四国の人にはおわかりだろうが「阿讃」の「阿」は阿波の国、阿波踊りの「阿」、すなわち徳島県。

「讃」は讃岐の国、讃岐うどんの「讃」、すなわち香川県。

全国的な知名度はどちらも極端に低い。

阿波踊りや讃岐うどんは「全国区当選」なのに…。

それはさておき、この二つの国は東から西まで阿讃山脈という山々に隔てられている。

高いところで1000m少々、低いところで400m程度だ。

古来、讃岐から塩や海産物が阿波へ、そして阿波からは炭や借耕牛が讃岐へ運ばれ、山並みの

低いところに自然に峠道がついた…それも何カ所も。

今では主要な幹線道路になった峠もあれば、狸か猪くらいしか通らない峠もあるが、このコーナー

では可能な限り多くの「阿讃の峠道」を最新の現地写真付きで順次紹介していきたい。

 

                     その1 【曼陀峠】

曼陀(まんだ)峠は阿讃県境の最西端にあり、香川県観音寺市大野原町から徳島県池田町へ抜ける。

高校野球で有名になったあの池田高校のある町だ。

国道11号線から県道8号線を南下し、田園地帯を抜けるとしだいに道は細くなり、人家が途切れる

あたりから急コーナーの連続となる。

    この時乗って行ったのは借り物の軽のスバルR2だったが、660ccのエンジンとCVT変速が良くマッチし、デカイ普通車

  よりフロントもホイルベースも短いので気持ちよくヘアピンコナーを駆け抜ける。

  一緒に行った3000ccの四輪駆動車は到底ついてこられない。

渓谷沿いに一車線の峠道を登り詰めると曼陀トンネルに達する。

このトンネルが香川県と徳島県との境界に位置するが、ここが「曼陀峠」ではない。

トンネルのすぐ手前を左折し、更に細い道を登って行くと「旧曼陀峠」がある。

 

                                                     ここが「旧曼陀峠」

この舗装路は四国霊場六十六番札所雲辺寺へ通じる尾根道であり、左が香川、右が徳島となる。

香川県側の旧道は草や倒木に覆われ

てはいるものの、何とか確認できる。

が徳島県側へ降りる旧道はいくら探し

てもこの付近には見当たらない。

位置を間違えていない事は左の写真

が証明してくれている。

 

土地の人の話によれば、この付近には

茶屋もあったらしいが、残念ながらその

痕跡は見つけられなかった。

 

標高927mの雲辺寺山の山頂に雲辺寺がある。

香川県に入って最初の札所であり、八十八ケ所中もっとも高いところに位置する。

香川県側からロープウェイで登る事もできる。

お寺の駐車場までは上の写真の道を通ってクルマで行けるが、山頂を経て阿讃山脈の尾根を東へ

進むには遍路道を歩くしかない。

             その2【六地蔵峠】

ひたすら歩けばやがて次の峠「六地蔵峠」に至る。

地図によっては「六地蔵越」と表記してある場合もあるが、現地の標識は「六地蔵峠」となっている。

クルマなら国道11号線から三豊市山本町を南下し、県道6号線を経て阿讃県境に至る。  

香川県内でベスト3に入る厳しいコーナーが連続する道なのでバイクで走るほうが楽しい。

                     ここが「六地蔵峠」

人は勿論、クルマもめったに通らない淋しい峠道のかたわらに六地蔵さんが祀られている。

それにしても何故こんなところに六地蔵さんが祀られているのか?

一説によると、戦国時代に土佐の長曾我部元親がこの峠を越えて西讃岐へ攻め入り、大勢の人を殺

し、城を落とし、田畑を荒らした為だと言う人もいるが、事実かどうか定かではない。

尾根を右へ行けば雲辺寺、左へ行けば中蓮寺峰に至る。

どちらの道も猪が鼻で掘り返した穴ポコだらけだ。

中蓮寺峰への尾根道はまだ踏破していないので、いつか挑戦してみたい。(できればバイクで)

そして中蓮寺峰を越え、若狭峰を経て旧猪鼻峠に至る。

                         2006年12月7日

            その3【旧猪の鼻峠】

六地蔵峠から厳しい尾根道をひたすら東へ進めば

中蓮寺峰(756m)にたどり着く。

整備された頂上からは三豊平野が眼下に拡がる。

更に東へは未舗装の細い車道が通じているが、若狭峰

頂上はバイパスしているので横目で見て通過しよう。

やがて上の写真、つまり旧猪の鼻峠に至る。

この真下を国道32号線が通じ、猪の鼻トンネルが阿讃山脈を横断している。

昔々、トンネルを掘る技術がなかった頃、牛や馬で荷物を運ぶにはこの写真のように山を削り、

切り通しを道にするしか方法がなかった訳だが、この峠はその工事の痕跡がはっきり残っている。

つるはしとモッコだけでこんな大工事をやり遂げるには一体何年かかったのだろう。

静寂きわまりない山奥の峠に佇んでいると、ねじり鉢巻をした男達の掛け声が聞こえてきそうだ。

それにしても奇妙で不思議な名前の峠だが、その名前の由来は誰に聞いてもわからない。

                                                    2008年4月22日

 

           その4【東山峠】

県道4号線の緩やかなカーブを曲がれば、むこう側は下り坂で徳島県東みよし町になる。

  

旧猪の鼻峠から阿讃縦走路を東へ向かえば二軒茶屋というところがある。

ここも阿讃の峠道なのだが、なぜか峠の名前が付いていない。

この道は昔、箸蔵街道と呼ばれ金比羅さんから箸蔵寺へお参りする街道で、旅籠があり、茶屋も二

軒あったらしい。

いまは山小屋風の建物が二軒建てられていて人は住んでいないが、ハイカー達の休憩ポイントとして

良く知られている。

阿讃縦走路はこの旧箸蔵街道を横切って東へ延びているが旧猪鼻峠から次の東山峠まで歩くとす

れば健脚者でも5〜6時間はかかるだろう。

低い山脈とは思えないような激しいアップダウンに喘ぎながら歩いていると、突然道が崩落したような

切り通しにでくわす。

思わず後ずさりしてしまうような崖だが、左へ曲がれば上の写真のバイクを止めてある位置に安全に

降りられる。

上級者ならバイクで走破する事もできるが、縦走路をタイヤで荒らしたり、ハイカーやバードウォッチン

グなどで静かに自然を楽しんでいる人達の邪魔にならないように配慮しなければならない。

私はこんな時はバイクのエンジンを止めてすれ違ったり、追い越す時は低速で軽く会釈をするように

心がけているが、露骨に嫌な顔をする人もいる。

「こんな山道をバイクで走るなんてとんでもない奴らだ」と思われているのだろうが、しかし我々には我

々の山の楽しみ方があるのだ・・・・一般公道を違法改造したバイクで徒党を組んで、けたたましい爆

音を立てている迷惑を絵に描いたような青少年とは一線を画していただきたいのだが・・・。

閑話休題(それはそれとして)

阿讃縦走路は東山峠を横切って、まだまだ東へ延びている。

一旦降りた急な尾根道を再びよじ登り、大川山(だいせんざん)を目指す。

東山峠から大川山の間には峠と名の付くところはない。
大川山を越えれば次の竜王山との間にいくつかの古い峠がある。

                       2008年11月4日

                       

 その5【真鈴峠】

大川山を越えて長い長い尾根道を南下したところに真鈴峠がある。
但し、地図で見た限りでは地形的に非常にわかりにくい位置にあるようだ。
今年の冬、真鈴峠へ行ってみようと思い立った。
が、四国とは思えないほど雪が多く、服装も不十分だったの
で、途中で引き返した。(位置もわかりにくかった)
そのときの「気まぐれダイアリー」の記事はこちらから。
が、今回は何なく目的地に着く事ができた。
真鈴峠は道が不思議な形状をしている。
アルファベットのHみたいなカタチであって、Hの真ん中が
峠になっているようだ。
道幅は広く、付近の人達の生活道路になっている。
自動車のない時代から真鈴峠は阿波と讃岐の重要な人と
物の交流が行なわれていたそうだ。
2010年5月18日
 その6三頭越
三頭越へは上の真鈴峠と今年の同時期に訪れた。
そのときの「気まぐれダイアリー」の記事はコチラから。
今回はバイクで真鈴峠へ行ったついでに三頭越にも行ってみた。
冬は香川県側から徒歩で登ったが、バイクで行く為には徳島県側からしか行けない。
徳島県側からは舗装された林道から数百mの山道を走っただけで着く事ができる。
下の写真の大鳥居には徳島県側には「金比羅大権現」の、そして香川県側には「三頭山大権現」の
石額がかけられている。
昔々阿波の国から讃岐の金比羅さんへお参りに行く出発点の意味らしい。
付近には石仏や地蔵尊、天狗地蔵が鎮座していて当時の信仰心がよく伺い知れる。
それにしても徳島県側に比べて香川県側の道の荒れ方はひどいものだ。
昔は牛や人が盛んに行き来した道も幾多の風水害で崩壊し、道とは呼べないものになっている。
夕陽のなかの三頭大権現の鳥居(香川県側から)
2010年5月18日