(1)  かつて、ノーマルスーツが宇宙服(スペース・スーツ)と呼ばれた時代があった。その時代宇宙空 間は専門家だけが触れられる、限られた人間の空間だった。  やがてスペースコロニー計画が発令されてからは、宇宙は技術者と作業員の空間になった。モビル スーツが登場してからは、宇宙服はノーマルスーツと呼ばれるようになった。  ノーマルスーツ。それは宇宙を生活の場とする人々にとって、無くてはならないものであった。                 ( ̄ ̄<     / ̄>                   \  ヽ   / /ソ         プ ロ ジ ェ ク ト\  ヽ P r o j e c t MS    ─────────────────────          技術者たち /|_/ /\engineers                  |   /   \   丶                  \/       \__ノ     「普段着のノーマルスーツを作れ」〜M73-mkIIフロッグマンを作った男〜 (地上の星)   普段着のノーマルスーツ  零細工場のおやじの夢     作るたびに問題作  重大な事故       補償、倒産、そして身売り  諦めない夢         ある意味地球圏を席巻  絶えない友情 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (2) 【国井】  こんばんは。国井雅比古です。 【膳場】  こんばんは。膳場貴子です。 【国井】  今夜のプロジェクトXは、一年戦争のおよそ10年前にジオン公国にて制式化された軽量ノーマル スーツ、「M73-mkIIフロッグマン」のお話です。スタジオには、宇宙時代黎明期からのノーマル スーツを、特別に借りて参りました。 【膳場】  黎明期のものも、現在とそれほど形が変わらないんですねぇ。年代は・・・えっ、西暦って書いて ありますけど・・・ 【国井】  これは最も初期の宇宙服、アポロ計画の頃の宇宙服ですね。西暦1969年7月20日、ニール・アー ムストロング船長とバズ・オルドリンが静かの海基地、現在のフォン・ブラウン市近郊に降り立った モデルと同じものです。もうちょっと時代を進んでみますと・・・ 【膳場】  だんだんすっきりしてきますね。宇宙服表面のシワがだんだん無くなっていきます。 【国井】  このあたりになると、宇宙服というよりもっぱらハードスーツと言われるものになります。現在で はどれもノーマルスーツと言われていますが、軌道上での宇宙塵(スペースデブリ)との衝突や、突 起物に宇宙服を引っ掛ける事故が深刻化してきた頃に使われたものですね。 【膳場】  このあたりになってくると、私たちのよく見慣れたノーマルスーツになります。でもスーツの大き さや形は旧世紀のころとさほど変わっていないんですね。 【国井】  そうなんです、デブリ対策が必要だった頃と較べて、開発当時にはもう超高速で周回するデブリは ほとんどありません。ノーマルスーツにも大幅なシェイプアップと、動きやすさが求められてきたん です。 【膳場】 本日は、そんなノーマルスーツ市場に一石を投じたサイド3の中小企業の、苦難に満ちた物語です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (3)  宇宙世紀0062年。地球連邦軍の高高度迎撃機TINコッドがロールアウトされた。これは0058年の ジオン共和国の独立宣言を受けての軍備の拡大だった。高性能を誇ったTINコッドだったが、パイ ロットからの不満の声が上がっていた。  「パイロットスーツが重くて身動きができない。宇宙空間では必要だが地上では無用の長物」  同じ頃コロニー技師や作業員の間からも、「ノーマルスーツがかさばりすぎて、作業ポッドに乗り 込むのに一苦労する」という声が上がっていた。  しかしこの頃のノーマルスーツは、ゼロ・プリブリージングを最低条件に、微小デブリ衝突時の耐 弾性、そして何十時間にも及ぶ装着を前提とした装備などがあり、スリム化することによるデメリッ トは机上で考えるだけでも充分なほどあげることができた。  サイド3のコロニー16バンチに、ある縫製工場があった。山田縫製所。当時の大手ノーマルスーツ メーカー、テクノーラ社の下請け工場だった。従業員わずか4名の小さな工場だった。  社長の山田には夢があった。「普段着のようなノーマルスーツを作る」  だが現実は大手企業の下請け会社、自社開発などは夢のまた夢だった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (4)  仕事を終えた山田には日課があった。コロニー建設に従事する作業員の来る居酒屋に行くことだっ た。くる日もくる日も宇宙空間でノーマルスーツを使う作業員に、自分が手がけたノーマルスーツの 具合を確かめるというのが、山田が飲み屋に足を運ぶ切っ掛けだった。しかしいつしか飲み屋の客同 士で仲が良くなり、気を許せる相手もできてきた。  ある日、客の一人が山田に言った。ペーター・アロナクスという目立たない男だった。  「ハードスーツじゃない、動きやすいスーツは作れないものか」  山田は唸った。その話は自らの夢と合致した。それに、近頃では地球の衛星軌道上も、推進剤に 使ったヘリウムがいっぱいで、微小デブリも減速して無害なものになってきた。  しかし資金がない。そのことを作業員たちに素直に話した。作業員達も資金を持っているほうでは ない。その時はその話はそこで立ち消えになった。  しかしアロナクスはその話を覚えていた。半年後山田の縫製所へ大金を持ってやってきた。  大金をどうしたのかと聞くと、作業員みんなでカンパで集めたと答えた。  山田、涙をこぼした。有り難かった。  「普段着のようなノーマルスーツを作る」夢は目標となった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (5) (プロジェクト エーックス・・・) 【国井】  本日はスタジオにペーター・アロナクスさんをお迎えしています。 (肘パッチを当てたジャケットにスラックス姿の冴えない老年男性が入場。松葉杖をついている。) 【国井】  アロナクスさん、作業員みんなにカンパを求めるのは大変だったでしょう。 【アロナクス】  そうでもありませんでした。私たち作業員に限らず技術系の職人は、自分の普段使う道具っていう ものにはお金を使うもんなんです。毎日の糧を得るためのものに手抜きできませんからね。 【国井】  たしかにプロの方が使う道具は、値段を聞くと「えっ」と驚くようなものを使ってらっしゃいます ね。 【アロナクス】  実際はみんなハードスーツの身動きのし辛さに、うんざりしていたんです。だから、薄型のスーツ はお金を投資してでも欲しかったというのが当時の心境です。 【国井】  なるほど。 【膳場】  国井さん、ハードスーツの身動きのし辛さについては、ちょっとこちらを見て下さい。 【国井】  おや、膳場さんが先ほど展示してあったハードスーツを着ています。ちょっと行ってみましょう。 【膳場】  確かにハードスーツは、とても身動きし辛く感じます。これを着たまま、たとえばこのドアを通ろ うとすると引っかかってしまいます。そこでこういう風に・・・あれ、ちょっ・・・どうしよ う・・・ 【アロナクス】  そういうときは、ちょっと腰をかがめながら体をひねって・・・そう 【膳場】  あ、抜けられました、ありがとうございます。・・・このように、ごく普通の動作をするにも熟練 を必要としたんです。ましてや無重量状態での作業はさらに難しいと言われました。 【国井】  アロナクスさん、膳場さん、ありがとうございました。このように作業用のノーマルスーツは、自 然な身のこなしから大きくかけ離れた動き方が必要とされました。薄型で軽量なノーマルスーツの必 要性は、いよいよ高まってきました。  資金の問題を当面のところクリアーした山田さん。開発を進めるうちに、大変なことが起こってし まいました。引き続きご覧下さい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (6)  山田は薄型・軽量のノーマルスーツを実現するためのアイディアをひねっていた。宇宙空間に出て も大丈夫な服にするためには、人間の呼吸の問題があった。  従来の宇宙服がどれも大きくて嵩張るのは、宇宙空間での気密の維持がそれほど大変だったという ことだった。宇宙服の内部には、人間が呼吸できる十分な量の空気を蓄える必要があった。しかし空 気による宇宙服の膨張は、動きやすさを阻害していた。  黎明期の宇宙服は内部気圧を0.3気圧程度にすることによって、宇宙服が膨れ上がって身動きでき なくなる状態を避けていた。しかし人間が0.3気圧でも平気で動けるようになるためには、純粋酸素 の満たされた減圧室で徐々に1気圧から0.3気圧まで減圧し、体内の窒素を追い出す必要があった。 これを怠った場合、体内の窒素が気化し血管を塞いでしまう症状が出た。最悪の場合死に至るその症 状は、減圧症と呼ばれた。  減圧は普通12時間前後かけて行われるものだったが、コロニー建設のような長期間にわたる作業 で、週はじめに12時間をかけて減圧をして宇宙空間に出て、また12時間をかけて加圧して週末の休 日を取る・・・というサイクルには、労働条件の観点から無理があった。1気圧のままで宇宙空間に 出られる必要があった。  当然山田の考える薄型ノーマルスーツは、1気圧のままで身軽な動きを実現するものだった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (7)  アイディアが出ないまま悶々としていた山田が目にしたのは、気分転換のために入った映画館での ことだった。それは旧世紀に流行したアニメーションだった。中近東の砂漠に位置する航空基地での 傭兵部隊の生き様を描く、旧世紀の航空技術と傭兵の悲しさを語った映画だった。  そこにはパイロットが耐Gスーツと言われるものを着て上空高くに飛び上がり、耐Gスーツの締め 付けによって血を吐くというシーンが描かれていた。  「これだ」  山田は映画を見終わってから急ぎ足で自宅へ帰った。  耐Gスーツ。それは戦闘機パイロットが急旋回を行った時に生ずる血液の循環不良を予防するため のもので、主に空気圧によってパイロットの体を締め付け、血液が末端に偏った状態を改善するもの だった。しかし山田の頭に、本来の用法とは違うものが閃いた。  「これを宇宙服に応用すれば、スーツ内気圧が低くても体にかかる圧力を変えることによって減圧 症を防げる」  その夜から試作型薄型ノーマルスーツの制作が始まった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (8)  2週間後、試作品が出来上がった。最初からノーマルスーツでは万が一の場合に不安が残るため、 ノーマルスーツの内部に着るインナースーツの形をとっていた。  それは民生品として出回っていた人工筋肉を使って体を満遍なく締め上げ、気圧に頼らずに体内気 圧を1気圧に保つというアイディアを詰め込んだ結果だった。ノーマルスーツ内で1気圧なのはヘル メットの中の頭部だけで、体は0.3気圧にしていた。山田自身の十数回に及ぶ試着によって調整され たインナースーツは、確かに真空下はおろか、10メートルプールに潜っての加圧状態でも体内気圧 を1気圧に保っていた。  しかし問題があった。この方法をとるために、山田は一糸まとわぬ裸になって体中にワセリンを たっぷり塗り、その上でインナースーツを着なければならなかった。空気が混入しないように気を使 う必要もあった。そのために頭以外の体毛を全て剃り落とさなければならなかった。  いくらなんでもこれでは実用的ではない、山田はつやつやと光っている自分の体とねばついたイン ナースーツを洗いながらそう思った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (9)  このことを山田は作業員の集まる居酒屋で、仲間に話した。笑い話のつもりだった。しかし作業員 は口々に「試しに使ってみたい」と言ってきた。山田は、インナースーツを少量だけ量産して手渡し てみた。  インナースーツを渡した相手は、最初は喜んでくれた。しかし日が経つにつれ、人工筋肉で作られ たインナースーツを使う作業員が減ってきた。理由を聞いてみた。  「体中の毛を剃るのを女房に見られた」「全裸になるのでロッカーで着替えをするのが恥ずかし い」「ワセリン代が馬鹿にならない」「空気が混入すると体中を気泡が移動してかなり気持ちが悪 い」「ノーマルスーツのバッテリーの減りが早い」「紙オムツが付けられないので、もよおした時の 手間が複雑」・・・しごくもっともな理由だった。  このような結果になることは分かりきっていた。山田はすでに対策を考えていた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (10)  さらに1ヶ月後、試作2号のインナースーツが完成した。2号型は1号型の欠点であった、ワセリン での湿式空気遮断をさらに進めて、負圧を使った乾式空気遮断でインナーを体に密着させる方法を採 用した。これなら下着程度であれば衣服を着用していてもインナーが体に密着する。バッテリーの減 りは相変わらずだったが、それ以外はだいぶ改善されたはずだった。紙オムツが使えない対策とし て、ペニサックと吸水パッドを用意した。男性専用になったが、及第点だった。  山田は実際に着用して宇宙に出てみた。具合はよかった。体を動かしても人工筋肉の追随性は充分 で、1気圧の宇宙服では得られない柔軟な動きが可能だった。  山田は居酒屋の仲間に、自信作を持っていった。今度はみんなが喜んで着用してくれた。  しかし、問題が起きた。  山田のインナースーツを着用した全員が、体調の不良を訴えてきたのだ。20時間以上もの長時間 の着用による、頸動脈の圧迫による血流阻害だった。ヘルメット部とボディ部で気圧が違うために、 つなぎ目の首に負担がかかっていた。  体調不良を訴えた中には、アロナクスもいた。意識を失ったことに仲間が気付くのが遅れたため、 脳の運動野に障害を負った。アロナクスは宇宙に出られない体になった。  山田はコロニー公社とアロナクスへの補償のため工場をたたみ、売却した。それでも大きな借金が 残った。  友人に障害を負わせ、会社を無くし、従業員を路頭に迷わせてしまった山田は、石にかじり付いて も借金返済のための資金を集める決心をした。幸か不幸か家族はいなかった。もう後戻りはできな かった。  山田は、当時創設されたばかりのジオン共和国の宇宙軍にインナースーツを持っていった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (11) (エーックス) 【膳場】  ここでもうひと方のゲストをご紹介します。薄型軽量ノーマルスーツ開発の立役者、山田卓司さん です。 (スーツ姿の痩せた老年男性が入場する。歳の割に背筋が伸び、しゃんとした印象を与える。) 【国井】  ・・・山田さん、大変でしたね。 【山田】  はい、あの時は本当に目の前が真っ暗になりました。  熟練の作業員を病院送りにしてコロニー公社にもご迷惑をおかけしましたし、なかでもアロナクス さんには本当に申し訳ないことをしました。今でも付き合いを続けていただいているのは本当に有り 難いことです。 【国井】  アロナクスさんはどうでしたか。 【アロナクス】  いや、私の息子が当時大学生でコロニー建設の技術者の道に進むことが決まっていたので、宇宙に 出られなくなった時でも別に残念とかという感情はありませんでした。ああ、潮時なんだな、と。  実際あの一件のあとも山田さんは私に謝りどおしですが、山田さんのせいで、という考えははなか らありませんでしたし、お付き合いをしていただいて感謝するのはこちらのほうです。 【国井】  ・・・お二人とも、いいご友人をお持ちになりましたね。 【山田】  ええ、それはもう。 【アロナクス】  私の自慢の友人です。 【国井】  このあとジオン共和国、のちにジオン公国へと国体を改めますが、その宇宙軍に試作品のインナー スーツを持っていく。軍に加担するということに恐怖感はありませんでしたか? 【山田】  それはありました。ちょうどダイクン派とザビ派の闘争があったころですから。でも私のスーツは 人を生かしこそすれ、決して殺しをするためのものではないという確信がありました。借金で首が回 らない状態でもありましたし、私の成果をきちんと評価してくれてお金を出してくれる、コロニー公 社以外の場所が必要だったんです。  寄らば大樹の陰、というのもありましたしね(笑)。 【国井】  さて、ジオン共和国の軍へとインナースーツを持っていった山田さん。このあとどのようにして軽 量・薄型ノーマルスーツへと昇華するのでしょうか。続きをご覧下さい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (12)  宇宙世紀0058年、サイド3はジオン共和国へと独立宣言を発表した。その後地球連邦はジオン共 和国へ経済制裁を行い、治安名目の宇宙軍を創設した。どんどんきな臭くなっていく情勢の中、 0067年の時点でジオン軍は連邦宇宙軍を威嚇できるだけの可能性を貪欲に求めていた。山田のイン ナースーツと、その発展としての軽量・薄型ノーマルスーツの案は、拍子抜けするほどすんなりと承 認され、軍の研究所にて研究活動を行うことを許可された。もちろん助成金と、山田個人への手当金 も支給された。ただし特許権はジオン軍に帰属することを念押しされた。  山田は特許権に興味は無かった。確かに特許権を押さえれば特許料が入ってきて借金も返せる。し かしそれでは普及に時間がかかる。自分の実験につきあわせて下半身に麻痺の残ったアロナクスと、 他のみんなに申し訳なかった。薄型ノーマルスーツの実用化は、目標から悲願となっていた。  山田は頸動脈の血流を阻害したヘルメット部分の気圧隔壁に注目した。大きな借金を抱えた状態で は思い浮かばなかった解決策が、ジオン軍の研究所勤めになって気持ちに余裕ができたとたんアイ ディアが浮かんだ。  気圧隔壁を首に持ってくるから圧迫される。顔の周りだけを覆えば問題ない。  顔の周りと両耳の周辺に気密性の高い素材を使って隔壁を作ると、頸動脈の圧迫は無くなった。気 圧の差を利用して、より顔にフィットする形になおすと、さらに具合が良くなった。そして薄型の耐 放射線・耐熱外装を取り付けただけで、短時間の宇宙空間への曝露にも耐えるノーマルスーツとして 成立した。  山田のノーマルスーツは、試験の結果も良好だった。ただし、動作時間だけはどうしても伸びな かった。空気は、必要があれば増加タンクを備えればよかった。しかし電力だけはどうにもできな かった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (13)  当時のノーマルスーツの電源は、主にバッテリーに頼っていた。水素と酸素を反応させる燃料電池 を搭載していたが、必要な電力は燃料電池による生成分をオーバーしていた。船外活動時間の限界 は、1時間たらずだった。  それでもそのノーマルスーツに利点はあった。何よりも動きやすい。電源は命綱兼用の電源ケーブ ルを引けばよかった。電源を供給できる機体がそばにいる限り不満は無かった。  しかしそれでは本格的なノーマルスーツとは呼べなかった。例えば宇宙空間で遭難しても最低限1 週間程度は動くものでなくては、安心して船外作業はできなかった。ましてや宇宙空間に放り出され る可能性もある空間戦闘など言語道断だった。  ヘルメットの中央に太陽電池ユニットを配置したが、焼け石に水だった。  悩んでいる山田を見かねた研究所の同僚が、他の研究チームを紹介した。そのチームは人工筋肉の 発展的活用を研究するグループで、人工筋肉を運動させて得る起電力のことを研究していた。  山田にとってまさに渡りに船だった。人工筋肉を体の締め付けに使う以外に、着用者が身動きする たびに発電するジェネレーターとして使う。しかもその負荷を調整することによって、無重量生活が 長引くと起こりがちな、生活に必要な筋力の低下も防げるかもしれなかった。身動きして筋力トレー ニングにもなり、さらに発電して体内気圧を1気圧に保つ。余剰電力があるなら二酸化炭素や水を酸 素に分解することもあながち無理ではなさそうだった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (14)  人工筋肉による発電を実用化に持っていくには、その後5年の歳月を要した。その間にも各種新素 材の採用によって、必要電力は低下していき、当初の目標数値よりも低い必要電力となった。地上を 走るような激しい運動をした場合、人工筋肉を発電にも使うことによって、余剰電力が生まれた。酸 素生成触媒が付けられ、多少の稼働時間の延長にも繋がった。  ここに山田の望んでいたノーマルスーツは完成した。  山田の発案したノーマルスーツは、0073年にM73式ノーマルスーツとして制式採用された。それ までの宇宙服やハードスーツの既成概念から明らかに一歩踏み出したそのデザインは、一年戦争終結 後も各地で使用されていたことからも優秀さが窺われた。連邦軍にもそのノーマルスーツの技術は流 出し、その後0075年にMN-2型ノーマルスーツとして結実した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (15) 【国井】  ・・・やっとできたんですね。苦節10年間の道のりでした。 【山田】  はい、これでひとまずの作品が作れたものと、当時ほっとしたことを覚えています。ですがこの M73型を作り上げたあと、すぐにもっといいものを作りたい、という欲求が頭をもたげていまし た。それでM73完成のあと軍を辞めて、ノーマルスーツの基礎研究のためにジオン体育大学の運動 生理学講座に身を寄せていたんです。戦争が始まって復員しましたが、技術中尉待遇で後方勤務でし た。 【アロナクス】  私は障害者として登録されていましたから招集はされませんでしたが、このノーマルスーツには袖 を通してみたいと思いました。やはり誇らしいですね。 【国井】  本日はどうもありがとうございました。 【膳場】  宇宙で生活するものにとって切っても切れないノーマルスーツ。いまやノーマルスーツの世界では 常識的な技術を確立した、山田さんのお話でした。ですが山田さんの道のりはまだ続きます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (16)  その後、新素材を使ってより汎用性と強度を高めた、M73-mkII式ノーマルスーツが開発された。 ジオン軍パイロットの代名詞とも言える緑色のノーマルスーツは、フロッグマンという愛称で各地で 使用された。ジオン軍のM73-mkIIと連邦軍のMN-2、山田は結果的に両軍のノーマルスーツに影響 を与えた。  悲願達成だった。 (ヘッドライト・テールライト)  M73式ノーマルスーツは宇宙に留まらず、山田が参考とした耐Gスーツとして地上でも使われた。 実に0088年のネオジオン軍まで使われ続けたそのノーマルスーツは、ベストセラーと言って過言で はなかった。  一年戦争後、ジオン公国が再びジオン共和国と名前を変えて、ジオン軍という組織が非合法化され たことによって、ジオン軍の持っているノーマルスーツに関する特許権は棄却された。これで大手を 振ってノーマルスーツを民生用に作ることができた。  その後山田は、山田縫製所を再興。現在ではジオン共和国内でも老舗として、値段は張るが仕立て のいいノーマルスーツ工房として地位を築いている。山田自身は、齢70を過ぎても職人として一線 に立っている。  アロナクスは息子のフェリペにコロニー建設・維持の仕事を譲り、悠々自適の隠居生活をして久し い。最近孫のトビアが誕生すると同じ歳、傘寿を迎えた。  昨年、M73-mkIIフロッグマン愛好家たちによるユーザーズクラブのイベントに、山田とアロナク スはゲストとして招待された。レプリカモデルまでが作られるほどの人気を得たノーマルスーツは、 M73-mkIIフロッグマンとMN-2以外、未だ存在しない。