長 寿 番 付
歴史上の人物のご長寿さん達(70歳以上)を集めてみました。
現代では長寿の方が多いですが、昔の寿命は平均して
短いのが普通。そんな中で、長生きした人ってどんな人?
時代は江戸時代初期頃まで。僧侶・天皇は入れていません。
いづれも立場上、時代上、長寿が多いからです。
比較的知名度の高めの方々をピックアップしました。
| 順位 | 享年 | 名 前 | 生没年 | 時 代 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 92 | 真田信之 | 1566〜1658 | 沼田城主真田昌幸の子。真田雪村の兄。関が原の合戦で、父と弟と別れ、東軍につく。 | |
| 2 | 90 | 藤原俊成 | 1114〜1204 | 歌人。藤原定家の父。数多くの歌合の判者を務め、『千載和歌集』の選者となる。 | |
| 3 | 87 | 北条早雲 | 1432〜1519 | 小田原北条氏(後北条)の初代。 | |
| 4 | 84 | 阿倍晴明 | 921〜1005 | 陰陽道の大家。超能力者また占いの神様として神秘的に扱われた人物。 | |
| 4 | 84 | 嶋津義弘 | 1535〜1619 | 嶋津義久の弟。生涯を領国の拡張と家の維持の為に投入した。 | |
| 6 | 83 | 尼子経久 | 1458〜1541 | 備後をはじめ、山陽方面に軍勢を進め、「十一カ国太守」とも称された。 | |
| 6 | 83 | 宇喜多秀家 | 1572〜1655 | 「五大老」に列せられ、秀吉死後中央政務に参画。関が原の戦では西軍総帥となる。 | |
| 6 | 83 | 細川忠興 | 1563〜1646 | 明智光秀の娘玉子(ガラシャ)を妻に迎え、本能寺の変では、父と共に剃髪。関が原では東軍に。 | |
| 9 | 80 | 吉備真備 | 695〜775 | 公卿・学者。政治的ブレーンとして東大寺造営などに従事する。 | |
| 9 | 80 | 武田信虎 | 1494〜1574 | 武田信玄の父。甲斐甲府の基を築いた。 | |
| 9 | 80 | 世阿弥 | 1363〜1443 | 能を総合芸術として大成させ、現代まで生きる能芸の基礎を確立した。 | |
| 12 | 79 | 藤原定家 | 1162〜1241 | 歌人。「新古今和歌集」の編纂に携わる。また、3代将軍源実朝から和歌の指導を求められていた。 | |
| 13 | 78 | 嶋津義久 | 1533〜1611 | 南九州の大名。秀吉の九州平定に屈し、出家。弟の義弘と共に生涯「両殿」として影響力を行使。 | |
| 14 | 77 | 北条時政 | 1138〜1215 | 鎌倉幕府、初代執権。北条政子の父。数々の政的を誅し、幕府の実権を握る。 | |
| 14 | 77 | 大江広元 | 1148〜1225 | 鎌倉幕府創立期の首脳。文筆の才を見込まれ、公文所別当・政所別当に取り立てられた。 | |
| 14 | 77 | 京極高氏 | 1296〜1373 | 足利尊氏らと共に倒幕運動に参加。後醍醐天皇の建武の新政に大きく寄与する。法名・導誉。 | |
| 14 | 77 | 今川氏真 | 1538〜1615 | 桶狭間の戦で父義元が討ち死にした後の衰退を止める事ができなかった。だが、家名は存続させた。 | |
| 14 | 77 | 柳生宗巌 | 1529〜1606 | 剣術家。新陰流正統第2代として、剣の柳生家の太祖となった。晩年は石舟斎と号し、隠棲。 | |
| 19 | 75 | 織田有楽斎 | 1547〜1622 | 茶人。織田信長の弟。茶道有楽流の祖。茶の湯は利休に学んだが、独自の茶風を展開した。 | |
| 20 | 74 | 毛利元就 | 1497〜1571 | 中国地方の戦国大名。弱小国人層から、中国地方の覇者となる。 | |
| 20 | 74 | 藤堂高虎 | 1556〜1630 | 伊勢国津藩初代藩主。数々の合戦で武功をあげる。関が原では、小早川を監視し、共に大谷吉継を討つ。 | |
| 22 | 73 | 橘諸兄 | 684〜757 | 恭仁宮遷都、大仏鋳造を推進した人物。藤原4子が相次いで病死の後、藤原氏に代わって政権を掌握。 | |
| 22 | 73 | 藤原清輔 | 1104〜1177 | >藤原氏北家末茂流。百人一首「ながらへばまたこの頃やしのばれむ・・・」の歌で有名。 | |
| 22 | 73 | 今井宗久 | 1520〜1593 | 境の豪商、茶湯者。境の代表者で、信長・秀吉政権下で、茶の湯の興隆に貢献した。 | |
| 22 | 73 | 徳川家康 | 1543〜1616 | 江戸幕府初代将軍。幼少の頃の苦労により、忍耐力に富み、また的確な判断力も備える。 | |
| 26 | 72 | 阿倍仲麻呂 | 698〜770 | 遣唐留学生で唐の朝廷に仕えた文人的官僚。百人一首「天の原ふりさけ見れば春日なる・・・」の作者。 | |
| 26 | 72 | 毛利輝元 | 1553〜1625 | 毛利元就の嫡孫。領国の支配強化を推進。関が原で西軍についた為、領国減るも存続し、長州藩となる。 | |
| 26 | 72 | 織田信雄 | 1558〜1630 | 織田信長の次男。本能寺の変後、甥の三法師の後見役となる。秀吉との間で、確執あり。 |