わずか2区間3駅 4.5km〜〜関東鉄道龍ヶ崎線

 

■龍ヶ崎鉄道について

 関東鉄道龍ヶ崎線の歴史は古い。その原型は龍ヶ崎鉄道、開業年次は実に明治33(1900)年、即ち前々世紀から営業していることになる。

 龍ヶ崎鉄道が発起された理由は、常磐線が龍ヶ崎市街を避けて建設されたからだという。常磐線としては、龍ヶ崎を避けざるをえなかった。手賀沼・牛久沼・霞ヶ浦を全て避けるならば、現在の線形が最善だからである。龍ヶ崎市街を経由するとなると、遠回りになりすぎる。○○線が△△市を経由しないのは反対運動があったためだ、などとよくいわれるが、実際のところは良好な線形を追求した結果と理解すべき事例が多いのではないか。

 ともあれ、常磐線が経由しなかったことは厳然たる事実である。常磐線から龍ヶ崎市街までのフィーダー・サービスとして、龍ヶ崎鉄道は発起された。わずか2区間3駅 4.5kmという、小さな鉄道である。現在は関東鉄道龍ヶ崎線として、毎時2本ほどの列車が運行されている。常磐線の支線的な性格は、今も昔も変わらない。

 

■入地駅

 北側のあやしげな空間は、昔は交換設備があったということなのか、それとも用地だけ確保されていて実際には使われたことがなかったのか。

 1面だけのホームに、粗末な待合室。周囲に宅地は多くとも、どこかさびしい。曇天のせいもあるにせよ、「らしさ」が感じられないのである。田畑が一面に広がっている方が、むしろ「らしい」といえる。おそらく昭和45年あたりを境として、関東平野から「らしい」風景は急激に喪われてしまった。

 単行気動車がやってくる。これは最新鋭の車両で、外観は素晴らしく近代的だが、風景に馴染むまでにはまだ時間がかかるかもしれない。佳い時と景色に恵まれてほしいものである。

    

 

■入地−龍ヶ崎間にて

 このあたりの風景は、まさに「らしい」のである。関東平野の風景とはかくあるべし、と思える。春を待つ田圃、寒風にそよぐ雑木林、畦道そのままの道路。そんな風景の中を、龍ヶ崎線の単行気動車は往く。

     

 

■龍ヶ崎駅

 夜の龍ヶ崎駅は静かだった。それでも列車の発着があると、利用者が集まっては散じていった。土曜の19時台とはいえ、上り列車の出発を待つ利用者は10人近くもいた。周囲は既に真っ暗である。日暮れてもなお、人間は活動する。現代社会の活気を、ふと感じた。

 

 

 

表紙に戻る

 

 

執筆備忘録

本稿の執筆:平成13(2001)年春

地名表記注:本稿では敢えて旧字体を用い、「龍ヶ崎」と表現した。