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学校敷地の裏側に入ってみよう。今はどのように利用されているか分からないが,かつて学校の裏側は校庭の一部といってもよい場所であった。校舎や校庭は大きく変わってしまったが,学校の裏はそれほどでもない。古い卒業生には懐かしい場所である。
学校敷地の南側から学校の裏側に回る。写真左手の家は私が小学生の頃すでにあった。私はこの道に面した校舎の2階で3年生と4年生の時間を過ごした。3年生の時の担任は今も北鹿新聞に時折エッセイを書かれている達子潤先生。教室からこの家の水彩画を描いた記憶がある。
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| 裏側に回ると視野がひらけ,花岡方面の山々を一望できる。右に曲がりながら緩いS字の坂を
下る。 |
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道が平坦になる辺り,法面がコンクリートブロックで補強されている。かつてこの斜面はスキーの練習場として使われていた。今や鬱蒼とした樹木に覆われている。30年の年月の力には驚くばかり。この上には給食室,用務員室,倉庫などがあった。 |
さらに進むと三叉路。右は校舎の建つ台地の下縁に沿って回る道,左は下内川の堤防に向かう道。まずは左に進む。
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ここはかつては水田や畑が広がる見通しの良い平坦な農地だったと記憶している。木が生えていたという記憶はない。今は校舎に近い部分にはわずかに畑があり,下内川側に進むと牧草地のような緑の草原が広がり,下内川付近は鬱蒼とした低木林になっている。正面には下内川を越えて花岡の大森山が見える。
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北側を眺める,30余年の年月は杉を大きく成長させ,以前には見えた萩長森を視認できない。
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下内川の堤上に到着。北側には堤上路が伸びているが,地図で確認すると間もなく行き止まり。
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南側の堤上は叢化し道が消えている。オフロード車ならなんとか走行可能。
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来た道を再び戻る。杉林が見える部分が学校。
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| 同じ道を戻り,先ほどの三叉路を違う方向へ進む。旧二中の裏(西側)の部分,この辺りもスキー練習場として利用されていた。この上には体育館(小学校),テニスコート,技術室,特殊学級(いずれも中学校)などがあった。 |
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さらに進むと右手に校庭に上る道がある。かつては中学校の体育館の裏側に出る部分で,ここを上るとすぐ右手にベージュ色に塗装された体育館,正面にテニスコート,テニスコートを越えて右手に美術室,理科室,音楽室などからなる二中の木造校舎,テニスコートの左手(北側)にはプールとグラウンドが見えた。坂の両側の木の生長に長い月日の経過を感じる。地盤沈下の影響なのだろうか坂の高低差が小さくなったように感じる。 |
| この坂の脇には沼がかつてと同じ姿で残っていた。道をさらに進むと数件の民家があり,最も奥の民家の脇の坂を上って進むと杉林を通り二ツ森のササキ理容室脇から旧羽州街道に抜けることができた。さてその道はどうなっているだろう。
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犬
に吠えられながら民家の脇の道を上る。この細い道は今でこそ路肩がコンクリートで補強されているが,かつては脆い砂質土の崖になっていて,狭い道が崖側に傾斜していて崖側に滑り落ちそうになるちょいと怖い坂だった。 |
| 上がりきってみると,あれえ道がない,これ以上奥への探索は取りやめ180度方向を変え来た道を戻る。 |
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犬に吠えられながら再び来た坂道を下る。下りは自転車の勢いがよい分,犬の吠え方も力強い。
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| 違う方向から校舎の裏側を眺めてみる。 |
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スタート地点に戻って見えるこの家,これも昔からありますが相当に傷んでいる。車がありますが誰か住んでいるだろうか,あるいは玄関前のスペースが単に駐車場として利用されているだけなだろうか。 (2010年10月にこの家は解体されました) |
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