(1)  核融合パルス推進実験船「ダイダロス」を成功させたミゲルた ち。勝利の美酒に酔った。  しかし素直に喜んでばかりはいられなかった。致命的な失敗も見 つかっていた。それは耐久試験のあと全力運転試験に移行した時に 見つかった。推力が予定の数値に達していなかったのだ。20%落 ちの数値だったが、2,000兆トンにも及ぶユノーの軌道を変更する には、20%はあまりに大きな数値だった。  研究チームは次の改良に向けて案を出し始めていた。ルナ・キャ プチャー・プロジェクト始動まであと6年しかなかった。                 ( ̄ ̄<     / ̄>                   \  ヽ   / /ソ         プ ロ ジ ェ ク ト\  ヽ P r o j e c t MS    ─────────────────────          技術者たち /|_/ /\engineers                  |   /   \   丶                  \/       \__ノ      「2つめの月が出来た日」〜綱渡りのミッション、ルナ・ツーを月 軌道に乗せろ〜 (地上の星)   足りない出力  強引な出力アップ     教育型統合コンピュータ  全てを人工知能まかせ       中国船突然の出航  望まざる競走         不気味な沈黙  再燃する批判 プロジェクト エーックス・・・ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (2) プロジェクト エーックス・・・ 【膳場】  今夜は前回「世界一の力持ちを作れ」〜不可能に挑む、次世代核 パルスエンジン開発〜の続編、ルナ・ツープロジェクトの後半をお 送りします。スタジオには前回に引き続きアメデオ・ミゲルさんの お孫さん、ナナイ・ミゲルさんにお越しいただいています。 【国井】  さて前回は核融合パルス推進実験船「ダイダロス」の試験航海に 成功したのですが、今回はそのダイダロス号と、最終的に完成する ルナ・キャプチャーの1/10,000スケールモデルをこちらにご用意 しました。隣に比較用のスペース・コロニーの模型があるのです が・・・びっくりするほど大きいですねぇ。コロニーより小さいの は全長だけで、幅はコロニー並み、そしてノズルの大きさといった ら・・・すごいものをおじいさんは作っていたんですね。 【ミゲル】  ええ、本当にそう思います。 【膳場】  記録もすごいものでした。追い風参考記録ですが、なんと光速の 10%。もちろん地球から見た見かけの速度ですが、信じられない ほどのものです。 【国井】  いよいよ後半の今回は、実際に小惑星を捕獲・曳航する船の製造 と、プロジェクトの開始から終了までの物語、「2つめの月が出来 た日」〜綱渡りのミッション、ルナ・ツーを月軌道に乗せろ〜をお 送りします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (3)  20%足りなかった推力をどうすれば得られるか。エンジン担当 部門のメンバーは悩んだ。  ルナ・キャプチャーは同時に3機を運行させることが決定してい た。そのうち2機がユノーに取り付きエンジンを稼働させれば、理 論上ユノーを動かすことが出来るという計画だった。  しかし推力が20%足りないままでは3機とも確実に稼働させなけ れば、動かすことは出来ない。小惑星帯には地球から観測が出来な い細かな天体もいる。3機ともユノーに接地させることは、奇跡を 期待するような物だった。  現状の予算では、3機を運行させるのが限度だった。  逆に言えば、3機ともユノーに接地できれば計算上ユノーを動か せた。  「エンジン屋に負けるな」  航法担当部門、つまり人工知能と測量・画像認識両分野の技術者 も、奮い立った。技術主任のアダム・キャルヴィン、スタッフに檄 を飛ばした。  ルナ・キャプチャーの航法装置は、電波式のレーダーと2つの広 角カメラ、そして3つの3次元測距カメラだった。順に遠い範囲か ら近い範囲までをカバーする配置だった。それを3つの人工知能ユ ニットが多数決で処理していた。この配置は「ダイダロス」でも同 様だった。  試験航海では大きな問題はなかったが、約1mm〜10cmほどの 微小な宇宙塵は避けようがなかった。どんなに小さくとも、相対速 度が高ければ運動エネルギーは飛躍的に増大し、危険だった。事 実、厚さ30mmの装甲板を貫くものも少なくなかった。宇宙塵の 影響で、ユノーに接地できる可能性は1機あたり75%前後、3機共 にとなると30%を切っていた。  「やはり、とっさの対応のために乗組員を乗せたほうがいいので は」という意見もあった。しかし当初の計画からそれは何度となく 却下されてきた。危険が大きいという理由ではなかった。人間の生 命を維持する装置の重量と安全対策の労力が惜しいのだ。  人工知能の現場での対応速度と、行動自由度の権限が調整され た。微小宇宙塵狙撃用のレーザー光線銃も装備された。今のところ できることはそれだけだった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (4)  エンジン部門も負けてはいなかった。連日会議が続いた。  エンジンの出力を上げるには、1分間あたりの爆縮サイクルを進 めるか、1回の爆縮あたりの規模を大きくしなければならなかっ た。しかし現在でもスペース・コロニーに匹敵するほどの大きさに なっていたエンジンを、これ以上大きくはできなかった。剛性と重 量、そして予算の兼ね合いからだった。  ある日の会議で、一人の人物がその問題に風穴を開けた。  「果たして本当に、爆縮サイクルや規模を上げるために、現在の 構造から変更しなければならないのでしょうか。小さな改造で済む アイディアがあります。」  プロジェクト統括者のミゲルは、その発言をした人物に見覚えが なかった。新参者のジョナサン・グレンという男だった。その筋の 専門家が何人も揃い、何日間も議論を重ねたことに、思いつきの対 応策で何とかなるとは思えなかったが、その人物に、壇上でしゃべ らせた。  「磁界でエンジンを仕切って、クラスターごとに複数のペレット を反応させれば、複数のエンジンを束ねたような効果を期待できま す。この方法でも瞬間的な大出力は可能ですので、動き始めの切っ 掛けの期間が過ぎてしまえば、現状の推力でも充分動きます。」  グレンは言い切った。ミゲル、黙ったままグレンを見つめた。周 りのメンバーも一言も発しなかった。それは誰が聞いても乱暴な運 転方法だった。  懐疑的な雰囲気が流れていた。やがて一部のメンバーが、自分の 端末で説明されたアイディアの計算を始めた。次々に検証を終わっ たメンバーは、疑問点やそれが不可能である理由を口にした。しか しいずれも、グレンによって技術的に対応可能な理由をあげられ た。  次の日から、グレンは月面基地でのアナー11型エンジンの2号機 で、実地検証にはいった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (5)  0037年1月、核パルス推進エンジンの形式はアナー20型まで進 んでいた。オルローワ=グレン式電磁プレート装備のアナー20型 は、ルナ・キャプチャー本番用3基と試験用兼予備用2基が作られ た。  電磁プレート式の反射プレートとしたことで、思わぬ副次的な効 果があった。複数の磁界を発生できる強力な誘起コイル群は、ノズ ルでの核融合反応を磁界の力によって閉鎖炉とできた。同時に MHD発電を行い、さらに核融合によって発生したヘリウム4を推 進剤にしてイオン・クラフト推進/熱核ロケット推進の複合エンジ ンとしても機能するまでになった。のちにミノフスキー理論による 核融合炉の小型化に成功した後には、この複合推進系は後に開発さ れる「モビルスーツ」の代表的なエンジンへと昇華することにな る。  それらを統合制御する電子系技術も、格段の性能向上を見せてい た。21タイプの個性の違う人工知能を3タイプまとめた441通りの 統合コンピュータをお互いに競争させ、総合順位の高い組み合わせ の上位3タイプを採用したのだ。コンピュータのコードネームとし て「Ikallier」「Kateaux」「Corzi」と名付けていた。試験兼予備 用の2基のエンジンにも「Simra」「Boo」タイプの統合コン ピュータが備え付けられ、万全が期された。途中「Corzi」搭載機 に不具合が発見されたため「Simra」搭載機が3号機とされた。  マスコミや一般へのサービスとして、これらの統合コンピュータ はレーザー通信によって地球圏のグローバル・ネットワークに常時 接続されることになっていた。プロジェクト開始の1年前から5機 の統合コンピュータ達は人格を持ってネットワークに接続し、「漂 流物」というハンドル・ネームで人気者となっていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (6) 【膳場】  本日は、航法担当部門のアダム・キャルヴィン氏と、エンジン部 門のジョナサン・グレン氏にお越しいただいています。 (両者とも仕立てのいいスーツ姿だが、寄る年波は隠せない。明ら かに米寿を超えている。) 【国井】  グレンさん、大抜擢ですね。エンジンを小分けにして出力を稼ぐ というアイディアは、この時の会議より以前にアイディアがあった のですか? 【グレン】  私の専門は磁気だったのですが、アナー型エンジンに磁気を使用 するようになってプロジェクトに参加したクチなんです。以前から 磁界クラスター理論を暖めていたので、あの会議で発表し、磁界ク ラスターを実機で実験できる機会に巡り会えたことは、とてもラッ キーなことでした。 【国井】  なるほど、それまでのエンジン開発部門スタッフとは専門が違う からこそ、違った視点で見ることができたんですね。 【グレン】  そうです。 【国井】  そしてキャルヴィンさん、人工知能のさらなるポテンシャル・ アップに取り組みました。すでに人工知能として完成していたもの にさらに改良を加えるのも、大変なことだったんでしょうねぇ。 【キャルヴィン】  その当時、プロジェクトの内容が内容なのでどうしてもエンジン 部門が花形だったんです。別にひがんでいたわけではないのです が、俺たちのほうがプロジェクトを成功に導くための責任は重いん だぞと。人間を乗せないことがマイナスに働くのではなく、人間を 乗せないからこそ出来る色々な挑戦ができるんだぞと。まあ、そう 言って部下を鼓舞してましたね。その結果人工知能同士に競争をさ せる方法を採用しました。内部では「蟲毒計画」と呼ばれていまし たね。 【膳場】  失礼ですが、人工知能の統合コンピュータの名前は、何か由来で もあるのですか? 【キャルヴィン】  あれは、彼らの個性や雰囲気を偉人の名前、各地の伝説、造語な どで表現したもので、スタッフみんなで案を出し合いました。不思 議なものですが、名前をつけると途端に我が子のように愛おしくな るもんですね。 【膳場】  両部門が切磋琢磨した結果、より良いシステムに昇華しました。 そしていよいよルナ・キャプチャー・プロジェクトが始動されまし た。続けてご覧下さい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (7)  宇宙世紀0041年1月1日、記念すべきミッションスタートとなっ た。ルナ・キャプチャー1号、2号、3号が次々と地球周回軌道を離 れていった。3機のルナ・キャプチャーは火星をスイング・バイす ることによって速度とベクトルを変更し、小惑星ユノーに接近する 計画だった。3機ともドッキングすれば推力は余裕で足りる設計 だった。  予定では75日後の3月15日にユノーに接近、ドッキングを行う 予定となっていた。フライトは順調だった。  しかしルナ・キャプチャー3機が出発した直後のことだった。  驚くべき情報が入ってきた。ミゲル、眼を見開いた。以前から中 国が軌道上に作っていた軌道ステーションが、突然外装を外し、核 融合パルス推進独特の光を放ちつつ、火星へと向かったのだ。  ミゲル、意図を察した。彼らもユノーに向かうのだ。  中国にとっては、資源衛星のイニシアチブを握ることは、容易に 外貨を得るチャンスだった。きっとチェーン博士が中心となって、 単機でユノーを動かすに足るエンジンを開発したに違いなかった。 デスクに拳を叩き付けた。かといってそれを阻止できるものは何も なかった。核融合パルス推進の加速は化学燃料ロケットのそれを凌 駕していた。仮に撃墜できるとしても、深刻な国際問題になる。 黙って見ているしかなかった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (8)  ルナ・キャプチャー3機と中国船は、火星でのスイング・バイと 大気上層でのエアブレーキを使って、ゆっくりとユノーに近づく軌 道を取った。そのまま途中で機体の向きを180度回頭し、逆噴射を 行った。4機とも順調な航行だった。  0041年3月1日、ユノーまで10万キロを切ったところで、問題 が起きた。ルナ・キャプチャー1号が(8883)Miyazakihayaoの重力 に捕捉され、軌道をずらした。その後(9081)Hideakiannoに接 触、フレームが曲がり、タンクの1つが潰されて不測の方向へガス が吹き出した。1号はプロジェクトに参加できなくなっていた。事 故に関わった小惑星がいずれも旧世紀ジャパニメーション監督の名 前がついた小惑星だったというのは、皮肉だった。  搭載された統合コンピュータ「Ikallier」リタイヤのメッセージ 「Failure, this is.」はその後も語りぐさとなった。  3月4日。計算上残った2機でユノーへ取り付いても、次の段階へ 移行できることが判明した。しかし、ミゲルは嫌な予感がしてい た。コンピュータで中国船の軌道と速度をルナ・キャプチャーの軌 道と重ね合わせ、時間列で表示させた。  嫌な予感が的中した。  中国船はルナ・キャプチャーよりも15分早くユノーに取り付 く。中国にユノーの領有権を主張されかねなかった。  すぐさまスタッフを招集して対策が練られた。  しかし今さら15分早く接地するような案は出てこなかった。核 パルスエンジンを使えば加速しすぎてユノーに激突、破損してしま う。アポジーモーターでの加速をしようにも、15分の差を取り戻 すほどの加速は得られない。アポジーモーターでの加速は実行され ることになったが、あとはルナ・キャプチャーの外部カメラでどち らが早く接地できるかを見守ることしか出来なかった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (9)  2機がユノーへ取り付く時間が迫っていた。  固唾をのんで見守るスタッフ。先に中国船がユノーに取り付いた かに見えた。スタッフの短い驚きの声が上がる。  中国船は、バウンドしていた。  重力の微弱なユノーでは、軽くバウンドしただけでもかなりの高 度に跳ね上がった。同じ失敗をこちらも繰り返す可能性もある。し かし6分後2機のルナ・キャプチャーの方は、ユノー表面にうまく アンカーを刺すことに成功したらしい。ルナ・キャプチャーの接地 後12分50秒後に中国船が2キロ離れた場所に接地するのを、確認 していた。  スタッフの間に、安堵のため息が漏れた。しかし歓声を上げる者 はいなかった。不安は、より増していた。  ミゲル、うめいた。  このままでは、双方のでたらめな噴射によって明後日の方向へ飛 び去ってしまう恐れがあった。  プログラムチームが招集され、急遽ルナ・キャプチャーの航法プ ログラムを修正することになった。ルナ・キャプチャー同士なら同 期できる噴射ベクトル制御プログラムを、中国船がどのような噴射 を行ってもその噴射を利用する形で望み通りの軌道を得られるよう に変更した。中国側もプログラム変更を行っているのだろう、18 時間のあいだ双方とも核パルスエンジンに点火することはなかっ た。ユノーに設置された2機の核パルスエンジンが噴射を開始した のは、ほぼ同時だった。  やっと歓声が上がった。あとは、中国側との飛行ルートの選別が 一致することを願うばかりだった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (10)  幸い公転速度を上げることによって木星へ向かう経路は、おおむ ね一緒だった。木星の重力を利用してスイング・バイによって方向 と速度を変更、一気に地球まで行く経路だ。速度が乗るまでは徐々 にしか動かなかったが、核パルス推進の時間を重ねるごとにアステ ロイド・ベルトから離脱していった。  0044年4月7日、ユノーは木星に最も近づいた。1,118日間の地 道な加速により、公転速度を上げることによって軌道を変えた結果 だった。今までに有人も含めて数多くの人工天体は木星圏に入った ことがあるが、自然造形の天体が人間の手によって木星圏に入った ことは一度もなかった。スイングバイによって途方もない速度を木 星から得たユノーは、一路火星へ向かった。  火星到着は40日後だった。  5月18日、ユノーは火星で減速スイングバイを行った。同時に火 星大気でのエア・ブレーキも敢行した。ユノー表面が摩擦熱で若干 焦げたのと火星の衛星ダイモスの軌道に少々変化が見られた以外、 順調そのものだった。中国船の挙動は不気味なほど従順なものだっ た。  0044年12月。この頃になると、ユノーは肉眼でも見えるように なっていた。ルナ・キャプチャー・プロジェクトをすっかり忘れて いた大多数の市民は、再びこの計画のことを思い出していた。批判 が再燃していた。  ミゲル達管制センターの面々には、毎日のように大量のメールが 届いていた。内容は見なくても分かっていた。環境保護団体、民族 主義団体、宗教団体、そして地球連邦未加入国などからのものだっ た。  クリスマス・イブに地球連邦政府からの公式回答が放送された が、批判は収まらなかった。  ユノーはいよいよ地球圏に入っていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (11) 【膳場】  本日はもうひとかた、中国側のプロジェクト責任者、銭 学森 (チェーン・シュエソン)博士のひ孫さん、銭 愛貴(チェーン・ アギ)さんにスタジオにお越しいただいています。どうぞ。 (快活そうな女性が写真プレートを手に入場。ミゲルやキャルヴィ ン、グレンに向いて深々とお辞儀する) 【国井】  ようこそおいで下さいました。・・・ひいおじいさんのチェー ン・シュエソン博士は、どんな方でしたか? 【チェーン】  旧世紀にいた同姓同名の偉人のイメージに、終生引きずられてい た気がします。故人と較べられるせいで、自分にも他人にもとても 厳しくせざるを得なく、成果を挙げ続けなければ周囲の人に叩かれ る、身内ながら気の毒な人という印象です。実は私が幼い頃に、祖 父が存命中にそのことを聞いたことがあったと母に聞いたのです が、そんなことはないと笑い飛ばされたと聞いています。公私とも に張りつめていたのでしょう。 【膳場】  チェーン博士も、ミゲル博士も、成果を挙げ続ける宿命を背負っ たという点で、実は似ていたんですね。 【ミゲル】  ええ、おっしゃる通りだと思います。その後奇しくもチェーン博 士も祖父もほぼ同時に失脚する晩年まで、チェーン博士と祖父の親 交は続いていました。ミノフスキー博士の亡命騒ぎの後あたりまで ですね。 【国井】  0044年のクリスマスには、そぼ降る雪の向こうに、金星よりも 光度を増したユノーの輝きが見えていたといいます。ほとんどの人 にとって、忘れられないクリスマス・プレゼントとなったことで しょう。そしていよいよユノーが月軌道に固定されます。  本日は皆さんお越しいただいて、ありがとうございました。 【膳場】  先週に続いて2夜連続でお送りしました「2つめの月が出来た 日」〜綱渡りのミッション、ルナ・ツーを月軌道に乗せろ〜、いよ いよエンディングです。続けてごらんください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (12)  0045年2月21日。この日ユノーは地球を挟んだ月の反対側、月 と全く同一の地球周回軌道に乗せられた。予想された中国船による 軌道投入妨害は、行われなかった。吹き出していた批判は沈黙して いた。  後に判明したことだったが、ルナ・キャプチャー2号機、3号機 のKateauxとSimraは、中国船「チェーン号」に搭載されていた人 工知能ユニット「娃 來処(a laichu)」をレーザー通信回線を経由 して懐柔していた。目的は全く一緒なのだから協力を行う、として 共同行動を取っていたのだ。  実際、地球周回軌道に投入された時の軌道計算は娃 來処が行っ ていた。KateauxとSimraは軌道計算の検算を行ったり、意図を隠 したまま軌道計算の助言を行ったりしていた。最終的に娃 來処 は、地球のバン・アレン帯の収束点を通過する際、不運にも太陽か らのイオン粒子に焼かれて機能を喪失していた。中国に推進エンジ ンの出力では劣っていたが、人工知能の出来は遥かに凌駕していた のだ。  そんな地球連邦側と中国側のルナ・キャプチャー・プロジェクト は、0046年1月1日にルナ・ツー上での記念式典で初めてお互いに 会い、お互いの健闘をたたえたと伝わっている。  彼らの確立した核融合推進エンジンの技術と教育型統合コン ピュータは、今や軍事・民生を問わず、各地で使用されている。 (ヘッドライト・テールライト)  その後ユノーは、正式にルナ・ツーと改名され、サイド5、6の スペース・コロニーを作るために資源を採取された。中国も地球連 邦に加入、採掘は他の国に倍して取り組んだ。  しかし全てを資源とすることは為されず、サイド7に2つのコロ ニーを作成した後は採掘事業は無期限延期となった。ルナ・ツー は、採掘の坑道跡を利用・拡張し、後に発足する地球連邦軍の重要 拠点として機能することになった。  ルナ・キャプチャー2号機、3号機はその後ルナ・ツー表面から 撤去され、完全整備を受けた。月面の4号、5号機も投入され、 サードルナ(後にソロモンと改名)、フォースルナ(さらに小惑星 を合体させて後にア・バオア・クーと改名)、フィフスルナの曳航 に使用された。軌道上に残っていた評価用アナー11型エンジン2号 機にもアナー20型同様の改造が施されてアナー11改型とされ、次 期型統合コンピュータ(Swashing G)が搭載されて6号機となっ た。この5機は全て一年戦争中及び戦後、資源の窮乏から解体され スペースコロニー再建の材料とされた。  教育型統合コンピュータ5台は船から降ろされた後、月面フォ ン・ブラウン市近郊静かの海基地の記念博物館に永久展示されてい る。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (番外編1)  ・・・しかし、我々の手元に毎日多くの方々の心配の声が寄せら れています。ここでは代表的な懸念事項について、こちらのムー ビーを参照いただきながら、解説させていただきます。  まず1つめです。「地球近傍で核パルスエンジンを使用すると、 地球にも放射性物質が舞い降りて汚染されるのではないか」という 懸念にお答えします。  このために核パルスエンジンの仕組みについて説明しなければな りません。我々の核パルスエンジンはヘリウム3と重水素を爆縮・ 反応させ、ヘリウム4と自由陽子、それと莫大なエネルギーを取り 出すもので、従来の重水素と三重水素を反応させヘリウム4と中性 子が出てくる核融合とは違います。我々の方法では放射性物質であ る中性子が全く出ない方法で、当初から地球近傍での放射性汚染も 考慮した方法としてこれを採用しております。もちろんごく微量の 放射性物質は推進剤として排出されます。ですが地球の地磁気を由 来とするバン・アレン帯の外側では地球に影響はなく、むしろ太陽 からの放射線のほうが何万倍も高いと断言いたします。  次に2つめの事項です。「ユノーの潮汐力で高波が発生し地上が 壊滅したらどうする」とのことですが、ユノーの質量は月の約 3,000分の1です。そして軌道は月と全く同じ、地球から36万キロ の地点となります。当然潮汐力は3,000分の1ですので、高波でオ ランダ地区が水没することはありません。これは私自身の私見です が、むしろ温暖化で上昇した海水面の方がよほど深刻だと思いま す。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━ (番外編2)  3つめは「手違いでユノーが地球に落ちたらどうするのですか」 との疑問ですが、もちろんそのようなことがないように細心の注意 をはかります。具体的には推力の微調整が困難な核パルス推進は使 わず、電気イオン・クラフト推進と熱核ロケット推進を併用して行 います。失敗した場合落ちずに地球の引力圏を離脱するだけで済む ように、減速して遠心力を殺しながら軌道に乗せる方法をとりま す。  4つめです。「現在グローバルネットにルナ・キャプチャー由来 の人工知能がアクセスしているが、将来的に人工知能によって人間 の尊厳が脅かされるような事態が発生しないか」という懸念がござ います。これはもっともな心配で、処理速度では我々人間よりもコ ンピューターの方が優れていますし、人間が対応不可能な早さでの ネットワーク詐欺などが行われると、全世界の経済界が傾きかねま せん。とある権威ある宗教団体からも「人の手が作ったものが人と 同じ意識を持つことは神への冒涜だ」という懸念が寄せられていま すし、我々はできる限り皆さんの意見を取り入れて連邦政府を運営 しなければなりません。人間と同じ自意識を持つ人工知能の研究は 残念ながら打ち切ることが決定しております。そして人工知能の ネットワークへの接続は今回限りとします。  最後に「一部の先進国が採掘の独占を主張し、旧世紀にあった資 源戦争が勃発するのではないのか」という懸念があります。これは 確かに無理からぬ心配なのですが、現在このプロジェクトは地球連 邦主導で行われており、領有権が発生するとした場合地球連邦に帰 属しますので、先進国、まして地球連邦に加盟していない特定の国 にはなりません。  そしてこれは地球連邦政府の公式見解としてお話ししますが、ユ ノー・・・ルナ・ツーと改名されることが内定していますが、これ を人類全体の共有財産とするため領有権は主張しない方針でいま す。採掘業者などは自由にルナ・ツーを採掘し、その資源を販売す ることができますが、借地権や居住権などとして権利を主張される ことを防ぐため、当面のところ支社はおろか事務所を置くことも禁 止する予定です。連邦政府がご用意する採掘基地を解放して、そこ で居住・手続き等一般処理を行っていただく予定です。  以上、地球連邦政府高等広報官のゴップがお送りしました。それ では皆さん、良いクリスマスをお過ごし下さい。