最近の活動から

 平成17年7月23日(土)

〈例会〉満鉄と満鉄調査部

    講 師  坂口泉氏(歴史グループ早雲)
 平成17年7月9日(土)

〈例会〉源義経と兄範頼

    講 師  野口 実氏(京都女子大学教授)

 歴史グループ早雲23周年記念講演会

   平成17年6月26日(日)

 「地方化」する京都とその再生 ー東京奠都から「遷都千百年祭」まで

 講 師 高久嶺之介氏(同志社大学教授)
 平成17年6月11日(土)

〈例会〉後白河法皇

    講 師  美川 圭氏(摂南大学教授)
■ 平成17年5月29日(日)

 第84回歴史ハイキング

    京の七口シリーズ 東寺口〜西国街道を歩く

コース

JR京都駅〜東寺〜羅城門遺址〜西寺跡〜(吉祥寺村)〜
久世橋〜網船いずみや〜一文橋〜(長岡京)〜勝竜寺城〜
小泉川〜離宮八幡宮〜大山崎界隈(解散) 9.5km

案 内 ハイキングスタッフ
 平成17年 4月 9日(土)

〈例会〉平安時代の建築指図

    講 師 京樂真帆子氏(滋賀県立大学助教授)
★今回はお馴染みの滋賀県立大学の京樂真帆子先生に来て頂き、「平安時代の建築指図」というテーマでお話していただきました。京樂先生は今回で10回目の講義をしていただいたことになりますが、いずれも歴史グループ早雲ではネタおろしして下さるというポリシーをお持ちで、今回もそうでした。あまり研究が進んでいない分野のようでグループ員としてもはじめて聴く内容で少々戸惑いもありましたが、それなりに興味深いお話でした。今回は28名の参加がありましたが、野口孝子先生、京都芸術大学助教授の末松剛先生という専門の方が来聴され、また大学生や大学院生も来ていて少しアカデミックな感じのする例会となりました。(文責・山口)
 平成16年 8月28日(土)

〈例会〉城下町における近代都市の成立

    講 師 筒井正夫氏(滋賀大学教授)
★今回は参加者21名と少々少なめでしたが、台風接近と言う気象条件の中ではまずまずでした。今回は東京、大坂、京都という大都市ではなく、地方都市における近代都市がどのようにして成立していったかを金沢市を事例に話されました。京都に住むものとしてはほとんど感心のないものでしたが、講義を拝聴しているうちに、北陸地方においては大きな都市である金沢市も様々な事件を克服して近代都市へと生まれかわっていったことが理解できました。先生のお話では、近代都市金沢の誕生は、日清戦争後、特に明治30年代以降の転換を完了したということでした。都市機能としては、現在では当たり前のこと、つまり火葬場の市営化、汚物焼却場の市営化、市立公園の建設管理といった都市的公共施設の市営化という事業が行われていくことになるということです。お話もゆっくり話され、とてもわかり易く有意義な例会でした。(事務局)
 平成16年 7月24日(土)

〈例会〉京・大坂よりの情報と大名家の政治動向ー鳥取藩池田家を素材に

    講 師 笹部昌利氏(佛教大学非常勤講師)
★今回は6ページにわたるレジュメをご用意頂き、先生の最近の研究テーマである幕末維新期の政治情報と大名家について話され、その具体例として幕末期の鳥取藩池田家と『京坂書通写』をもとに話されました。当日の参加者は24名でした。(事務局)
 平成16年 7月10日(土)

〈例会〉古文書シリーズD 土方歳三・沖田総司の手紙を読む

    レ ポ 伊藤章三氏(歴史グループ早雲代表)
★今回は久しぶりのグループ員のレポートでした。レポートは伊藤代表の恒例となった古文書シリーズで、しかも大河ドラマにあわせたかのように新選組の土方歳三・沖田総司の手紙を読むものでした。参加者はドラマを反映してか、初参加者3名を加えて29名の参加者がありました。古文書を読む前にまずはじめに土方歳三・沖田総司の略歴を紹介した後、実際の文書を読み解説して頂きました。二人の手紙を読み、解説を聞いていると大河ドラマで登場する土方歳三・沖田総司とのギャップが一層感じられました。(事務局)
 平成16年 6月26日(土)

〈例会〉文久二、三年の京都と政情

    講 師 笹部昌利氏(佛教大学非常勤講師)
★予報に反して雨も降らずに23名の方の参加を得て例会は行われました。今回は佛教大学非常勤講師の笹部昌利氏を招いての例会です。これまでの定式化された幕末維新認識である、大名の政治運動から倒幕へという認識に対して一石を投じる講義をして頂きました。今回素材にされましたのは、明治維新直前の文久二年の薩摩藩島津久光の率兵「上京」への見方の分析から三年にかけての薩摩藩の京都のおける動きと、三条実美などの公家の動きでした。1時間45分の講義の最後に、明治維新「大名、公家、浪士、それぞれの政治志向が重なり合って生まれた政治混乱」であって維新そのものは、明治維新という変革へ向って進められた運動ではなく、偶然の積み重ねが生み出したのもであるという衝撃的な結論を話されました。それには幾つかの疑問が残りはしますが、維新史研究が今後どのようになっていくのか新たな展開が待たれるところです。(事務局)
 平成16年 6月13日(日)

  22周年記念講演会   

   江戸の男と女ー西谷家の母と娘

   講 師 籔田貫氏(関西大学教授)

★京都テルサ(京都市南区)において、午後2時より関西大学教授の籔田貫氏を講師に招いて「江戸の男と女」というテーマで記念講演会を行いました。当日の参加者は50名でした。開始前場所がわかり難いということで心配しましたが、申込者の全員の方が参加されました。冒頭、代表の伊藤章三氏による22周年記念にあたり、早雲発足のエピソードが話されたのち、籔田先生を紹介し、先生の講演が始まりました。講演は、教科書に女性が登場しない時代である江戸時代に女性の天皇が二人もいたことの意味を解き明かしたのち、日記を書き残した一人として滝沢馬琴を取り上げて話された後、本日の主題である河内商家の西谷家の母と娘の日記をもとに当時の女性の目(見方)に基づく家族関係を解説されました。講演終了後、若干の質問が行われ、無事終了することが出来ました。先生が本を持って来られていましたが、完売しました。(事務局)
 平成16年 5月30日(日)

    第78回歴史ハイキング   

京の七口ー若狭街道(鯖街道)を歩くー

★曇一時雨という気象予報であったが、それが見事にはずれ、今年一番という暑さのなかのハイキングとなりました。参加者は61名でした。八瀬比叡山口駅前で受付を行い、駅前の橋を渡ったところで代表のご挨拶の後、本日の案内役である上原敏男氏による若狭街道と上高野の集落の説明の後、御蔭神社へ向かって歩き始めました。御蔭神社は下鴨神社の末社の一つで、5月12日に行われる御蔭まつりは有名である。ここで上原氏より説明を受け、記念写真を撮りました。そして、旧街道を歩いて11時30分から小一時間の宝ヶ池子どもの楽園で昼食を摂りました。昼食後、再び歩き始め、街道筋にある平八茶屋や十一屋、そして旧陸軍病院の前に思いを馳せながら歩きました。そして、今は団地になっていて旧鐘紡の工場跡の遺跡の前で解説を聞きました。そして再び歩を進め、出町橋、河合橋を渡り最近立てられた鯖街道の碑近くで話を聞きました。さらに枡形商店街を突き抜け、寺町通りを下り、大原の辻の道標を見学してからゴール地点の御所の石薬師御門の前で最後の説明を聞き、伊藤代表より労いの挨拶と事務局より次回講演会の案内を行い散会しました。(事務局)

参加者の感想

 真鍋久美子
★間違いなく雨と覚悟していました。それがうす曇の中の出発。途中パラパラしましたが、解散の頃には青空が広がって、予報は大はずれ。蒸し暑さには閉口しましたが雨の中歩くよりはよかったです。出町から少し北にある会社への通勤途中にある「鯖街道口」という道標は2年位前に建てられ、「是より洛中」ともあり、ここが鯖街道の起点なのかと興味を持っていました。八瀬から京へ入るこの街道を丁寧な説明をお聞きし、当時の様子を思い描きながら歩きました。八瀬より小浜に至る鯖街道はどんな道筋なのかと更に興味を持ちました。いつか歩く機会があればいいなと思いました。読み易くわかり易くまとめて下さったレジュメも楽しく読ませて頂きました。有難うございました。
 大下靖子
★今日は雨マークだったのに昼からは晴で雨傘が日傘になってしまい会の皆さんの京都への熱い思いが雨雲を吹き飛ばしたのだと実感。前に他の催しに参加したことがあるコースなのであまり期待せずにまあ鯖街道をたどってみようかと参加しました。行く先々の街々の地図も添えられて解説で江戸・明治・大正・昭和の変遷が目の辺りに浮かぶようでした。何よりも上原講師の入念なフィールドワーク、聞き取り調査に基づいた解説は説得力がありました。この会の特色は卓上の知識では得られない生きた歴史や地理を実際に目や耳や足を使って確かめつつ自分のものに出来る事だと思います。今後とも丁寧なレジュメや解説、ガイドに基づいた今日と探索を期待しています。
 中井昭子
★八瀬から出町へと身近な場所なのにいつもバスや電車で通り抜けてしまう所を歩けて面白いでした。明治時代の鴨川風景の絵や最後にいただいた町割の図はながめていて飽きない楽しさがあります。大原の辻の道標もよく傍を通っていて文字のきれいさにひかれていました。坂本や比叡山、愛宕や鞍馬というはるかに遠い所までが指し示されていて昔の人はどこへでも歩いて行かれたのでかえって今の私達が思うよりもそのあたりは身近な活動範囲に入っていたのかなと思いました。
 戸崎進
★比較的近くに住んでいるということもあって、このコースは通ることがあります。でも今回参加させていただいて見落としていることが多くあったことに驚きました。そして、陸軍病院があったことなど夢にも思いませんでした。そこで帰宅してから、古い地形図を見てみると大正元年8月版には鐘淵紡績会社支店はあるが、赤の宮あたりには陸軍病院らしき建物はまったくありません。昭和7年版では叡電・一乗寺駅の西方向、高野川と新田街道の間、南は赤の宮の前まで名称は記してないが病院らしき建物群が書いてありました。これを機にもう少し陸軍病院について、知り合いに聞いてみたいと思っています。その上で改めて歩いてみたいとも思っています。蒸し暑い一日でしたが楽しかったです。
■ 河辺国彦
★いつも車、バイクで便利なことばかり追い求め東大路、白河通りなどあっという間に通り抜けている私。今回は2回目の参加、ご説明いただきながら一つ一つかみしめ古い町並みを思い浮かべ、汗をかいて苦労して歩きました。先人たちは現代の私たち以上に大汗を書いて京の町へおいしいもの≠届けて下されたその思いの幾分の一つでも自分の中身にしたいですね。先人と同じように少しでも多く歩き汗をかいて古い街道を一人でも通って自分なりの感動を生み出していきたいと思います。お世話下さる方々、本当にいろいろとありがとうございます。また次回を楽しみにして参加させてもらいます。
■ 鵜飼榮太郎・克子
★今回グループメンバーの一員に誘われ、初めて本会に参加させていただきましたが、大変興味深く又楽しく歩くことが出来ました。我々はよくトレッキングに行きますが、トレッキングは完登後の充実感が次の参加の楽しみを与えてくれるのですが、町を歩くことに依って今まで知らなかった或いは感じなかった新しい発見があり次の参加への楽しみを作ってくれることを実感いたしました。是非とも引き続いてのイベントへの参加をと楽しみにしております。今回の感想は:知った道 歩いて通れば 知らぬ道 有難うございました。
■ 浅田雅司
★旧街道を歩くと、こんなにいろんなものがあるかと楽しく歩きました。身近なところで古代から現在までの歴史を興味深く学ぶことができました。下見の時見た陸軍病院のレンガ壁の一部が、今回すでに取り壊されていたり、古い看板の傘屋さんが廃業されていたり、町中が刻々と変貌していくことをいまさらながら実感しました。陸軍病院の門柱もいつまで残されていくか心細いものです。
■ 上田泰三
★今回はグループ員の上原さんの案内でした。詳しい資料と直接地元の古老から取材され「出来る丈正確に伝えたい」との考えから、かなりの労力を費やされたことが熱心な説明で歴然と私共に感じとれました。本当にご苦労様でした。話せば(ほんの短い事も、知識を得るのには精力的な調査にもとづくこと必定です。有り難く感謝申し上げます。
 平成16年 5月15日(土)

〈例会〉近世都市のゴミ問題

    講 師 若松正志氏(京都産業大学教授)
★今回は、今年4月に京都産業大学教授となられた若松正志先生を講師に招いて『近世都市のゴミ問題』というテーマで例会を行いました。今回も20名と少なめでしたが、初めての方1名を加えての学習会は、先生のご用意頂いた10ページにわたるレジュメに基づいて江戸時代の各都市(江戸、京都、大坂、長崎)の人々がどのように処理をしていたのかについてお話いただきました。先生は冒頭、「環境問題が社会問題として大きく取り上げられている今日、江戸時代がリサイクルの時代として、再評価されてきている」として、「その実情を資料に基づき考える」としてお話を進められました。ゴミ問題は現代人にとっても重要な問題ですが、いつの時代にもついて回るものです。しかし、歴史に興味のある我々にとってもこの問題がテーマになることはあまりありませんので、貴重な勉強になったと喜んでいます。なかでも興味深かったのは、江戸時代のリサイクル意識の高さです。職業として、灰買ひや紙屑買ひなどは知られていましたが、古傘買ひや瀬戸物接ぎなどの職業が成り立っていたということは新しい知識です。(事務局)
 平成16年 4月24日(土)

〈例会〉織田信長の手紙

    講 師 尾下成敏氏(京都大学大学院COE研究員)
★今年度初めての学習会は、京都大学大学院の尾下成敏先生に来ていただいて、「織田信長の手紙」というテーマでお話をして頂きました。参加者は22名と若干少なめでしたが、これも贅沢な話で、一昨年の参加者の平均参加人数です。それはともかく、今回は知っているようで知らない織田信長の差し出した手紙について詳しくお話して頂きました。最初に、信長の手紙で今日知られるものは1400点前後あるが、自筆として確かなものは1点しかなく、殆どが右筆のものであるという事実を紹介されました。そして、書札礼(手紙の作法)、信長の公卿昇進後の無年号文書の書札礼について、T.天正3年1月1日以前(公卿昇進以前)、U.天正3年11月1日〜天正4年7月29日、V.天正4年7月30日〜天正6年4月4日、W.天正6年7月18日〜天正8年7月2日、X天正8年7月3日以後に分けて、古文書の図版を示しながらお話いただきました。講義終了後、若干の質問を行い、予定時刻に学習会を終了しました。(事務局)
 平成16年 4月18日(日)

      第77回歴史ハイキング   

京における幕末維新の彦根藩

★快晴に恵まれ、絶好のハイキング日和となりました4月18日(日)、76名の参加者を得て第77回歴史ハイキング「京における幕末維新の彦根藩」を行いました。講師は京都女子大学助教授の母利美和(もりよしかず)氏でした。京都市営地下鉄鞍馬口駅に集合した一行は、上御霊神社に移動し、ここで代表のご挨拶と先生による当日のコース説明と本日のハイキングの目的をお話して頂きました。そして、上御霊神社に隣接する彦根藩邸を皮切りに、相国寺、京都御苑内の公家邸、梨木神社、盧山寺、要法寺、頂妙寺など幕末の彦根藩に関わりのある場所を歩いて柊屋旅館前まで歩きました。さらに、御池通りまで移動してここで最後のご挨拶を行いました。今回は歩いた距離は短いものでしたが、先生の熱心なお話によりとても実りの多いハイキングとなりました。(事務局)

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盧山寺境内にて母利先生の説明を聴く

参加者の感想

 真鍋久美子
★暑かったですネ。帰宅してニュースを見ると京都の気温は29.7度だったとのこと。びっくりしました。でもたんぽぽ、すみれ、八重桜、山吹、花桃など春の花を楽しみ、木陰では涼しい風も心地良く夏のハイキングとは違いました。幕末と言えば今や新選組がブームですが、会津藩の前は彦根藩が京都守護職の任であったこと、維新に向けた彦根藩の果たした役割、又、九条家、三条家との関わりなど興味深くお聞きしました。日頃はよく見知っている土地、寺社であっても“ただの風景”でしかないものが説明を聞くとそれは“意味のある風景”になります。京都にはそういうところが多いのだと実感いたしました。彦根をこよなく愛しておられる母利先生の「幕末史は一面から見ないように」というお言葉心に残りました。繁華な街中を多勢を引率しておせわ人の方々、本当にお疲れ様でした。楽しい一日をありがとうございました。
 北山 實
★全く偶然に新聞で知り、参加させて頂きました。歩き。歴史見聞。絵の画題探し。(素人で少しやります。)時間が許す限り今後もお願いします。先ずは素晴らしい気分と疲れでした。お世話になりました。
 大下靖子
★丁寧な資料に基づく判りやすい説明をまさにその場その場でして頂き、何度か行ったことのある場所でも、ここにこんな事がと改めて知らされた思いです。前回は殆ど何の説明もない歩け歩けの日程で疲れ果てましたので尚更キチンとしたガイドのある無しの違いがよく判りました。街中の何でもない一角にそんな物があったのに今は面影もと止めず今回参加しなければ全く知るよしも無かったのだと今更のように知らされました。100年も経たないと云うのに今では何があったのか今はどうなってるのか判らなくなってしまっている京都の町こわしのひどさを思い知りました。とってもよい汗を流させてもらった一日でした。(前回はこんなんが\1000かと思ったけど今回はこれならその値打ちだと納得しました。
 堀端浩子
★御所にこれだけの藩屋敷があったことも知り、また京都の都あとを、少し知ることが出来、それに母利先生の説明がわかりやすく大変勉強になりました。幕末の京都の姿、もう一度もう一度教えていただけたら幸せです。
 戸崎 進
★近くに暮していても知らないことが多いので、今回も楽しみに参加させていただきました。でも、良いお天気過ぎて暑かったですネ。(29.7℃)昼食は御所の木陰で摂りましたが、風が吹くと松の花粉が埃が舞うようにすごかったです。これからはイネ科の花粉がきついのでアレルギーのあるものには大変です。皆様もどーぞ気をつけて下さい。今回の一番の驚きは、井伊家が維新のとき、官軍として土佐藩と行動を共にしていたと先生から伺ってびっくりしました。婚姻関係についても、公家とはあっても大名とは結ばなかったのは今から考えれば堅実な選択であったと思えます。歴史が流れていく真っ只中で、世の中の動きを的確に捉え方向性を見出していく感性には驚かされました。面白かったです。皆さまありがとうございました。
 山崎 輝
★京都の街は何度も歩いたり、お寺や観光名所めぐりをしたりして良く知っている積りでしたが、今回の母利先生にご案内頂いた史跡とお話には、改めて感心致しました。彦根藩と宮家との絡み会いなど江戸末期から幕末にかけての譜代大名の筆頭家柄としての誇りと、最後は幕府を見捨てて明治に生き残る道を選択しながらも時の流れに押し流された時代背景が実感できた様に思います。母利先生には最後まで丁寧にご説明頂き、我々素人も興味を持って飽きないような構成にして頂いた事を感謝しております。よろしくお伝えください。
 藤江賢治
★「京における幕末維新の彦根藩」を知り、彦根から参加させて頂きました。母利助教授のお話を現地で楽しくお聞きできました事、有難く思います。いい勉強になりました。今回、初めての参加でありましたが、期待していた以上の内容でした。有難うございます。 「歴史グループ早雲」さまのあります事、早くから知っていればよかったです。
 山田繁雄
★今回は珍しく何時も何気なく歩いて通り過ぎる所ばかりでしたが、幕末と云うみじかな時代の歴史の舞台裏を見たようで興味がありました。聖護院御殿の前に彦根藩の屋敷があったとは、今日初めて知りました。井伊家と公家との関係を細かく説明されましたが、やはり彦根藩主井伊家は大物大名だったなあと感じました。朝から暑い一日でしたが、母利先生ありがとうございました。スタッフの皆さんご苦労さまでした。
 上原敏男
★この度のハイキングは、桜花から新緑に移る爽やかな時候が「暑い、暑い」の厳しい一日となりました。 ご参加のみなさま方へは申し訳ない条件となりましたが、京都女子大学の母利先生のご案内が具体的な歴史背景を年代の流れの中で彦根藩の生々しい動きのお話と訪ねる史蹟に暑さを忘れて歩を運んでいただけたと思います。先生には、学年末から新学年度の始まるご繁忙の時期に下見にご一緒いただくと共に、資料収集に時間を割いていただきみなさま方にはいいハイキングとなったこと、お礼の念で一杯です。
 私共ハイキングスタッフは、昨今、ウォーキングやハイキングの催しが数多く開かれますので、歴史グループ早雲の歴史ハイキングは史実や検証に則った斬新でユニークな実のある内容のハイキングを心掛けて企画を進めています。
 どうぞ、これからもご参加に際しては「一口感想」でご意見やご感想を、どしどしお寄せ下さい。みなさまのお声を参考にプランを企てたいと思います。
 尾崎延康
★初夏を思わせるような陽気のもと、母利美和先生の詳細な史料と年表・地図による明快な解説を頂きながら幕末の彦根藩屋敷跡を訪ね、それぞれの時代背景と歴史的な意味を学び、現場で思いを馳せながらの興味深い一日でした。彦根藩と公家の三条家、九条家が名誉と財力を補完するために婚姻関係を結び、またその配下もそれぞれに関係を持って階級社会を形成し、今も続いているという話は驚きであった。交通の要所として高瀬川沿いに、幕末には多くの雄藩の屋敷が並び、情報活動を活発に行ったとのこと。今は全くの面影はないが、話を聞いていて、治安が乱れ、新選組などが跋扈した幕末の騒然たる雰囲気が伝わってきました。彦根藩という切り口で、京の町を平面的に又時系列的に歩いた、地味ではあるが隠し味のある“歴史”ハイキングでした。
 波木居愛子
★新聞で今回の催しを知り「彦根藩」のテーマで初参加させて頂きました。先生の丁寧なご説明を伺い知らなかったことばかりであり有意義な会であったと感謝しております。有難うございました。
 真渓敏之
★初めて参加致しました。過去55年間京都に住んでおりましたが、本日参加いたしましてまさしく京都人の京都知らずを実感しました。講師の先生の誠に丁寧な解説により京都の再認識をすることができました。現在は琵琶湖大橋の近くに住居しておりますが、本日の経験を基に地域での歴史ウォーキング積極的に参加してみようと思いました。
 上田泰三
★彦根藩京屋敷を訪ね歩くのみで丸一日費やしました。幕末は激動の時代だったことを身をもって体験させられました。京都に居ながら本当に知らないことが如何に多いか自覚した一日でした。今に生きる私達も変化の多い先の見えない時を過ごすのに右往左往しているのですが、時代の変革期を生きるのは苦労がいるものですね。
 浅田雅司
★先生の長年の彦根藩研究に裏打ちされた、詳しい解説を聞き、今まで知らなかった幕末維新の各藩の動きや、新選組が活躍したという京都の幕末をリアルに感じることができました。公家と武家との関係や、京屋敷の意味など今まで知らなかった多くのことを学ぶことができました。お公家さんの墓なるものも初めて見学しました。意外と小さくつつましいと思いながら由緒ありそうな名前や戒名を見て歩きました。古地図をたよりに町中を散策する醍醐味をおしえてもらったように思います。
 今井壽子
★彦根藩の鞍馬口陣屋が、町の一角を占め、それがy球場大だったとの事、今はその跡をしるす何もない上に、コンクリートの建物や住宅が建てこんでいて、想像することが難しい。約二千人の家人がいた屋敷跡に広大な敷地が必要だったと考えられる。御所から三条方面へと跡を訪ね見学したが、跡をしるす何もなく、わからなくなっている状態で、アスファルトの道や、コンクリートの建物等々で、歴史が地中に埋没したようで残念だった。住む人が変われば、昔の事はどんどん消えて行く。これも仕方のない事なのだろうが。だが、今回の歴史ハイキングで、昔をほりおこし訪ねその由緒を聞くと云うことで体を通して知る面白さがわかり、これからへの期待が湧いてくる。今までは、知らぬが故に素通りしていた俵屋、歴史を聞けば素通りできなくなって、その昔を思い気持ちが動く。改めて、資料をみた。時間をつくりゆっくりと味わいながら歩いてみようと思う。
 平成16年 3月27日(土)

〈例会〉近世の上方落語史‐京都を中心に

    講 師 中川 桂氏(大阪大学非常勤講師)
☆歴史グループ早雲では初めてのテーマで、近世庶民の娯楽としての「落語」がいつから始まったのか、そしてどのように広まり、発展してきたのかということについて、楽しく講義して下さいました。先生の紹介される安楽庵策伝や露の五郎兵衛、二代目米澤彦八の話が今に伝わる落語の元になっていることが理解できて普段の学習会では味わえないものとなったように思えました。今後も庶民の生活の一部としての娯楽や文化について学ぶ機会がもてればいいなとうことで学習会が終わりました。(事務局)
 平成16年 3月14日(日)

      第76回歴史ハイキング   

平安時代の貴船参詣道を歩く

☆今年第1回目の歴史ハイキングは快晴に恵まれたとても良いハイキングでした。京阪電車出町柳駅を出発し、下鴨神社に参詣した後、平安時代から、昭和3年に叡山電車(当時は鞍馬電鉄)通じるまで使われていたが参詣道を歩きました。参加者は65名。遠くは舞鶴や福知山からの参加があり、旅行中ご参加いただいたのか、青森県弘前市からのご夫婦の参加もありました。又、2月にご講義頂きました藤田先生が特別にご参加されました。下鴨神社を後にして、深泥ヶ池、深泥坂(深泥池貴般神社)を越えて、昼食は京都精華大学で行いました。そして、市原野小町寺を見学した後、二ノ瀬、貴船口を経て貴船神社へ向かいました。貴船神社では高井宮司さん御説明をいただきました。その後、結社を経て奥宮へ向かいました。ここがゴールです。途中貴船神社本社で帰られた方もおられましたが、皆さん無事ゴールされました。ご苦労様でした。皆さんの感想を掲載いたします。(事務局)

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貴船神社にて宮司の説明を聞く

参加者の感想

 川口晃子
☆初めて参加させていただきました。謡曲『鉄輪』の丑の刻詣の地を訪れ、せせらぎの音がし、寒くもなく清々しい気持ちになりました。京都はよく訪れますが、ただの観光が多く、史跡あとをたどると本当に面白いです。お話もよく解りました。またよろしくお願いします。有難うございました。
 石間マサエ
☆初めて参加させて頂きました。清々しい空気をすって楽しく歩かせて頂きました。ありがとうございました。
 石間敏員
☆初めて参加させて頂きました。「一口」“つかれました”有難うございました。
 井上勝三
☆今日は大変お世話になりありがとうございました。舞鶴から親子4人で参加しまして、ただ今8時30分家へ帰ってきました。良いお天気に恵まれ、大変有意義な思い出深い一日を過ごすことができましたことを感謝します。橋立30Kツーデーマーチ、水ウォーク、京都の町のお土居ウォークetc.ウォーキングには出切る限り参加させて頂き、楽しみの1つです。知らない方から、ご親切にアメを頂いたり、ウォーキング仲間の方は、良い人たちばかりでありがたく思います。
 戸崎 進    
☆よいお天気に恵まれてのハイキングは暑いくらいでした。下鴨神社から貴船神社へは道が狭いところも多くあり事故などの心配もしていましたが、役員さんの誘導も良く全員無事に辿り着くことが出来ました。ご参加の皆さまもご苦労さんでしたが、役員の皆さまはそれにも益していつもながらご苦労様でした。貴船神社の下社では宮司さんからお話しを伺えて面白かったです。貴船神社の祭神のタカオカミの神様の名前から家庭で水を司る人を「御かみさん」、料理屋での「女将さん」と出来すぎた話はほんまかいナーと思いましたが、まーきっとその通りなのでしょう。一日楽しいハイキングができて良かったです。皆さまありがとうございました。
 坪井喜久子
☆出町柳から貴船奥宮へ、日頃歩かないのがたたって神社でのご説明も放心状態で聞いていました。それにしても美しい川沿いの細道を登っていくと整った社の素晴らしさ、さすがに水の神を祭る神社と感激しました。美味しい水を持って帰り楽しい一日を締めくくりました。ありがとうございました。
■ 浅野俊子
☆この時期の定まらない天候の中絶好の日和になりました。今回第76回の歴史ハイキングに久しぶりに参加できました。現在貴船は夏の川床が有名になり、昭和初期に電車が走る様になり多くの人々がこの所に四季を問わず来る様になりましたが、貴船の歴史は深く参詣道を歩きながら新たに聞いた事等考えさせられました。さすが水の神様で神社で冷たい水のおいしかった事。靴が原因の様でしたが、足の痛みで途中から苦痛になり奥宮迄皆さんとご一緒出来なかったのが何とも残念で情けない思いでしたが、一人で駅まで歩き、一軒の料理屋の裏の川で白衣の板前さん三人が真剣な顔で釣り糸を垂れているのが眼に止まり今晩の料理の一品に親方に云われどうしても釣らなくては?!と変わった風景も見られ美しい山と川に囲まれた今回の貴船の歴史ハイキングは一寸しんどい思いもしましたが又次回頑張らなくてはとの思いでいろいろ考えさせられる一日でした。この度も会長様始めお世話下さった方々に感謝と共に有難う御座いました。
■ 山田繁夫
☆貴船神社が鞍馬寺と並んで、京にとって重要な神社であることが、今回のハイキングで又いろいろと知りました。地域の開発が進んだ洛北にも、まだまだ古い歴史を感じさせる風景と史跡が随所で見られました。今日は朝から良く晴れて春がもう足元に来た様な中でのウォーキングでした。9.5kmよりももう少し長かったように思います。スタッフの皆さんには、列の先頭に出たり、後尾についたりして、参加者の安全に気配りして下さり、ご苦労さまでした。ありがとうございました。
■ 浅田雅司
☆昔は現在のような川床もなく静かな所だったということですが、今でもこの季節では観光客も少なく俗化は感じられなかった。樹木は美しく川は快い水音をたて十分自然を満喫しました。平安時代以来の参詣道を歩き貴重な体験でした。
 今井壽子
☆貴船参詣道を、徒歩で体験する9.5q。だが実際には、この距離をはるかにオーバーしたに違いない。厳しい道程だったが、歩き通せて嬉しかった。グループの人達の支えのおかげであり元気をいただいての事と感謝したい。目的地まで行くには徒歩しかなかった昔の事とは云え、その健脚ぶりには驚く。どんな服装で歩いたのだろうか。素早く、それとも足袋に草履、雨が降ったら?携帯食はどんなものを…等々、想像をめぐらし、雑談を交わしながらの楽しいウォーキングだった。豊かな貴船川の清流、水苔や小草に覆われた岩間を、瀧さながらに白い水しぶきをあげながら右に左にと流れを変えて下る見事な景観が忘れられない。
■ 永島俊雄
☆久しぶりの参加であった。ありがとうございました。貴船奥社は初めての場所で、予想よりはるかに大きい境内に驚きです。あの広い場所は何に使っていたのでしょうか?帰宅してから疑問に思いました。私にとって“発ね”“柳の芽吹き”として貴船での“蕗の塔”春を充分に味あわせて頂きました。ありがとう。
■ 阪本雅晴
☆天候もまずまずの貴船街道の歴史散歩。今回は色々と考えさせられる事が多かったと思います。私見ですが、歩く=ウォーキングではないと日頃思っていますが、今回はそれが実感しました。参加者60数名。距離10km弱.参加者の平均年齢は会員は60〜70才の間でしょう。その他の参加者もだいたい同年代のように感じました。その様な状況で参加者数、距離、参加者の年齢、コース、見学場所、説明箇所などを考えますと今回の歴史散歩は限界だと考えますが、いかがでしょう。歩く、ウォーク、歴史探求、これらの要素をすべて満たすのは無理でしょう。我々グループ員の歴史散歩は距離4〜5km。見学箇所1〜2箇所ぐらいにしてのんびり楽しむ方向へ考えたいと思いますが。ひたすら歩くのも又いいものですがネ。
■ 平成16年 2月28日(土)

〈例会〉上賀茂社の中世から近世への転換

    講 師 藤田恒春氏(京都橘女子大学非常勤講師)
☆今回は27名の参加を得て、長年、膨大な上賀茂社の文書調査に携わっておられる、京都橘女子大学の藤田恒春先生を講師に招いて『上賀茂社の中世から近世への転換』というテーマでお話して頂きました。藤田先生と私たち歴史グループ早雲とのお付き合いは長く、平成2年から来ていただいており、14年に渡り御指導いただいており、御馴染みという感じです。今回の講義は「中世から近世への転換にあたり、上賀茂社と権力との関係を顕彰していくのが有効」として、上賀茂社に残る豊臣秀吉と徳川家康の朱印状を素材にお話いただきました。さらに、氏人の置文を素材に上げ、氏人組織の存在と寛文5年諸社禰宜神主法度による氏人社会の転換についてお話いただきました。その後若干の質問を行い本日学んだことを深めました。(事務局)
■ 平成16年 2月14日(土)

〈例会〉お遊羅騒―調所広郷の薩摩藩財政改革

    レポート 浅田雅司氏(歴史グループ早雲)
☆今回はグループ員の浅田雅司さんのレポートでした。参加者は24名でした。お遊羅騒動というテーマでしたので、どんなお話かと思っていましたが、薩摩藩の歴史江戸時代中期の藩政の権力争いと家老として権勢を振るった調所広郷の業績についてのレポートでした。私たちには島津斉興、斉彬、久光という人物の名前は知っていましたが、それらの人物が歴史上どのような役割を果たしたのかについてはぼんやりとしか知りませんでしたが、今回の浅田さんのレポートによって少し学ぶことができました。調所広郷はこの斉興、斉彬の二人の藩主と斉彬の弟久光の三人の権力争いの中で活躍した人で、安永5年(1776)最下級の小姓組の子として生まれ、家老にまで上りつめた人である。その彼が、久光の母遊羅などが絡んだ事件の中で失職することになる顛末を報告された。非常に良いレポートであった。(事務局)
■ 平成16年 1月24日(土)

〈例会〉日本中世の宗教都市

    講 師 仁木 宏氏(大阪市立大学助教授)
☆今回は野口実先生のゼミに参加する学生3人を含む29名の参加を得て例会が行われました。代表の挨拶の後、仁木先生より「日本中世の宗教都市」というテーマで講義が行われました。仁木先生は冒頭、歴史グループ早雲でお話されるときは新ネタをお話いただけるということで、誰よりも早く先生の研究成果を聴けるということです。先生は、2ページのレジュメと8枚の地図・絵図史料を示しながら、中世(主として戦国時代)宗教都市を、1.境内都市、2.山上都市、3.山腹・山麓都市、4.丘陵型寺内町、5.平地型寺内町、6.複合型寺内町に分けて講義を進められました。そして最後にこれらの宗教都市が以後の城下町造のモデルになったとまとめられました。時間がなく、もう少し詳しくお話を聞きたく思いましたし、質問する時間もありませんでしたが、午後8時30分、今後のスケジュールなどの事務連絡をして散会としました。なお、参加されました学生さんから「私は、歴史は専門ではなく一般人の知識しか持ち合わせていませんが、先生のお話はわかりやすくて最初から最後まで心の中で「なるほど〜!」とつぶやいていました。
 つい先日に湖東三山へ行ったのですが、ふつうの観光客と同じく車でふもとまで行きました。講演の中での地図のような土地の雰囲気を味わえずに帰ったことになり、今から思うととても残念でなりません。
 国際交流・異文化理解とよく言われますが、勉強すればするほど、自分の身の回りにたくさんのすばらしい物があることに気づかされます。」という感想がありました。他の皆さんも分かりやすく興味が深まったという感想を述べられた方もいました。仁木先生には今後も色々とお願いしたいと思っております。(事務局)

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■ 平成16年 1月10日(土)

〈例会〉貴船神社と縁結び信仰

    レポート 山口博史氏(歴史グループ早雲)
☆今年初めての例会、先ずは代表から参加の皆様に新年のご挨拶があり、グループ員の山口が「貴船神社と縁結び信仰」というテーマでレポートを行いました。@貴船神社の祭神について A京都(平安京、中世以降の京都)から貴船神社へのルート B史料に見る貴船神社(歴史書、日記、説話集、和歌) C近世の旅行記(貝原益軒「京城勝覧」、黒川道祐「歴覧近畿記」、石出常軒「所歴日記」、「都のてふり」 D京都の縁結び利益の社寺 の順でレポートを行いました。
今回のレポートは神社の紹介で終わってしまい、報告としては不十分のものであった。後日調べたところによると祭神についても、「式内社の研究」によれば、タカオカミノカミではなく、ミズハメノカミであるとしており、「式内社調査報告書」は幾つかの説を併記しています。もう少し深めていくべきであると反省しています。(山口博史)
■ 平成15年12月13日(土)
〈例会〉戦国期の播磨の政治動向
        
ー戦国期地域権力(大名権力)形成をめぐるー試論
       
講 師 野田泰三氏(京都大学助手)

☆当日の参加者は21名と、師走のせいか少し参加者が少なかったように思います。グループ員も4名が欠席されました。しかし、それにも関わらず、例会は静かな中にもいつものように熱心な聴講がありました。
☆野田先生のお話は、冒頭に戦国期地域権力研究の流れを話されたのち、戦国期播磨政治史の特質を話されました。播磨といえば守護大名としての赤松氏が有名ですが、その権力構造を守護家と宿老衆という形で構成され、宿老衆が自立していく過程を述べられました。そして東播磨における地域権力形成の事例として、東条谷依藤氏と三木別所氏について具体的に話していただきました。結論としては別所氏などが実質上の権力を把握していくが、空洞化があったとしても織田信長が播磨に進出する以前は赤松氏の権力が及んでいたと話されました。したがって、郷土史家などが別所氏が戦国大名となっていったとするには疑問が残るということでした。(この報告は事務局が書いています。野田先生のお話の趣旨を取り違えているかもしれません。責任は事務局にあります)

☆野田先生からお話の中で仰りたかったことをご指摘いただきました。
赤松傘下の諸国人衆が独自の支配領域を形成していくなかで、特に勢力を張ったのは両守護代家であり、守護代の職権として行使しえた守護公権の恩恵によるところが大きい、即ち幕府から認められた守護貢献は地域支配進展のうえでかなり有効だったということです。さて浦上氏も当然話に加えねばならないのですが、浦上氏が地域権力化する際拠点としたのは専ら備前・美作でしたので、時間の都合もあり、今回は割愛しました。宿老筆頭であっただけに、別所氏以上に地域権力化が進んだようです。浦上氏が拠点とした備前・美作は赤松氏の非本国であり、播磨ほど赤松氏の支配が強く及ばなかったことが大きいとおもいます。

■ 平成15年11月23日(日)

      第75回歴史ハイキング   

東播磨の史跡を歩く−浄土寺・円教寺−

★当日の天候は晴。参加者はバスツアーとあって39名の参加。京都駅を出発して、新大阪駅を経て、一路浄土寺へ。ここは丈六の阿弥陀如来象で知られる寺。仏像の大きさに驚きながら、次には、円教寺へ。浄土寺での静けさに反して、ここは有名寺院ということもあって、多くの参拝客であふれていた。参加者一同、播磨の歴史の一角を目と身体で学んだ思いを胸に新大阪へ、京都へ。予定より少し遅くなったけど、有意義な一日であった。  (早雲事務局)

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円教寺食堂

参加者の感想

■ 阪本雅晴
★秋の晩秋路、野田先生に御案内いただいて楽しい歴史散歩が出来ました。私は昭和40〜45年あたりには浄土寺や円教寺によく行かせてもらっていましたが、今回、浄土寺も3年ぶり、円教寺も1年近く、久し振りの播磨の旅でした。いつ見せてもらっても浄土寺の仏像いいですね。よくを言わせてもらうと円教寺の紅葉もう一息というところでしたね。ところで円教寺これは(エンキョウジ)?(エンギョウジ)先生にお聞きするのを忘れた。もう一つ円教寺はどこから出た名前でしょう。学習会で教えてもらおう。円教寺で数枚の紅葉もらって帰り、自宅の小さな風呂に入れて"モミジ風呂"最高!!
■ 山本泰三
★以前より一度訪れてみたいと思っていた書写山円教寺は、播州の地にこのような立派な寺院が存在するなんて只々その壮大さに圧倒されるばかりでした。
特に摩尼殿は京都の清水寺の舞台に匹敵するかの如く立派で更に修行僧の寮であったといわれている二階建ての食堂は圧巻で紅葉は今少し物足りなかったが十分満足できる一日でした。
■ 木村まさみ
★秋晴れの日とても楽しい一日でした。
■ 布村裕一
★大変楽しい一日でした。
■ 西村四朗
★時まさに錦秋・快晴に恵まれ、待望の書写山円教寺に参拝できました事非常に嬉しく存じます。さすが西の比叡山と言われるだけに誠に荘厳で心から洗われる感じです。車中また現地で野田先生からすばらしい解説を頂き、有難うございました。また、役員の方々色々とお世話さまでした。厚く御礼申し上げます。
■ 浅田雅司
★浄土寺の大仏様建物の美しさと巨大な阿弥陀三尊に感動しました。夕日に照らされた阿弥陀さんの様子はテレビで見たことがあり、一度行ってみたいと思っていました。
野田先生の詳しい解説で荘園の開発や管理と寺院の関係などがよくわかり興味深く聞きました。
書写山は西の比叡山にふさわしい気宇の大きさにおどろきました。毎年最終ハイキングは12月で雪や寒さにふるえていましたが今年は最高の天候にめぐまれ楽しい一日でした。
■ 山田繁雄
★浄土寺の入り口を入ると吹き抜けの様な堂内を見上げると天井につかえんばかりに見上げる本尊阿弥陀如来立像のお姿におどろきました。来迎図はよく見かけるが、これほど大きい立像は初めて見ました。また建物の建築様式に感心しました。
季節によって如来像の後側から、差し込んだ西陽が仏様の御光の様になって、堂内は一面、如来来迎の世界に見えるそうだ。一度そんな光景が見られる時に、来て見たいですね。
樹齢が何百年も過ぎた様な古木が並ぶ参道を通り過ぎての円教寺は古びた感じはするが、二階建ての食堂、大講堂は壮大にして立派な建物でした。修行僧の聖域の場としての雰囲気が感じられる。
今日は、播磨に残る珍しい史跡を案内して下さって野田先生有難うございました。お世話になった皆さん有難うございました。
■ 真鍋久美子
☆播磨の寺を訪ねて☆
★息をのむほど素晴らしい阿弥陀三尊像を前に、「差し込む夕日が仏様に反射するとまさに極楽浄土が出現する」という案内の方の説明に深く肯かされました。その名も、極楽山・浄土寺。このような立派な国宝の建造物、仏様が播磨の小さな市に存在するとは知りませんでした。立派な来迎仏を拝ませていただき、これも歴史ハイキングだからこそといつもながら感謝しています。東播磨一帯は全くと言って良いほど未知の土地ですが、小野市の歴史を訪ねる会、のスタンプラリーも開催されており、誇るべき浄土寺をはじめとして特筆に価する数々の歴史の跡が残されているのだと知りました。有名な書写山・円教寺も初めてでした。その規模の壮大さ、三つの堂の堂々たる佇まいには圧倒される思いでした。今回はハイキングと言うよりも、バスツアー・日帰り小旅行といった感じでしたが、好天に恵まれ、秋の風情の中、とても楽しかったです。ありがとうございました。
■ 今井元子
★紅葉がきれいで上ばっか見てたらコケそうになったけど楽しかった!歩くのが足つかれた。知らないことが分かった。(屋根を支えている「りきし」とか)
■ 今井久美子
★浄土寺の美しい仏様を拝め本当によかった!と思いました。心がおだやかになったような気がしました。また書写山円教寺も一度拝観したいと思っていました。野田先生に解説して頂き、新しい知識もたくさんいただきました。お天気にも恵まれ、素敵な秋の一日を満喫できました。ありがとうございました。
■ 伊藤絹子
★浄土寺の仏様にかなり遠い昔に一度お目にかかり忘れられずに、またこの機会が得られて本当によかったです。書写山は、帰りは遅くなったけれども浄土寺とは違うダイナミックさと山上の立派な堂宇にまた感銘を受けて帰宅しました。連休の1日は本当に充実した良い日でした。先生ならびに幹事の皆様ありがとうございました。
■ R.Y
★浄土寺は全く知らないお寺でした。立派な仏像を拝見できてよかったです。そして、また、京都からはなかなかいけない所で、得した気分です。
円教寺の紅葉もきれいな木もあり、最後の見納めが出来ました。今日はどうもありがとうございました。
■ 杉原美紀子
★名前を聞いても、なかなか、来る機会のなかった書写山へおかげさまで来ることができて、秋を満喫することができました。浄土寺も思いかけず立派な仏様におどろきました。
お天気にもめぐまれ、景色をながめよい1日を本当にありがとうございました。
■ 野村邦男
★心配した雨どころか、快晴の秋空、絶好のハイキング日和となり長い道中を車窓からノンビリと紅葉を楽しんでいましたが、最初の訪問地浄土寺の到着が昼前となった。上手に夕日を取り入れられるように工夫された頑丈な建物に安置された慈しみに満ちた巨大な三尊像に深々と頭を垂れ、合掌の後、日向ぼっこをしながら早々にお昼をいただく。
★次の訪問地書写山円教寺に近づくにつれ、車の列にいやな予感。ロープウエイの列にヤレヤレ、所が定員71名に捌けるのも早く、その後はスムーズに進行、清水の舞台よろしく摩尼殿を拝観し、次いで三ツ堂を見て、京都・奈良ではお目にかかれないような建物に興味津々、先頭旗手もおろそかにシャッター押しが忙しく後で女房殿より小言を頂く羽目になった。
★帰路ラッシュ時とも重なり想像以上の渋滞。ゆっくり睡眠が取れたと思えばお陰様のよき1日でした。この地方にはこんなお寺、沢山あるとのことまたの先生のご案内を楽しみにお待ちします。本日は本当にありがとうございました。
■ 今井壽子
★今回参加した歴史ハイキングは、好天に恵まれて、最良の日であった。単なる歴史探訪にとどまらず、日本の文化から日本人の心を訪れる意義深いものであり、得る事も多く、企画から当日のお世話等々担当して下さった方々に心から感謝したい。
★浄土寺では入堂しそこに開けた光景に息をのんだ。丈六の阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩、金色に輝く御姿を拝し唯々勿体なく合掌礼拝した。不思議な霊感が走った。言葉がない、考えもない感動だけだった。すぐ間近に拝し仰いだ御仏のお姿が、あの時の、光景が今もそのまま鮮明によみがえってくる。再び参詣できるご縁を願わずにおれない。
★円教寺の食堂・大講堂・常行堂等の聖域に入り、その当時の修行僧の厳しい行に思いをはせた。逸材の育成の為の最高学府であった寺院だからこそ選ばれたお山だ。大自然の中に我が身を置き、自然に向き合った時、何かを体感する。不思議な事、有難い事、勿体ない事、今が当たり前と思うが故に忘れかけている大切な事を思い出す1日だったことに感謝したい。
■ 上田泰三
★浄土寺興味をひきました。鎌倉初期の建物で昭和32年から解体修理に入り2年後再現された姿を眼前に見て素材で飾り気はないが親しみをおぼえました。三体の金色に輝く大きな仏像、光背の先端まで8メートルもあるとガイドさんが云われた。後方に透かし蔀戸から西日が差し阿弥陀三尊を西方浄土より迎える姿として浮かび上がらせる演出に、古人の知恵の深さを思い知らされました。先生からもバスの中で詳しく解説があり十分楽しいハイキングでした。会長をはじめ運営・企画に参加した、お世話下さいました各位にお礼申し上げます。


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