お役立ち情報

.参考文献

<略称を使った文献>

引用元文献名で著者や文献名を省略しているものは次のとおりである。

略称 

 正式名称

秦:「南京事件」

秦郁彦:「南京事件」

笠原:「南京事件」

笠原十九司:「南京事件」

「徹底検証」

東中野修道:「南京虐殺の徹底検証」

「再現 南京戦」

東中野修道:「再現 南京戦」

「大残虐事件資料集」

洞富雄編:「日中戦争 南京大虐殺事件資料集」

「南京事件の総括」

田中正明:「南京事件の総括」

「安全地帯の記録」

冨澤繁信訳:「南京安全地帯の記録 完訳と研究」

「南京難民区の百日」

笠原十九司:「南京難民区の百日」

「13のウソ」

南京事件調査研究会:「南京大虐殺否定論 13のウソ」

「南京の真実」

ジョン・ラーベ、平野卿子訳:「南京の真実」

「ミニー・ヴォートリンの日記」

岡田良之助、伊原陽子訳:「南京事件の日々 ミニー・ヴォートリンの日記」

以下、分類A,B,Cごとに著者名のアイウエア順(外国人の著者名は日本語読み)で掲載している。

分類A: 本レポートの基軸とした書籍

A1】 笠原十九司:「南京事件」、岩波新書、1997年11月20日

<寸評> 史実派を代表する著作。2015年時点で第16刷、秦氏の「南京事件」と並んで読まれている。下記2つの本に比べると紙数は最も少ない。事件の詳しい内容よりも、事件発生までの背景・経緯や事件が国際的に与える影響、ならびに南京渡洋爆撃や近郊農村で起きたことなどに紙数を割いている。事件については、証言や当時の記録など史料からの引用を多く使って解説している。

A2】 秦郁彦:「南京事件 「虐殺」の構造 増補版」、中公新書、1986年2月25日、増補版2007年7月25日

<寸評> 中間派を代表する著作。2015年時点で初版からの累積で20刷以上を重ねており南京事件に関して最も売れている本といって良いだろう。世界のジャーリストの反応や南京事件に到る経緯などを語った後、事件の内容について主として日本軍の史料や証言をもとに解説している。学者らしく事件を冷静に分析していて説得力がある。増補版には南京事件に関する論争史が追加されている。

A3】 偕行社編(畝本正巳):「証言による南京戦史」、雑誌偕行、1984年4月~1985年3月

<寸評> 南京戦に従軍した将兵の証言をもとに戦史としてまとめたもの。執筆責任者の加登川幸太郎氏は、最終回でこう述べている。{日本軍が「シロ」ではないのだと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量の不法処理には弁解の言葉はない。旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった。}

A4】 南京戦史編集委員会:「南京戦史」、偕行社、1988年11月、非売品

<寸評> 「証言による南京戦史」に新しい史料を追加してまとめたもの。偕行社は陸軍OBの親睦団体なので、会員への気配りが感じられるが、事実を正視して忠実に書いている。非売品なので図書館等に行かないと見ることはできないが、立派な史料である。文献番号【B9】の資料集とセットになっている。

A5】 東中野修道:「『南京虐殺』の徹底検証」、展転社、1998年8月15日

<寸評> 否定派を代表する著作。南京事件はなかったことを検証するのが目的。事件の存在を否定する個別テーマについて検証しているが、背景や経緯の説明はわずかで個別事件の網羅度も低いので事件の全体像をつかむことはむずかしい。この本で主張した否定論の一部は、のちに刊行された「再現 南京戦」で、その内容を変更したり語らなかったりしているものもあり論理の安定性には疑問が残る。事件の存在を否定したい人にとっては心地良く読める本である。

A6】 東中野修道:「再現 南京戦」、草思社、2007年8月8日

<寸評> 南京事件の存在を否定するとき、個々の事件の正当性を主張するのは手間がかかるうえに、否定する論理を展開するのが難しいために、証言の信憑性、人口問題などをとりあげてマクロ的に否定することが多い。この本ではあえて個々の事件の分析に挑戦し、南京陥落後に起きた捕虜殺害、敗残兵掃蕩、市民への暴行などの主要な事件について、それぞれが「虐殺」ではない理由を説明しているが、やはり論理展開にかなりの無理がある。

 

分類B  南京事件を主題にした文献

B1】 アイリス・チャン、巫召鴻(ふしょうこう)訳:「ザ・レイプ・オブ・南京――第二次世界大戦の忘れられたホロコースト」、同時代社、2007年12月10日

<寸評> 中国系アメリカ人の著者が1997年にアメリカで出版した“The Rape of Nanking The Forgotten Holocaust of World War の日本語訳。ラーベの日記やベイツ、フィッチなど国際委員会の米国人メンバーの手紙や日記などをもとに南京事件を描いたもの。発売直後は、ニューヨーク・タイムズなどで絶賛されベストセラーとなったが、アメリカや日本の歴史学者からは史実の認識に誤りがある、との指摘を受けている。史料をもとに書いているのだが、著者による針小棒大な誇張や感情的な表現もたくさんあり、歴史書としてはふさわしくない

B2】 阿部輝朗:「南京の氷雨 虐殺の構造を追って」、教育書籍、1989年12月20日

<寸評> 著者は福島民友新聞の記者として、幕府山事件に関係した地元の歩兵第65連隊の両角業作連隊長の手記を発掘し、公開したことで有名な人である。この本は著者が南京を訪問し、幕府山事件の現場を調査した結果をもとに、歩65など日本軍関係者のほか、被害者である中国人の証言も取り込んで事件を叙情的に語ったものである。著者はどちらかというと否定派に近い存在と見られており、両角手記をはじめ日本軍関係者の証言を否定はしていないが、{南京の虐殺、それは日本軍の組織――機関として行われた要素が強いことを思わずにはいられない}P82と日本軍の問題を指摘する一方で歩65については、(幕府山の捕虜殺害は){どうやら解放意図が一転しての失敗だったようである}P116)、と述べて地元の軍には気を使っているように見える。

B3】 阿羅健一:「『南京事件』日本人48人の証言」、(図書出版社、1987年8月)、小学館文庫、2002年1月1日

<寸評> 著者は否定派の研究者。事件当時に現場を訪れた新聞記者、軍人、外交官などの日本人の証言集。48人のうち面談したのは37人、面談した人に著者は「『虐殺』を見たり聞いたりしましたか?」と尋ねている。「『虐殺』はあった、又はあったかもしれない」と答えたのは37人中14人、残り23人は「見たことも聞いたこともない」と回答している。『虐殺』=無惨な殺し方、と捉えて回答している人も多い。

B4】 石川達三:「生きている兵隊(伏字復元版)」、中公文庫、1999年7月18日

<寸評> 著者が事件後の1938年1月に南京に取材に行き、南京事件に関わった兵士などから聴取した内容をもとにして作った小説。従軍兵士の行動や考えがリアリティをもって迫ってくる。1938年3月号の中央公論に発表されたが、書店に並ぶひまもなく発禁処分となり、著者は執行猶予付きながら禁固刑に処せられた。

B5】 石田勇治 編集・翻訳:「資料 ドイツ外交官の見た南京事件」、2001年3月19日

<寸評> 南京事件当時に南京及びその周辺に駐在していた駐華ドイツ大使館南京分館の外交官がベルリンの本省や各国関係者などと交換した外交文書を集めた貴重な史料集である。陥落時に外交官は上海などに避難していたが、1月上旬に南京にもどり、略奪や放火された家屋を自分の目で見たり、使用人や中国人、国際安全区の外国人委員などから報告を受けたりして、日本軍が行なった不法行為をかなり正確に理解していた。華北でも行われていた同様の不法行為、日本軍司令官の独善的な態度、中国軍への不満などが記録される一方で、当時、同盟関係にあった日本との関係を悪化させないように苦慮していた様子も窺える。

B6】 板倉由明:「本当はこうだった南京事件」、日本図書刊行会、1999年12月8日

<寸評> およそ500頁の大作。著者が発表した論文などをもとに編集しているので、証言や資料の批判、歴史教科書問題、新聞社への抗議などが輻輳して書かれており読みにくい。理科系で几帳面な人らしく、非常に細かいことまでていねいに調査・分析しており説得力はある。

B7】 岡田良之助、井原陽子訳:「南京事件の日々 ミニー・ヴォートリンの日記」、大月書店、1999年11月19日

<寸評> ミニー・ヴォートリンがアメリカの連合キリスト教伝道団から金陵女子文理学院に教師として派遣されていたときに南京事件が起こり、彼女はそのときの模様を克明に日記に残した。日記の原本は現在、イェール大学神学図書館に保管されており、この本はその日記のうち1937年12月1日から1938年3月31日までを翻訳したものである。
{ 本書は、金陵女学院の難民収容所を舞台にして、ヴォートリンという女性の立場から南京事件における女性の犠牲と悲劇を中心に記録したものとして類のない貴重な史料ということができよう。}(P254

B8】 小野賢二・藤原彰・本多勝一編:「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」、大月書店、1996年3月14日

<寸評> 幕府山捕虜事件に関係した第13師団山田支隊の下級将校、兵士19人が記述した陣中日誌などを集めたもの。自称「化学労働者」の小野賢二氏(福島県在住)が休日を使って収集した。従軍した当初1937年9月~11月頃(人によって召集された時期が異なる)から、翌年1月までの日記・日誌で1次史料として信憑性は高い。幕府山事件のあった日の分が手帳から破られたり、消されたりしているものもあり、従軍兵士たちにとって、このような事件を語ることの重さが伝わってくる。NNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」の元ネタになった。

B9】 南京戦史編集委員会編:「南京戦史資料集」、偕行社、1988年11月、非売品

<寸評> 文献番号【A4】南京戦史とセットになった資料集。日記(松井大将、飯沼少将記、中島中将、佐々木到一少将、前田少尉、井家上等兵、水谷一等兵、牧原上等兵など)、作戦命令や通牒、訓辞、戦闘詳報など(中央からのものも含む)、中国側情報、新聞記事、角良晴証言、栗原証言、戦時国際法関係資料、など主として日本軍の史料が掲載されている貴重な資料集である

B10】 南京戦史編集委員会編:「南京戦史資料集2」、偕行社、1993年12月、非売品

<寸評> 松井大将の上海事変当時(1937年8月~)からの日記、山田栴二少将の日記、両角業作手記、荒海清衛上等兵他将兵の日記や歩36、歩45、歩47などの一部中隊の陣中日誌、俘虜取扱い規則、佐藤振寿記者の手記、など

B11】 笠原十九司:「南京事件論争史」、平凡社新書、2007年12月10日

<寸評> 東京裁判での応酬から、1970年代以降の否定派や中間派との議論の経緯を述べつつ、主として否定派の主張する「虐殺はなかった根拠」に反論を加えている。「なかった根拠」の多くは、東京裁判での弁護側主張にある、とする。

B12】 笠原十九司:「南京難民区の百日-虐殺を見た外国人」、岩波現代文庫、2005年8月19日

<寸評> {アメリカ人宣教師の記録をもとに、事件の渦中にいてその全体像は彼らに見えなかった南京大虐殺の全容を、日本軍側の史料も併用して描こうとしたものである}と著者自身が言うように、安全区の設立から解散までの出来事を安全区国際委員会のアメリカ人委員の記録と南京戦史資料集の史料を中心にしてまとめている。

B13】 笠原十九司、吉田裕編:「現代歴史学と南京事件」、柏書房、2006年3月25日

<寸評> 編者を含めた8名の著者による8つの論文を集めたもの。南京事件の記憶、国際法、慰安婦/慰安所関係(3編)、東京裁判と中国での戦犯処理、国民党国際宣伝処に関するもの、で構成される。学術論文の形式で記されており、事前知識がないと読みこなせないが、いずれもしっかりした史料をもとにした力作である

B14】 北村稔:「『南京事件』の探求 その実像を求めて」、文春新書、2001年11月20日

<寸評> 「30万人虐殺」を最初に主張したと言われる「What war means」の著者ティンパリーは、国民党政府の顧問であったことが判明し、その内容には疑問がある、市民の犠牲者数を調査したスマイス報告も国民党からの依頼で作成しており、同様に信頼できない、としている。一方で捕虜や安全区の便衣兵殺害は、明らかに不法行為であるとする。この本の書評が文献【B39】にある。(北村稔氏の略歴は「主要登場人物」の節を参照)

B15】 佐々木元勝:「野戦郵便旗」、(株)現代史出版会、昭和48年(1973年)4月20日

<寸評> 郵便長(複数の郵便局長を統括する逓信省の高級官職)として、日中戦争に従軍した記録。1937年8月20日に東京を出発して30日に上海近郊の呉淞に上陸、1938年2月末までに上海や南京周辺で活動した記録である。昭和16年(1941年)に出版されたが伏字や削除された部分が多かった。それを復元して再発行したのが本書である。戦場で見たり聞いたりしたことを簡略な文章で淡々と記しているが、当時の戦場や兵士たちの実状がリアルに迫ってくる。南京事件については、本書の最後の章で60ページほどを割いており、いくつかの事件現場の目撃談がある。

B16】 佐々木元勝:「続・野戦郵便旗」、(株)現代史出版会、昭和48年(1973年)4月20日

<寸評> 上記野戦郵便旗の続編。南京事件後の1938年3月から1939年8月に帰国するまでのことが書かれている。著者はあとがきで「現在の心境」として次のように述べている。「太平洋戦争終戦後28年、従軍当時夢想すら出来なかった時代となった。結論として『野戦郵便旗』復刊の目的は、読者に戦争というものの惨虐さと空しさを分って貰いたいこと、また、どんな事があっても戦争してはいけないという考えに到達して貰いたいことである」

【B17】 清水潔:「『南京事件』を調査せよ」、文芸春秋、2016年8月25日

<寸評> 2015年10月4日に放送されたNNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」の取材記録を中心に書かれている。著者はこの本を出版する理由について次のように述べている。{なぜ、この事件は強く否定され続け、闇へ封じ込まれようとするのか、真相を求める人々が多いにもかかわらず大手メディアのほとんどがなぜこの事件から目をそらすのか、そして現代に生きる人たちは本当に戦争と無関係なのか、そもそも私自身はどうなのか・・・。そんなことについて書き残したくなったのだ。}

B18】 章開沅編、加藤実訳:「この事実を・・・・・・」、ストーク社、2006年2月11日

<寸評> 「Eyewitnesses to Massacre」の日本語訳。国際委員会のベイツ、フィッチ、フォースター、マギー、マッカラム、ミルズ、スマイス、ウィルソンなどの手紙や日記などが収録されている。南京事件資料集や「ドイツ外交官の見た南京事件」などに収録されているものも含む。日本語訳はイマイチで大変読みにくい。原書は日本国内でも入手可能らしい

B19】 ジョン・ラーベ著、エルヴィン・ヴィッケルト編、平野卿子訳:「南京の真実」、講談社文庫、2000年9月15日

<寸評> 国際安全区委員会の委員長ジョン・ラーベ(John Heinrich Detlef Rabe)の日記とドイツ帰国後にヒットラーに宛てた上申書が掲載されている。エルヴィン・ヴィッケルト(Erwin Wickert)は当時、ラーベと親交のあったドイツの外交官&歴史学者で中国大使も務めた。95年にラーベの孫からの連絡で日記があることを知り、97年にドイツ語版を出版、その後、中国語版、英語版も出版されている。日本語版では、意訳や誤訳などがあり原文に忠実になっていない部分もあるとの指摘があるが、安全区の出来事が克明に記述されており、当時の雰囲気が良く伝わってくる。ラーベは、日本軍の中には良心的な将兵もいる、中国人の行動も問題が多い、など比較的公平な立場をとっているが、東中野氏は「南京虐殺の徹底検証」で、この日記は信頼できない、と主張している。(ラーベの略歴は「主要登場人物」の節を参照)

B20】 鈴木明:「『南京大虐殺』のまぼろし」、(文藝春秋、1973年)、(文春文庫、1983年11月)、(1983年文庫版の新版、ワック、2006年6月)

<寸評> 「まぼろし派」の語源になった本。1973年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。南京事件のほんの一部である百人斬り事件それも向井少尉の周辺だけに紙数の1/3を費やしている。捕虜の殺害や市民への暴行については、史料の調査、日本人関係者へのヒアリングなどをうまくとりまぜてドラマティックに語っている。読み物としては良くできているが、歴史書としては?がつく。最後に、{・・・中国側に軍民あわせて数万人の犠牲者が出たと推定されるが、その伝えられ方が当初からあまりに政治的であったため、真実が埋もれ、今日に至るもまだ、事件の真相は誰にも知らされていない・・・}と締めくくっている。(鈴木明氏の略歴は「主要登場人物」節を参照)

B21】 滝谷二郎:「目撃者の南京事件 発見されたマギー牧師の日記」、三交社、1992年12月1日

<寸評> マギー牧師は国際安全区委員会のメンバーでアメリカ人。本書はその日記の紹介と東京裁判での証言、中国人の証言などを紹介している。ラーベの日記で書かれていることと同じような内容も多い。著者の滝谷二郎氏は「ノンフィクション作家」。(マギーの略歴は「主要登場人物」の節を参照)

B22】 田中正明:「『南京事件』の総括」、(謙光社、1987年3月)、(展転社、2001年11月)、小学館文庫、2007年7月11日

<寸評> 第一章で虐殺を否定する15の論拠を述べた後、中国軍の状況や南京攻略戦の戦闘内容などを述べ、最後に東京裁判を批判している。否定派を代表する本のひとつである。著者は松井石根大将の秘書を務めた人物だが、松井大将の陣中日誌を改竄したとされている。(田中正明氏の略歴は「主要登場人物」の節を参照)

B23】 中国/南京市文史資料研究会編、加々美光行/姫田光義訳・解説:「証言・南京大虐殺 戦争とはなにか」、青木書店、1984年8月1日

<寸評> 中国南京市の文史資料研究委員会編「史料選輯(侵華日軍南京大屠殺史料専輯)代第4輯(内部発行)」1983年8月発行の翻訳。中国側の主張や証言を集めた本で、中国の主張の要点がよくわかる。否定派が目の敵にしている本のようだ。

B24】 冨澤繁信:「『南京安全地帯の記録』完訳と研究」、展転社、2004年9月29日

<寸評> 研究編と翻訳編に分かれており、翻訳編では「南京安全区档案」の全訳が掲載されている。翻訳編は洞氏のものと違って一つの文書として統合されているのと、翻訳が直訳風になっていて原文が推定しやすいところが良い。しかし、研究編は著者の主張を思いつくままに書きなぐったもので論点があちこちに飛び、大変読みにくい。加えて、論理展開に気を使った様子はなく、誤った根拠や根拠不明での結論の導出が目立つ。合理性は無視して、腕力で印象操作をしようとしているかのようにみえる。

B25A】 南京事件調査研究会編:「南京事件資料集1・アメリカ関係資料編」、青木書店、1992年

<寸評> 史実派の研究者が収集した南京事件関連の資料集。国際委員会やアメリカ大使館の文書、ベイツやフィッチなどの手紙や報告書、ニューヨーク・タイムズやシカゴ・デイリー・ニューズその他の新聞報道などがあり、補録にダーディン記者とスティール記者のヒアリング結果が収録されている。

【B25B】 南京事件調査研究会編:「南京事件資料集2・中国関係資料編」、青木書店、1992年

<寸評> 史実派の研究者が収集した南京事件関連の資料集。中国における新聞報道、南京から脱出した中国人の手記、遺体埋葬記録、南京軍事裁判の資料などが収録されている。

B26】 南京事件調査研究会編:「南京大虐殺否定論 13のウソ」、柏書房、1999年10月25日

<寸評> 否定派が虐殺を否定する論拠を13にカテゴライズし、それぞれに得意な分野の研究者が反論している。論点を抽象化しすぎたために反論の範囲が広がりすぎてわかりにくくなっている部分もある。

B27】 早坂隆:「松井石根と南京事件の真実」、文春新書、2011年7月20日

<寸評> 松井石根大将の生い立ちや日中友好論者、大亜細亜主義者としての松井を描き、上海戦・南京戦での「虐殺」を否定している。

B28】 東中野修道:「1937 南京攻略戦の真実」、小学館文庫、2003年9月1日

<寸評> 南京戦に従軍した第6師団の「転戦実話 南京編」から選択・収録したもの。著者は、日本軍の兵隊はいい人たちばかりで、とても虐殺事件を起こすような人たちではない、上官や軍組織の雰囲気もいたって健全、と言いたいのだろう。だが、こういう文集は戦争を美化するように見えてしまう。第6師団はこのあとソロモン諸島に転じ、そこで玉砕したらしい。

B29】 東中野修道:「南京事件 国民党極秘文書から読み解く」、草思社、2006年5月2日

<寸評> 東中野氏が発掘したという極秘文書は台北の国民党党史館にあった「中央宣伝部国際宣伝処工作概要1938年~1941年4月」である。しかし、その内容は既に北村氏が明らかにした「曾虚白自伝」や「中央宣伝部国際宣伝処27年度工作報告」などと較べて、目新しい事実はない。この本が「極秘文書」に直接言及しているのは全体の半分もなく、あとは、国際宣伝処の成果として安全区国際委員会の記録やラーベの日記、「戦争とは何か」などが事実と異なる内容になっていることを証明しようとしているが、その内容は「南京虐殺の徹底検証」や「再現 南京戦」とあまり変わらない

B30】 東中野修道:「南京事件『証拠写真』を検証する」、草思社、2005年2月8日

<寸評> 南京大虐殺の証拠として使われている143枚の写真を検証した結果、次の3点が判明した、と言う。①南京大虐殺の証拠となる写真は1枚もなかった、②抗日戦のプロパガンダ用として収集、盗作ないしは撮影工作された写真だった、③これらの写真をもとに中国共産党の新たな情報戦が始まった。 これが本当かどうかは、本レポート6.4.3項を参照されたい。

B31】 藤原彰編:「南京事件をどうみるか」、青木書店、1998年7月25日

<寸評> 1997年12月に「南京大虐殺60周年」を記念して行われた国際シンポジウムの内容を紹介したもの。日本、中国、アメリカからの発表やシンポジウムの内容などが掲載されている。笠原氏、秦氏も出席している。

B32】 洞富雄:「南京大虐殺の証明」、朝日新聞社、1986年3月5日

<寸評> 著者のまえがきによれば、{1984年10月の文藝春秋に発表された田中正明氏らの事実誤認のはなはだ多い南京事件論に危機感を持ち、新しい否定論に対する批判をまとめた}本である。30年前の議論なので、決着がついたり、論点が変っていたりするものもあるが、論争の原点を確認できる。

B33】 洞富雄編:「日中戦争 南京大残虐事件資料集」第一巻・第二巻、青木書店、1985年

<寸評> 否定派も活用する資料集。貴重な資料が多数収集されている。
第1巻 極東国際軍事裁判関係資料編   第2巻 英文資料(ティンパリーの「戦争とは何か」や「スマイス報告」の日本語訳もある)

B34】 洞富雄、藤原彰、本多勝一編:「南京大虐殺の現場へ」、朝日新聞社、1988年12月20日

<寸評> 1987年12月に訪中した成果を編纂したもの。埋葬者数及び陥落時の中国軍崩壊の内幕など、否定派、中間派が深く触れていないテーマは興味深い。

B35】 本多勝一:「南京への道」、朝日文庫、1989年12月4日

<寸評> 著者が、1983年、1984年、1987年に上海/南京を現地取材して得た主として中国側からの証言をまとめたもの。全体の半分くらいは上海から南京の途上で起きた事件で残り半分が南京周辺での事件。写真や図を使ってわかりやすく説明している。

B36】 前田雄二:「戦争の流れの中に 中支から仏印へ」、善本社、1982年8月1日

<寸評> 元同盟通信社の従軍記者である前田雄二氏が、1937年の上海事変から、南京事件、漢口事件、仏印進駐(1941年)まで、自身の日記をもとに戦争の真実を伝えるために執筆した、とする本。カバーに「南京大虐殺の真相とは?・・・」とあるように、南京事件の記述が注目されているようだ。

B37】 水間政憲:「完結 南京事件」、ビジネス社、2017年9月1日

<寸評> 最新の否定本。写真を多用して読みやすくしており、否定派系の人には気持ちよく読むことができるだろう。写真は「アサヒグラフ」と「支那事変画報」及び「佐藤振寿」氏が撮影したもので、日本軍の検閲をうけたものばかりである。全171頁の半分はアメリカの原爆投下や日中戦争に費やされており、南京事件の否定論もこれまで言われてきた否定論をくり返しているだけで、新たなものはないし、内容も浅い。肯定派に論争をしかけるというより、否定派の読者を狙ったものであろう。

B38】 民主党近現代史研究会:「近現代史に学ぶこと(1)~南京事件を中心に 講師秦郁彦氏」、民主党、2012年3月29日 https://www.dpj.or.jp/article/100902/

<寸評> 秦郁彦氏が民主党オープンフォーラムで講演した内容と質疑の速記録。犠牲者数に関する議論の内容などについての質疑が興味深い。ネットから入手可能。

B39】 David Askew(アスキュー・デイヴィッド):「書評 南京アトローシティ研究の国際化 Kitamura Minoru, The Politics of Nanjing: An Impartial Investigationの検証」、立命館文學、2008年12月

<寸評> 著者はオーストラリア人で立命館アジア太平洋大学准教授。この論文は北村稔氏が出版した“The Politics of Nanjing”(「南京事件の探求」文献【B14】の英訳)に関する書評である。南京事件の研究成果を海外に発信する活動については評価しているが、この本の主題である「ティンパリーは国民政府の顧問だったのでその著書『What war means』の内容はアテにならない」という主張には無理がある。北村にいわせると、中国人とは「文化的誇張主義」を特徴とする民族だそうだが、このような表現は、人種偏見、人種差別といわれても仕方がない。最後に{中間派は歴史研究、手続を重視するのに対して、まぼろし派・大虐殺派は共に歴史の政治化を容認し、目的論的な議論を打ち出している}と各派の特徴をみごとに言い当てている。

分類C  その他関連文献

C1】 石射猪太郎:「外交官の一生」、(太平出版、1972年7月)、中公文庫、2015年8月25日

<寸評> 著者は日中戦争開始時の外務省東亜局長。1915年に外交官としての人生をスタートしてから、広東、天津、サンフランシスコ、ワシントン、メキシコ、本省、ロンドン、吉林省、上海総領事、シャム公使、東亜局長、オランダ公使、ブラジル大使、と続く外交官生活を私生活も交えて記している。軍部の横暴と闘いつつも、最後は軍部の言う通りに流されて行く姿がよくわかる。この本は、戦後の公職追放解除訴願のために書かれたという。

【C2】 石原莞爾:「世界最終戦争論」、(たまいらぼ、1986年3月)(立命館出版部、1940年9月)、中公文庫、1993年7月10日初版、20013年7月30日改版11刷

<寸評> 本文70ページ、質疑40ページほどの小冊子である。最終戦争論の要点は次のとおり。

①世界は4つの国家連合の時代になった。4つとは、ソ連、アメリカ、ヨーロッパ、東亜で、最終的にはアメリカと東亜が決勝に残る。

②この決戦は、世界を統制するのが天皇になるか、アメリカの大統領になるかを決する戦いになり、30年内外のうちに起る。

③無着陸で世界をグルグル廻る飛行機や、一発で何万人もがペチャンコにやられる威力のある兵器が使われる。

④決戦のあと、世界はひとつになり、戦争はなくなる。

著者は「(東亜の)諸国家が未だ天皇をその盟主として仰ぎ奉るに至らない間は、独り日本のみが天皇を戴いているのであるから、日本国は連盟の中核的存在すなわち指導国家とならなければならない。しかしそれは諸国家と平等に提携し、われらの徳と力により諸国家の自然推挙によるべきであり、紛争の最中にみずから強権的にこれを主張するのは、皇道の精神に合しないことを強調する」(P80) と述べている。

C3】 稲葉正夫編:<明治百年史叢書>「岡村寧次大将資料 上巻」、原書房、1970年2月20日

<寸評> 岡村寧次陸軍大将の手記。支那派遣軍司令官として1945年敗戦を迎え、降伏後、戦犯裁判で無罪判決を受け日本へ帰還するまでの経緯や、漢口作戦の模様などを記した日記などが収められている。

C4】 井上寿一:「戦争調査会 幻の政府文書を読み解く」、講談社現代新書、2017年11月20日

<> 戦争調査会は終戦直後の1945年11月に首相の幣原喜重郎らが戦争原因の追究と平和国家の建設を目的に設置したが、GHQの意向で1946年9月にその活動を停止した。この本はその短い活動期間中に調査会が蒐集した文書や委員の発言などをまとめているが、当時の知識人や財界人が考えていたことがよくわかる。日本の現代史を一通り理解している人向け。

【C5】 大杉一雄::「日米開戦への道(上)・(下)」、(「真珠湾への道」、2003年7月)、講談社学術文庫、2008年11月10日

<寸評> 著者は1925年生まれ、日本開発銀行勤務後、現代史研究に従事。本書では、1938年頃の中国との和平交渉から、三国同盟、仏印進駐、日米交渉などについて、詳しく書かれている。ある程度の予備知識がないと読むのに苦労する。歴史にタラ・レバはない、と言われるが、「このときこうしていれば・・」という話がたくさん出て来て、その集大成として日米戦争が避けられたタイミング(独ソ戦勃発時に三国同盟を破棄、ルーズベルトの仏印中立化提案に応じる、など9つ)をあげている{あの戦争は、その失敗が明らかになった日本の中国支配体制を維持・継続するために、南方地域に侵攻した戦争であった。日本は日中戦争の現実的解決を目指したが、原理原則を固執する米国の反対にあい、勝算の乏しいことを知りながら戦争に突入した。侵略戦争であることは間違いないが、しかしそれは避けることができた戦争であり、開戦の責任は日米双方にある}(下巻P350

【C6】大杉一雄:「日中15年戦争史」、中公新書、1996年1月25日

<寸評> 満州事変から1938年1月の「国民政府を対手とせず」の声明あたりまでをとりあげ、なぜ戦争に突き進んでいったのか、どこかで止めるチャンスはなかったのか、という視点で論じている。政府や軍首脳の動きだけでなく、民間人の動きについても述べているのは興味深い。著者は“はしがき”で次のように述べている。{戦争に至った歴史を学ぶのは、日本及び日本人はどのような状況に置かれていたのか、そのなかでどのような間違いを犯してあのようなことになったのか、ということを知り、歴史の教訓を得ようとすることにある。逆にいえばどのようにすれば、あの悲劇を避け得たのかということを知ることにある。}

【C7】 大沼保昭著、聞き手 江川紹子:「『歴史認識』とは何か」、中公新書、2015年7月25日

<寸評> 著者は1946年生まれの東京大学名誉教授、法学博士(専攻は国際法)。「歴史認識とは、どの国のどの時代にもかかわる普通名詞、あるいは一般概念である」と定義し、近現代の日本に関する歴史認識の議論は、1990年ごろから活発化し、中国、韓国、そして日本国内で続いている、としている。以下はこの本で著者が最も言いたいことを示しているであろう。{・・・これを東京裁判史観と呼んで否定しようとすればするほど、国際社会の共通認識とはずれていってしまう。日本人がそうした独善的な「歴史認識」を主張すればするほど、世界で孤立し、日本に好意的な人々まで遠ざけてしまう。}P21

C8】 郭沫若著、岡崎俊夫訳:「抗日戦回想録」、中公文庫、2001年8月25日

<寸評> 日中戦争初期、武漢で抗日宣伝活動の中枢を担った文学者自らが語る国民党抗戦陣営の内幕。蒋介石、周恩来をはじめとする人間模様や、愛国的文化人の悲哀が、風刺と感傷を交えつつ軽妙に描き出されている。(カバーより)

C9加藤陽子:「それでも日本人は『戦争』を選んだ」、朝日出版社、2009年7月30日

<寸評> 著者は1960年生まれの東京大学教授、文学博士(日本現代史専攻)。2007年の年末から翌年正月にかけて5日間、神奈川県の高校生を対象にして行った講義を単行本化したもの。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争、について、日本側だけでなく相手国からの見方も合わせて紹介している。教科書に出ていない裏話的な話も多い。

C10】 上砂勝七(かみさご しょうしち):「憲兵31年」、東京ライフ社、昭和30年(1955年)4月5日

<寸評> 著者は1890年生まれ、陸軍士官学校、歩兵を経て憲兵となり、中国戦などに従軍したあと、台湾憲兵司令官(少将)で終戦を迎えた。戦犯として逮捕されたが無罪で釈放されている。本の内容は、著者が憲兵として経験してきたことをまとめたもので、大正中期から太平洋戦争までに遭遇した事件などについて感想をまじえて書いている。憲兵らしい、実直な人柄がよくあらわれた本である。

【C11】 北村稔、林思雲:「日中戦争の『不都合な真実』」、(PHP研究所、2008年11月)、PHP文庫、2014年9月17日

<寸評> 南京生まれ日本在住の林思雲(ペン・ネーム)氏が、中国人から見た日中戦争、中国人の特質、などを述べ、北村氏が満州事変や日中戦争について「申し開き」をしている。両氏が述べている満州事変や日中戦争の事実関係はほぼ通説に沿っているが、最終的にそれらの事件をどう見るかについては右派が主張する歴史認識になっている。

C12】 小林よしのり:「新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」、幻冬舎、1998年7月10日

<寸評> 現代の日本に蔓延する「個人主義」を批判し、南京事件の例などをあげて、旧日本軍の精神や行動を評価し、戦争が絶対悪ではないことを説く。漫画という直接感性に訴えるわかりやすい手段で読者をひきつけ、160万部のベストセラーを達成したとカバーにある。否定派にとっては、最高の「プロパガンダ本」であろう。しかし、南京事件に関する記述は、否定本などからの「伝聞」によるものが多く、事実関係を誤っているところも少なくない。史実の正確さよりも訴求力を重視した結果、ファシズム(全体主義)の宣伝本になっている。

C13】 櫻井よしこ編:「日本よ、『歴史力』を磨け 『現代史』の呪縛を解く」、(文藝春秋、2007年9月)、文春文庫、2013年1月10日

<寸評> 編者は右派系のフリージャーナリスト。“はじめに”の冒頭で次のように述べている。{本書は、・・・『日本悪玉史観』『自虐史観』『東京裁判史観』・・・そうした物の見方に異議を唱え、事実を基に反論したうえで、日本人の心のなかに新しい日本像を切り結ぼうとする試みである。} 本書は8章からなり、それぞれ「〇〇の嘘(うそ)」というタイトルが付けられている。慰安婦問題、南京大虐殺、日中戦争、第二次世界大戦、原爆投下、東京裁判、朝日新聞、冷戦終焉。終始貫かれているのは、日本は悪くない、中国の宣伝(プロパガンダ)や欧米・ソ連の謀略にしてやられた、という被害者意識である。

C14】 佐高信:「佐高信の昭和史」、KADOKAWA、2015年1月25日

<寸評> {・・・日本国民はまたもウソに巻き込まれている。そして今、また戦争に突き進もうとする世の中を迎えつつある。・・・だまされないようにするための視点を身につけよう、そのためには過去の出来事を振り返ってみようじゃないか、というのがこの本のテーマです}と、著者は序章で述べている。昭和恐慌、軍国主義、戦争責任、会社の裏側、労働組合、・・・著者独自の視点で昭和史を描いている。

C15】 澤地久枝:「暗い暦」、文春文庫、1982年7月25日

<寸評> 著者は1930年生まれ、中央公論社を経てフリーの作家として活躍している。この本は、武藤章の生涯を事実に即して描いたもので、武藤の表の顔のみならず、家庭で見せた優しい父親としての顔も描かれている。標題のとおり、全ページにわたって暗いムードが漂っている。

C16】 重光葵:「昭和の動乱(上)・(下)」、(中央公論社、1952年3月)、中公文庫、2001年10月25日

<寸評> 著者は戦中戦後に外相を務め、終戦後、日本の降伏文書に日本代表として調印した人である。本書は1920年ごろから戦後にいたるまでに著者が見聞きしたことをまとめたもので、{局に当った者の義務として自分の正確であると信じたことを、若干の観察をも加えて、歴史の資料の一つとして提供せんとするに過ぎない}と緒言に書かれているとおり、日本の近現代史の史料として貴重なものである。

【C17】 田中正明:「パール判事の日本無罪論」、(慧文社、1963年9月)、小学館文庫、2001年11月1日

<寸評> 東京裁判の判事の一人でインド人パール判事の判決を解説している。この本を読むときは、他の東京裁判に関して冷静な評価をしている本(例えば日暮氏の「東京裁判」を読んだあとにした方がよいだろう。

【C18】 寺崎英成/マリコ・テラサキ・ミラー編著:「昭和天皇独白録」、文春文庫、1995年7月10日

<寸評> {独白録は、昭和21年3月から4月にかけて、松平慶民宮内大臣 ・・・ 寺崎秀成御用掛の5人の側近が、張作霖爆死事件から終戦に至るまでの経緯を4日間計5回にわたって昭和天皇から直々に聞き、まとめたものである}(P3)、1990年12月号の「文藝春秋」に全文発表された。 ※寺崎秀成は外交官で、開戦前の日米交渉に駐米日本大使館員として参加し、野村大使とともに開戦を避ける努力を精力的に行った。マリコ・テラサキ・ミラーは一人娘。

C19】 戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎:「失敗の本質 ――日本軍の組織論的研究――」、ダイヤモンド社、1984年5月31日

<寸評> 本書の目的についてカバーには次のように記載されている。「本書は、大東亜戦争における日本軍の失敗を現代の組織一般にとっての教訓として生かし、戦史上の失敗の現代的・今日的意義を探ろうとする」 サンプルとした戦闘は、「ノモンハン事件」「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」、「インパール作戦」、「レイテ海戦」、「沖縄戦」の6件で、日本軍の戦略・組織上の失敗要因を分析している。企業の研修などに使われているようで、増刷を重ねており2016年6月時点で72刷にもなっている

C20】 秦郁彦:「陰謀史観」、新潮新書、2012年4月20日

<寸評> 幕末から太平洋戦争に至る裏側の歴史及び通説とは異なる異説を紹介している。太平洋戦争を仕組んだのはコミンテルン(共産主義インターナショナル)だ、という田母神俊雄氏らの主張を徹底的に批判している。

C21】 秦郁彦:「昭和史の謎を追う」(上)、文春文庫、1999年12月10日

<寸評> 田中上奏文、張作霖爆殺事件、盧溝橋事件、南京事件、ノモンハン事件、ゾルゲ諜報団、真珠湾、ミッドウェー海戦、マレーシア虐殺、細菌戦、など昭和初期から太平洋戦争までの注目事件などについて著者なりの見方を披露している。原著は雑誌などに掲載したものが多いようだ。

【C22】 秦郁彦編:「昭和史20の争点 日本人の常識」、文春文庫、2006年8月10日

<寸評> “あとがき”で秦氏は次のようにべている。 {この本は月刊誌「諸君!」2003年7月号に掲載された保存版特集「昭和史・日本人の共有常識」に加筆訂正し、改題を施したものである。 ・・・ 昭和の時代が終わってすでに15年、この間に昭和史関連の本や論考は溢れるほど登場したが、そろそろ主要な論点を交通整理しておく必要がありそうだと考えていた。}
テーマは、「満州国は王道楽士になりえたか」、「南京事件はあったのか」、「創氏改名は強制だったか」、「朝鮮人は強制連行されたのか」、「日本のマスコミは戦争責任をどう果たしたのか」、「学生の左傾化はなぜ終ったのか」、などである
感情的な要素が入り込みやすいテーマもあるが、左右両論を併記した論考もある。

C23】 秦郁彦:「日中戦争史」、河出書房新社、1961年9月30日初版、2011年7月30日復刻版

<寸評> 日中戦争研究の古典的名著(カバーより)。満州事変から盧溝橋事件を経て全面戦争になるまでの過程を詳しく延べている。学術書なので読みにくいが、著者が丹念に収集した資料を基に組み立てられており、価値ある一冊である。

C24】 半藤一利:「昭和史 1926-1945」、(平凡社、2004年2月)、平凡社ライブラリー、2009年6月11日

<寸評> 2003年に著者が知人から乞われて行った昭和史についての講座を本としてまとめたもの。満州事変から太平洋戦争の終戦までを素人にもわかりやすく丁寧に説明している。昭和史の20年が示してくれた教訓として次の5つを挙げている。{①国民的熱狂を作ってはいけない、②最大の危機において日本人は具体的な方法論を全く検討しようとしない、③日本型小集団エリート主義の弊害、④国際社会における日本を客観的に理解せず、主観的思考による独善に陥っていた、⑤短期的成果を求め、大局観がまったくなく、複眼的な考え方がほとんど不在}P503-P506を要約 ・・・これは行きすぎたナショナリズムの到達点ではないだろうか。

C25】 半藤一利、船橋洋一、出口治明、水野和夫、佐藤優、保阪正康他:「大人のための昭和史入門」、文春新書、2015年8月20日

<寸評> 「混迷の時代に日本人はどう生きるべきか」それを考えるヒントになれば幸いです・・“はじめに”にはこのように書かれている。第二次世界大戦前後の事件――満州事変、5・15事件、2・26事件、日中戦争、三国同盟、日米開戦、原爆投下、ポツダム宣言等――について、それぞれの専門家が分担して事件の見方を述べている。

C26】 半藤一利、保阪正康、井上亮:「『東京裁判』を読む」、日経ビジネス人文庫、2012年8月1日

<寸評> 2007年頃から公開された東京裁判の証拠などの膨大な資料を3人が読み込み、座談会形式で語ったことを記録したのが本書である。これらの資料は東京裁判を知ることだけでなく、歴史資料としても貴重な資料であることを3人は繰り返し述べている。これまで知られていなかった資料もたくさんあり、東條英機の終戦時の手記では、「もろくも敵の脅威に脅へ簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だにせざり・・・」と、敗戦を国民のせいであるかのように考えていたのは「驚き」と3人は語っている。

C27】 日暮吉延:「東京裁判」、講談社現代新書、2008年1月20日

<寸評> 日暮吉延(ひぐらしよしのぶ)氏は、1962年生まれ、日本政治外交史・国際関係論が専門の学者で帝京大学法学部教授。この本では、東京裁判の内容よりもそのフレームや性格などが中心になっている。著者はあとがきで次のように述べている。{著者の立場は伝統的な「裁判肯定論」や「裁判否定論」のどちらでもない。東京裁判の「意図」よりも、政策としてどうだったかという「結果」を評価し、そのさい、「連合国側から見た場合」、「日本側から見た場合」と目線を変えることが有用だと考えている。}

【C28】 保阪正康:「昭和史のかたち」、岩波新書、2015年10月20日

<寸評> 著者は1939年生まれの日本現代史に関する評論家、ノンフィクション作家。この本では昭和史を幾何学の図形などに例えて歴史認識を語っている。たとえば、大日本帝国憲法では正三角形の頂点に天皇がいて、底辺の一方に統帥権、他方に統治権がある構造だったが、次第に天皇の地位は低下し、かわりに頂点にたったのは統帥権だった、と述べている。共通しているのは徹底的な軍国主義批判である。

C29】 松本重冶:「上海時代(上)・(下)」、中公文庫、1974~75年、1989年3月10日初版、2015年6月25日改版

<寸評> 著者(1899生~1989没)は新聞聯合社(のちの同盟通信社)の上海支局長として、1932年12月から1938年12月まで上海に滞在したが、そのときの回想録が本書である。満州事変から日中戦争にいたる激動の時代に起きたことをジャーナリストの目で捕えている。歴史の表面に登場する事柄だけでなく、その裏でどのようなことがあったのか興味深い話がもりだくさんで、まさに昭和の生き証人の回想録と言って良いだろう。

C30】 丸山眞男:「超国家主義の論理と心理 他8篇」、岩波文庫、2015年2月17日

<寸評> 明治以降の日本のナショナリズムは、なぜ超国家主義へ突き進んだのか? 敗戦の翌年、日本軍国主義の精神構造に真っ向から対峙し、丸山の名を高めた表題作。他に、冷戦下でのマルクス主義とマッカーシズムについてなど、著者の原典たる戦後約10年の論考を集成。(カバーより)

C31】 村瀬守保:「私の従軍(新版)中国戦線 村瀬守保写真集<一兵士が写した戦場の記録>」、日本機関紙出版センター、2005年3月10日)

<寸評>1937年7月から1940年1月まで、おおよそ2年半にわたって中国戦線に輜重兵として従軍した著者自らが撮影した写真約3000枚から約190枚を集めた写真集。(うち南京の写真は10数枚) 写真は意外と鮮明で、随所にある著者の説明文とあわせて当時の様子を良く伝えている。最後に次のように述べている。{2年半の間、中国各地を駆け巡り、多くの戦闘に参加して参りました。そして戦争の空しさ、悲惨さをひしひしと胸にきざみこんで参りました。何故、人と人が殺し合わなければならないのでしょうか。何の関係もない、婦人や子供たちまでも含んだ住民を、何の意味もなく虐殺することが、国の為という一言で合理化されてしまうのです。しかもこれに反対する者は国賊だとして抹殺されてしまいます。 ・・・}P154

C32】 横浜弁護士会:「法廷の星条旗--BC級戦犯横浜裁判の記録」、日本評論社、2004年7月26日

<寸評> 日本国内で唯一のBC級戦犯裁判として行われた横浜裁判では、延べ1039人が起訴され、855名が有罪となった。うち絞首刑の判決を受けた者は123名で実際に執行されたのは51名である。この本では、日本を空襲したが撃墜されるなどして日本軍の捕虜となったアメリカ人飛行士を処刑したケース(軍律裁判ありとなしの場合)や、捕虜虐待に係る事件についての事例を調査している。戦犯裁判という特殊な裁判の問題点がよくわかる

C33】 渡部昇一:「本当のことがわかる昭和史」、PHP研究所、2015年7月29日

<寸評> 著者は上智大学名誉教授で英語学者(2017年4月死去)。この本は半藤一利氏の「昭和史」を意識して出版したようで、{張作霖事件・満州事件からサンフランシスコ条約にいたる歴史を、通史としてではなく昭和史の理解に役立ちそうなことを語ったこと、を本にした}と“はじめに“で述べている。{・・・日本は敗戦したわけである。なぜ敗戦に至ったのか、その理由を見ておかねば歴史の教訓とすることはできない・・・}(P46) 著者の興味は「開戦」ではなく、「敗戦」にあるようだ。しかし、登場人物の“失敗”や“判断ミス”のようなものは指摘するが、根本的かつ合理的な敗戦の理由は指摘していない。犯人捜しだけでは歴史を教訓として残すことはできない。

C34】 渡部昇一、田母神俊雄:「誇りある日本の歴史を取り戻せ」、廣済堂出版、2014年8月22日

<寸評> 明治維新から太平洋戦争直後までの歴史を渡部氏と田母神氏がリレー形式で語る「物語」。国粋主義を信奉する人たちは、心地よく読めるであろう。ただし、史実と異なる部分があったり、推測の根拠が曖昧もしくは誤りである部分があったりするので要注意。