。それが事実として存在している。 「ザクに勝てるんだ」 連邦軍にMSがあればザクと互角に戦える。そして地球からジオン軍を追い出すことが できる。そして、自分の技術をそのMS開発に生かすことができるのだ。こんな名誉は ない。しかも会社にすればコンペティションで自社製パーツが採用されれば、それは 量産型MSのものとして大量の受注が見込めるのだ。 「モノにしてみせる」 A氏は社内プロジェクトチームのリーダーとして心血を注いで開発に取り組み、そして 会社もそれをバックアップした。 完成したパーツに絶対の自信を持って臨んだコンペティションだったが、A氏のパーツは 採用されなかった。A氏は落胆していた。 A氏が開発したのはMSのカメラアイシステムである。高性能を目指したA氏はMS頭部に バイザー機構を取り付け、高精度遠距離用スコープ機能を加えたシステムを開発していた。 連邦軍から送られたプロトタイプの設計を遥かに上回る高性能システムであり、性能に 対するコストは量産を見込んでギリギリまで押さえていた。だがそれでもコスト面が ネックとなり、また製造行程の複雑さが量産には不適とされ、採用は見送られたのであった。 そして採用されたのは、他社の設計した何の変哲もない安価なモノアイシステムだった。 B氏のパーツも同様に高性能だが採用を見送られていた。B氏の企業はスラスターと バーニア機構の技術力に定評があり、それまでのデータの蓄積を生かしたパーツを 設計していた。バックパックに加えてMSの脚部に補助推進機構を取り付けることで、 コストを押さえながら機体に高い機動性を与えるというものである。 C氏の所属する企業は装甲材を扱っており、プロトタイプの装甲に用いられた ルナチタン並の強度を既存の複合素材を用いて実現することに力を注いだ。C氏は 機体各部の装甲形状を研究し、形状変更と他のパーツとの一体化によって強度を確保する というアイデアと、さらにプロテクターの形で装甲を追加するアイデアによって 低コストかつ強度に優れた装甲を実現していた。 D氏は核融合炉とジェネレーターシステムの専門家であった。プロトタイプのエンジン ユニットは余りにも高コストだったため、ビーム兵器の使用に耐え得る最低限の出力の 他、とにかくコストダウンを最優先して設計することが望まれていた。だがD氏は それに徹することが出来なかった。D氏が完成させたエンジンユニットは、その性能と 価格を比べれば非常にコストパフォーマンスに優れたものであると言えた。だが 量産用エンジンユニットとしては、高価であることは否めなかった。 彼等4氏の作ったパーツは生産性に難有りとして採用されなかった。しかしどれも 制式使用のRGM−79に採用されたものよりも優秀なパーツであった。 5人目の男、E氏はジャブロー本部のV作戦チームのメンバーである。 彼は制式仕様のRGM−79の性能に満足は出来なかったが、納得していた。 「条件を考えれば、この性能は充分なものだ」 条件とは、予定されているジムの生産数と納期である。ビーム兵器の携帯が可能に なった時点で、連邦軍のMSはジオンのそれに対して優位に立った。この優位を 保っている間に連邦軍は攻勢に転じ、そして一気に勝負を決めなければならない。 ジオンがエネルギーCAP技術を確立するまで、ジオンにはない兵器を連邦軍が 有している、おそらくさほど長くはない期間こそが連邦が勝利をつかむための好機 なのだ。そしてそれは長くとも0079年一杯のことであろう。 「このリードタイムを生かすためには」 制式仕様のジムの性能に過剰なこだわりを持ってはならなかった。 だが満足していたわけではない。ジムの性能ではおそらくエースパイロットの技量に 応えることは出来ない。そこでE氏が考えたのが指揮官用のカスタム機である。 ジオンのザクにもエース用のカスタム機が存在していた。ジムにもそれがあっていい。 E氏がこのプランを実行に移すことを促したのは、パーツ選定コンペティションに 提出された優秀なパーツの存在だった。生産性に難有りということで不採用となった が、エース用の少数生産ならば、予算の都合もつくだろう。E氏は、不採用とされた ものの中から優秀なパーツを少数ながら発注することを決めた。 量産型の制式仕様が決定した時点で、V作戦チームは一旦その役目を終えていた。 彼等の多くはジャブローの研究機関に留まり、さらなる新技術の開発、特に RX−78の高性能化を目指して研究に取り組んでいた。その中でE氏はジムの改良に 取り組むことを選んだ。 「既にスーパーウェポンであるガンダムをさらに強くしてどうする」 今必要なのは量産機の性能の向上だったが、他の研究者達は、確実に歴史に名を残す であろうテム・レイへの対抗心に捕われている。ジムの改良でどれほどの成果を 残そうともテム・レイに並ぶ名誉には繋がるまい。だが彼は敢えてジムの改良の道を 選んだ。それが自分の作ったMSに乗るパイロット達に対する、技術者としての 責任の取り方だった。 ジムの実戦投入がスタートすると、各地の前線からその性能に対する要望が多く 寄せられた。中でも深刻だったのは、ジムの性能ではドムタイプに太刀打ち出来ない、 という不満である。ホバー走行によって高速移動しつつ攻撃を行う、しかも重装甲を 有したドムはジムにとって脅威であった。 「パイロットの腕でどうにかできる問題じゃない」 そんな声が届いていた。 この声にどう応えるか。ジムの改良でドムに対処するには先に敵を発見し、遠距離からの 狙撃で倒すしかない。それがE氏の出した結論である。 「狙撃型のジムを作ろう」 ビームスプレーガンではなく、RX−78のビームライフルに匹敵する威力の狙撃用 ライフルを装備させ、カメラアイにも狙撃に対応する精度を与える。さらにドム相手の 格闘戦にも考慮して、機動性と装甲にも余裕を持たせよう。E氏は、A氏のカメラアイ システム、B氏のバーニアシステム、C氏の装甲材、D氏のエンジンユニットを選び、 一台のMSを組み上げた。これがRGM−79SC・ジムスナイパーカスタムである。 もともと統一規格の下で設計されたそれぞれのパーツを組み合わせることに、何の 問題もなかった。ごく短期間で機体を完成させてバランス調整を終え、テストに入った。 「これは凄いぞ…」 E氏は感嘆の声を上げていた。スナイパーカスタムが叩き出した性能は、彼の予想を 遥かに上回るものだったのだ。彼は即座に決意していた。出来合いのパーツの寄せ集め ではなく、最初から狙撃型のコンセプトでMSを作り上げる。SCに採用したパーツを 作ったエンジニア達の力を結集して。素晴らしい機体が完成するだろう。E氏は その日の内にジムスナイパー2の開発を申請した。 こうして5人の男達は一堂に会した。 ジムスナイパー2 エースに贈られたエンジニアの心 後編 E氏の下に集った4人のエンジニア達は、会社から出向という形でジャブロー本部に 迎えられた。ジムスナイパー2が完成するまではRGM−79SCがエース機として 生産ラインに乗る。その分のパーツは彼等の所属する企業へ発注されることが既に決定 していた。会社への借りを返すことができた彼等はE氏に感謝していた。そして自分の 技術を連邦軍のMSに生かせる二度目のチャンスを与えてくれたE氏に応えたかった。 スナイパー2開発チームは良い雰囲気を持ったチームだった。 開発に許される期間はわずかなものである。E氏は性能向上よりもRGM−79SCの 無駄を省き、4氏のパーツの特性をより生かすことで総合的な完成度を高めることに 主眼を置いた。頭部形状は狙撃用スコープ機能を生かすためにバイザー機構を優先した 設計に変更された。そしてバックパックと脚部バーニアを外付けではなく装甲と一体化 することで、軽量化と装甲強度の充実を図った。それぞれのパーツを生かすという 方向性が機体に少しずつ余裕をもたらし、その余裕が性能の向上を受け止めた。 こうしてRGM−79SP2・ジムスナイパー2が完成した。 5人のエンジニアは完成したSP2を見上げていた。 無駄を省き、機能性を追求したそのフォルムには、同じコンセプトであるSC型の 無骨なフォルムは全く残っていなかった。スマートな美しい機体に仕上がっていた。 「10代の体操選手の少女のようだ」 E氏がつぶやいた。 「ドムとは比べ物にならない別嬪ですよ」 装甲形状を、要望をすべてこなしながら決定したC氏は誇らし気に答えた。 彼等は満足していた。性能は全てにおいてSC型を上回っている。エースパイロットが 搭乗したSP2の実戦報告が楽しみだった。 実戦報告の内容は意外なものだった。スカーレット隊に配備された2機のジム スナイパー2は、サイド6での戦闘で敵の新型MSに何も出来ないまま撃墜された のである。5人の技術者達は沈痛な面持ちでその報告を確認した。 「ジオンの新型はそんなに凄いのか」 SP2の性能はRX−78に迫るものであったはずだ。 「いや、パイロットの差でしょう」 スカーレット隊はその1機のMSによって壊滅していた。スカーレット隊は6機。 ジオンのパイロットは凄腕のエースだったとしか考えられない。 「ですが、SP2を受領したのも連邦のエースのはずですよ」 そうではなかった。通常のジムよりも機動性、耐久性に優れるカスタムタイプは その分高い生還率を見込まれ、エースパイロットよりも政府高官の縁者等のエリート 軍人に配備されることが多かったのである。カスタムタイプで確実にエースパイロットに 送られたのはジムライトアーマーのみであった。これが地球連邦軍の体質だった。 今度はE氏を加えて、彼等は落胆していた。 さらに追い討ちが掛けられた。指揮官用ジムの製造責任者となっていたE氏のもとに、 SP2の生産数を制限するという決定が届いたのである。やはり製造コストの問題だった。 幾つかの指揮官用ジムの中で、SP2はその高性能に比例して最も高額な機体だったのである。 「スナイパー2を1機作るなら通常型ジムを2機作れ」 上層部からはそんな意見が投げ付けられた。 前線からは新型の性能を聞き付け、配備を要求する声が多く寄せられていた。彼等に SP2を届けたかった。だが製造したところで、彼等のもとには届かない。その性能を 生かす腕もないエリート軍人達に送られるだけだ。5人のエンジニア達は、当初の 希望を失っていた。 そんなE氏のもとに、ひとりの男からの声が届いた。 スタンリー・ホーキンス大佐。連邦のオーストラリア方面軍司令である。 彼の配下にある特務MS小隊にSP2を配備してほしいという要請だった。 前線からの声はこれまでにも多く寄せられた。だがそれはデータとしてのものであり、 司令官クラスの人間からの直接の要請というのは初めてだった。 「しかしスタンリー大佐」 E氏は戸惑っていた。 「私は製造責任者ですが、配備先の決定権など与えられてはおりません」 「承知しています。しかし決定会議で働きかけることはできるでしょう」 SP2の生産数は次回生産分で制限数一杯になる。そのため最終生産分の配備先は 会議にかけて決定することが決まっていた。製造責任者であるE氏はその会議への 出席を許されていた。スタンリー大佐はそのことを言っているのだ。 「これまでにも何度も申請を出したのですが受理されない。これが最後の機会。  どうか内側から働きかけては貰えないでしょうか」 だがそれはフェアではない。E氏のそんな考えを読んだようにスタンリー大佐は続けた。 「特務小隊ホワイトディンゴは私の命令に従い、何度も死地に飛び込み、そして  帰って来ました。帰って来た彼等をまた死地に追いやる、その命令を下すのが この私なのです」 モニタの向こうのスタンリー大佐は腰を折り、頭を下げた。 「どうか、察してほしい。ホワイトディンゴに新型が配備されるよう、働きかけて頂きたい」 E氏は驚いていた。一介の技術士官に対して司令官が頭を下げた。スタンリー大佐の 部下に対する誠実な気持ちが伝わってきた。胸が熱くなった。 「わかりました。出来得る限り頑張ってみます」 だが会議の結果、オーストラリア方面軍は配備先には含まれなかった。オーストラリア での連邦軍の勝利は既に確実である。今は宇宙への配備を優先する。 これが会議での決定だった。 「悔しいよ」 E氏が低くつぶやいた。5人の技術者はE氏の自室に集まっていた。酒が入っていた。 ホワイトディンゴはジャブローでも評価の高い、歴戦の勇者だった。SP2は彼等に こそ相応しい。スタンリー大佐の気持ちにも応えたかった。 「…決めた。数を誤魔化して余分に作る。それをホワイトディンゴに贈る」 「でも、我々に誤魔化せるのは機体だけです。肝心のスナイパーライフルが用意出来ない」 「ライフル無しではSP2の実力は半分も発揮出来ないぞ」 「地上戦ではビーム兵器の使用許可が出る方が珍しいそうだ。機体だけでも喜んで くれるんじゃないのかな」 E氏の腹は決まった。 「よし、ライフルを送れない代わりに本来指揮官用のコイツを小隊全員に贈ってやる。 3機余分に作るぞ」 続けて言った。 「ミスでした、で押し通すつもりだけど、俺はクビになるかもしれない」 4人の技術者の表情が沈んだものになった。E氏は冗談めかして続けた。 「そこで相談なんだが、その時は俺の勤め先の面倒見てくれないかな」 「喜んで!」 4人は笑顔で答えた。 オーストラリア奪還の最終作戦、ヒューエンデン基地攻略戦に3機のジムスナイパー2が 間に合った。 寸前の対空要塞をボロボロになりながら壊滅させたホワイトディンゴは、ギリギリの タイミングで届いた3機のSP2に乗り換え、そのままヒューエンデン基地に突入した。 彼等は、ジオンのエース、ヴィッシュ・ドナヒューが搭乗する新型MSゲルググと、 連邦の基地から強奪されたバストライナー砲を搭載したMAを撃破し、HLV2機の 打ち上げ阻止に成功していた。作戦は成功した。だが贈られた3機のジムスナイパー2 の内、2機がこの戦闘で失われていた。 5人の技術者がこの報告を受けたのは、終戦協定締結を祝う乱痴気騒ぎの翌日のことであった。 「終戦協定の後の戦闘か」 E氏の声は沈痛なものだった。 「でも作戦成功、良かったじゃないですか。相手はエースの新型ですよ」 「2機が失われたってのは、ライフル無かったのがキツかったんですかねえ」 その時、E氏宛の通信が入った。スタンリー大佐だった。 モニタの前に5人の技術者が集まっていた。 「感謝します」 スタンリー大佐の笑顔に、ひとつ尋ねたいことがあった。それを聞くのは怖かった。 だがおそらく全員がそれを知りたいと思っているはずだ。自分が尋ねなくてはならない。 E氏は決意した。 「スタンリー大佐、壊れた2機のスナイパー2のパイロットは…」 スタンリー大佐の横に、モニタの外からひょいと割り込んだ女性通信兵が笑って答えた。 「ピンピンしてます!」 完