Purin's hometown ぷりんの読み聞かせクラブTop
 ぷりんのらくがき帳 

2005/11/03〜
  日付 タイトル
No.1 2005/11/03 ごんぎつね
No.2 2006/02/04 手ぶくろを買いに
No.3 2006/03/18 ぼくんち カレーライス
No.4 2006/06/17 きつねのでんわボックス
No.5 2006/08/06 100万回生きたねこ 
No.6 2006/10/07 絵本 おこりじぞう
No.7 2006/10/21 伝承「つつじの乙女」〜「つつじのむすめ」「つつじ娘」〜「餅つき峠」
No.8 2007/01/26 初語り♪「おいしいおかゆ」
No.9 2007/02/15 2分の1成人式♪「おおきな木」




No.1 2005/11/3
ごんぎつね
私が読み語りを始めたのは、息子が2才のころからです。
夜、一日の終わりにお布団にくるまって聞くおはなしの時間は、
すぐに彼の お気に入りの時間になりました。
それは、私にとっても、ほっとできる大切な時間です。
もともと本好きの私は、
いつか我が子といっしょに読みたいと思っていた本をいくつか抱えていました。
<ごんぎつね>は、そんな本のうちのひとつです。

私が<ごんぎつね>に出会ったのは小学校の教科書でした。
兵十にした悪戯を隠れて償い続けるごんぎつね。
そのごんぎつねを誤解して銃で撃ってしまう兵十。
そして事ののち、兵十は気づくのです。
ごんの気持ちに。

初めて出会ったラストのくだりは、子ども心に衝撃を受けました。
我が子は、このお話をどう感じるのかしら。
楽しみで、少し早いかなと思いながら年長さんの時に一度読んでみたところ
「ごん、かわいそうだね。」と、とても素直なものでした。

それから3年後のつい先日のこと。
しばらく忘れていた このおはなしを ふっと思い出し久しぶりに読んでみることにしました。
小学3年生になっていた息子は、読み終わるとポツリと言いました。
「ごんも、兵十も、かわいそうだね。」

驚きました。

「かわいそう」という、つたない言葉は変わりませんが
兵十の気持ちをも、思いやれるように成長したのだと、とても うれしくなりました。
またひとつ 読み聞かせの楽しみを見つけたところです。。。


「ごんぎつね」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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No.2 2006/2/4
手ぶくろを買いに
少し前に古い友人からメールが届き、
<日記−ごんぎつね>についてのコメントをもらいました。

そういえば私の本棚の<手ぶくろを買いに>は
昔、彼女からプレゼントされたものだったなぁと急に思い出し、
なつかしくて早速その晩、息子とふたり絵本を開いたのでした。

<ごんぎつね>を読んだとき、息子の成長を発見して
「読み聞かせって おもしろいなぁ。」と、あらためて思ったのですが、
今回の<手ぶくろを買いに>では、私自身の変化に ちょっと戸惑いました。

以前<手ぶくろを買いに>を読んだときには、
子狐の「人間ってちっとも恐かないや。」という言葉がうれしく
「そうだよ。いい人間だって いるんだよ。」と
子狐が最初に出会った人間が、いい人だったことに胸をなでおろしていたのですが、
今回は、「ほんとうに人間はいいものかしら。」という
母狐のつぶやきの方に共感をおぼえずにはいられないのです。

私の感じ方が変わったのは、たぶん息子が小学校に入学した頃からだったと思います。
それまで いつも私のとなりにいた小さな息子が、「ひとりで外を歩く。」ことになったとき、
身を守るためには人を疑うということも必要なのだと実感したのでした。
私が暮らす地域でも物騒な話しが聞こえてきます。
子どもが安心して、思いっきり外遊びできる世の中になってほしいものです。

さて、肝心の息子の本の感想ですが
「この おかあさん、自分が恐いからって、子どもだけ町に行かせた(ムッ)。」

・・・そうくるか・・・

9歳の子どもにとっては、種類の違う生き物の共存とか、そんな大きなことより、
母子のあり方のほうが 身近で大事なことなんですね。

わかった。
それなら母は、まず君から信頼される母親になることを第一の目標にしようじゃないか。


「手ぶくろを買いに」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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No.3 2006/3/18
ぼくんち カレーライス

私が<ぷりんの本棚>の紹介文を書いていたときに、
たまたま遊びにやって来ていた息子の友だちのDくん。
彼らが、絵本に興味を示したので、この日
<息子とDくん、ふたりのための おはなしタイム>を臨時開催してみました。

絵本の表紙を見せて「ぼくんち カレーライス」と、タイトルを読んだ瞬間
「えー、<家がカレーライス>で できてるのー?!」とDくん。
「ううん。<ぼくんち 今夜のごはん カレーライス>って意味だと思うよ。」
と私が言うと、
「へー、ボクも<家がカレーライス>って意味かと思ったよ。」
と息子が楽しそうに言うのです。
その後も ページをめくるたびに、主人公のドアップに大きなリアクションで驚いたり、
ああでもない、こうでもない、と大騒ぎします。

私が今まで経験してきた読み聞かせは、ふたつです。
ひとつは、息子が眠りにつく前の親子の読み聞かせで、時には余談を交えながらも、
とてもリラックスできる時間です。
そしてもうひとつは、小学校の朝自習の時間を使った読み聞かせです。
こちらは、一クラス40人ほどの子ども達を対象に読むもので、
なかなか集中できない子もいるのですが、
息子とDくんは、いつも静かに お話を楽しんでいる様子でした。

しかし、この日の ふたりは全然いつもと違うのです。
喫茶店に忍者がいるだ、天狗の鼻が長いだと、
自分が見つけたもの 感じたことを一生懸命声に出して、
楽しそうに顔を見合わせているのです。

最初は、ふたりの そんな反応に戸惑いましたが、だんだん 私も楽しくなってきて、
これが複数でする読み聞かせの良さなのかもしれないなぁと思いはじめました。
いっしょに、ひとつの世界を見て、同じ気持ちを共有したり、
自分とは違う感じ方に出会ったり。
それを自由に表現できて、ふたりは楽しかったのではないかと思いました。
だって、こんなに元気に読み聞かせに<参加>したふたりを見たのは、はじめてですもの。
さて、無事に(?)本を読み終わって、ふたりに聞いてみました。

ぷりん「どう?カレーライスが食べたくなったんじゃない?」
息子 「ぜんぜん!(キッパリ)」
Dくん「うち、今日すき焼きなんだって!(ハッキリ)」

ぁ、そう・・・。(ガックリ)


「ぼくんち カレーライス」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。

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No4 2006/6/17
きつねのでんわボックス
子どもを亡くした母ぎつねが、ある山のふもとの電話ボックスで、
人間の小さな男の子と出会います。
男の子は遠い町に入院しているお母さんに電話をかけにきていたのです。
母ぎつねは、男の子に子ぎつねを重ね遠くから そっと見守ります。
そんなある日、電話ボックスが使えなくなってしまいます。
男の子をかわいそうに思う母ぎつね。
その心が彼女の姿を電話ボックスに変えるのでした。
そうとは知らずに<きつねのでんわボックス>に入り、
お母さん(母ぎつね)とおしゃべりする男の子。
でも、これが二人にとっての最初で最後のおしゃべりとなります。
男の子はお母さんの入院している町に引っ越していくのでした。
冷たい風をよけて、ひとり使えなくなった電話ボックスにたたずむ母ぎつね。
すると不思議なことに、それまで消えていた電話ボックスに灯りが・・・
電話ボックスが母ぎつねのために最後の力をふりしぼってともした灯りでした。

本を読み終えた翌日のことです。
お三時をいただいているときに
ふいに思い出したように息子が言いました。
「使えなくなった電話ボックスって、子ぎつね(が変身していたん)だと思う。
お母さんのために灯りをともしたんだ。」

なぜだか 母ぎつねの心持ちになってしまい、思わず 。。。ほろり(; ;)

息子の心の成長は、読み聞かせのごほうびのように感じます。


「きつねのでんわボックス」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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No5 2006/8/6
100万回生きたねこ
「100万回生きたねこ」
100万年も死なない ねこがいました。
100万回死んで、100万回生きて、1回も泣いたことがなく、
誰のことも好きにならなかった ねこでした。
あるとき、ねこは 誰の ねこでもない のらねこに なりました。
「おれは、100万回も しんだんだぜ。おっかしくて!」と
自分以外の ねこを好きになることのない、
誰よりも自分のことが好きな ねこでした。
そんな ねこが、ある1ぴきの白いねこに出会います。
白いねこは たくさんの子ねこを生み、
ねこは 白いねこと たくさんの子ねこを、自分よりも好きになりました。
月日がたって、子ねこたちが 巣立ち、
やがて、白いねこも、静かに動かなくなる日がやってきました。
ねこは、初めて泣きました。
そうして、100万回泣いた ある日のお昼に、
白いねこのとなりで、静かに動かなくなりました。
ねこは もう、決して生きかえりませんでした。

息子が小学校の図書室で1年生のときに見つけてきた絵本です。
2才のころから読み語りをしていて、
すっかり本好きになった息子は、
時々わたしが今まで出会ったことのない、
とてもステキな お話を抱えて帰ってきてくれます。
「お母さん、とっても いい おはなし見つけたよ!」って。
この絵本も そんな息子の おみやげのひとつなのですが
読んでみて、その内容の深さに驚かされました。
当時、まだ小学1年生の息子です。

ぷりん「ねえ息子くん、この絵本、先生にすすめられたの?」
息子 「ううん。ボクが図書室で、見つけたんだよ。」
ぷりん「へ〜、どんなところが気に入ったの?」
息子 「うーんとね。
    ねこが自分だけのねこになったところと、
    白いねこに出会って<おれは、100万回も しんだんだぜ。>って
    自慢しなくなったところと、
    白いねこが、子どもをたくさん産んだところと、
    白いねこが死んで、ねこが初めて100万回泣いたところと、
    ねこが死んで、生き返らなくなったところ。」
ぷりん「なるほど。」

。。。大切なことは、年齢に関係なく、ちゃんと心に届くんだ。。。
ということを知った瞬間でした。

息子 「ねっ♪ いい おはなしだったでしょ?」
ぷりん「うん。」

ほんとうだね。。。
久しぶりに胸がふるえる おはなしに出会ったよ。
ありがとう。


「100万回生きたねこ」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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No.6 2006/10/07
絵本 おこりじぞう
「おこりじぞう」って、知ってますか?

     −−−☆☆☆−−−

昔、日本が世界のたくさんの国々と戦争をしていたころのお話。
広島に<わらいじぞう>と呼ばれる、笑った顔をした小さな おじぞうさんがたっていた。
昭和20年8月6日。
原子爆弾は、人間も、建物も、おじぞうさんも、全てをふきとばした。
やがて身体中焼けただれた小さな女の子が、
横たわっっているおじぞうさんのところまでやってきて、ぱったりと倒れるとこういった。
「かあちゃん、みずが のみたいよう。」
すると、今まで笑っていた おじぞうさんの顔が、すこしずつ変わりはじめた。
やがてそれは、まるで何者かをにらみつける仁王の顔となり、
その目からは、いっぱいの涙が溢れてきた。
それは頬をつたわり、女の子の口へと飛び込んでいった。
涙の水を飲み終わった女の子は、おじぞうさんの顔を見て、
かすかに笑うと、やがて動かなくなった。
そのとき、いっぱいにくいしばった じぞうの顔がグラッ−と大きく揺れ、
もう耐え切れんというぐあいに崩れ落ちると、あたり一面にちらばってしまった。

     −−−☆☆☆−−−

私が、今年の夏、初めて出会った絵本です。

何の予備知識もないまま、
図書館でいきなり出会ってしまった一冊の絵本に、
私は動揺を隠せませんでした。

読み聞かせのとき、
自分(私)の感情をいれないようにと努めたのですが、
女の子の「かあちゃん、みずが のみたいよう。」のところで、
どうしても、声がかすれてしまます。

読み終わったあとの、10歳の息子の言葉です。

「ぼくは、怒りを感じるから、涙はでないよ。」

。。。私は このお話を母親の気持ちで読み、
息子は<おこりじぞう>の気持ちで聞いていたのだ。。。

「かあちゃん」と水を欲する子どもの姿が、
ただただ 悲しい、わたしに反して、
<おこりじぞう>の目を通して出てきた息子の気持ちは、
男としての怒りと、父性の芽のように思えます。

少し辛い読み聞かせではありましたが、
息子の中で大切なものが育ちつつあることを
垣間見ることができた、
うれしいひとときでもありました。。。



絵本 おこりじぞう」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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No.7 2006/10/21
伝承「つつじの乙女」〜「つつじのむすめ」「つつじ娘」〜「餅つき峠」
今日は、長いタイトルになってしまいました。
でもね、この話題「おはなし」好きには、なかなか面白い話だと思うのです。

ことのおこりは、新人作家の風野祐一氏がHPで発表した新作童話なのです。
タイトルは「餅つき峠」といい、何ともやりきれない哀しい恋の物語なのですが、
サイト内のメッセージで
「25年前に一度だけ聞いた故・沼田曜一の民話の語りを元に記憶だけを頼りに書き起こしたものである」ということと、
「元の民話の情報をご存知の方、教えてください。」という内容が書かれてありました。

数日後、早くも情報が寄せられたようで、
元のお話は長野県上田市の民話で「つつじの乙女」といい、
また松谷みよ子氏もこの民話を題材にした「つつじのむすめ」という絵本を出版していると
HP上で発表されていました。

ぷりん、もうワクワクして、
早速ウェブ上で「つつじの乙女」を読み
その後、図書館にイソイソと出かけていって「つつじのむすめ」を借りてきました。

おもしろい!!!

〜民話「つつじの乙女」〜
祭りがきっかけで、山を四つも挟んで恋におちた娘と若者。
娘は、若者会いたさに、夜の山越えを試みます。
両手に、餅米をにぎりしめて。
最初は、再会を喜びあう二人でしたが、やがて若者の心に疑惑が生まれます。
毎晩、四つもの山を往復し、両手につきたての餅を握りしめてくる娘。
若者は、娘の中に「魔」を見出すのです。
そしてある夜、若者は、疑いと、うとましさから、山で娘を待ちぶせると、娘を崖の下に・・・
その後、この崖には、血のように鮮やかなつつじが咲くようになったのです。
という、長野県上田市の「つつじ」の名所から生まれた民話です。

松谷みよ子氏は、民話の再話の業績でも有名な方で、
絵本「つつじのむすめ」は原話に忠実な内容の作品でした。

そしてね、おもしろいのは風野氏の「餅つき峠」なのです。
25年も前に故・沼田曜一氏の語りで一度だけ聞いたという、
タイトルもわからなかった、そのお話は、「餅つき峠」という一つのお話になるのですが、
この「餅つき峠」の中には、「つつじ」がでてこないのです。
 (風野氏、HP上で長野県上田市の方たちにお詫びしてました。)
また、原話では、娘をうとましさや疑いから、若者が待ちぶせるラストも、
若者は疑いを晴らすべく待ちぶせていて、
勘違いから娘を突き落としてしまうという哀しい結末になっています。

残念なことに、
風野氏が聞いたという故・沼田曜一氏の語り「つつじ娘」を聞くことは、もうできないのですが、
たぶん民話「つつじの乙女」に準じるお話だったと想像できます。

でも、これが語りのおもしさだと、私個人は思うのです。
文字として、確固たるものが残らない語り。
そして、語る人の体温で変化していく語り。
聞いた者も自分の感性で受け止め、また語り継ぐ時には、その人のお話となるのでしょう。

あの「桃太郎」でさえ、伝わる土地によって、様々な人物像になっているそうです。
 (これもまた、おもしろいんですよ。。。)

25年という時間を経て風野氏の中で発酵した「つつじ娘」は「餅つき峠」になり
読んでみると、書いた人の人柄が伝わってきます。
そして、読んだ後に出てきた感想で、
読み手の心情も垣間見れちゃいそうで、ちょっと楽しい♪

さて、興味をもたれた方は、下記をご参照くださいませ。
おもしろいですよ〜♪
それでは、また。


「つつじの乙女」長野県上田市の民話
「つつじのむすめ」松谷みよ子(詳細は<絵本の本棚>をご参照ください。
「つつじ娘」沼田曜一(語り)
「餅つき峠」風野祐一( HPをご参照ください。)
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No.8 2007/01/26
初語り♪「おいしいおかゆ」
「語り(語り継ぐ)」という言葉を改めて意識したのは、去年の夏、「絵本 おこりじぞう」に出会ったときでした。

そして、そのあとすぐの秋。
「つつじの乙女」から「つつじのむすめ」「つつじ娘」へ。
さらに「つつじ娘」から「餅つき峠」への語り継ぎに出会い、
人の心の中を伝わってきたからこその伝承に、とても面白さを感じました。

そして何気に出席した冬の初めの「おはなし学習会」。
そこでで出会ったのが、普通の(プロではない)人たちの「語り」だったんです。

それでね、気がつくと、もう片足の「つま先」をつっこんでました。。。「語り」に。。。(^-^;)A

去年の暮れ、師走のとーっても忙しいときに、合間をみつけて、初めて覚えたのが、
この「おいしいおかゆ」です。

 昔、あるところに、貧乏な女の子がいました。
 ある日とうとう食べ物がなくなったので、森に探しに出かけると、
 そこで出会った おばあさんに小さなおなべをもらいました。
 そのおなべは「小さなおなべや 煮ておくれ。」というと、おいしいおかゆを煮てくれて
 「小さなおなべや やめとくれ。」というと、煮るのをやめるのでした。
 さて、ある日のこと、女の子が出かけている時に、
 お母さんが「小さなおなべや 煮ておくれ。」と言って、ひとりでおいしいおかゆを食べました。
 お腹がいっぱいになったので「おかゆを煮るのをやめてほしい」と思いましたが、
 どうやって止めるのかわからなくて、さあ、大変!

という おはなしです。

さて、最初の聞き手は、もちろん、うちの息子くん。
今まで、我が家でしてきた「語り」は、
「桃太郎」などの昔話を記憶を頼りに語ったものや、
息子くんを主人公にした話を即興で語ったものでしたので、
今回のように、語り用の本を元に、ちゃんと語られたものは、とても新鮮だったようです。
息子くん「おもしろい!!!」と、瞳を輝かせていましたもの。

そして、ぷりんも、また、語りながら、わくわくしていました。。。

いくつになっても、新しいものとの出会いに、
瞳を輝かせたり、わくわくしたりしていたいですね。
そんな風に毎日を送っていかれたら、
本当にしあわせだと思います。。。(*^-^*)


おいしいおかゆ」が収録されている「おはなしのろうそく1」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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No.9 2007/02/15
2分の1成人式♪「おおきな木」
昨日、あちらこちらで、春一番が吹いたそうですね。
ぷりんの暮らす街では、一日遅れの今日、春一番がやってきました。

そして、今日は、楽しみにしていた、息子くんの「2分の1成人式」の日♪

二十歳の2分の1、十歳の子ども達を祝う、小学校の行事です。

★始まりのあいさつ
★4年生のアンケート発表(好きな遊び等)
★クイズ
★今までの思い出
★将来の夢
★歌
★終わりのあいさつ

息子くんの出番は、「将来の夢」でした。

「ぼくは、オリンピックに出て、
 平泳ぎで金メダルを取り、
 世界新記録を出したいです!」

こんなに、ステキな大きな夢が聞けて、胸がいっぱいになりました。

あいもかわらずの親ばかです。。。(^-^)>" ペチッ

明日、本屋さんに行こうと思います。
「おおきな木」という絵本をお祝いに贈りたくなったのです。
いつか息子くんが、私の元から巣立つ日に贈りたいと思っていた本です。

原題を「THE GIVING TREE」−与える木−といいます。
与えることが、うれしい。
そんなりんごの木のおはなしです。
大人になって疲れた時に、助けてあげてくれるような気がして、私の大切な人達に贈っている本です。
いつか彼が大人になって、この絵本の意味が本当にわかるようになったころ、
私は、この<母なる木>のようでありたいです。

さて、そろそろ、息子くんが帰ってくる時間です。
それでは、また。。。


「おおきな木」の詳細は<ぷりんの本棚>をご参照ください。
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