私が彼女と出会ったのは高校一年、入学してすぐのことだった。
きっかけは特別なものではない。ただ出席番号が近かったのだ。
でも、後になって振り返ると運命だったかも──そんな風に思うこともある。
私の名前は近野理沙(こんのりさ)。
彼女の名前は近藤理穂(こんどうりほ)。
出席番号順の席で、私は理穂の後ろだった。
名字と名前、それぞれに同じ漢字が使われており、名前の響きが似ている。
それだけで話がはずむには十分過ぎるネタだった。
たちまち私たちは仲良くなり、高校三年間を楽しく過ごした。
いや、楽しかったのはそこで終わりではない。大学も理穂と同じ所に通ったのだから。
もう一つ嬉しいことがある。大学進学を期に、理穂とルームシェアを始めたのだ。
その日から、私は毎日理穂と一緒にいる。
同居しているのだから、すれ違いや喧嘩も当然あった。それも今ではいい思い出だ。
今思えば、私は出会った時から理穂のことが好きだったのかもしれない。
いつしか芽生えた感情は、衰えを知らず膨らみ続けている。
女性同士の恋愛。話には聞くが、まさか自分が当事者になるとは思いもしなかった。
そして大学を卒業した私たちは──。
「どうしてこうなった……」
手に持ったコップを机に置く。昼間から飲む酒はうまい。でも、私の気分が晴れることはない。
心に引っかかっているものの正体はわかっている。
理穂のことだ。
大学を卒業した私たちは、二人仲良くフリーターになった。
不況がどうのこうの言いたくないので、夢を目指すためだと思うことにしている。
フリーターの特権は、時間が自由に使えることだ。酒だって好きな時に飲める。
でも、好きな理穂といちゃいちゃできない。
いや、いちゃいちゃ自体はやろうと思えばできる。
でも、そこには気持ちが込められていない。
いや、友情しか含まれていない。
そう、私は愛情が欲しいのだ。
同じ布団で寝たこともある。一緒にお風呂に入ったこともある。食べ物あーんだってやり合ったこともある。
長く一緒にいても関係が冷えることはなく、さらに仲良くなれた。
でも、恋愛に発展することはなかった。
「なんでかなぁ〜。……はぁ、喉と胃が焼けるようなこの感覚。たまらないね。
思いを巡らせながら焼酎ロックを飲む昼下がり。
ロックの魅力は、時間が経つほどに氷が溶けて味が変わっていくことだと思う。中盤から終盤にかけて増していく甘さが最高だ。
ちなみにこれは芋やら麦やらの焼酎ではない。耳に馴染みがないかもしれないが、菱焼酎というものだ。
ひょんなことから私はこの味にはまり、今では原産地の佐賀県からわざわざ通販で取り寄せている。コストはかかるが、美味い酒のためには仕方ない。
コップを揺らして氷を鳴らしていると、隣の部屋から抑えた笑い声が聞こえた。
理穂が笑っている。多分まとめブログでも読んでいるのだろう。……楽しそうだな。
「いいよっ。入って入って」
部屋に入ると、そこでは理穂が毛布にくるまってパソコンの前に座っていた。顔と手だけを出している姿が、とても可愛い。
「どうしたの?そんなとこに立ってないで、こっちおいで」
言われるままに理穂の隣に座った。
すぐ横では理穂がちょこんと首を傾げている。なんだこの無防備な笑顔。かわいすぎるだろ。さっき飲んだ焼酎が吹っ飛ぶんだけど。
……一緒の毛布に入りたい。どうしよう。言えば入れてくれるかな。
「うん、いいよ。それじゃこっちに来て……はい、どうぞ」
……あったかい。
腕とか肩とか胸とか、理穂の色んなところが私に触れている。もちろん、理穂にも私の色んなところが触れているだろう。
今の状態は、いわゆる二人羽織の横バージョンだ。
ちょっと手を握ってみようかな。何度も繋いだことあるし、いいよね。よし、いこう。
一瞬で脳内会議を終えて、毛布の中で手を動かす。
もぞもぞ……もぞもぞ……ぎゅっ。
「んー? どうしたの?」
理穂はちらっと私の顔を見て微笑むと、手を握り返してきた。
互いに握る力や角度を変えて動かす。
その内に指が絡まり、俗に言う恋人繋ぎというものに発展した。私が理穂の手の甲を軽く叩くように握ると、理穂も返してくれる。
これ、ラブノックってやつだよね。
あれ?
意外と簡単じゃね?
いけんじゃね?
フラグ立ってるよね?
酔って思考能力低下してるわけじゃないよね?
「なあに?」
理穂が私を見てる。目が泳ぐ。顔が赤くなる。口が渇く。手に汗が滲む。
「……」
そのとき、私の手が強く握られた。
理穂だ。理穂が勇気付けてくれている。
顔を上げると、理穂が無言で頷いた。ありがとう、理穂。
「理穂……」
理穂の体を抱き締めた。抵抗することもなく、理穂からも手を回してくる。
これだ。私が求めていたのはこれだ。もう恐れることはない。
「理穂、好きだよ。愛してる」
「うん……」
「私の恋人になってほしい」
「こんな私でいいなら喜んで」
潤んだ理穂の目を見ていると、理性が溶かされていく。
その目が閉じられ、唇が軽く開かれる。私は吸い寄せられるようにその唇へ──。
恋愛エンド1
理穂も黙ってなすがままにさせてくれた。その優しさに、私は甘え続けた。
「あ、そうだ。見て理沙。さっきこれ読んでたんだけど面白いよ」
パソコンには予想通りまとめブログが映っていた。
安価で絵を描くというスレで、絵のレベルが半端ない。
その画力でホッピーのラッパ飲みをするセクシーお姉さんをリアルタッチで描くのは破壊力がありすぎる。
私は笑った。絵が面白かったのもあるが、自分自身の無力さへの嘲笑でもある。
こんなに近くにいるのに、屈強な壁がそびえている。
壊そうと思えばいつでも壊せるのに、その破片で自分が傷つくことを恐れているのだ。
私は、ぬるま湯に長く浸かりすぎたのかもしれない。
抜け出すきっかけは、もはや失われてしまったのだろう。
緩やかな苦しみが真綿となり、私の首を絞めつけて離さない。
このまま変わらぬ日常が続くのだろう。いつ終わるかもわからない、そんな日常が──。
日常エンド
え? なにこれ?
理穂が毛布を開いて「おいでおいで」してる。
まずは落ち着こう。いきなりこんなことになるとは。そうか、夢オチだよ。これは夢オチ。
気が付くと私は理穂と同じ毛布にくるまっていた。やけに理穂の体が密着している気がする。いつの間にか手も握られている。
あれ? 理穂どうしちゃったんだろう。なんだか積極的じゃない? 今まではこんなことなかったのに。
そう。今までは私からアプローチを仕掛けていた。
ルームシェアしようと言い出したのも、一緒に寝ようと言ったのも、お風呂に入ろうと誘ったのも、全部私からだった。
理穂はそのすべてを受け入れてくれて……
そう言えば、どの時も理穂はとても喜んでいたような気がする。
あれ? もしかして脈あり? 両思いってやつ? え、嘘、どうしよう。
いやいやいやいや、まずは落ち着こう。ただ一回いいことがあったくらいで──。
「ねえ理沙。私ね、今こんなサイト見てたんだ」
理穂が私の腕を取って、パソコンの画面を見るように促した。
そこには、私の予想通りまとめブログが表示されていた。
だが、その内容は予想の斜め上だった。
パソコンに映し出されているのは、百合系SSのまとめブログだった。
本の世界の旅がどうのとか、ハアハア斬りがどうのとか、地球温暖化がどうのとか、レイニー止めがどうのとか、様々な作品を元にしたSSが揃っている。
え、なんで理穂がそんなの見てるの?
あ、わかった。百合に興味があるってことね。
え、それってつまり女性同士の恋愛を認めてるってことだよね。
え、もしかして理穂って百合がいける口?
え、え、え、え、え、え、えええええええええええええええっ?
「理沙は、こういうのどう思う? 女の子同士の恋って、ありかな?」
「だよね! 理沙ならわかってくれると思ってた。それでね、実は私、ずっと隠してたんだけど……」
理穂がもじもじしてる。
お? これはアレか? ついに私にも春が来るか?
ここで「死亡フラグ乙」とか言う奴なんなの?
「あのね、私……百合オタなの」
……はあ。私も似たようなもんだけど。
「ほら、これ見て」
理穂がパソコンを操作し、いくつかのフォルダを見せてくれた。
そこには百合ゲーやら、百合漫画のzipやら、百合画像詰め合わせやらが、一般向けや成人向けの区別なく多数あった。
私の百合フォルダがミジンコみたいだ。
「次はこれを見て」
理穂は立ち上がり、押入れの引き戸を開けた。
そこには所狭しと並べられ、積み上げられた本があった。百合漫画、百合小説、百合ゲーのビジュアルブック。
同じ本が数冊あるのは、いわゆる保存用ってやつか。私の本棚が糸クズみたいだ。
呆気に取られる私を尻目に、理穂の動きは止まらない。
理穂は本棚から一冊の本を取り出し、私に見せた。
「これね、私が書いた本なんだ。ぜひ理沙にも読んでもらいたいな」
満面の笑みを浮かべながら本を手渡す理穂。
表紙には頬を染めて向かい合う二人の女性。もう少しでキスしそうじゃないか。いや、もうキスした後なのかもしれない。
ってか絵上手だな、おい。中身を見てみよう。
……ガチ百合ラブラブ漫画だった。甘ったるすぎて砂吐きそうだった。
「ねえ、理沙は、こんな百合オタ、嫌い? 気持ち悪いかな? でもね、私は百合に人生を捧げたいの。……変、かな?」
「泣きそうな顔でそんなこと言わないでよ。嫌いなわけないじゃない。理穂が決めたことなら認めるよ。応援するよ。手伝えることがあったら、なんでも言って。」
私の言葉に、理穂の表情が明るくなる。
この笑顔を見るためなら、私はなんだってする。
この笑顔を守るためなら、私はこの身だって捧げる。
私は理穂のために存在しているのだ。理穂が望むことが、私のすることだ──
「ホントに? ありがとう! それでね、早速だけど理沙に手伝ってほしいことがあるんだ。今度の月末に漫画祭りがあるんだけど、そこで売り子とかやってほしいんだ。私のサークルって、自分で言うのも恥ずかしいんだけど、壁サークルってやつでさ、人手はいっぱいあるに越したことないし、理沙が手伝ってくれるなら百人力だからねっ」
そして、時は流れる。
──来年がすぐそこに迫った、今年最後の日。今、私と理穂は年末の漫画祭りに参加している。ちなみに今年の百合通りは三日目だ。
「やったー、完売だよ! これも全部理沙のおかげだね。ホントにありがとう」
「ううん、どういたしまして。理穂の本だもん。当然の結果だよ。今回も甘々な内容だったしね」
人気サークルとして壁常連の私たち。
それがシャッター前になり、とある出版社から声がかかり、理穂が商業誌デビューするのは、また別の話……
友情エンド
明確な言葉を避け、含みを持たせた。そうすることで自己防衛に走ったのだ。
「……理沙って、昔からそうだよね。私にいっぱいアプローチしてくるのに、大事なことは隠し続けてる。私が気付いてないとでも思った?」
え、なにこれ。なんで理穂に説教されてるの?
厳しい顔の理穂もかわいいなあ。私ってそっちの趣味もあったのかも。
ってそんなこと考えてる場合じゃないよね。
「一緒に住もうって言われたとき、私がどれだけ嬉しかったか。一緒の布団で寝たとき、ドキドキして眠れなかったこと。一緒にお風呂に入ったとき、顔が赤いのを必死に隠したこと。あんなに色々されて、私が何も思ってないとでも?」
理穂が震えている。口を真一文字に結んでいる。目に涙を浮かべている。俯いている。
どんな言葉をかければいいのだろう。頭が真っ白になる。
「ねえ、理沙。私もう限界。抑えきれないよ。……私、理沙のことが好き」
密着した零距離からの告白。
それはいとも簡単に私の心を貫いた。
「……私も、理穂のこと、好き、だよ」
「ふふっ。やっと言ってくれたね。今日まで長かったなあ……」
寒い冬のある日。私にようやく春が訪れた。
結局両思いだったというオチだけど、別にいいじゃないか。
終わり良ければすべて良しって言葉がぴったりだ。
恋愛エンド2
そういえば、おつまみも買ってあったんだ。やっぱり何か食べてないと、しっくりこないよね。
私は部屋の隅にあるカゴに手を突っ込む。すぐに目的のおつまみが手に触れた。
「ふっふっふ。やっぱり酒のつまみはこれだよね」
取り出したるはイカの姿フライに乾燥イカソーメン。イカのくんせいにあたりめ。
他意はない。ただ私がイカ好きなだけだ。
「よし、せっかくだから違う酒も持ってこよう。とことん一人で寂しく飲み明かしてやる!」
念のために繰り返すが、今はまだお昼である。
具体的には午後一時。太陽は元気に輝いている。冬だから寒いけど。
だが、私にはそんなことは関係ない。今は、酒だけが私を癒してくれる。
そんなわけで私の手元に揃った酒盛りセット。
銀河高原ビールのプルタブを開け、ゴクゴクと飲む。
やっぱり飲みやすい。他のより口あたりや喉越しが違うね。
だからあと二缶控えてても仕方ないね。
私はリモコンの再生ボタンを押す。
無駄に大きなテレビ画面にアニメが映し出された。
私が好きな百合アニメだ。DVDボックスが出たので衝動買いしたが後悔はしていない。
ヘッドホンをしているので音量の心配はない。
さあ、環境は整った。酒と百合にまみれた至福の時間が始まる──。
──どれくらいの時間が経ったのだろうか。
アニメの進み具合からすると二〜三時間ってところか。
いや、違うかもしれない。酔いのせいなのもあるが、
第七話くらいのどうでもいい日常回が続いているのもある。
どうせやるなら毎回削れないような内容で作ればいいのに。
そうは言っても、今は主人公とヒロインが色々あってお風呂に入るという重要かつ見逃せないイベントの最中である。
……ふむ。話には聞いていたが、DVDでは湯気が消えている。公共の電波では見せられない物もしっかり映っている。
それにしても、だ。
こんな場面を見ていると、理穂と一緒にお風呂に入ったことが必然的に思い出される。もちろんそれで終わるはずもない。
瞼に焼き付けた理穂の体も思い出される。……綺麗だったなあ。理穂の素肌。
あれ、なんか隣に理穂がいる気がする。
妄想を現実に変えるなんて、いつの間に私はそんな能力を習得したんだろう。もっと念じたら服が透けたりするかな。
──って、これ本物じゃん! いつの間に入って来たの?
あ、ヘッドホンしてたから気付かなかったのか。
しかも大画面テレビには素っ裸のアニメキャラが映っている。
これはあれだ。AV鑑賞を親に目撃された感じに似てるね。そんな経験ないけど。足音にはこれでもかってくらい注意してるし。
「あー、理穂。ど、どうしたの?」
そんな時間稼ぎの言葉を発しながら私はリモコンの停止ボタンを押し、ヘッドホンを外し、机に散らかった空き缶をどかし、おつまみの空き袋を捨て、布団をずらしてベッドの隅に座る場所を作り、理穂に座るように勧めた。
疲れた。
「こめんね。声かけたんだけど返事がなくて。入ってみたら理沙が楽しそうにしてるから、つい……」
「いや、いいんだよ。ところで、何か用でもあった?」
理穂一人に座らせるのもアレなので、というか近くにいたいので、私もその隣に座った。
なんだか理穂の顔が赤いような……
「うん。あのね、理沙を押し倒そうかなーと思ってさ。欲望に負けて襲いに来ましたー!」
「え? わわっ!」
酔って力が出ない私は、あっさりと押し倒された。
よく見ると、理穂の目がすわっている。これは、理穂も酔ってるな。
さっき冷蔵庫を見た時に、買い置きの酒がいくつか減っていたような気がしたけど、あれは理穂が飲んでいたのか。
「えへへー。理沙ー。あいしてるー。ちゅっちゅぺろぺろー」
……よく考えたら、これってチャンスじゃないかな?
このまま理穂のなすがままにさせておけば、既成事実ができあがるんじゃなかろうか。
いや、いくらなんでもそれはマズイのでは。そんなことになったら気まずくなるに決まっている。
「りぃさぁ。どうしてあなたはそんなに可愛いのぉ? もう離さないからねぇぇぇえへへへぇー」
理穂はとどまるところを知らずに突っ走っている。
私は理穂に組み敷かれて全く動けない。
これでよかったのかな。もっと別の道があったんじゃ──
「あれぇ? 理沙、顔が赤いよ? もしかして、私に押し倒されて興奮してるの? ……それじゃ、こんなことしたら、どうなっちゃうのかな?」
その瞬間、私の意識が吹き飛んだ。
私の唇に何か柔らかいものが触れ、それが何かを認識したと同時に私の理性がショートしたのだ。
それからのことは理穂にしかわからないだろう。
私が目を覚ますと、すぐ横に理穂の寝顔があった。
着衣の乱れはなかったが、何をされたかはわからない。
……なんだろう。この感じ。嬉しいのに、なぜかしっくりこないや。
まあ、いいや。とりあえず私も眠ろう──。
押し倒されエンド
「んー? なにかな?」
理穂は猫みたいな笑みを浮かべている。
「あの、愛してるってのは嬉しいんだけど、いきなりこういうのは……ほら、段階ってのもあるしさ、ね?」
「理沙は、私のこと、嫌いなの?」
途端に理穂の表情が歪む。
どうしよう、そんな顔見たくないよ。
「そんなことないよ。私だって、理穂のことが……」
「私のことが、なに?」
「理穂のことが、好き。私も、愛してる。」
理穂の動きが止まった。思案顔になり、何かを考えているようだ。
勢いで告白しちゃったけど、よかったのかな。もう少し雰囲気や流れってものがあったかもしれない。
そんなことを考えていると。
「じゃあ、イチャイチャしても問題ないね! 理沙も私にちゅっちゅしていいよ! 私もいっぱいするから負けないよー?」
え、何その発想。
いや、それもいいね。
ずっとそうしたかったんだから。
よーし、イチャイチャするぞー!
あ、決して酒の勢いじゃないから勘違いしないでね。
──そんなわけで私たちはベッドの上で愛を確かめ合ったのだった。
詳細はそれぞれの想像にお任せする。
イチャイチャエンド