F91のやられ役、デナン・ゾンの開発史を作ってみました。 ブッホ・コンツェルンが送り出した全高僅か14mのMS:デナン・ゾン。 ビームシールドを標準装備し、コロニー内を縦横無尽に飛び回った。 これは、困難と言われたMSの小型化と高性能化の両立に立ち向かった男達の物語 である。 宇宙世紀0106、ブッホ・エアロダイナミクス社(以下ブッホA社)は同コンツェル ン初のプロジェクトを立ち上げた。MSの開発である。これまでMSの開発は月の 巨大企業アナハイム社、あるいは軍直系のサナリィにより独占されていた。特にア ナハイム社はネモ・ジェガンといった連邦の主力MSの生産を担っていたとことも あり、その影響力は絶大だった。そして、ブッホA社にはMS開発のノウハウは無 かった。 MS開発プロジェクトの指揮を任されたのはR氏。宇宙用中型船舶の開発指揮を執 った経験を買われた。 まずR氏は、アナハイムからMS開発チームを引き抜くことにした。アナハイムは 、その巨大さ故に複数のMS開発チームを抱えていた。当然、企業の極秘プロジェ クトに携わるチームもあれば、窓際同然のチームもあった。R氏は、その窓際に目 を付けた。≪第9MS開発室≫旧ジオニック社系の技術者が多く在籍していた。他 のチームからは『時代遅れの技術者集団』と揶揄されていた。 R氏は、≪第9MS開発室≫の室長D氏を尋ねた。D氏は、かの名機『ゲルググ』 の開発にも携わったことのあるベテランだった。歳の割に柔軟な考え方のできる男 だった。 「汎用性のある高性能のMSを作りたい」と訴えるR氏に、D氏は言った。 「私にもう一度ゲルググを作らせてくれるのですか?」 R氏は力強く頷いた。 早速、ブッホA社とアナハイムとの交渉が行われた。MS開発のノウハウが欲しい ブッホA社とMS開発部署再編を予定していたアナハイム、両社の思惑が一致した こともあり、契約は速やかにまとまった。 当時のMS開発の潮流である『小型化』。小型化に求められたのは高機動化と、M S本体価格と運用費用の低コスト化だった。特に地球連邦軍では、軍備と演習に掛 かるコストの削減が叫ばれるようになった。質量保存の法則の為、艦に搭載する物 資が重くなる程、余分な推進剤を必要とする。それならば、搭載するMSが軽くな れば良い。MS自体もパーツ点数が減れば搭載する修理用部品も少なくなる。性能 は旧型のジェガンを下回らなければそれで良い。連邦軍の上層部はそう考えた。 一方、新興のブッホA社は違った。小型・高性能化したMSを、それに合わせて設 計された艦艇に搭載する・・・このセットをまとめて売り込むことを考えた。小さ い艦艇と小型MSのセットならば、現在主流の小規模戦闘に機動力を生かした即応 性を発揮できる。また、従来と同程度の大型艦艇ならば、1隻の艦艇に積み込める 戦力が相対的に増大することになる。この時点でブッホA社製MSはブッホ・コン ツェルンの抱える私兵(C.V.)に配備されることになっていたが、性能が認めら れれば他からの引き合いも来るはずとブッホA社は期待していた。 R氏指揮の元、D氏らはブッホA社のメンバーと共に小型MSの開発に乗り出した。 まずは、全高を15mに抑えることを目標にした。幸いにして、ブッホA社の開発 した小型核融合エンジンは、大きさ・出力ともに開発チームの要求を満たすもので あった。そして、宇宙世紀0108 7月、ブッホA社初のMS『デッサ』タイプ1号 機がロールアウトした。デッサは、武装も装甲も無い裸同然のMSだったが、その 運動性と機動性は期待に違わぬものだった。 「これを元にすれば、きっと素晴らしい機体が出来上がる」 誰もがそう思った。 しかし、翌宇宙世紀0109初頭 アナハイム社は初の小型量産MSヘビーガンを発表 した。全高15.8mとデッサ程に小型ではなかったが、デモンストレーションではデ ッサ同様小型MSの機動力をまざまざと見せつけた。 R氏らは愕然とした。彼らのデッサは、まだ作業用MSの域を出てはいなかった。 R氏は開発チームを集めて訴えた。 「このままでは駄目だ。もっと小さく高性能のMSを作らねばならない」 R氏の情熱が開発チームの魂に火を点けた。 翌日から急ピッチで作業が始まった。早速、デッサを再設計して全高を14mに落と したD2をロールアウトした。D2に実戦を想定した装甲を取り付け、運動性と機 動性をテストした。重量の増加により、性能は一気に低下した。 それと同時に、もう一つの問題が発覚した。重心の位置が高く、空中戦での機体の 安定を著しく損ねた。重量物が機体の上半身に集中していることが原因だった。 開発チームは連日連夜、問題の解決策を模索した。D2の軽量化案ではフレーム担 当と装甲担当が対立した。 「やわなフレームでは格闘戦に耐えられない」 「いや、耐弾性が無くては兵器として元も子もない」 両陣営とも一向に譲らなかった。装甲を薄くして代わりに巨大なシールドを装備す ることも考えられたが、左右の重量配分が悪くなると廃案になった。 一方、エンジン担当と推進器担当も頭を悩ませていた。機体の重心を下げる為に何 の重量を削るべきか?一番の容積を占めるコクピットは規格品のため、どうにもな らなかった。次に目をつけられたのが核融合エンジンだった。確かにより小型の核 融合エンジンはあったが、出力不足で戦闘継続時間に問題が生じるのは目に見えて いた。また、推進器をバックパックから完全に取り去ることも考えられたが、推進 器を移設する余地は14mの機体には無かった。Zガンダムのように脚部にエンジン や推進器を集中してしまえば重量バランスだけは何とかなるが、補器の増加により 更に機体重量が増すことがシュミレーションで分っていた。八方塞だった。 「装甲を可能な限り薄くしよう」 迷いの無いD氏の言葉に誰もが耳を疑った。 「また、脚部の装甲を相対的に厚くして重心を下げてやれば良い」 確かに、その案ならば軽量化と重心の問題を一気に解決できる。しかし、それは防 御力を犠牲にするということを意味していた。開発チームから沸き立つ疑問にD氏 は答えた。 「装甲の薄さはこれでカバーすれば済む」 D氏がスクリーンに映し出したもの。ビームシールドの基礎理論だった。 ビームシールドは、ビームサーベルの応用技術として各社で研究開発が進められて いた。しかし、ビームシールドを円状に配置するという構造が高コストを招き、ま た機体の稼働時間を短くさせる原因になる。技術革新があるまで一部高級機にしか 採用されない装備になるだろうと、どの会社も量産機への装備を見送っていた。 しかし、D氏と≪第9MS開発室≫の古参メンバーは、ゲルググのビームナギナタ 以来ビームサーベルの刃の形状を変化させる研究を継続しており、ノウハウは十分 にあった。 ざわめくメンバーを前にD氏は高らかに語った。 「いずれ標準になる装備なら我々がそれを実現しようじゃないか!」 その言葉を聞いたR氏が口を開いた。 「我らが進む道は、それしかない」 それから、装甲を薄くした機体D3の開発と同時にビームシールドの開発が始まっ た。D氏等のノウハウを元に扇形のビームを形成するビーム発生器を試作した。使 われている技術自体は古いものだったが、十分に実用に足る出来栄えだった。それ を円状に連ねて、ビームシールド試作1号を作り上げた。 早速、テストが行われた。 D3にビームシールドを持たせ、それをビームライフルで狙撃した。 ライフルが発射され、まばゆい閃光と轟音がD3を包んだ。 D3は何事も無かったかのようにそこに立っていた。 実験は成功だった。開発チームから歓声が湧き上がった。 次の課題は、ビームシールドの低コスト化とエネルギー消費量の節約だった。 発生するビームの厚さを段々と薄くしていき、標準的なビームサーベルとビームラ イフルを防ぐのに十分な最低ラインを探った。そのデータを元にビームシールドの キャパシティを下げてゆき、低コスト化を図った。 完成したビームシールドはD3後継機の左腕に搭載された。シールド展開時の機体 の自由度を損なわぬようシールドの土台を高くした。また、前腕部に『ねじり』方 向への稼動部位を増設し、前・上・横のどの方向にも効果的にシールドを構えられ るようにした。 D3後継機の開発も順調に進んだ。特徴的なのが頭部だった。 デュアルセンサーとモノアイの良い点を取り入れるため、メガネをかけたような造 形になった。可能な限りカメラのレンズ径を大きく取り、光学機器の性能を上げる 為だった。もちろん、目を光らせるランプの増設も忘れなかった。高性能のセンサ ーを搭載するため、冷却ダクトも大きくした。その結果、ガスマスクを被ったよう な独特の造形が生まれた。 D氏はこのデザインを大いに気に入った。奇異な造形にあっけにとられたR氏を前に 「歴史に名の残る機体はこのぐらいインパクトがなくてはな!」 と豪快に笑い飛ばした。 貴族を自認するロナ家の面々もこの20世紀的なフォルムをいたく気に入った。た だし『次に開発する指揮官用はもっと騎士的なフォルムにして欲しい』と要求する ことを忘れなかった。 こうしてD3後継機は完成した。格闘専用に調整されたこの機体は、軽量化の効果 もあってコロニー内(1G環境)で飛翔できるほどの機動力を見せた。また、核融 合エンジンも改良を重ねてより高出力のものとなり、ビームシールド展開時間に余 裕が生まれた。 この機体の名を何としよう?D氏の問いにR氏は答えた。 「デナン・・・デナン・ゾンはどうでしょう?」 その由来はかつて中東で使われていた通貨単位ディナールだとR氏は説明した。 『この機体が通貨のように広く流布して欲しい』との想いからだった。また、デナ ンのDには開発を支え続けてくれたD氏への感謝も込められていた。 「図らずも名を残してしまいましたな」 D氏は照れながら、嬉しそうに微笑んだ。 その後、デナン・ゾンは派生機のデナン・ゲーと共にクロスボーンバンガードの主 力となった。また、デナンシリーズを母体として高性能機ベルガシリーズも開発さ れた。当然、ロナ家のリクエスト通り騎士的なフォルムでまとめ上げた。 残念ながらデナン・ゲーは、ゲルググほどの名声を残せなかった。しかし、初のビ ームシールド搭載機としてMS関係者の評価は高かった。また、ブッホA社は、コ スモ・バビロニアの崩壊と共にクロスボーン・バンガードという最大顧客を失った が、その後のコロニー主義運動による各コロニーの自衛軍からそれなりの引き合い があり、中堅MS製造企業としての地位を築いたと云う。 〜完〜