イフリート改開発記 予告編 国井「本日のプロジェクトXは、イフリート改を取り上げます。ブルーディスティニー    と戦った、ジオンのEXAM搭載MSです。スタジオにはこの機のパイロット、    ニムバス・シュターゼンさんの肖像画を用意しました。前にどこかのスレで見か    けたのを勝手にお借りしたものです」 ttp://www4.osk.3web.ne.jp/~takayata/ssart/000325/gun07.jpg 膳場「…なんていうか、精悍な印象の方ですね」 国井「この方はパイロットとしての技量も優れていますが、EXAMマシンを乗りこな    す強靱な精神力をも持っておられたようです」 膳場「ゲストをお招きしています。ニムバスさんと戦った連邦のエース、ユウ・カジマ    さんです。どうぞ」 ユウ「………」 無言で席につくユウ・カジマ。 膳場「カジマさんは、実験部隊のパイロットとしてブルーディスティニーの開発に    関わってこられた訳ですが、パイロットに選ばれた時の感想はどういったもの    でしたか?」 ユウ「………」 膳場「あの…(国井さん、この方酸素欠乏症…)」 国井「(もともとこういう人だから心配いりません)」 膳場「はい…ではカジマさん、実際に戦った相手として、ニムバスさんにはどんな    印象をお持ちですか?」 ユウ「…カッ、ペッ!」 いきなりスタジオの床に唾を吐くユウ・カジマ。 膳場「あぅ…」 国井「(再放送で私が謝罪すれば済むことです、気を取り直して)」 膳場「カジマさん、EXAMマシンに乗って何か変わったことはありましたか?」 ユウ「……!」 突然赤面してうつむくユウ・カジマ。チラリと膳場を見上げ、はにかんだように微笑み またうつむく。 膳場「カジマさん?」 戸惑う膳場の様子をいやらしい目で観察する国井。 イフリート改 第一話 UC0079年8月。ジオン公国直属の技術者I氏のフラナガン機関への配属が 決定した。クルスト・モーゼス博士が開発を進める新型OS・EXAM。この システムの要求に応える機体の開発がI氏に与えられた任務であった。 「難題だな」 I氏は、自分に課せられた任務が極めて困難なものだと知っていた。最終的な目標 が解っていれば、それに向けて力を尽くすことができる。だが、機体開発の前提と なるEXAMシステム自体がまだ不完全なものだった。不完全なシステムを受け 止めるための完全な器を作る。そんな仕事をI氏は引き受けたのである。 一般パイロットでも、ニュータイプが搭乗するMSに極めて近い動きを可能に する疑似ニュータイプシステム。I氏はEXAMシステムについて、そう説明 を受けていた。 「ニュータイプパイロットのデータが必要になるだろう」 I氏は、シャア・アズナブル少佐の戦闘データを携えて赴任先の実験コロニーへ 向かった。 I氏はクルスト博士から手渡された実験データに目を通した。EXAMシステム が100%機能した時、実験用のザクはその要求について行けず、わずか二分で オーバーヒートして機能を停止したと言う。 「EXAMに耐える機体が必要なのです」 クルスト博士は訴えた。しかしデータから言えることは、機体以前にEXAM システムの問題を改善する必要があるということだった。 「シャア少佐のデータを御覧になって下さい」 ニュータイプと噂されるシャア・アズナブルのルウム戦役での戦闘データ。 そこからは神業とも言える反応速度と予測能力、そして操縦技術が見て取れた。 ニュータイプの戦闘能力とはこういうものだと、見る者を納得させる記録だった。 「ですがそれ以前に、彼は卓越した技量を持つ優秀なパイロットなのです」 MS技術者であるI氏は、シャア少佐がザクの性能を知りつくし、限界を把握 していることを読み取っていた。シャア少佐はその上でザクの性能を最大限に 引き出している。同時に限界を超えた負担が掛からないように気を配りながら、 効率良く機体を乗りこなしていた。 「EXAMにはそれがない。今のままではどんな機体でもオーバーヒートを免れる  ことは不可能です」 そんな意見を求めてはいない。クルスト博士は不機嫌に言った。 「君は少しでも長くEXAMに耐える機体を作るんだ」 I氏、気が重くなった。 「ザクでは無理だ」 EXAMシステムによって機体に掛かる負担はザクタイプの限界を軽く超えて いた。EXAMの要求する機動性は、バーニアと各部関節のオーバーヒートを 引き起こした。さらにザクタイプのエンジンではEXAM自体の冷却に必要な パワーが追いつかなかった。おそらく指揮官用のS型でも、稼動時間の延長は わずかにしか望めない。 ひとつの希望があった。地球侵攻部隊と共に地球に降りた技術者達が、陸戦用 の新型機を次々に開発しているという。その中にEXAMに耐え得る機体があ るかもしれない。 「使える新型はないか」 とにかく限界性能の高い、無理の効く機体を。I氏の要求に応えて、ジオン公国 直属の技術研究所から一機のMSが届けられた。MS−08TX・イフリートである。 「これは良い機体だ」 ジオン公国地球侵攻部隊の技術者が独自に開発した試作機。コストの問題から 量産化を見送られ、8機しか存在しない貴重なMS。研究施設に届けられた MS−08TX・イフリートは、開発者の若い才能と野心を感じさせる高性能機だった。 「どんな奴が作ったのか」 I氏はイフリートと向き合えることを嬉しく思った。気の重かった任務に やりがいを感じ始めた。 EXAMシステムを搭載したイフリートで一回目の実験が行われることになった。 他に手を加えない状態でどこまで持つか、様子見のテストである。 「ザクは2分でオーバーヒートしたというが、こいつはどれだけ耐えられるか」 得られた実験データをもとに改良を進める。そしてこのテストにはイフリートの ポテンシャルを測る意味も含まれていた。 「頑張ってくれよ」 「このMSは凄い」 テストパイロットの声は興奮していた。実験を見守るスタッフの間からも驚嘆 の声が漏れた。イフリートはザクとは比べ物にならない動きを見せていた。 やがてクルスト博士が指示した。 「EXAMを解放しろ」 イフリートはさらに凄まじい勢いで標的を破壊し始めた。同じパイロットの 操縦とは思えない。 「これがEXAMか」 驚愕するI氏の耳に、コクピットからの通信が飛び込んできた。テストパイロット の悲鳴だった。 「制御不能、強制停止してください」 イフリートは暴走していた。 「助けてくれ」 「機体が強制終了を受け付けません」 I氏は叫んだ。 「オーバーヒートするまで辛抱してくれ」 テストパイロットの声は聞こえなくなった。そのままイフリートは活動を続け、 やがてオーバーヒートで機能を停止した。 「3分2秒」 クルスト博士の声だった。I氏は理解していた。 「EXAMシステムが完全に機能した時とは暴走状態のことなのか」 コクピットから救出されたテストパイロットは精神障害を引き起こしていた。 「まただ…」 スタッフのひとりがつぶやいたのをI氏は聞いた。 以前にザクで行われた実験でも、パイロットに精神障害が見られたという。 そのパイロットは今も病院に収容されたままだ。翌日スタッフからテスト パイロットの話が伝わった。 「彼はもうだめらしい」 実験データは得られた。改良点の目処もついた。 「だが、パイロットがいないだろう」 二度続いたパイロットの精神障害。それがEXAMによるものだという噂が 広まっていた。 「彼女の呪いだ」 ニュータイプの少女、マリオン・ウェルチ。彼女はクルスト博士の実験台となって EXAMを完成に導いた。だがその実験で意識不明に陥り、今も眠り続けている。 ニュータイプの精神パターンを模したEXAM・OSにマリオンの魂が宿り、 パイロットを狂わせている。そんなオカルトじみた話を研究スタッフは半ば 事実のように噂していた。研究施設にはパイロットを引き受けるものは既に 誰もいなかった。 それでもI氏はイフリートの改良作業を続けていた。EXAMの行く末はどうあれ、 イフリートと向き合うのは楽しかった。 「こいつはまだまだ強くなる」 単純に技術者としての欲求が彼を動かしていた。 「新しいパイロットが見つかった」 クルスト博士が実験の再開を告げた。I氏はパイロットの経歴に目を通した。 撤退命令を出した上官を射殺、その戦闘を生き抜いたものの逮捕され謹慎処分 を受けていた男。上官を殺害すれば、軍法では銃殺刑である。しかしこの男は パイロットとしての技量を買われ、EXAMのテストパイロットに左遷される ことで刑を逃れたという。 「銃殺刑よりも酷いんじゃないのか…」 刑を逃れて生き延びてもEXAMの実験で廃人になるかもしれない。だからこそ 本来死刑囚であるこの男がパイロットに選ばれたのだ。本人はそれを知って いるのだろうか。 「今度のパイロットもまた精神障害を引き起こす可能性がある」 I氏の言葉にクルストは答えた。 「大丈夫だ。あの男は最初からイカレている。これ以上コワレることはない」 その男が研究施設に到着した。ニムバス・シュターゼン。地球帰りの男である。 「ニムバスです。よろしく」 I氏は握手を求めたニムバスの手を握った。礼儀正しい男に見えた。 I氏は手を緩めたが、ニムバスはその手を放さなかった。 「後から驚かれるのは嫌なので、先に言っておきます」 I氏の目を正面から見つめて言った。 「実は俺…騎士なんです」 真顔だった。ニムバスはやっと手を放すと、なにやら満足気に頷きながら 去っていった。 「この男、本物だ」 I氏は震えた。 イフリートでの二度目の実験に、ニムバスは耐えた。 「私は騎士だ。魔女め、貴様の好きにはさせん」 暴走するイフリートの中で彼は叫んだ。機体は3分19秒でオーバーヒート、 機能を停止した。疲労困憊していたものの、ニムバスは自力で無事にコクピット を降りた。スタッフに安堵の溜め息が広がった。 「魔女とは何だ」 I氏がニムバスに尋ねると、EXAMが暴走した際に女の声が頭に響いてきたという。 「心配する必要はない。騎士が魔女に負けるはずがない」 ニムバスには、その声の原因はどうでも良いらしい。だがI氏はマリオン・ウェルチ の名を思い出していた。 ニムバス・シュターゼンはI氏の予想以上に優秀なパイロットだった。機体の状態を 自分の手足のように把握し、どこに無理な負担が掛かっているか、またどこでパワー が無駄になっているか、そして不足しているか、的確に指摘した。I氏は舌を巻いた。 「パイロットとしても本物だ」 ニムバスの意見を取り入れ、バックパックの換装等、大掛かりな改修が始まった。 「もし本当にこいつの底力を引き出したいのなら、武装も私に合わせてカスタマイズ  して欲しいのだが」 ヒートサーベルを2本装備。マシンガン等の武器の代わりに腕部に火器を内臓し、 さらに脚部にミサイルポッドを取り付けた。格闘戦を優先しつつ火力にも優れる 仕様を目指した。 「そして肩を赤く塗って貰いたい」 「ダメだ」 クルストが口を挟んだ。 「あれは私のMSだ。青だ。全部青だ」 「何を言う。MSはパイロットのものに決まっている」 口論になった。どうやらどちらも譲りそうにない。I氏が割って入った。 「あれは私の機体です」 クルストとニムバスの沈黙を捕らえて続けた。 「博士、いいじゃないですか肩くらい。ニムバスも他は青で構わないんだろう」 ニムバスは頷いた。 「まあいいだろう。肩くらい、ならな。だがなニムバス、立場をわきまえろ」 立ち去るクルストの背を見つめながら、ニムバスはわなわなと拳を震わせていた。 「コロスコロスクルストコロスブチコロス…」 「この男、やはり本物だ」 I氏は震えた。 実験は繰り返され、暴走状態での稼動時間は少しずつ延びていった。そして稼動時間 の延長はわずかであってもイフリートの戦闘能力と機動性は格段に向上していた。 I氏は疑問を感じ始めていた。 「機体の性能は向上しているのにEXAMの改良は進んでいないのでは」 I氏にはEXAMが以前と全く変わっていないように思えた。稼動時間の延長には 機体とEXAM、両方のバージョンアップが必要だ。だがクルスト博士はEXAMの 改良を進めているようには見えない。そして壁が見えた。機体の改良とニムバスの 操縦を持ってしても、稼動時間4分の壁を超えられない。 「イフリートには、まだやれるはずなんだ」 その日、ニムバスの様子がいつもと違った。 「おのれ魔女め、ハァハァ」 管制室でI氏はそれに気付いた。 「ニムバスの様子がおかしい」 「いつもと何が違うというんだ」 クルスト博士は取り合わない。I氏は緊張しながら実験を見守った。暴走状態に 入って既に3分30秒が経過している。そして4分。イフリートはまだ暴走を 続けている。壁を突破した。 「やったぞニムバス」 5分1秒でイフリートは活動を停止した。これまでの記録を1分も上回る 新記録だった。 I氏はコクピットを降りるニムバスを迎えに走った。 「凄いぞニムバス、いったいどうしたんだ」 目をギラつかせながらニムバスは答えた。 「今日俺魔女犯してやったよ」 シャワールーム空いてるよね、と女性スタッフに尋ねた。彼女が怯えながら頷くと、 ニムバスは危険な香りを漂わせながら去っていった。 「こんな男、ちょっといない」 I氏は震えた。 イフリート改開発記 第四話 その日以来、イフリートは安定して5分間の暴走状態を可能にした。だがその後の 実験でも5分を大幅に上回ることはなかった。 「イフリートにはここまでかもしれない」 既に機体の限界は見えていた。技術者として自分は十分にやったと思う。だが それでも5分。戦場で5分間で機能を停止する機体など使い物にはならない。 しかもその5分という数字はパイロットの腕次第なのだ。後はEXAMシステムの 改良で機体への負担を軽くするしかないのだが、クルストが望んでいるのは機体に 最も負担のかかる暴走状態を少しでも長く維持することだけだった。 「この研究は無駄に終わる」 I氏は予感していた。イフリートはEXAM無しでも充分に優秀な機体に 仕上がっている。それだけに残念だった。 そんなI氏のもとに、友人からの連絡が入った。ジオン公国直属の研究機関に 所属するL氏からのプライベートな通信だった。 「EXAM研究所の査察を任された」 それに先立って友人であるI氏に意見を求めたい、とのことだった。 「上層部はEXAMを重要視していない。私の報告次第では研究は打ち切られる  ことになるが」 I氏は率直な意見を述べた。 「EXAMがフルに機能した時、確かに機体は信じられない動きをする。EXAM  の研究自体には価値があると思う。だがクルストに任せておいてはダメだ。あの男は  EXAMを戦力として実用可能なレベルに仕上げることを考えてはいない」 しばらく後、L氏が研究所を訪れた。 査察を終えたL氏は、I氏に自分の見解を語った。 「疑似ニュータイプシステムというEXAMなんて存在しない。ここでEXAMと  呼ばれているアレは、ただの不完全なオートパイロットシステムに過ぎない」 I氏は衝撃を受けていた。 「なんだって」 I氏はその言葉を信じられなかった。 「クルストの理論でニュータイプを実験台に完成したものだと聞いているが」 「ジキルとハイドの話を知っているだろう」 L氏は語った。 「ジキル博士は自分の理論に基づいて変身薬を完成させた。しかし2回目に同じ  方法で作ろうとしても完成しない。そしてハイド氏から戻れなくなってしまう。  それは1回目の成功は原料に含まれた不純物による偶然だったからだ。ある理論  に基づいて完成したものがあっても、それが理論の正しさを証明していない場合  もある。EXAMがそうだ。今動いているアレはクルストが作ろうとしたもの  とは違う、偶然の産物だ」 「アレがEXAMだというなら、私にだってEXAMを作ることが出来る」 L氏は続けた。 「5分でオーバーヒートする代わりに機体の性能を限界まで引き出すシステム。  OS、デバイス込みでだ。その程度のものを作れる奴はいくらでもいる」 沈黙するI氏に言い放った。 「この研究は中止だ」 I氏は納得できなかった。 「ニムバスのいう魔女の声とは何だ。実験台になったニュータイプ、マリオン・  ウェルチのものだと噂されている。現にニムバスが魔女を征服してから稼動  時間は延びている」 「そんなオカルトめいた話が上層部に報告できるか」 L氏は周囲を見回してから小声で言った。 「その声と言うのはニムバスの妄想ではないのか」 I氏、否定できなかった。 L氏の報告書には、EXAMが疑似ニュータイプシステムであることの真偽は記載 されなかった。ただ客観的な問題点、パイロットの精神障害、オーバーヒート、 暴走状態に入れば敵と見方の識別が出来ないことなどが記載された。さらに、 実用可能なレベルに仕上げるまでに必要と予想される期間をL氏は記した。 上層部が開発中止を決定するのに十分な報告だった。 まもなくEXAM研究所に開発中止命令が下った。その直後、クルスト博士は 連邦に亡命した。 膳場「本日二人目のゲストです。Lさんにスタジオにお越し頂きました」 国井「Lさんは疑似NTシステムEXAMを否定されたわけですが」 L氏「はい」 国井「EXAMは機械的な疑似マリオンで、そのために彼女の精神がそこに固定    されてしまった、という説もあるのですが」 L氏「ナニ言ってんですかアナタ」 国井「はあ」 L氏「貴方が言ってるのは人形に霊が憑いたとかいうのと同レベルの話ですよ、    馬鹿馬鹿しい」 国井「はい…」 L氏「そもそもニュータイプの精神波というものは、記録したり再生したり出来る    性質のものではないんです。だからこそ戦後、連邦軍はサイコミュ実用化の    ために強化人間を育成したのでしょうが」 膳場「パイロットが聞いた声についてはいかがですか」 L氏「ニムバスのような妄想家の言うことが信じられますか。大体、他に誰が聞いた    ってんです、その声を。EXAMマシンに乗ったものは皆発狂している。    証言なんてないんですよ」 膳場「そこのカジマさんもEXAMに乗った方のおひとりなんですが」 L氏「声、聞いたんですか」 ユウ「………」 L氏「言えよ、聞こえたのかよ、今ここで言ってみろよゴルァ」 ユウ「………(半泣き)」 国井・膳場「………」 イフリート改開発記 第六話 「放置することは出来ない」 声を上げたのはI氏だった。亡命したクルスト博士の扱いについてである。L氏は EXAMもクルスト博士もジオン公国にとって無価値と断じていた。上層部が彼の 判断に従えば、予定通りEXAM研究所は閉鎖され、クルスト博士の行動は放置 されることになる。 「確かにEXAMが疑似ニュータイプシステムだとする証拠はない。だが、  そうではないと証明できた訳でもないんだ」 もしも連邦軍の技術者が解析に成功し、疑似ニュータイプシステムだと証明した ならば。そしてそれを実用化まで漕ぎ着けたら。暴走したイフリートの様子を思い 出すI氏に、突然別の考えが浮かんだ。 「いや、問題は疑似ニュータイプシステムの真偽ではない。ここで動いていた  あのEXAMが敵に回るということだ。それだけは避けなくてはならない」 あのEXAMが敵としてジオンに牙を剥く。しかもそれが連邦の技術者の手によって 実用化に耐えるシステムに仕上がったものだったら。それは恐怖だった。 「そんなことは有り得まい。アレを実用化するにはまだ膨大な時間が必要なはずだ。  ましてやパイロットが見つかるかどうかさえ解らん」 「連邦の技術者をなめるんじゃない」 I氏は怒鳴った。 「MS開発で我々は十年先行していたんじゃなかったのか。それを奴らは一年  かからずに白い悪魔を完成させたんだぞ」 L氏はうなった。確かに赤い彗星が連邦のMSを発見し、そして取り逃がして以来、 連邦の技術者の底力は侮れないとする評価が広まっていた。同時に連邦の技術力が どれほどのものなのか、ジオンには把握しきれなくなっていた。L氏の中にも 不安は存在していたのである。 「私に任せてもらおう」 ニムバスだった。 「私がクルストを殺す」 「引き受けてくれるのかニムバス」 「ってゆーか前からアイツ殺したかった」 クルストの追跡を請け負う者がいる。ニムバスがさらに言葉を続けた。 「私はひとつ危惧している。連邦は既にMS開発に成功している。つまりEXAMを  搭載した連邦のMSが存在する可能性がある。その場合私はそれと戦うことになる」 I氏に向き直って言った。 「EXAMを倒せるのはEXAMだけだ。あのイフリートを私に預けてほしい」 その通りだ。連邦のEXAM搭載機を倒せる機体は既に完成し、存在しているのだ。 「いいだろう」 I氏とL氏が同時に同じ言葉を発した。 L氏の提言は上層部を動かした。ニムバスにはクルスト・モーゼスの抹殺及び 連邦のEXAMの破壊命令が下った。そしてEXAM研究所は、ニムバスの帰還 まで暫定的な存続が許可された。こうしてニムバスは地球へ降りた。 ニムバスは任務を果たした。クルストを殺害し連邦のEXAM搭載機の破壊に成功、 さらにその一機をEXAM研究所に持ち帰った。だがその任務の中でイフリートは 失われていた。相撃ちだったという。 「よくやった」 I氏は既に存在しないイフリートにつぶやいていた。ニムバスが奪取した連邦の MSの解析に取りかかってすぐのことである。フィールドモーター駆動、マグネット コーティング、軽量かつ堅牢な新合金の装甲材、さらにイフリートを大きく上回る 高出力ジェネレーター。この機体に比べれば、イフリートは一世代前の技術で 作られた機体でしかなかった。 「こいつと互角に戦ったのか」 I氏は感動していた。イフリート改は実験にしか用いられていなかった。性能が 向上しても、どこまで強くなっているのか具体的な指標はなかった。それが今、 証明された。この連邦の機体と渡り合えるほどの力を、イフリートは得ていたのだ。 その力を与えた技術者が自分なのだ。誇らしかった。 「ちょっと待ってくれ」 ニムバスだった。I氏は動揺していた。確かにパイロットの腕も重要な勝因である。 ニムバスは自分の思考を読んでいたのか。I氏は震えた。 「私を誉めてくれるのは嬉しいが、コイツの解析は後回しだ。私に合わせて調整を  急いでくれ」 ニムバスの言葉に胸をなで下ろしつつも、I氏は驚いていた。 「どういうことだ」 「連邦には、まだEXAMが存在する。EXAMを倒せるのはEXAMだけだと  いうことは奴らにも解っている。最後のEXAMがここを襲うだろう」 ニムバスが脱出に使ったHLV基地は連邦の攻撃が迫り、発射作業を急いだために データの消去が行われなかったという。上空のムサイ級巡洋艦との交信記録も残って いた可能性が高い。そうなれば研究所のある実験コロニーは容易に特定される。 「相手がEXAMなら、こいつで相手をするしかない。解析は後回しだ」 しかし、I氏はためらった。この機体は今のジオンにとって宝の山だ。EXAMに 耐えるための連邦の最新技術が詰まっている。 「君の言う通りにしよう」 ニムバスに答えたのはL氏だった。I氏にはその言葉を信じられなかった。 「なぜだ」 「ジオンにとって、いやスペースノイドにとってEXAMは存在してはならないのだ」 亡命が発覚した後、クルスト博士について諜報部が詳細な調査を行った。その結果、 彼のニュータイプに対する思想は異端どころか危険なものだとする結論が出ていたのである。 ジオン公国は、ニュータイプこそ人類の未来を開く存在であり、スペースノイドは ニュータイプに最も近い存在とする選民思想をもって成り立っていた。 だがクルストはニュータイプを現在の人類に取って代わる存在と捕らえ、そして ニュータイプを敵視していたのだった。彼はニュータイプによって現在の人類が 滅ぼされるという考えに憑かれ、その日を怖れていたという。 「つまり疑似ニュータイプシステムEXAMとは、オールドタイプがニュータイプ  と戦うためのシステムなのか」 「恐らくはそういうことだろう。クルストの思想はジオン・ダイクンの描いた人類の  未来を否定するものだ。EXAMは存在してはならない」 ニムバスの手で連邦のEXAMを倒し、そして研究所のデータも抹消する。連邦の EXAM搭載機の強奪は当初の予定に含まれてはいない。本国に送らずとも、 現場の判断で廃棄すれば良い。 「しかし…」 この機体を失うことはあまりにも惜しい。悩むI氏にニムバスの声が響いた。 「来〜る〜きっと来る〜」 I氏は震えた。 「奴は必ずここに来る。逡巡する暇はない。廃棄については後から考えてくれ」 その通りだった。 「わかった。調整を急ごう」 「感謝する。私も手伝おう」 ニムバスは嬉しそうにペンキの缶と刷毛を持って来ると、機体の両肩を赤く塗り始めた。 イフリート開発記 最終話 ニムバスが奪取した連邦のEXAM搭載機・BD−2の調整作業を終えようと する頃、入港予定のない艦船が実験コロニーに接近しているとの報告が入った。 「本当に現れたのか」 スタッフに緊張が走ったが、それはグラナダ基地から派遣された突撃機動軍の チベ級重巡洋艦だった。さらにムサイ級巡洋艦も随伴している。 「ここに運び込まれた連邦のMSを引き渡して頂く」 チベ級の艦長、M中佐は命令書を示して言った。ニムバスとBD−2を実験コロニー に運んだムサイ級巡洋艦は、強奪した連邦の機体のことを上に報告していたのである。 それがデュアルアイのガンダムタイプと知った上層部は機体の価値を重く見、末端の EXAM研究所ではなくグラナダの研究機関での解析を決定したのだった。 L氏の思惑は崩れた。 「一介の技師が決められる問題じゃなかったんだ」 L氏の肩を叩いてI氏は言った。M中佐のチベ級に搭載された護衛用のMSには、 最新鋭のゲルググが含まれていた。奪取したガンダムタイプの機体を、上層部が 重視していることが見て取れる。 「仕方がない。上が決めたことだ」 L氏は諦めたが、ニムバスは収まらなかった。 「アレは私が手に入れ、私に合わせて調整した私の機体だ。渡すことは出来ん」 M中佐はニムバスに尋ねた。 「私に指図するのか。階級を言ってみろ」 「大尉だがそれがどうした。私は騎士だ」 ニムバスは拘束された。 BD−2をチベ艦内に搬入し終え、出航準備が整った時のことである。突如警報が 鳴り響いた。 「何が起きた」 尋ねるM中佐に通信兵が答えた。 「コロニー守備隊から報告、接近中の機影3を確認、敵機です」 「来た」 それがニムバスの言う最後のEXAMだと、I氏は確信していた。 接近中の敵はおそらく連邦のEXAM搭載機である。そして敵の狙いはBD−2の 奪還。I氏の言葉を受けたM中佐は笑みを浮かべていた。 「敵はMS1機にボール2機、我々にはチベとムサイのMS隊にコロニー守備隊  までが加わる。戦力差は圧倒的だ。よりにもよって我々がいる時に仕掛けて来る  とは連中も運がない」 M中佐は接近中のEXAM搭載機を捕獲するつもりだった。1機の予定だったものを 2機持ち帰ることができれば、それは功績となるだろう。敵をコロニー内に誘い込み、 MS隊が待ち受ける。重力下ではボールは戦闘に加われない。EXAMを搭載した MSが1機のみで飛び込んで来ることになる。それを捕らえることは容易なはずだ。 コロニー内での戦闘に備え、研究スタッフはチベに退避した。そしてチベはミノフ スキー粒子に紛れ、コロニーの外で待機することになった。敵機は宇宙港の反対側 に当たる作業用ハッチからの侵入を試みているらしい。コロニー守備隊との交戦が 時間稼ぎとなり、チベの発艦は間に合った。後はコロニー内との交信が可能な ギリギリの距離で戦闘終了を待つ。 「そううまく行くかな。相手はEXAMだぞ」 EXAMがジオンの敵に回る。今こそI氏の怖れていた瞬間のはずだった。だが今、 彼の心は不思議な高揚と期待で満たされていた。 「速い」 「普通じゃない、いや異常だ」 「研究施設が破壊されている」 「3番機大破」 「読まれているのか」 「離脱?そんな余裕があるか」 「このままでは壊滅」 コロニー内部に展開していたMS隊からの交信は途絶えた。 「馬鹿な」 血の気を失ったM中佐の様子を眺めながらI氏は高揚と期待の正体を理解していた。 「私が作り上げたイフリート改と互角に渡り合ったMSなんだ。そこらのMSで  相手が勤まる訳がない」 I氏は連邦のEXAM搭載機をイフリートの兄弟のように感じていた。それがジオンの MSを蹴散らすことは、イフリートの強さの証明でもあるのだ。技術者の中にある プライドと暗い情念が、敵の活躍を望んでいたのだった。 だがI氏は冷静さを保っていた。今の状況は危機以外の何者でもない。 「全速で離脱する」 M中佐の腕をつかんで言った。 「間に合わない。ニムバスを解放しろ。BD−2で出撃させるんだ」 あれを失う訳にはいかない、渋るM中佐に畳み掛けた。 「任務を果たせないだけならいい。このままでは艦も命も失うことになるぞ。  EXAMならEXAMを倒せる。ニムバスを出撃させるんだ」 独房から解放されたニムバスは高笑いしながらBD−2に乗り込んだ。 「騎士の決闘を見せてやる」 そう言い放ち、出撃した。やがて5分を過ぎた頃、コロニー付近で二つの爆発光が 見えた。ニムバスを回収に向かった小型艇が見たものは、相討ちになった2機の ガンダムタイプのものと思われる残骸であった。こうして全てのEXAMは失われた。 国井「この戦闘でニムバス・シュターゼンは消息を絶ちますが、ユウ・カジマさん    は奇跡的な生還を果たしました」 膳場「彼を救ったのはEXAMの中のマリオン・ウェルチの意志だったとも、    モーリン・キタムラ嬢の陰毛だったとも言われています」 国井「疑似NTシステムと言われるEXAMですが、実際にはその中身はブラック    ボックスであり、未だに証明は為されていません。が、少なくとも開発者である    クルスト博士と、連邦のアルフ・カムラ博士が疑似NTシステムとして研究を    行っていたことは確かです」 膳場「アルフ博士は戦後もEXAMの研究を続けますが、最終的には機械的なNT能力の    再現は不可能と判断し、そして忌わしい強化人間の研究に加わることになります」 国井「それではエンディングです。I氏のインタビューを御覧ください」 「Lの言う通りEXAMは存在してはならなかった。アレが疑似NTシステムだった  のかどうか、私には解りません。ですが、EXAM自体が自らを消し去ろうとする  意志を持っていたように私には思えるのです。Lには笑われそうですが」 「私がイフリートに連邦のEXAM搭載機と戦える力を与えたのも、EXAM同士が  殺しあうことに手を貸していたのではないだろうか、そんな風に考えることがあります」 「自分でも気付かない内に、EXAMの運命に巻き込まれていたように思えるのです。  その後ろにEXAM自身の意志を感じるような気がするのですよ」 I氏は戦後、L氏と二人でホビーモビルスーツのチューニングショップを経営している。 二人がハード、ソフトの両面から息の合った仕事をこなし、ホビーモビルスーツ愛好家 からの高い評価を得ている。経営は順調である。 「とは言っても、私が本気でチューニングした機体を100%乗りこなせるパイロット  には未だに出会えませんがね」 「それが出来たのはあの男だけ。ニムバスが懐かしくなることが時々ありますよ」 完