留萠まで各駅停車(4927D)





■留萠線留萠−増毛間廃止

 留萠線留萠−増毛間廃止まであと十日に迫った。この夏に敢えて現地に行き、廃止区間の全線全駅乗降を達成した筆者の動機は「『不知』のままではいられない」という思いに尽きる。過去に三度(平成 3年・平成 6年・平成19年)も留萠に足を運んでおきながら、留萠−増毛間を実見する機会を一度もつくらなかったのは、単に興味を持てなかったからにすぎない。

 実際に行った印象は「増毛まで各駅停車」にまとめたとおり。解説不要、そのまんまである。少なくとも留萠−増毛間では、日常的な利用は疾くの昔に鉄道から離れている。

送迎バス
水産加工会社の送迎バス


 例えば「増毛まで各駅停車」には載せなかった上の写真。水産加工業の従業員送迎バスで、背後には留萠市のスクールバスが見える。現地では、相当部分の移動需要が自給自足されているわけだ。

 状況は進みに進み、留萠線留萠−増毛間の輸送密度はわずか39人/日km(平成26年度・北海道旅客鉄道株式会社平成28年 2月10日発表)。鉄道路線の営業継続至難な数字であることは、筆者が解説するまでもない。

 ……沿線に交通需要が存在するにもかかわらず、である。





■北海道旅客鉄道の衰微

 平成28(2016)年11月18日、北海道旅客鉄道株式会社は「当社単独では維持することが困難な線区」13線区 1,237kmを発表した。それらの中で最も状況が深刻なのは「輸送密度が 200人未満の線区」 3区間であろう。札沼線北海道医療大学−新十津川間(47.6km)、根室線富良野−新得間(81.7km)、そして留萠線深川−留萠間(50.1km)である。

 これらの区間について論じたいことは幾つかある。ここで本稿では、留萠線深川−留萠間について、筆者の実見に即して簡単に論じてみよう。同区間の輸送密度は 177人/日km(平成26年度:承前)にすぎないというが……。





■留萠線4927D(深川→留萠)

 増毛めざして乗った 4927Dは混んでいた。キハ54単行という小容量ではあるが、車内の混雑は写真のとおり。

4927D
4927D
留萠線4927D車内の混雑(深川で出発待ち)



 とはいえ、この混雑は長続きしない。北一已では乗降がなく、次はかの「秩父別事件」で有名になってしまった秩父別。

4927D
留萠線4927Dから降車する高校生ら(秩父別:5枚を合成)


 秩父別では少なくとも14名以上が降車した。老媼が 1名、高校生の下校が13名である。ほか、カメラにとらえられなかった利用者がいる可能性もある。



4927D
留萠線4927Dから降車する高校生ら(石狩沼田:6枚を合成)


 北秩父別は通過。石狩沼田では少なくとも21名が降車した。高校生の下校が17名、それ以外の利用者が 4名というところ。



4927D
留萠線4927Dから降車する高校生ら(真布)


 真布では高校生 1名にもう 1名を加え 2名が降車した。平成19(2007)年に訪れた際には利用者がいるような地理には見えなかったから、軽い驚きを覚えた。なお、国土地理院の地形図を見ると、真布のホームから 200m以内に家が数軒ある。



4927D
留萠線4927Dから降車する高校生(恵比島)
……常盤次郎駅長の姿がうっすら見える


 明日萌もとい恵比島では高校生が 1名降車した。恵比島には市街地の痕跡があるだけに、きわめてさびしい状況である。乗車も 1名あったものの、明らかに趣味系利用者と見受けられたのでノーカウント。「廃線特需」をいくら積み上げたところで、日常的な利用にはつながらない。



 ……そして、利用者の動きはこれで実質的には終わりなのである。峠下・幌糠・藤山・大和田と乗降なし。 4927D車内は恵比島以降空席のほうが多く、残った利用者の大部分が増毛目当てなのは明らか。実際のところ、留萠で降車したのは筆者のほか数名にとどまり(ただし写真は撮れず)、更に数名の「廃線特需」乗車を加え、 4927Dは出発した。

 4927D に深川から乗車した利用者のうち、実に14+21+2+1=38名が空知石狩旧支庁境の峠を越えない短距離の利用者で、しかもその大部分が客単価の低い高校生なのである。峠を越える足の長い利用者は「廃線特需」に覆い尽くされ、地元に発着する利用者の影はかなり薄い。

4928D
留萠線4928D車内


 翌日の帰路 4928D車内写真が事態をより明瞭に示している。ただし、この見せ方は公平を欠く、と念のため記しておこう。他の利用者はフレームの外に座っており、筆者の通路越し隣ボックスにビジネス客 1名、背後に留萠発の利用者数名が乗車しているという状況だった。行儀良いとはいえないが、写真の如くボックスとテーブルを深川まで占有できてしまった。これが「廃線特需」の無い、そして高校生の乗車の無い時間帯の、留萠線利用状況なのである。 





■サマリー

 必要なことは全て書いたのでまとめておこう。留萠線深川−留萠間では、利用者の相当部分を低客単価の短距離利用者(高校生)が占め、高客単価の利用者が決定的に少ない。平成19(2007)年 5月 9日の「秩父別事件」に見られるとおり、高校生の利用者数が卓越していることは確実である。

 上記事実を裏返していうと、(恵比島−)石狩沼田−秩父別−深川間の高校生通学需要さえ代替補完できれば、留萠線は今すぐにでもバス転換できるほど利用者数が落ちこんでいる。現状からこれを回復するのは、困難を通り越して不可能に近い。

 筆者手許には東海道新幹線開業直前時点の時刻表がある。当時の留萠「本」線には今日の倍以上の列車が運行されていた。特筆すべきは、留萠を朝に出発し、昼頃までに札幌に到着する優等列車が 2本もあること(準急第一かむい・急行はぼろ)。留萠鉄道直通列車が 1.5往復あり同鉄道沿線の炭鉱から深川への移動(おそらく通学)の便が図られていたこと。

 石炭産業を失ったのは時代の趨勢としても、(新幹線ほか一部幹線を除き)高客単価の中長距離需要を失ったのは、国鉄の大きな失策の一つである。自家用車や高速バスの発達に劣後し続けたのみならず、新しい需要を発掘できなかった事実は厳然として残る。近年ようやく打破したのは九州旅客鉄道の Design&Story列車群で、九州の成功例を模倣する動きは(北海道を除く)全国に認められる。真似っこの模倣事例といえども成功しているのが侮れないところで、成功事例は枚挙に暇ないほどだ。

 逆に北海道旅客鉄道発の「成功事例」は原型が残ってない。専用編成による著名スキー場行の特急シリーズなど、平成初頭の縦横無尽ぶりは今やまったく消えてしまった。

ニセコエクスプレス
クリスタルエクスプレス
ノースレインボーエクスプレス
北海道旅客鉄道の季節特急列車群


 発展系の「成功事例」では、高頻度輸送の特質を活かすか、列車編成じたいに高水準の付加価値を与える方向性が採られている。九州旅客鉄道での成功事例は「出藍の誉れ」と賞賛するに値するのに対し、元祖たる北海道旅客鉄道では中途半端な推移をたどっている。北海道旅客鉄道はせっかくの車両資源を活かしていないのみならず、政策の失敗をこれら車両資源に顕現させたという意味においてきわめて特異である。……本件、できれば稿を改めて論じたい。

 さて、分割民営化された各旅客鉄道は国鉄末期の政策を発展させてきた面がある。では留萠線ではどうであったか。この半世紀の留萠線時刻表の推移を見る限り、通学に必要な列車のみ残され、それ以外の列車――優等列車・日中の列車・深夜の列車――加えて時刻表に載っていない貨物列車――はバッサリ切られ、経費節減が図られてきた、としか解釈できない。

 北海道旅客鉄道株式会社が如何なる政策を持っているかは、今も昔も、必ずしも明らかではない。結果だけを見れば、所謂ローカル線では通学列車のみを残しているに等しい。一方の幹線では、収益力の高い中長距離の優等列車を、技術面で維持し切れていない情けないありさまである。

 端的にいえば、北海道旅客鉄道の鉄道事業には堅固な基盤がなかった。経営が傾くのは当然至極といわざるをえないばかりか、それが決して酷評ではないのが客観的状況である。留萠線 4927Dに一度乗っただけでも、北海道旅客鉄道での「失敗の本質」は充分に見えてくる。





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