| Moto GP 観戦記 |
加藤大治郎選手のご冥福を心からお祈りいたします。
4月5日(土)
朝は雨だったのだがすぐに雪に。
どうぜ春の雪だから積もらないだろうと思っていたのだが、雪はどんどん激しくなり積もっていったのだ。
明日Moto GP観戦に三重県まで行くのでタイヤは一週間前にスタッドレスからノーマルに換えてある。
まずいこのままでは明日はノーマルタイヤではやばいかもしれない。しかも朝は早い。遅い時間ならば溶けているということもあるのに。
昨年ノーマルタイヤからスタッドレスに変えたときにノーマルタイヤを見ると写真のとおりかなり磨り減っており溝がない。そこでここで新品タイヤに換えたのだ。新品だから少しはよいかも、という思いもある。
スタッドレスが必要なのはほんの少しということは分かっているのだがとにかく家から車がでないとその先はない。
自宅は盆地の斜面にあるので出発してしばらくは下り坂である。平地や登り坂ならばまだよいのだが。これで気温が下がって凍ってしまったら非常に危険である。
どうしようスタッドレスに戻すべきか。でも面倒臭い。葛藤は続く。
午後になって雪は止んだ。一安心である。夕方には道路はノーマルタイヤでも大丈夫な状況になり一安心である。
しかしこれは波乱の序章であったようだ。
4月6日(日)
朝、人の気配で眼が覚める。それは母親であった。たまたまトイレで起き、出発時間を過ぎても出発していないのに気がつき様子を見にきたのであった。
時間は午前3時50分。集合時間は4時。あきらかに間に合わない時間である。
やっても〜たぁ。寝坊だ。
なぜだ?なぜ携帯のアラームは鳴らなかったのだ!と思いつつすぐさま着替えを開始。
あ!いけね連絡しなきゃ、ということで一緒にいく人に電話連絡。
しかしながらいつものようにすぐに出発できる状態にしておいたので着替え・洗顔・歯磨きの最低限の処理で出発し、遅れは20分で済んだのだ。
やはり朝の時間がシビアな場合はすぐに出発できる状態にして寝る、これは大切なのだ。ねぇKくん。
携帯のアラームが鳴らなかった理由は分かった。
3月にカメラ付に機種変更をして最初のアラーム設定だったのだ。
同じメーカーのものだったが、従来機種とは設定方法が若干変っておりきちんと設定ができていなかったためである。
やはり互換性は重要か。
季節は4月、桜満開の鈴鹿サーキットである。風が冷たかったのだが天気はまずまず。
2輪レースの観戦は初めて。F-1に比べるとだいぶ観客数は少ない。
それでは写真を見ながらのトピックスを。
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やはりMoto Gpなのでバイクの写真でしょう。 左の写真も明らかにバイクを狙ったことは言うまでもない。 今回失敗したのは会場についてからすぐに席に行ってしまったことである。 ウォームアップ走行が終わって決勝レースまでの間の時間にいろいろ見に行ったのだがその時はすでに手遅れ。すでにおねぃさんはほとんどいなかったのだ。 早い時間に見に行き、ウォームアップ走行が始まっても帰ってこなかったメンバーと私の写真には明らかに違いがあった。 まあそうだよねぇ。レース始まってしまえば皆席に行ってしまうのでそんなところでおねぃさんをだしても仕方ないし。 まずは○○○○○をよく見てから席に行くべきであった。 ということで異国のH先輩。 今回は写真がないのです。お許し下さい。 |
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トップ快走中のロッシとそれに続くビアッジ。 ロッシはやっぱ早い。ビアッジは追いつけずちょっとづつ離されていくのだ。 ビアッジは今年はロッシと同じHONDA RC211Vなんだけど(でもビアッジはフルワークスのロッシのマシンとは若干違うらしい)離れていくのだ。 レース自体は125/250ほどの入れ替えもなくレースとしてはちょっと淡白。 でも2輪も結構早い。125でも早いんだよね。 今回の観戦はシケインスタンド。 ここからは2コーナーが遠くに見え、ダンロップコーナー立ち上がりからデグナーへの入り口まで見えちょっとお得。 以下の写真もすべてこのシケインスタンドから撮影したものです。 このシケンスタンドでの観戦が後になって意味があったのだ。 |
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こちらは阿部ノリック。今年はフル参戦ではなくなってしまった。 昨年もあと少しで表彰台というところが多かったのだが。 結構前から応援してたんでちょっと残念。 鈴鹿では勝利したこともあったので期待していたのですがトップグループにはついていけなかった。 のびた背筋がポイント。 今回は2003年の初戦。最近はずっと日本が開幕戦。 昨年からチームを移ったり、スポンサーが変わりマシンのカラーリングもナンバーも換わっておりどのマシンがどの選手なのか一致させるのが大変。 ある程度テレビで観戦して慣れていれば別なんだろうけど。 |
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復活のKAWASAKIで参戦のギャリー・マッコイ。 豪快なというか、なんであんなんでコントールできているんやと思えるドリフト走行でテレビで見ていて注目していた選手である。 結構楽しみにしていた選手であるが、見所もなく後方に沈んだ。 でも以前の2ストロークマシンに比べて最近の4ストロークマシンはマシンのコントロールが難しいのではと思えます。 テレビで見るとロッシだって結構スライドしているし・・・。 |
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それは突然起こった。Moto GPクラスの決勝が開始してからすぐのことだった。 私の右側に座っていた後輩が叫んだのだ。 私はシケイン出口方向を見ていたので声のする方向、シケイン入り口付近に視線を移した。 すべての観客の視線がシケイン進入方向に向き、すべての観客が立っていた。 その視線の先にはバラバラになったマシンとピクリとも動かないライダーの姿があった。 (写真上、これはテレビ映像のものだが私の見たアングルと同一。マイナーHPだから引用許して) ピクリとも動かないライダーの姿を見て直感的にやばいと思った。 (後で知った情報によるとこの時は心肺停止状態とのことであった。) 私がカメラの準備をしている間にそのライダーはすぐに担架にのせられて運ばれていった。 下の写真がコースから担架で運ばれていく様子であり、私のカメラで撮影したものです。 そのライダーは加藤大治郎であった。 昨年は2ストロークマシンで苦戦した面もあったが、今年は私にとっては期待大、阿部ノリックに替わり一押しの選手であったのだ。 そして加藤選手は4/20に帰らぬ人となってしまった。 モータースポーツでは稀にこのような事態は起きてはいるがほとんどがテレビでの映像であり、実際に目の前にしたのは今回が初めてであった。 衝撃的な出来事であった。 |
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4月27日(日)
この日は第2戦南アフリカグランプリの放送があった。
加藤大治郎選手に黙祷が捧げられ、多くの選手は加藤選手の74のナンバーを貼り付けて、また喪章をつけてのレースとなった。
そしてレースは加藤選手のチームメートセテ・ジベルノーのPole to Win。セテ・ジベルノーにとっての2勝目となった。
トップを走り続けるセテ・ジベルノー、レース後半追い上げてくるロッシ。今回はセテ・ジベルノーに勝たせたかったのでハラハラして見ていたのだが逃げ切り成功。よかったよかった。
トップカテゴリーで93戦して1勝の選手がここで優勝。加藤選手の後押しがあったおかげと本人も言っていたが、やはり何かを感じずにはいられない。
表彰台で胸の74のナンバーにポンポンと2,3回軽く触れた後、優勝トロフィーにも同じことをする姿が印象的であった。(この写真もテレビ映像お許し下さい)
そしてコンティネンタルサーカスは続いていくのだ。