ケンプファー開発記 国井  「今回取り上げるのは強襲型MS・ケンプファーの開発に取り組んだ      ひとりの技術者の物語です。強襲型MSとしては他にもジオニック      社のゲルググMが有名ですね。スタジオに、ケンプファーとゲルグ      グMの100分の1スケールMGモデルを用意してみました」 膳場たん「同じコンセプトのMSなのに全然別の特徴を持っているように見え      ますね。共通点は実弾系武器を採用していることくらいですか」 国井  「ゲルググMの特徴は、背中のプロペラントタンク、いわゆる増槽で      すね。そして量産型よりも厚い装甲と、量産型には装備されない      バックパックユニット。これによって機動性を高めているわけです」 膳場たん「対してケンプファーの装甲は薄いですね。そしてプロペラントタン      クの代わりに外付けされているのは武器の山ですよ。両者の設計思      想の違いとは何だったのでしょうか、国井さん?」 国井  「カコイイ…ハァハァ」 膳場たん「国井さん?」 国井  「ゲルググMは強襲して敵陣に入り込み、そこでMSを使った作業を      行うことを目的に開発されています。機動性だけでなく、増槽に      よって航続距離と稼動時間も高めているわけです。さらに厚い装甲      です。ケンプファーの場合は豊富な火器を搭載しての敵拠点への強      襲で一気に大ダメージを与えるという、一撃離脱がその開発コンセ      プトになっているのです。ジムライトアーマーも強襲型に分類され      ることがありますが、ジムの場合、対MSの強襲であるところがケ      ンプファーとは違います。装甲の薄さと機動性の高さが共通してい      ますが。ああ、ゲルググMの作業と言うのはコロニーへのGGガス      注入のことです」 膳場たん「あの…国井さん、それ言っちゃいけなかったんですけど…」 国井  「マスターグレードケンプファー、カコイイ…ハァハァ」 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第一話 次期主力機選定コンペティションにおいてジオニック社に破れたツィマッド社は、 ドムの開発に成功して以来の勢いを失いつつあった。コンペティションに破れた ことも充分な痛手だったが、地球での連邦軍の攻勢がツィマッド社にとってはさらに 追い討ちとなっていた。 「資源採掘の目的は既に果たしている。地球での戦闘は避け、戦場を宇宙に移すべき」 ジオン上層部にはこんな声が広まり始めていた。実際にオデッサの戦いから宇宙に 逃れたマ・クベ司令もそう主張するひとりであったし、地上部隊の中には地上の 味方との合流よりも、宇宙への脱出を選ぶものも出始めていた。 この事態は、陸戦用MSの需要の消滅を意味していた。ツィマッドの主力製品である ドムが必要とされなくなってしまう。しかも宇宙用のリック・ドムの地位は、 ゲルググに取って代わられることが既に決定しているのだ。ツィマッド社は危機に 瀕していると言っても過言ではなかった。 そのツィマッド社に突撃機動軍上層部から極秘の開発要請が届いた。強襲型MSを 開発せよ、というものだった。 H氏は、ツィマッド社グラナダ支部でその開発要請について知らされた。 それまで日陰部署に追いやられていた自分が新型機の開発を任されると聞いて、 彼は喜んだ。だが話を聞くにつれ、心の中に不安が広がってくるのを感じていた。 「つまり、君が地球で開発していた闘士を量産可能なものに仕上げればいいわけだ。  ギャンのエンジンを回す。それで形に出来るだろう」 H氏の上司は彼にそう告げた。新型が完成すればコンペティション無しで量産化される ことが既に内定しているという。今のツィマッド社にとってみれば、飛びつきたく なるような話だった。だがH氏には納得出来なかった。突撃機動軍がカスタムタイプ である強襲型ゲルググの採用を決めたという話が技術者の間には知れ渡っていた。 その突撃機動軍が、なぜまた強襲型を求めるのか。しかも完成すれば即、採用する という優遇の理由はいったい何なのか。そして何よりも大きな疑問があった。 「闘士は使い物にならないと判断されたはずですが」 上司は軍からの要望書を手渡して言った。 「突撃機動軍はそうは思わなかったということだ。この開発要請は闘士が存在した  からこそ送られたのだ」 H氏は要望書に目を通し始めた。読み進むにつれて、彼の額に冷たい汗が浮かんだ。 「君がアレを作ってしまったからだ。君が責任を取らなくてはならん」 H氏は思わず声に出してつぶやいていた。 「これは特攻機だ」 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第二話 新型MSへの要望は以下のようなものだった。 高い推力と機動性をもって多数の火器を搭載したまま一気に敵陣に突入し、短時間で 効果的な損害を与え、その後迅速に戦闘区域からの離脱を可能とする強襲型の機体で あること。 ザクのパーツを流用してコストを押さえると同時に、簡易なメンテナンス性を保つこと。 装甲と稼動時間に関する要求は含まれていない。確かにこれはH氏が地球で開発していた 闘士の存在を念頭においた要望である。H氏はこの要望の持つ異常性にすぐに気付いた。 要望の中に書かれるような強襲とは本来MAの役割ではないか。MSとは桁違いの推力、 火力、さらに厚い装甲に覆われたMAだからこそ、効果的な一撃離脱戦法が見込める のだ。それをMSで行えという。もし実際にMSで要望の通りに強襲を行った場合 どうなるか。敵陣への突入は果たせたとしても突入したMSはそこで武器を撃ち尽くし、 敵の追撃の中を丸腰で脱出しなくてはならない。敵陣での戦闘が長引けば、脱出の ための推進剤が不足することも充分に考えられる。そしてそのMSは機動性と推力確保の ためにロクな装甲を持っていないのだ。しかもザクのパーツを流用したその攻撃力に 対して低コストな機体。帰還を求めてはいないとしか考えられない。それを突撃機動軍 上層部は量産化しようとしている。地球からの撤退が始まっている今になって、 その開発計画を秘匿したままで。 H氏は上司に詰め寄った。 「これは特攻機だ。強襲型に名を借りた。こんなものを私に作れというのか」 「そうだ。君が作らなくてはならない。君が断るなら、他の者に回すしかない。  君がそれでいいと言うのならそうさせてもらうが」 H氏には言葉が無かった。 「君が地球で闘士を作ってしまったからこの開発要請が来た。君が責任を取るべきだ。  それに我が社が今どんな状況にあるか、君にも解るだろう」 H氏は呻くように言った。 「悪魔に魂を売れと言うのか」 思いがけない誠実な目で上司はH氏の目を見据えた。 「君は、要望通り、強襲型MSを完成させたまえ」 部屋を出て通路を歩きながらH氏は決意していた。闘士・ケンプファーを特攻機には させない。パイロットが生還できる、要望通りの強襲型MSとして完成させる。 それが自分の使命だ。彼に開発を任せた上司の意図を理解していた。 「俺の魂を悪魔に売り渡すものか」 この日からH氏の苦闘が始まった。 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第三話 三次に渡る地球降下作戦の後、地球はジオンのMS技術者にとって広大な実験場となった。 本国から離れた新しい環境の中で彼等は自由に研究を行い、発想を形にしていった。 公国軍地球侵攻部隊直属の科学者達は、その豊富な開発資金を注ぎ込み今後の陸戦型 MS開発の指針とすべく、高性能機イフリートを完成させた。またジオニック社の エンジニア達はグフの開発に成功し、さらにそれをベースに重装型、飛行試験型 などのバリエーションを展開していった。 しかしこの頃、新興勢力であるツィマッド社のMS開発は難航していた。 そこに転機が訪れた。それまで各社で別々に行われていた陸戦用MS開発を統合する という決定が、ジオン上層部から下ったのだ。そして、これまでの各社のデータを 引き継いで新型の開発に当たる企業にツィマッド社が選ばれた。この開発統合は、 陸上での移動能力の低さを解消したMSの完成が遅れていたこと、そしてジオニック社に次期主力機開発に本腰を入れて取り組ませるために陸戦型MS開発から 手を引かせるため、この二つの理由で決定したとされている。 とにかくツィマッド社にとっては願ってもない幸運であった。統合に際してのデータの 引き継ぎによって、ツィマッドは多くの技術を労せずして手に入れた。これにより、 ツィマッドの技術力は大きく底上げがなされ、特にイフリートとグフ飛行試験型の データを得られたことにより、ドムの開発に成功したのである。 ドムは量産化が決定し、ツィマッド社は勢いに乗った。次期主力機製造企業の 座も夢ではない。地球ではドムの改良と平行して、次期主力機を目指す新型機 開発が押し進められた。 新型機の方向性については二つの意見があり、それによって二つの開発チーム が存在した。 ひとつは汎用人型兵器としてザクを上回るMSを目指したチームである。 ドムは強力なMSではあったが、その機動性はホバークラフトによって得られた もので、人型の利点を生かすというMSが本来持つ性質からは掛け離れたものがあった。 これに納得せず、むしろ邪道と捕らえていたエンジニア達は少なくなかった。 彼等は人型兵器としての完成度を高めた新型で、正攻法でジオニック社に挑みたいと 考えた。彼等は自分達の実験機を騎士と名付け、ジオニック社と連邦軍を倒す存在と するために力を注いだ。これが後のギャンの原形となった機体である。 もう一方はドムで得られた平面上での高い機動性を三次元で実現しようとしたチームで、 H氏がチーフエンジニアを務めていた。この開発チームではバーニアによる機体制御 システムを追求し、これまでにない高機動型MSの完成を目指した。彼等が導き出した 全身に配したバーニアでの機体制御理論は優れたものだったが、一方で必要なエンジンの 出力アップではそれほどの成果を上げられずにいた。その結果、出来上がった実験機には 稼動時間が短い上にロクな装甲を乗せられないという問題が残った。 この実験機はバーニア制御での短時間のホバー走行に成功し、また滑空移動さえも 可能としていた。全身のバーニアをフルに使った場合の爆発的な推進力はこれまでの MSを凌駕するもので、その機動性においてはもうひとつの実験機である騎士を 上回っていた。しかし稼動時間と装甲の問題は兵器としては致命的なものだった。 さらに宇宙軍の暫定主力機に、ザクR型を押さえてリック・ドムが採用されたことで、 機動性よりも扱い易さと装甲強度を重視するという流れが生まれたことで、次期 主力機選定コンペティションに臨むMSには騎士が選ばれることになったのである。 コンペティションに向けて騎士には正式な開発コードが与えられ、完成型を目指して 本格的な開発がスタートした。その頃、H氏は失敗作を作ってしまった責任から 宇宙に呼び戻され、閑職に追いやられていた。H氏のMSはその荒々しい動きと、 厚い鎧を着込んだ騎士とは逆に裸同然の軽装だったことから、皮肉を込めて闘士と 呼ばれていた。つまり、実験段階での闘士・ケンプファーは全く評価を受けては いなかったのだ。 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第四話 「俺のケンプファーを特攻機にはさせない」 H氏を支えたのはこの一念だった。上層部は特攻機としての闘士を望んでいるのだろう が、H氏はそれを裏切るつもりだった。特攻機の枠に収まりきらない高性能機を完成 させれば、それは特攻機以外の使い方がなされるはずだ。そして、それを完成させる ことが出来るのは自分しかいない。もし他の技術者に開発を任せれば自分のように 足掻くことはせず、特攻機ぐらいにしか使い道のない機体を作ってしまうだろう。 上司はそう考えて自分に開発を任せたのだと彼は理解していた。 「特攻機にさせないためには、突入能力以外の面でも高性能機でなくてはならない。  そして、パイロットが生還できる機体でなくてはならない」 この目標を自分に課し、H氏は闘士の完成型を模索し始めた。 闘士の問題点は何よりもエンジンのパワー不足にあった。稼動時間の短さも装甲の 薄さもすべてこれに起因していた。闘士の機体各所に配された大推力バーニアが、 その作動と冷却に大量のエネルギーを必要としたためである。だがギャンのエンジン を載せることが出来るのなら、ある程度解決への道は見えているのではないか。 H氏はそう期待したが望みはすぐに打ち砕かれた。 ギャンのエンジンはビームサーベルの使用に耐えうる出力を持ち、そして常に ビームサーベルを抜刀した状態を保ちながら運動性能を確保するという白兵戦型MSの 要求を満たす性能を有していた。安定性に優れ、粘り強い特性を持っていた。だが、 それでも闘士を通常の使用に耐え得るMSとして仕上げるにはパワーが足りなかった。 「ドムとは言わずともせめてザク程度の装甲は載せたい」 H氏のそんな望みは果たせそうもなかった。装甲を増やせば機動性と稼動時間が 損なわれる。そして機動性を優先すれば他の二つが。三つをバランスよくまとめ ようとすれば、全てにおいて中途半端な性能しか望めない。どれかを秤に掛けな くてはならなかった。 「相手にとって、どんなMSに突入されるのが厄介なのか」 H氏はこの視点に立って考えた。自分が作ろうとしているのは敵陣に飛び込む強襲型 MSだ。敵が一番手を焼くのはどんな機体か。 闘士をベースに仕上げるのなら方向性は決まっている。圧倒的な機動性で敵を翻弄し、 捕捉さえ困難な機体。それに大火力を搭載する。攻撃を最大の防御とし、殺られる 前に殺る、敵に回すことが恐怖と思える程の機体。 「これで行くしかない」 機動性を最優先、これまでにない高機動かつ大火力のMSとして闘士を完成へ導く。 敵を翻弄する高い機動性こそがパイロットを守る盾となる。装甲ではなく高性能が パイロットを守る。 「だが本当に俺は間違っていないか」 疑問はあった。しかしH氏に迷う時間は残されていなかった。 「これで行くしかないんだ」 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第五話 方向性は決まった。だが道のりは険しかった。機動性を優先とは言っても突入、離脱 に必要な稼動時間とエンジンの余力は確保されなくてはならない。その上での機動性 優先である。 「この程度か…」 一回目の設計でシミュレーションを行ったH氏は重くつぶやいていた。旧ザク以下の 装甲に継戦時間の短縮。それでもイメージする機動性には達しない。エンジンのパワー が足りない。 無茶をするしかなかった。 装甲を削った。突入した敵陣で集中砲火を浴びれば多少の装甲など無意味だ。攻撃を かわしきる機動性が必要なんだ。そう自分に言い聞かせた。そして装甲の薄さを補う ために曲面装甲を採用した。僅かでも耐弾性を向上させるための、悲しいこだわりだった。 継戦時間を削った。突入、離脱間の継戦時間は武器をすべて撃ち尽くすのに必要な 時間だけでいい。二十分。この二十分間に性能を凝縮する。 エンジンにチューニングを施した。安定性を犠牲にして瞬発力を引き出した。 それでもH氏の求める性能には届かなかった。 「こんなものは特攻機にしか使えん」 暗い水の底で、水面がどこにあるのか解らないままに必死で水を掻いているような 気持ちだった。 「ゲルググのエンジンなら…」 思わずつぶやいていた。だが秘匿された開発計画に他社のエンジンを望めるわけが なかった。そしてこれは逃げの発想だった。 「ゲルググのエンジンが欲しい」 問題に向き合おうとする度に、この考えが頭を支配した。行き詰まった。 思わぬ場所から援軍が現れた。フラナガン機関に所属するジオン公国直属の技術士官 I氏が、H氏のもとへ派遣されたのである。 I氏はフラナガン機関において、新型OS・EXAMを搭載する機体を作るために イフリートの改良実験を行っていた。イフリートのエンジンはビーム兵器の使用に 耐える出力を持たない。その低出力なエンジンで、I氏はEXAMの要求する高い 機動性の実現に成功していた。それを聞き付けたH氏の上司が、突撃機動軍上層部 を通じて派遣を要請したのだった。 「素晴らしい」 H氏のバーニアによる機体制御理論を読み終えたI氏の一言だった。 「これは今後の高機動型MS開発の礎となり得る研究ですよ」 H氏は呆然としていた。闘士の開発データは、使い物にならない、無駄な失敗作だと 散々にこき下ろされてきた。そして失敗作だからこそ特攻機に選ばれた。それをI氏は 誉めた。信じられない思いだった。 「しかしこれは」 I氏は続けて言った。 「数年後に実用化されるべきアイデアではないでしょうか。今のMS技術では無理が  あり過ぎる。この理論を完全に形にしたMSを実現出来るのは、少なくとも三年は  後になるでしょう」 I氏はジオン公国直属の技術者だった。エンジニアとしては国内で最高のステータス を持つエリートである。さらにMS開発の黎明期から研究に携わって来たベテランで ある。そんな彼の言葉には説得力があった。 「それでも今やらなくてはならないのです。ケンプファーに最高の機動性を与えなく  てはならないのです。でないと」 ケンプファーは特攻機になってしまう。この一言を飲み込んだ。I氏はケンプファー が特攻機として開発を望まれていることを知らない。またそれを知れば、開発に手を 借そうとはしないだろう。 「どうか、力を貸してください」 I氏は笑った。 「そのために私は来たのです」 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第六話 「三年待たなくては現れないはずのMSを現在に送り出す。いいじゃないですか」 共同作業がスタートした。I氏はケンプファーが無茶な機体であることを承知の上で、 H氏のサポートに徹した。方向性に口を挟むようなことは一切しなかった。飽くまでも サポート。これが彼の姿勢だった。 I氏はオリジナルの機体設計よりも、改良にその手腕を発揮する技術者だった。 改良の鬼。そんな徒名を持っていた。彼はベテラン技術者の視線でケンプファーの 設計をどこまでも丁寧に見直し、さらにイフリートの改良で培った新技術を持ち込んだ。 EXAMの要求に応えるためにイフリートの性能を極限まで引き出し、オーバー ヒートと戦いながらその性能を僅かでも持続させようとしたI氏。限られた時間の中 にケンプファーの性能を凝縮しようとしたH氏。両者の思考が噛み合った時、道は 開けていた。 さらに良い知らせがあった。低消費型のビームサーベルが完成した。計算上、 ケンプファーにも装備が可能という結果が出た。二人の顔に笑みが溢れた。 「これならいける」 この時すでにケンプファーのエンジンには余力さえ生まれていたのだった。 今やケンプファーはH氏のイメージを上回る高性能機として完成しようとしていた。 完成が間近に迫ったある日、I氏に上層部からの通達が届いた。 地球でクルスト・モーゼス博士の行方を追っていた特務部隊が連邦のEXAM研究施設 を突き止めた。彼等はクルスト博士の抹殺と同時に連邦製のEXAM搭載MSの奪取を 計画している。彼等が帰還次第、その解析作業に入る。フラナガン機関に戻り、それに 備えよ。 I氏は、ケンプファーの完成を見ることなくグラナダを去ることになった。 「本当にお世話になりました。貴方のおかげです」 「私は手伝っただけですよ」 頭を下げるH氏に、I氏はこう応えた。彼は、ケンプファーの完成に立ち会えないこと を心残りにする様子はなかった。 I氏はケンプファーを自分の作品とは考えていなかった。自分はその完成に向けて力を 貸しただけである。そう考えていた。改良の鬼。彼の技術が生きるMSは数多く存在 したが、自分の作品と呼べるMSは持たない男。彼はそんな技術者だった。 「ひとつ聞いておきたいことがあります」 彼はH氏に尋ねた。 「ケンプファーは、特攻機なのですか?」 彼はケンプファーという機体の本質を見抜いていた。H氏は一瞬言葉につまったが、 誠実に答えた。 「開発を要請した上層部はおそらくそれを望んでいます。ですが私はケンプファーを  特攻機にするつもりはなかった。だからこそ高性能を目指したのです」 続けて言った。 「私は悪魔に魂を売るつもりはありません」 I氏の顔に一瞬意外そうな表情が浮かんだ。そして微笑んだ。 「しかし上層部がそう望んだならば、ケンプファーはそういう使い方をされるでしょう。  おそらくケンプファーに乗ることになるのはロクな操縦技術を持たない学徒兵。  彼等にこれを乗りこなせますか?」 実戦テストの結果が良ければ、他の使い方がされるはずだ。H氏はそう考えたが、 言い訳めいたことを口に出したくなかった。 「ケンプファーを特攻機にさせないためには、他の選択肢もあるのですよ」 諭すように言い残し、I氏は去っていった。H氏は、その背中に頭を下げていた。 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第七話 完成した一号機のテストは順調だった。テストパイロットのJ氏は興奮した様子で 報告した。 「素晴らしい機動性だ。操縦に対する機体のレスポンスがダイレクトで、重さ、  鈍さを全く感じない。エンジンのパワーも充分である」 また彼は、ケンプファーには高い格闘戦能力も期待できるだろうと述べた。 J氏は負傷して前線を退き、テストパイロットになった人物である。MSでの実戦を 数多く経験していた。その彼が満足している。これならいける。ケンプファーは 特攻機にならずに済むはずだ。上層部が、特攻機にするよりもエースに配備する方が 戦果を望める機体であると判断することを、H氏は祈った。全ては実戦テストの 結果次第だ。実戦で優れた戦果を上げ、そしてパイロットが無事に生還すれば…。 人事は全て尽くした。後は天命を待つのみ。 そして一号機の配備先が決定した。突撃機動軍、キリング中佐の配下にある特務部隊、 サイクロプス隊である。 H氏は、サイクロプス隊隊長のシュタイナー大尉にケンプファーの扱いの説明を 行っていた。 「これは敵陣への強襲と一撃離脱を目的としたMSです。運用方法が従来機とはかなり  異なりますので注意が必要になります」 シュタイナー大尉は彼の説明に熱心に耳を傾けた。 「機動性優先の設計のため、装甲は非常に貧弱なものです」 だがその機動性は敵を翻弄し、攻撃をかわしきることが可能だ。 「突入先での継戦時間は二十分」 その二十分間の性能は、従来機の比ではない。 「搭載した武器は、その二十分の戦闘に充分なもののはずです」 バズーカ二本。ショットガン二丁。パンツァーファウスト二門。こんな武器の山を 背負い、そして機動性に優れるMSに突入されたら、敵はどうなるか。 「弾を撃ち尽くした武器は放棄してください。そうすることで重量を減らし、身軽に  なります。結果、丸腰で離脱することになりますが…」 その代わり、ケンプファーは最高の逃げ足を持っている。 「追撃隊に追いつかれた場合の格闘戦に備えてビームサーベルと、頭部に内臓した  バルカン砲を装備してあります」 補助武装としての頭部バルカン砲はI氏のアイデアだった。格闘戦で密着状態に なった時、頭部のバルカン砲は敵のメインカメラを壊す位置にある。連邦製のMSでは これが制式採用され、ジオンのMSが痛い目にあっている。これを採用した。 格闘戦での大きな助けになるはずだ。 「そして通信用のブレードアンテナは新型の高性能なものを採用しました。味方との  交信に不安はないはずです」 これも生還率を高めるための重要な要素だった。 「とにかく戦闘時間が二十分を超えないように、それだけは絶対に守って下さい。  そして変な話ですが、この機体で私が一番自信を持っているのは逃げ足の早さなんです」 シュタイナーは笑って頷いた。 「ひとつ質問させて頂きたい」 「なんでしょう」 「外から敵陣に突入するのではなく、最初から内部に持ち込んだ場合、継戦時間の  延長は可能でしょうか」 H氏の顔に思わず笑みが浮かんでいた。そういう作戦なのか。だとすれば。 「勿論です。継戦時間は大幅に延長できます。こちらからも質問させて下さい。  パイロットはどなたが」 「ミーシャ…いや、ミハイル・カインスキー少尉。MSの操縦技術は我が隊一です。  確かな腕のパイロットですよ」 実戦テストは最高のシチュエーションで行われるということだ。時間的な余裕と 経験豊富なベテランパイロット。最高だ。きっとうまくいく。 「作戦成功と、皆さんの生還をお祈りします」 「ありがとう。感謝します」 シュタイナー大尉とと別れたH氏は、テストパイロットのJ氏にミハイル少尉の名を 知っているか尋ねた。 「ロクでもない大酒飲みで有名でしたよ。でも腕は一流だった。奴がケンプファーに  乗るんですか」 作戦内容に関わることを話してしまったか。後悔するH氏に、J氏は笑顔で続けた。 「奴ならケンプファーを乗りこなせるでしょう。あいつなら、やってくれますよ」 だが、サイクロプス隊は帰還しなかった。 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア 第八話 H氏は上司のもとで、巡洋艦グラーフ・ツェペリンから送られたサイド6のニュース 映像を目にしていた。そこにはケンプファーの無惨な姿が容赦なく映し出されていた。 サイド6リボーコロニー内での戦闘において、ケンプファーは単機で連邦軍のMSを 6機撃破したという。そして7機目に破れた。コクピット周辺は蜂の巣だった。 どう考えてもパイロットの生存は有り得なかった。 「これが突撃機動軍から我が社宛に、だ。読むといい」 大して嬉しくもなさそうに、上司はH氏に書類を手渡した。 「実験でのデータ及び、今回の実戦で上げた戦果から、ケンプファーの性能は我々の  要求を完全に満たすものであると判断された。突撃機動軍での制式採用・量産化を  決定する」 そして開発技術者に対する賞賛と、ねぎらいの言葉が短く添えられていた。 「要求は完全に満たしている、か」 上司はつぶやいた。 「パイロットの生還は含まれないということだ」 H氏は沈黙するしかなかった。 「ルビコン作戦は継続中だ。サイクロプス隊の生存は確認されていないが」 上司の言葉によると、ルビコン作戦はサイクロプス隊によって達成されるという前提の ものではなかったらしい。彼等はむしろ捨て駒であった可能性が高いという。だから こそ、彼等にケンプファーが配備されたらしいというのだ。 「キリングめ…ベテランパイロットを捨て駒に使うとは。今のジオンにとって彼等に  どれほどの価値があるか解らんのか」 吐き捨てるように言った。 「ああいう男を無能と言うのだ」 無能は俺だ。H氏はそう思った。自分はイメージ通りの、いや、それ以上の機体を 作った。パイロットが生還できる機体を目指して。だがそれは果たせなかった。 なのに機体は高く評価されている。特攻機として。やりきれなかった。 「それは君が持って行きたまえ」 賞賛とねぎらいの言葉が書かれた突撃機動軍からの通知書を、上司はH氏に持たせた。 研究室に戻ったH氏を、テストパイロットのJ氏が呼び止めた。気掛かりな噂がある と言う。 H氏がシュタイナー大尉にケンプファーの説明を行った日の夜、兵士の集まる酒場で ひとりの男が酒を飲んでいた。 「滅びゆくもののために」 男はそう言ってグラスを掲げた。兵士の集まる店には時折、キシリア・ザビ親衛隊員が 紛れ込んでいることがあった。兵士の言動を監視するためである。丁度その店には二人 の親衛隊員がいた。彼等は男に問いただした。滅びゆくものとは何か。男は答えた。 「我が祖国さ」 その男を連行しようとした二人の親衛隊員を、彼はそれぞれ一発ずつのパンチできれいに 眠らせ、そして悠々と店を立ち去ったという。その男がミハイル・カインスキー少尉 ではないかというのだ。 「本当にミーシャだとしたら、これはやばいことになる」 心配するJ氏に、H氏は空ろな表情で答えた。 「多分もう、心配する必要はないと思う」 「滅びゆくもののために、か…」 ミハイル少尉はケンプファーの本質が特攻機であると見抜いていたのではないか。 そして特攻機を作らなくてはならないジオンの現状を悟った。だとすれば、彼は 特攻機と認識した上で、その機体で出撃したことになる。そしておそらく戦死 したのだ。H氏の心には、自分に対する怒りと、そして虚しさしかなかった。 「ケンプファーを特攻機にさせないためには、他の選択肢もあるのですよ」 突然I氏の言葉が頭に浮かんだ。そしてその意味を理解していた。 「そうか。今度は俺が腹を決める番だな、ミハイル少尉」 H氏はそうつぶやくと、ケンプファーの資料と上司から渡された突撃機動軍からの 通知書を携えて部屋を出た。そしてジオニック社グラナダ支部に勤務する大学時代の 友人のもとへと向かった。 「こんな無茶な機体をよくここまで仕上げたな」 ケンプファーの設計図を見て、友人は唸った。 「これは特攻機だ」 言葉を失った彼に、H氏は続けた。 「突撃機動軍の独断で、これが量産化されることになっている」 上司から渡された通知書を見せた。 「なんとしても阻止しなくてはならない。この資料をジオニック社のルートで、  軍上層部まで届けてほしい」 ツィマッド社のルートを使えば、どこかで握り潰されるだろう。ジオニック社の ルートで宇宙攻撃軍まで伝われば、量産化を阻止することが出来るはずだ。H氏 は友人にそう告げた。 「だがお前、この資料の出所はすぐにばれる。もし言う通りにしたら」 友人はH氏の目を覗き込んで言った。 「お前、死ぬぞ」 「かまわん」 H氏はためらうことなく答えた。 「命懸けか」 「そうだ」 「…解った」 H氏の望みを果たすことを、友人は約束した。 H氏の資料が上層部に届いたかどうかは不明である。しかし、ケンプファーの量産化が 実行に移されることはなかった。そして、友人に資料を託した三日後、H氏のもとを 二人のキシリア親衛隊員が訪れ、彼は逮捕され投獄された。 H氏が監獄の中で終戦の報を聞いたのは、そのわずか一週間後のことである。 ケンプファー開発記 悪魔に逆らったエンジニア エンディング 国井「スタローンかシュワルツェネッガー演じる主人公のように、裸同然で武    器の山を背負って敵陣に突入する男前なMSケンプファーは、こうして    一機製造されただけで終戦を迎えました」 膳場「ジオン公国最後の量産機とされることもあるこの機体ですが、実際には    量産される前に戦争は終結しています。幸い、と言うべきでしょうね」 国井「H氏が行動を起こさずとも量産は間に合わなかったと見ることも出来ま    すが、果たしてケンプファーの設計、そして量産化阻止。共にH氏の徒    労だったのでしょうか」 膳場「Hさんをスタジオにお招きしたかったのですが、ケンプファーの設計は    技術者として誇ることは出来ないと言う理由でお越し頂けませんでした」 国井「しかしインタビューだけなら、ということでお話を伺っております。御覧下さい」 後にビームライフルを搭載したMSが一般的になると、MSの装甲は薄いものになり、 機動性をもって敵の攻撃をかわすことが重視されるようになる。H氏が苦悩の中で 見い出した「機動性がパイロットを守る」という方向性は、時代を先取りした正しい ものだったと言える。これについてH氏は語る。 「兵器の設計を行う時点で、私はすでに悪魔に魂を売り渡していたのです。私が  それに気付いていなかっただけで。I氏との別れの時、彼が意外そうな顔をした  のはそのことだったんですね」 「そして私はケンプファーに向き合うことで、初めてその悪魔に逆らおうとした。  それを認めた神が、ほんの少しだけ未来を見せてくれたのかもしれません」 終戦後、H氏はアナハイムエレクトロニクスに入社。アナハイム社は彼のバーニア での機体制御理論を高く評価し、その理論はGP−01・フルバーニアンに開花する。 そして強襲型のコンセプトもまた、同時に開発されたGP−04・ガーベラテトラで 完成を見る。I氏が予測した通り三年後、UC0083年のことであった。 「共に日の目を見ることのなかった試作機です。私はつくづく日陰の技術者なんですね」 そして彼は今、コクピット設計部署の責任者を務めている。闘士の開発後に配属 された、当時彼が閑職ととらえた部署に、今は自ら望んで籍を置く。そして連邦軍 のコアブロックシステムを量産可能なものした、コクピット一体型球形脱出ポッド の開発に成功、これはアナハイム社製MSの標準仕様となった。 「一年戦争の頃にこれがあれば、俺は大怪我せずに済んだ」 この脱出ポッドで命拾いした経験を持つヤザン・ゲーブル氏は語る。 月面都市グラナダの郊外に、H氏の購入した墓地がある。遺骨も遺品もないその墓 には、サイクロプス隊のメンバーの名が刻まれている。 「彼等を無名戦士にはしたくなかった」 毎年十二月二十日、サイド6リボーコロニーでケンプファーが破れた日。H氏は ミハイル少尉が好んだというウォッカをその墓に供えている。 完