ようこそ! RANの遍路の旅日記へ−結願編−

・・・・四国霊場 一番札所「霊山寺」〜八十八番札所「大窪寺」に向かって・・・・

 はじめに  
 富士山、利尻岳、北岳、白山、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、槍ヶ岳、奥穂高岳、白馬岳の山頂に立つことはあっても、 四国八十八ケ寺を巡拝するとは・・・想定外の体験であった。
岩さん・欽弥さんに誘われ、平成13年5月19日第1番札所「霊山寺」に足を踏み入れ、6回の区切り打ち、延13泊19日で 平成14年4月19日第88番札所「大窪寺」で結願した。
以下は、遍路の予備知識及び興味ゼロであった私の心の変化を綴った「四国遍路」記録である。

霊山寺にて
1番・霊山寺
88番・大窪寺
37番・岩本寺
衛門三郎・道隆寺にて
60番・横峰寺

上記写真6枚はクリックすると拡大します

★★★★ 四国遍路 ★★★★

四国11カ寺を巡って 
 
<第1番〜第11番> 平成13年5月19日(土)・20日(日)

自分が「南無大師遍照金剛」と書かれた白衣を着てお遍路をするとは想像できなかった。
これはお大師様・ご先祖様のお導きなのであろう。
お遍路に興味のない人には「般若心経」を唱えている一団は異様な光景に映るだろうと思いつ つ「般若心経」を皆に遅れないようそして何かが悟れるのではないかと一生懸 命、先達に従って読んだ。意味は分からない。
一度「経本」から目を離すと何処を読んでいるのか探すのに時間がかかり、その内に終ってしまう。
「般若心経」を覚えるなら「英会話」の一つでもと邪念が頭をよぎった。
「般若心経」も努力しないと読めるようにならない。
今後、お遍路を続ける否かは阿波の23ケ寺を終えた時点で考えようと思う。

 


阿波23カ寺を巡って
<第12番〜第23番> 平成13年6月15日(金)〜17日(日)

23番 徳島・薬王寺
25番 高知・津照寺

遍路の目的を問われたら「遊山花見・観光気分」とか「四国88ヶ所お遍路」がどんなものか知りたかったと答えたであろう。
特にお大師様にお願いすることもない。
目的はなんでもよい。実行することに意義があると自問しつつ回っていた。
最近では定年を迎え「人生を見つめ直そうとお参りする人が増えている」という。
夫婦での参加者も多い。お参りしている内に不思議なもので何とか「満願」したいと思えてくる。
確か第12番「常楽寺」から帰る山道で遍路装束が板に付いた男・女5人組とすれ違った。
何回も「満願」している威圧感がある。
この仲間と夕食時に隣り合わせた。
「何処と何処を参拝したか」と?聞かれ・・・我々新米遍路3人はどんな順序でどこの寺を回ったか記憶は定かでない。
4回満願すると先達の資格が取れ、納経帳がずっしりと重くなると言う。
朱印の重さよりも、きっとそこに込められた願いが重いのだろう。



なぜ人は遍路に出るのか
<第24番〜第36番>  平成13年11月5日(月)〜11月7日(水)

29番 高知・国分寺
33番 高知・雪蹊寺

K社(クラブツーリズム)のツア−は人数が多く且つ夜行・土日を挟むのでT社(トラピックス)の2泊3日に変更した。
平日のためか高齢者が多く、敬老会の寺参りのようでもある。
第1番〜第23番を回った時と違い「般若心経」を唱える先達がいない。
各自で「般若心経」等を読まなければならない。
バスで寺の駐車場に着きお参りが終わったらバスへ・・・の繰り返しである。

第6番「安楽寺」の宿坊に泊まった時、住職から
  1. からだ全体で手をあわせ助けてくれと祈る.
  2. 口で表わし拝む方の名前「南無大師遍照金剛」を3回呼べ .
  3. 心の底から拝め・・・・・.
  4. との講話を思い出した。
先達がいないと「般若心経」が十分に読めない私には巡拝作法が雑になり祈る集中力に欠ける。
遍路気分も盛り上がらない。お大師様に会うにはほど遠い。
遍路は「宿坊」「民宿」等の質素な宿に泊まり修行を積むものとのイメ−ジがあった。
宿は快適な方がいいが今回の宿は観光旅行者用のホテルで遍路達には不釣合いのように思える。
参加者の中に「先達」の資格をもった17回目の60歳代のK子さんがいた。
第35番「清滝寺」でK子さんが70歳を過ぎた仙人のような遍路と抱き合って再会を喜ぶ場面に出会った。
この遍路から加持を受け、お大師様のお導きと喜んでいた。
この仙人は200回以上回っている「知る人ぞ知る遍路」であると聞いた。
100回以上の遍路は「納め札」が錦であること「錦の納め札」はご利益があることをK子さんから教わった。
そして過去に出会った遍路から戴いた10枚ほどの「錦の納め札」も見せてくれた。
16回・100回・200回も回る遍路がいる。
何がそうさせるのか?その心は何であろうか?ふとそんな大きな疑問が沸いてきた。
「死への恐怖・遍路で病が治癒したという体験・遍路することで悩みが薄らぐ気分・世間からの逃避・信仰心・・?」
幸せ者の私には解らない。ありがたい事なのであろう。



何度も何度も遍路に出る理由
<第37番〜第47番> 平成13年12月9日(日)〜12月11日(火)

39番 高知・延光寺・・鐘楼を背負った亀
42番 愛媛・仏木寺・・茅葺きの鐘楼

今回から幹夫さんが加わる。第37番「岩本寺」で用品一式を調達、岩さんが細部にわたり新入遍路に指導していた。
「岩本寺」の天井には花、仏さま、マリリン・モンロ−の絵もはめ込まれている。
私の疑問の一つ「なぜ- 何度も何度も16回も100回も・・・」四国遍路に行くのか今回も同じツア−に参加していたK子さんに尋ねた。
曰く「戻るとまた行きたくなる・中毒?・遍路に来ると心が休まる」と返事。疑問が解けた。
大きな収穫である「四国の遍路みち」には身体と心を元気にしてくれるエネルギ−があるかも知れない。
山男が「山があるから・・・山に登る」回答と同じである。
山から帰るとまた次は何処へ・・。登山の辛さを忘れ又行きたくなるから不思議だ。
そして、山に行き、自然と対峙すると、不思議な事に心がやすらぎ、洗われる。
お遍路も、山登りも・・・共通のものがあるように思えてきた。
即ちそれが好きで楽しいのである。苦しみだけなら何度も続くはずがない。
今回も一人で「般若心経」を唱えなければならない。
お遍路気分が盛り上がらず、不完全燃焼ぎみである。
四国の遍路で身体と心を元気にしてくれるエネルギ−を得るには修行が足りないのだろう。
新入遍路Cさんに「遍路にでかけた理由」及び「初回の感想」を聞き漏らした。



遍路のカラオケの練習
<第48番〜第64番> 平成14年3月14日(木)〜3月16日(土)

62番 愛媛・宝寿寺
86番 香川・志度寺の五重塔

今回は「般若心経」がきちんと読めるように事前に練習して出かけた。
しかし現地では一人で「般若心経」を読むと早くなり過ぎる。調子がでないまま17カ寺が打ち終ってしまった。
寺と周辺の景色はデジカメに十分に収めた。
だが頭にはほとんど残っていない。バスでの巡拝及び寺そのものに特徴がないのも一因であろう。
「麦般若・般若湯」は昼も夜も飲み放題、払い放題である。
飲みたい時に酒を楽しむ観光と考えれば良い。
道後温泉での宿泊は前回に続き2回目である。1日目の夜は道後温泉のアケードを散策中にOBの「稲塚」さんに出会う。
道後は一六タルト・砥部焼き等が有名である。
2日目は道後温泉のお茶とせんべいの接待がある2階席から「坊ちゃん湯」に入った。
夜は路面電車で松山市内の繁華街の散策に出かけた。
「医者と宗教の出会い/ポックリ往ける人、往けない人」早川一光先生の講演会VTRをバスで見た。
死ぬという事は大変な事で、亡くなる時に惜しまれて死ねれば最高。生き方が死に方を決める・・・・といった内容だったと思う。
また芹洋子の「鈴の音山河」という遍路カラオケがあることも知った。
ガイドからレッスンを受けたが「般若心経」より格段に簡単だが今は忘れてしまった。
歩き遍路のこころの歌である。
@ 菜の花畑を鈴が行く お遍路さんの鈴が行く 赤い椿のトンネルを 
  くぐれば着きますお札所へ リンリン チリリンお札所へ
A 杉の林を鈴が行く お遍路さんの鈴が行く そよろ風吹く尾根道を
     たどれば着きますお札所へ リンリン チリリンお札所へ 

B〜D省略

結願に向かって
<第65番〜第88番> 平成14年4月17日(水)〜4月21日(日)

 
84番 香川・屋島寺にて
88番 香川・大窪寺・・奉納された杖

T社のツア−では遍路の厳しさが感じられなかったのでまたK社に乗り換えた。
読経順は「開経偈」→「般若心経」→「御本尊真言×3返」→「光明真言×3返」→「南無大師遍照金剛×3返」→「回向文」 と先達に従って全員で合唱する。
一回の読経は5分位であるが、大勢で唱えるとリズム感があり「開経偈」→「般若心経」・・と今までの練習成果、 集中力で一気に読経できるようになり気分が盛り上りと共に充実感がでてくる。
「満願」は即ち「極楽へのパスポ−ト」と聞いていた。
第82番「根香寺」では第88番が近づいたからであろうか。
自分が「極楽」に向かって進んでいるような気がし、真剣に「般若心経」を唱えていた。
年間10万人の遍路が「極楽」行きのキップを手に入れる。
賽銭が多くないと、たとえ「極楽へのパスポ−ト」を手にしても「極楽」の門をくぐるのは厳しいであろう。
ある住職が「賽銭は多いほどよい、また出来れば音のしないほうが良い」と言っていたのを思い出した。
遍路にはいろいろな方法がある。何と言っても遍路は一人での「歩き遍路」であろう。

1400kmを歩き通すには強い意志と目的と体力と時間そして少々のお金が必要である。
これが出来る人は最高に幸せで贅沢である。


どの寺にも歩き遍路が1人や2人はいる。
若者もいれば、中高年もいる。数百人の遍路が四国遍路道を歩いている計算になる。
第74番「甲山寺」で会った北海道から来た夫婦連れの「歩き遍路」は時間を節約するため寺から寺への距離がある場合は 一般交通機関もロ−プウエィも利用すると・・・言っていた。
歩き遍路は山登りの杖を金剛杖に持ち替えただけでリユックから靴・レインウエア−まで登山者のスタイルである。
四国第88番結願寺「大窪寺」に着いたのは午後5時をまわっていた。(納経帳は先に届けられている。)
バスツア−であっても88ケ所を回るのは大変なことである。
やっと終わったと言うのが実感である。「大窪寺」には自分と一緒に参ってくれた弘法大師の分身「金剛杖」が奉納されている。
最後の88番札所では「感動の涙」がでると聞いていた。
私は「般若心経」で声が詰まったが、周りにも「感動の涙」を流している人は見かけなかった。



おわりに
結願の翌日、第1番「霊山寺」・「高野山」へお礼に訪れた。
四国へまた来たいそんな気持ちが一瞬、頭をよぎった。
だが今は「遍路道」よりも「熊野古道」を歩いて見たいと思っている。

「四国遍路」のことを聞かれたら、事前に情報を調べ、体力のある内に「歩き遍路」を薦めたい。
[遍路]とは歩くことであり、自然と対峙しないとその真髄は掴めないだろう。
「遍路みち」で出会う人の情け、草花の匂い、鳥のさえずり、風や波のざわめきを感じ、時には雨に打たれ、車の騒音・排気ガスに耐え、 その結果1400kmの道が「本当にやりたいことは何か?」「これからどう生きるか?」を教えてくれるのかも知れない。
また、「今までに経験しなかった事」を体験させてくれるかも知れない。


こんな悟ったようなことが言えるもの同行頂いた方のお陰で「結願」できたからである。

南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛・南無大師遍照金剛


まだまだメモで残したい「遍路作法の雑感」・「88ケ寺と他寺の経済上の課題」・「接待の心と遍路相手の商魂」 ・「四国で得た雑学」等々あるが省略する。

おわり  14.05.10 記


<購入した四国遍路 関連書籍>
 四国八十八ケ所巡り・・・・・・・・・・・・・・・・旅と森 <昭文社>
 四国遍路・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・辰濃和男著<岩波新書 727>
 平成娘巡礼記(四国八十八カ所歩きへんろ)・・・・・月岡祐紀子著<文春新書 265>
 娘巡礼記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高群逸枝著<岩波文庫 38-106-1>
 旅 2002年3月号・・・・・・・・・・・・・・・・・<特集> 四国遍路<JTB>
 四国八十八ケ所 T(徳島・高知)・・・・・・・・ 週刊 別冊 古寺をゆく-1-<小学館>
 四国八十八ケ所 U(愛媛・香川)・・・・・・・・ 週刊 別冊 古寺をゆく-2-<小学館>
 生きて死ぬ智慧(心訳 般若心経)・・・・・・・・・柳澤桂子著 <小学館>



・・・・・・・・・・・・・・・・・完・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・ご覧頂ありがとうございます。・・・・・・