これからの社会を生きる中高生にとって、勉強のほかにもう1つ大切なことがあります。それは、自分の考えを持った賢い消費者になるということです。21世紀になって、世の中は大変便利になりました。その反面、物事を深く考えなくてもそこそこ生きていける社会で暮らすうちに、自分の考えを持つことが難しくなったとも言えます。便利な生活に慣れてしまった人の多くは、ほんのちょっとでさえ考えることを面倒臭がります。行動をしたり、物を買ったりする際、ネットやメディアの情報を頼りにそこから結果を連想するほうが考えなくてすみます。そのようにして情報を取り入れているうちに、無意識に情報に従って行動する型が身に付いてしまいます。
 ステルスマーケティングという言葉を聞いたことがあるでしょうか。商品の販売戦略に関する言葉です。この戦略ねらいは、客が普段何気なく目にしているネットやメディアを通じて、商品に対する良い印象をひそかに植え付けて、広範囲に宣伝を行うことです。ほとんどの人は自分が商品の広告を見ているという事実に気付きません。私が「YouTubeは無料ではない」と言ったら、その通りだ、と思うでしょうか。それとも、そんなことはない、私はいつも無料でYouTubeを見ていると反論するでしょうか。YouTubeを見て、何か商品を買いたくなったり、どこかお店へ行きたくなったりして、実際に何かを買ったりどこかに行ったならば、その行動は無料ではありません。そもそもYouTubeを見ているパソコンやタブレット、スマホなどの端末装置は無料ではありません。 情報の発信者の目的は、受け手に、見たい、買いたいという欲を起こさせることにあり、それによって自らが利益を得ることにあります。
 価値を持った情報は本来0から生まれるものではありません。情報を発信する人物の経験にもとづくもので、情報を得ようとする人は、情報発信者の経験を買っているのです。もしあなたが、情報発信者と同じ経験をしなければならないとしたら、どれだけの労力がいるでしょうか。正しい情報を得るにはそれなりの労力が必要であり、労力をかけないで情報を入手したいのであれば対価としてそれなりの費用がかかるのです。
 誰かが情報を無料で配信しているとしたら、それは受け手が無料だと感じているだけで、それはほとんどの場合、無料の情報を装った宣伝です。今の世の中、身の回りにある情報で、何かの宣伝ではないものを探すのは実に難しいことです。そして、自分が自分の意思で情報に従って行動していると思っていても、実際は、情報の発信者の意図するように行動させられているということは少なくないのです。無料の情報を装った宣伝に触発され、集団で同じ方向を向いて、同じ行動を取る現実にあなたは安心感を覚えますか、それとも虚しさを感じますか。
 人は自分の感覚でしか物事を考えられません。ネットやメディアを通じて大量の情報が発信され、誰でも手軽に情報にアクセスできるようになると、情報発信者の「こう感じて欲しい」という意図を、あたかも自分がそう感じているかのように錯覚してしまいます。そこで、本当に注意すべきことは、デジタル化された情報(仮想体験)と情報化されていない情報(実体験)との差です。これを学生のうちに考えるのか、大人になってから気付くのかは大きな差です。
 本来、ものが生み出される根源は、人が生活する上での必要性であったり、人の内面を充実させるための宗教的概念であったり、理性や精神の働きでした。しかし、資本主義による大量生産によって、私たちは、自分の生活感情や価値観を自分の意思でコントロールすることが非常に難しくなっています。私たちは、消費をしなくては生きていけません。その上で、「良いもの」より「わかりやすいもの」が売れるという社会の構造を理解することが大切になってきます。最初に述べたように、人々は想像することを面倒臭がります。買い物をするときに品質は見なくても値段は見ない人がいないのは、品質はわかりにくく、値段はわかりやすいからです。
 例えば、YouTubeで、何でもいいが、「一次関数」とでも「電流回路」とでも検索して適当な動画を見てみよう。動画のコメントには「わかりやすい!」「神!」「うちの学校に来てほしい!」といったコメントが並んでいます。しかし、物事には表と裏があります。その先生がなぜわかりやすい説明をできるのか。それは、その先生自身が、自分がなぜわからないかを自問自答する訓練を積んできたからに他なりません。自分がなぜわからないかがわからないのに、他人がなぜわからないかがわかったら、それこそまさしく神!です。わかりやすい説明をしてくれる人を神と崇めるのはよいが、自分で考える余地を他人に委ねてしまってはいけません。わかりそうでわからないというぼんやりとした時間こそ、人の成長にとって大切なのです。なぜならば、どう感じて、どう考えるかという感覚的な部分は、自分しか体験できない実体験だからです。他人が考えているとき、その頭の中をのぞき見ることはできません。だから、他人がどう考えるのかを想像するには、自分がどう考えるのかをよく観察することが不可欠になります。
 大切なことは、自分の考えを持った賢い消費者になることでしたね。消費の選択肢が多様化し、勉強もさまざまな学び方が可能となっています。わざわざ学校や塾へ行かなくても、タブレットやスマホで「わかりやすい」授業を、驚くほど「格安」で見ることができます。しかし、賢い消費者になるためには、「わかりやすい」「格安(あるいは無料)」の2点に特に気をつける必要があります。ここで言う「わかりやすい」とは、あの先生はわかりにくい、この先生はわかりやすいということではなく、情報としてのわかりやすさのことです。
 例えば、「神授業、見放題!」というキャッチコピーがあります。このメッセージには「わかりやすい=良い」「見放題=良い」という前提があります。普段考える癖がない人は、この前提を疑うことができません。そして、情報の発信者の意図するままに、とても魅力的だと感じるでしょう。決まった時間に決まった場所で特定の人だけに向けて行われる学校の授業を聞くことができない人が、より制約のゆるい「見放題」という環境で成果を上げられるかは大いに疑問です。人間の意志が自分が思っている以上に弱いことは容易に想像がつくでしょう。
 社会の中で生産されるものや情報は、ほとんどすべて、意志が弱かったり、誰かにわかりやすく説明してほしかったり、自分で考えることを面倒臭がる人々をターゲットにしています。マーケットの規模を考えれば当然の流れです。そういう意志の弱い人々は半永久的に搾取され続け、原理や仕組みを理解し、自分の頭で考ようとする一部の人たちだけが「本当の消費」を行っているのです。
 便利の中に浸かっていると、今の状況をどうにかしたいという困難の排除ばかりに目がいって、なぜそうなってしまったかという原因の解明からは目をそむけがちになります。困難にぶち当たったときに、その困難を排除しようという考えはサルでも思うことです。勉強ならば、わからないことがあったときに、わかりやすい説明をしてくれる存在を誰でも望むのです。ですが、一度「わかりやすい=良い」という前提を疑ってみませんか。
 私は、間違いなく日本で年間5本の指に入るほど長い時間生徒を直接見ていて、わかりやすく説明すること以上に、生徒が自分で考える力をつけることの大切さを痛感しています。私の作ったQuizletの問題は、わかりやすいどころか、はじめは「は?」と思うでしょう。しかし、あなたが自分の頭で考える力をつけるのに必要な栄養がたくさん含まれています。問題は日々作り続けていますから、きっとあなたの役に立つ問題も見つかるはずです。そうして、最低限覚えなければいけないことなどの基本装備を身につけてから、もう一度「神授業」を見てみてください。そのときはただ「神!」と崇める聴衆の一人ではなく、本当の価値を享受できる賢い消費者に近づけているはずです。では、意志の弱いもの同士、互いにがんばりましょう。
 2018年6月 MASTER進学塾 塾長のたかせ

 

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