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<はじめに>
はじめまして。私は、39歳の一般内科医 神谷 亨(かみや とおる) です。
2002年7月から3年間ハワイ大学内科のレジデントとして勤務し、2005年7月よりユタ大学感染症科フェローとしてのトレーニングを開始しております。
私は、大学卒業後9年目にして臨床留学の準備を始めました。(かなりスタートが遅い部類に入ります。) スタートが遅くなった理由を考えてみますと、個人的な紆余曲折もさることながら、学生の頃に米国臨床留学についての情報がほとんどなかったということが挙げられます。私の知る限りでは、同級生100名中2〜3名の学生がUSMLEの受験勉強を行っていたと思いますが、それがどんな試験で、彼らが何を目指しているのか全く知りませんでした。学生時代のもっと早い時期に米国臨床留学についての情報を耳にしていたら、私自身学生時代にもう少し真剣に英語を学んでいたかもしれませんし、卒業後の進路ももっと違ったものになっていたかもしれません。
今日、米国臨床留学についての情報は以前と比較すれば多少入手しやすくなっていると思います。しかし、一人で情報を集めることは依然として大変なことだと思います。このホームページは、ひとりでも多くの医学生、研修医の皆様に、少しでも早い時期から米国臨床留学についての情報に触れて頂きたいと思い作成しました。さらに、日本の臨床医学をよりよくしようという若き力が日本各地で生まれてくることを願って作りました。英語が苦手な私が何とかレジデントのポジションを獲得できたのも、多くの皆様の支えがあったからであり、僅かでもそのご恩返しができたらと思います。
<臨床留学の動機について>
皆さんは、どのような動機で米国臨床留学を目指していらっしゃいますか?
「米国で自らの実力を試してみたい」、「世界に通用する医師になりたい」、「家庭医のトレーニングを受けたい」、など様々な動機があると思います。どのような動機であれ、米国に臨床で留学するということは、新しい世界への挑戦であるに違いありません。
私は、大学卒業後、京都府の日本海側に位置する舞鶴市民病院で一般内科の研修を始めました。そこではアメリカの臨床教育法を参考として、よき一般内科の臨床医を育てるための教育が行われていました。History-taking、physical
examination、患者を総合的にマネージメントすること、evidence based medicineなどが重視され、上下の関係を超えた活発なdiscussionが行える雰囲気がありました。また、研修医を教育するためにアメリカから内科の臨床教授が年に数名招聘されており、それらの先生方の多くが私にとって医師としてのrole
modelとなりました。そのような環境の中で学ぶうちに、「将来は自分も若い先生方にgeneral
internal medicineを教える活動に携わりたい」と考えるようになりました。
6年間舞鶴で研修した後、さらに専門的な知識を勉強したいと考え、自治医科大学付属大宮医療センターにシニアレジデントとして勤務することにしました。総合診療部に所属しながら内科系の各専門科をローテートし、日本における最先端の医療に触れて大変勉強になりました。一方で、将来若い先生方に一般内科を教える仕事をしたいという思いは日々大きくなり、そのためにも、アメリカで臨床のトレーニングを受けたいと考えるようになりました。普通に勤務しながら留学の準備をすることは自分にとっては無理だと思われたため、2年間でその病院を退職し、研究生として在籍しながら、卒後9年目にしてアメリカ臨床留学の準備を始めました。
<日本の臨床医学について> (あくまでも私個人の意見にすぎません。)
日本では明治以来、医局の教授を頂点とする医局講座制の枠組みの中で、医学「研究」が最も重視されてきました。いくら患者思いで臨床能力があっても、論文のひとつも書けなければ今の医学界では評価されることはありません。いまだかつて「臨床」医学が真に重視され、臨床教育に必要なコストが割かれ、臨床教育のために必要なマンパワーが供給された時代はなく、残念ながら研究の片手間に臨床教育が行われてきたというのが実情だと思います。このため、若い人の模範となる臨床医、臨床を教育する専門のスタッフが未だ乏しく、臨床を軽視する悪循環が続いているように思います。欧米諸国に臨床教育の内容が追いつくためには、恐らくこの先50年以上はかかるのではないでしょうか。
高齢化社会に突入した日本では、総合医や家庭医などのgeneralistsの必要性はさらに高まっているように思われます。しかし、残念ながら若い先生方の専門医志向、研究志向は相変わらず続いています。現在の医局講座制のシステムにおいては、一旦医局に入局すると、generalな臨床能力を高めることよりも、専門的な領域において秀でることが求められ、臨床能力よりも論文が書ける医師が評価され出世していく構造になっているからです。また、臨床能力が高く若い先生の模範となるgeneralistsが身の回りになかなかいないことも一因です。さらに、generalistsの必要性が国民およびspecialistsの先生方に真の意味で理解されていないことも関係しています。ある呼吸器専門の先生は、「自分は十分にprimaryなことを含めて診療しているので、generalistsの必要性は感じない。generalistsはgate
keeper的なことしかしておらず、結局医学が進歩した今日ではspecialistsなしでは最後まで責任を負えないではないか。」と言います。generalistsとspecialistsを対立するものとしてとらえているところがなんとも悲しいのですが、このような認識をしていらっしゃるspecialistsの先生方が大勢いらっしゃるように思います。実際は、generalistsはspecialistsと同様に専門家集団であり、特別なトレーニングを受けてspecialistsが育っていくのと同様に、特別なトレーニングを受けてgeneralistsも育っていくのです。
また、全ての疾患がspecialistsによる治療を必要としているのでもなく、specialistsばかりを養成していったら医療費の増大に拍車がかかることは容易に想像がつくのですが、generalistsとspecialistsの両者を適正な割合で配置することによって医療費の伸びを押さえようという声もなかなかあがってきません。
臨床医学、臨床教育を軽視してきた日本の状況をすぐに変化させることはできませんが、しばらくは、よくトレーニングされた臨床医というものがどのように人々の役に立ちうるのかということを臨床医自らが示していかなければならないでしょう。さらに、generalistsとspecialistsは対立するものではなく、よきパートナーであり、良好な協力体制を築きながら共に最大限患者さんのお役に立てるように努力する関係のものであるという理念がまずなければなりません。
幸い、これらのことに気付いて日本の臨床医学、臨床教育をよりよいものにしたいと考えている医学生、医師は少しずつ増えてきているように思います。そして、充実した臨床教育を受けたいと切望する医学生、研修医の先生方は案外大勢いらっしゃるのではないでしょうか。残念ながら日本において臨床教育が真の意味で充実していると言える研修病院は未だ数少なく、そのことがアメリカに臨床留学をしたいと考える大きな要因になっていると思われます。
ただ、3年〜5年間の留学で臨床医学の全てが習得できるとは思えませんので、米国臨床留学はあくまでもよき臨床医になろうとするための一つのトレーニングの場にすぎないのかもしれません。また、アメリカの医療の全てがよいとは限りませんし、見習うべきでない点も多々あろうかと思います。私自身、日本の医療には問題点が多いものの、一方で誇るべきよい点がたくさんあると思っていますので、将来は、米国のシステムをそのまま日本に持ち込もうとするのではなく、あくまでも日本の医療をよりよくしていくために見習うべき部分が何であるのかを慎重に吟味し、米国のよい点だけを導入する必要があるのではないかと思っています。
留学という新しい経験をすることによって、今の考えが少しずつ変わっていくかもしれませんが、日本の臨床医学、臨床教育を少しでもよくしていきたいという思いは今後も変わらずに持ち続けていたいと思います。
このセミナーにいらっしゃった皆様へ 野口医学研究所セミナー 配布資料原稿 (平成14年5月22日)
皆さんは、どのような動機で本日のセミナーに参加されていますか? 医学生ですか?それとも既に医師として数年以上働いている方ですか? いずれにしても、皆さん米国の臨床医学に興味を持たれて参加されていることと思います。
私は、今から5年程前に(大学卒業後7年目に)、野口医学研究所のセミナーに初めて参加しました。以来、毎年開かれるセミナーに参加させていただきましたが、この度、多くの方々に支えられて、念願のハワイ大学内科レジデントのポジションを獲得することができました。ここに感謝の気持ちを込めて、今日までの私の経験をご紹介したいと思います。
私は、1991年に大学を卒業し、京都府の日本海側にある、舞鶴市民病院で一般内科の研修を始めました。そこでは、米国人内科系臨床教授が研修医を教育する目的で年数名ほど招聘されており、history
taking、physical examination、EBMなどを重視したユニークな教育が行われていました。私が米国臨床医学に興味を持ったのは、そこで数々の素晴らしい米国人医師に出会ったことに始まっています。問題点を理路整然と分析する高度な臨床能力に加えて、臨床教育に注ぐ情熱、病んだ人の苦悩を和らげることに全力を傾ける真摯な姿がそこにはありました。いつしかそれらの先生方が自分の医師としての理想像、role
modelsとなり、そのような優れた臨床医を生み出す米国臨床教育もきっと素晴らしいものに違いないと考えるようになりました。その後、卒後4年目に、1ヶ月間、米国コロラド州デンバーにある教育病院を見学し、米国臨床教育の質の高さ、層の厚さを実感し、機会があれば自分も米国で臨床医学のトレーニングを受けてみたいと考えるようになりました。しかし、当時、私の周囲では米国臨床留学に関する情報は少なく、現実問題としてUSMLEなどの試験勉強をするゆとりが出せない状況で、しばらくは月日だけがただ過ぎていきました。
卒後7年目になり、より専門的な内科の知識を身につけようと、関東の某大学病院に籍を移しました。総合医として、内科系各専門科をローテートしましたが、日中ほとんど教育的指導を受けることのない若き研修医達と日々接している内に、どうしたら日本でも卒後臨床教育を充実させることができるのだろう、と考えるようになりました。その様な中で、くすぶっていた米国臨床留学への夢が再び膨らみ始め、将来、若い先生方にGeneral
Internal Medicineを教える活動に携わるためにも、米国で内科レジデント研修を経験してみたいと強く思うようになりました。素晴らしい臨床教育プログラムの中に身を置くことによって、将来の教育活動に関するヒントが得られるのではないか、という思いもありました。そして、野口医学研究所が主催するセミナーの参加によってさらに刺激を受け、卒後9年目にして、本格的に臨床留学の準備を始めることになりました。
最初のセミナーで、佐藤隆美先生がおっしゃっていた言葉がとても印象的でした。それは、「米国臨床留学を実現させるためには、通常3〜5年間かける覚悟が必要だ。」というものでした。一瞬、「3〜5年もかかるのか」、とショックを覚えましたが、実際どんな準備が必要であるのかがわかってくるにつれて、それまで何の準備もしてこなかった私がUSMLE
STEP1, STEP2, TOEFL, CSAと数々の試験をクリアするためには、1年間では到底無理で、3〜5年間の中期的計画を立てた上で実行する必要があるということが理解できました。途中で挫折するかもしれない、妻や産まれたばかりの息子を路頭に迷わすわけにはいかない、こんな英語力で大丈夫だろうか、この年齢でレジデント研修に耐えられるだろうか、たとえ留学できたとしても帰国後の就職先は必ずしも保証されているわけではない、と数々の不安材料がありましたが、それでも敢えてやってみるかどうかを、しばらく真剣に考えてみました。先輩、同僚、家族と話し合い、最終的には、「途中で挫折したとしても、自分が一番満足できそうなことをやった上でのことだから諦めもつくだろうし、そこまでの努力が全く無駄になるということもないだろう」、と考えるに至り、本格的な準備態勢に入りました。
この3年間、全く迷いがなかったかと言えばうそになります。将来、若い先生方に内科を教えるために、本当に米国臨床留学が必要だろうか、本当にこんなことをしていてよいのだろうか、と何度も自分に問いかけてきました。同じ志をもつ数少ない友人の言葉にどれ程励まされたかわかりません。どれ程多くの先輩の先生方に助けていただいたかわかりません。今思い返すと、ありきたりの言葉ではありますが、ここまで来られたのは、決して自分ひとりだけの力ではなく、多くの人の支えがあったからこそ何とか来られたのだと思います。
私は、日本の臨床医学が、若い世代の力によって、少しずつ、質、内容の面で向上していって欲しいと願っています。残念ながら、明治以来脈々と続いている医局講座制においては、専門的分野の研究業績において秀でることが求められ、臨床医学や臨床教育は軽視され、評価の対象にはなり得ませんでした。医学部に入学する頃は、多くの人が、患者さん思いの“よき医師”になることを夢見ていたにもかかわらず、医局講座制のシステムの中ではそのような夢は無残にも打ち砕かれ、いつしか、研究の片手間に臨床を行ってはばからない医師に変わってしまうことが少なからずあるのではないでしょうか。私たちの世代が、「“臨床”、“現場”、“患者”、“教育”を大切にする医学」という文化を育んでいくことはできないものでしょうか。私たちの世代だけでそれが実現するという保証はどこにもないのですが、このような危機感を抱いている医師は少しずつ増えてきていることも事実だと思いますので、私自身は、悲観せずに地道に活動をしていきたいと思っています。
米国臨床留学をする、というのは、日本の臨床医学、臨床教育を充実させていくための一つの方法であると思います。それは、米国の教育病院を見学することでもよく、セミナーに参加することでもよく、地道に日本の地域で臨床や教育活動に専念することでもよいのだと思います。ただ、従来から日本人が持っていたよい点である、諸外国からよいものは学び役立てる、という姿勢は今日でも変わることなく重要であると思いますし、単独ではなく、ネットワークを作りながら活動していくということも、硬直した明治以来の医局講座制に変化をもたらしていくためにも重要なのではないかと思います。
最後になりましたが、このセミナーを通して、将来、日本の臨床医学を充実させるためのネットワークが全国に広がることを願い、さらに、お世話になった野口医学研究所の諸先生方、スタッフの方々に感謝の意を表し、筆を置かせていただきます。
米国臨床医学留学を考えている皆様へ (雑誌 ばんぶう原稿 平成16年3月6日)
日本でも、勤務する病棟や病院が変わると、指示の出し方から治療の仕方に至るまで、勝手が違って戸惑うことがあると思います。米国に臨床留学すると、その変化は桁違いに大きく、私の場合は11年間日本で内科医として勤務した経験があるにもかかわらず、いやむしろ経験が長かったが故に、今まで自分が身に付けたことがまるで使えないという戸惑いを覚えたものです。どんな医療を展開するかは、その場所の医療経済、健康保険の仕組み、文化、人種差、歴史、地理的位置など様々な要因によって変化するものなのだと改めて認識した次第です。同様に、米国臨床留学をして日本に帰国した場合、米国で学んだことをそのまま日本に導入しようとすることには恐らく無理があり、日本の実情に合わせてフィルターにかけ、加工する必要があるのだろうと思います。
私が米国臨床留学を決意したのは、「臨床教育が充実している米国に実際に身を置いてトレーニングを受け、将来の日本での臨床教育活動のためのヒントを得ること」、という目的があったからでした。米国の医療が全ての点で日本よりも勝っているということはなく、米国の真似をせずに日本式のままの方がよいと感じることは多々あります。しかし、米国の医学教育システムについては、日本は米国を手本としなければならない点が数多くあるように思います。米国では、立派な臨床家を育てようとするよき伝統が脈々と続いており、臨床教育活動をすることについては大きな尊敬と評価が与えられます。臨床教育に対する予算、人材配置は明らかに日本と比較して豊富です。日本では研修医の夜間単独アルバイトが問題になっていますが、米国では医学生、研修医は常に指導医の監督下に置かれ、経験の浅い医師による医療過誤を最小限に食いとどめるシステムがあります。上下の隔てなく議論しあえる国民性、プレゼンテーションという教育手法など、学ぶべき点は数多くあります。留学中に、ひとつでも多くの教育に関するヒントを学んでこなければと思っているところです。
米国臨床留学をする目的は、人それぞれ様々です。ある人は、家庭医、感染症科、血液腫瘍科などの日本では受けられない分野のトレーニングを求め、ある人は自分の実力を米国で試してみたく思い、ある人は米国への憧れから留学を考え、ある人は自由な米国に永住するための出発点として留学をします。結局、留学の動機や目的は、どのような人生を送ってみたいのかによるのだと思います。従って、これから臨床医学留学を考えている方は、どのような人生を送りたいか、どのような医師になりたいかを自問自答し、自分の夢や目的を達成するために米国臨床留学をする必要があるのかどうか、現在の地位や生活から離脱するリスクを冒すだけの価値があるのかどうか、実現の可能性がありそうかどうかを考えてみなければなりません。個人差はありますが、一般的に米国臨床留学の準備には数々の試験をクリアーして米国でのポジションを獲得するために3〜5年間を費やす必要があります。さらに3〜5年間米国でトレーニングを受ける場合は、かなりの年月、現在の日本での生活から離脱することになります。医局、家族の理解や協力を得る必要もありますし、準備のための生活や勉強の場も確保しなければなりません。ここまで読まれた方は、考えなければならないことばかりで自分には到底無理だと思ってしまうかもしれませんが、心配はご無用です。実は、自分の夢や目的を達成するために必要だと一旦決心すれば、早い遅いのペースや通過する道に違いこそあれ、数々の問題点はひとつひとつクリアーできていけるように人はできているのだと思います。あたかも、自分の庭の荒れた土地を耕して作物を実らせていくように、あるいは、こつこつ岩を削っているうちに自分らしい彫刻の作品ができあがっていくように、人間は自分の夢や目標のために前進していけるものだと思います。
米国臨床医学留学だけが生き方の全てではありませんが、私自身は今の生き方が自分らしいと満足しています。学ぶことはとても多く、一人でも多くの医学生、研修医の方にお勧めしたいと考えています。