+下着のはじまり

 最初の下着と言われているのは古代エジプト王が着けていたカラシリス(薄い亜麻布や麻布で作られた腰衣)、またはロイン・クロス(同じく腰衣)でした。女性や身分の高い男性用として、後のシュミーズとなる薄衣のチュニックもありましたが、これは当時下着というより表着に近いものでした。  ちなみに人間が服を着始めたのは約4万年前のことで、当時はシェンティという亜麻布にプリーツのついた腰衣やカウナケスという毛皮製の衣を着ていたそうです。これらはフランスのロセーヌ洞窟から発見された板石彫刻の男性立像が腰紐のようなものをまとっていたことから分りました。人間が下着と表着を区別するようになるまで随分時間がかかったようです。

+ブラジャーのはじまり

 紀元前3世紀頃、ギリシャの女性はアポディスムapodesmeという小さな帯をアンダーバストに巻き始めました。それらは後にアナマスカリステルanamaskhalister、マストデトンmastodetonと呼ばれる赤くて細いリボンとなります。これらは胸が揺れるのを押さえるために使われました。しかし裸体美を尊重する古代ギリシャでは本格的な下着というものは存在しませんでした。

 しかしローマ共和国時代に入ると、女性の衣は位が高くなるほど厚く複雑な構造となり、首からつま先まで布で覆うようになりました。ただしブラジャーは今日に求められる目的とは全く違ったため形状は帯のままでした。では一体何のために使ったのかというと胸の膨らみをつぶし、動くのを抑えるためだったのです!代表的なものとして皮製のマミルラーレmamillareや幅の広いバンドのフアシアfasciaがありました。

胸の発達を抑えてしまうなんて今では信じ難いことですが、当時は女性的なものを否定的に見ていた結果だそうです。

+コルセットもはじまり…

 アンダーバストを締めていたリボンはやがて帯となり胸を包みましたが、下にも幅は広がっていきました。長い帯を胸からウエストまで巻いたのです。古代ギリシャに現れたゾーナという下着はウエストを巻きお腹を押さえるもので、後ローマ共和国時代にもセスタスcestusというアンダーバスト〜足の付け根まである下着と同様に使用されていました。

+娼婦が生んだ下着

 下着や服が発達するにつれ、それは裸を隠すと同時によりエロティックに演出するのに有効な道具と考える人達も現れてきました。それが娼婦たちでした。彼女たちは膝上につける靴下止めのようなものを考え出しました。当時はまだストッキングや靴下はありませんでしたから、アクセサリーの感覚で身に着けたのでしょうか?それには宝石が飾られたりして、美しいものだったようです。

+ズボン型の下着

 4〜5世紀になると民族大移動が各地で起こります。1つの民族が移動すると、元来其処にいた民族が追い出されてやむなく移動するなどしたため西洋はひっくり返ってしまいます。それと同時に文化が混ざり合って、それは服や下着にも反映されました。当時スカート型の下着の下には何も着けなかった女性は、男性が着けていた股引のような脚衣を使いはじめました。また足に巻く細いゲートルやバンドから靴下が生まれ、それが長くなったものが今日の靴下です。この頃は膝上までのものとそれより上のものをつないでタイツのようにして着けていたそうです。  ところが中世13世紀頃になるとズボンは男性の優位の象徴となり、股引型のブレを、つまり家長権を夫婦で奪い合う笑話や皮肉った絵などが盛んに出回りました。

← HOME* *中世の下着 → *3.ルネッサンス時代* *4.近世の下着* *5.20世紀*