「扉」

 

毎日、扉を開けては閉める。外に出るために開く。家に帰ってきたら扉を開けて入る。行楽に出かけてもレストランに入る時は、扉を開ける。そして、閉める。扉がなかったら、この世界の境界がなくなってしまう。家の境界線はどこにあるのか。土地の境界ではない、玄関だ。全ての建物の境界は玄関、入口、エントランス、開け放たれているお店の玄関も閉店後は閉めて外の世界と違う建物になる。高層ビルも時間がくると扉を閉めて、閉鎖された箱になる。この世界は閉鎖された空間の連続だ。家、ビル内のオフィス、ビルの廊下、エレベーター、押入れ、ダンボール箱、ゴミ袋、工場、などなど。外にでたら、閉鎖された空間から開放される。それは、錯覚だ。扉は心の中にも存在していて、開けない限り別の閉鎖された空間に移動しただけだ。多くの人が歩いている、車が毎日道を走っている。犬が走っている。お店がある。移動しているだけで、心は何も反応しない。毎日毎日、習慣という名の箱の中に閉じこもって生きている。閉じ込めているのは、自分の心なのだ。何をみても、何をしても進歩がない。どんなに本を読んでも、どんなに勉強しても、閉じ込められた知識は行き場を失っている。扉を開けよう。何も恐れることはない。あぶなくなれば、閉めればいいのだから。  

誰かが勝手に押し入ってきそうになれば、無理に対立しないほうがいい。かえって、荒らされてしまう。よく話あうのがよい。皆話し合うのがいやなので、絶対に外からは開けることが出来ないように鍵をふやして対応する。安全な場所、居心地のよい場所を確保しておきたいのでそうする。当然のことではあるが、心の扉に関して言えばちょっと考えないといけない。  

どろぼうが入らないように家のカギを2つにした。心のカギも増えているように思う。さあ、ロックを外そう。カチャリカチャリ、ぐっとノブを握ろう。そして、勇気をだして扉を開けよう。  

重い扉だが、開かないほどではないはず。ゆっくりと光が一筋部屋の中に入ってくる。ぐぐぐっ。少し風の重さを感じながら、扉を開ける。鳥のさえずり、まぶしい太陽、心地よい風が首筋の汗を蒸発させていくのが分かる。