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写真撮影2006年9月24日
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板子石バス停の前の山神社,もともとは千手観音を祀っていたもので,神社になった のは明治4年。板子石という地名の由来は北条時頼(鎌倉幕府第五執権,在職1246〜56年)が謀略によって自害した愛妾唐糸御前をいとおしんで「いと恋し」と言った場所だからという。また,釈迦内という名前の由来も彼女の霊をなぐさめるために建立した釈迦仏を納めた釈迦堂に由来していると言われている(唐糸伝説)。

社の傍らの太い欅(ケヤキ),
弘長2年(1262年)時頼 が唐糸御前の遺髪を埋めた塚に植えたという。大正7年(1918年)時点で欅は3本あっ たというが 現存するのは1本のみ。大正7年時点で3本の欅はそれぞれ胸高周囲21尺(約 6m40cm,直径換算約2m)あり,3本の樹高と木の間はともに10間(約 18m)あり,鼎立し天空を覆ったいたという『釈迦内郷土誌』大正7年, 荒谷武三郎著より)。老朽という理由で切り倒され,最期の一 本になってしまったのは昭和46年らしい(『火内』2号 昭和47年 日景健氏の記述より)。

その板子石山神社前からスタート,ここは旧羽州街道に相当し,旧国道7号線である。大 正7年時点には,ここから南に半町(約50m強)の地点に秋田市から31里を示す距離標があったという。

昭和44年1月10日に御成町二丁目の旧営林署前から釈迦内乱川のまでバイパスが通じ,枢軸路としての役割を終えた。側溝が整備されている以外はかつての姿と大きく変わりはない。板子石地区には菅原,工藤,渡部姓が多 かったように記憶している。

100m ほど進むと左手に松木に抜ける道がある。
次の右カーブを曲がると旧小坂鉄道花岡線板子石踏切,昭和60年3月31日, 大正3年(1914年)1月26日に開通以来71年間の長きに亘って人と鉱石を運び続けた花岡線が廃止され踏切は撤去された。青いトラックの鼻先が踏切の跡。
色あせた濃淡二階調のオレンジ色からなる列車が通り過ぎていった単線軌道,その跡は草地になっている。
花岡に向かう県道192号(釈迦内花岡白沢線)と交差し通過す る。交差点の南西の角(左手前)にはかつてパン工場があった。白い車の後方のカーブから先は花岡線と伴走していた。道の歴史は花岡線よりもずっと新しく昭和42年5月1日に開通している。
日景町バス停近辺。スピード制限標識の付近に鍛冶屋があったことを記憶している。板子石のカーブから釈迦内新道のバス停付近まで道は直線。いか にも 人工的なこの直線は, この道が旧羽州街道でないことを示している。
大館郷土博物館の黒田一志氏にこの付近の羽州街道の走行について尋ねると,

詳細については“不明である”としか言えませんが、これまでの検討から、板子石神社から釈迦内方面へ大きく曲がるところを少し北へ行き、そこから東に折れて乱川と旧国道の間の細い道を通り、現日景町の真中ほど で旧国道に出て、そこから現神明社前にでていたと考えられている,しかしそれが“本当に正確か”と言われると証拠がないため何とも言えません。

板子石のカーブにおける旧羽州街道と思しき道の痕跡 (昭和50年)
「国土画像情報(カラー空中写 真) 国土交通省」より
向陽幼稚園近辺,実は向陽という名前は釈迦内小学校と縁が深い。明治6年日景弁吉によって釈迦内実相寺内で開校した釈迦内小学校の前身を「向陽学校」と呼んだ。その後7回校名が変わり今の大館市立釈迦内小学校がある。日景町地区は旧釈迦内村中心部同様に日景姓と木村姓が多 かったように思うが,釈迦内の中心地区ほど優勢ではなかったと記憶している。釈迦内に関連した人以外で日景姓を持つ人を私は知らない。
小池酒店前の釈迦内新道バス停前,1803年6月江戸時代の紀行家菅江真澄は紀行『にえのしがらみ』に次のように記している。

「十八日,松峯という山にのぼろうと,朝早 く,昨夜泊まった酒殿の主人作右衛門のもとを出立して……」

私はてっきり菅江真澄が宿泊したのはこの小池酒店だと思っていたら,どうやら違っていた模様,後に大館商工名鑑で確認したら明治39年の創業でした。詳細は実相寺〜学校のセクションで。
さらに50mほど進むと三叉路がある。この三叉路付近から景色は大きく様変わりしている。通学路中の最大の変化のある場所といってよい。変化の原因は将来的に高速道路の一部として機能する大館西 道路の建設である(平成10年12月5日供用開始)。
旧道はこのとおり20mほどで行き止まり,路肩から草が伸びて遺構と化している。かつてのバス停舎が赤茶色く錆びて朽ち始めている。新道は南側を迂回し大館西道路の下をくぐり松木からの道と合流する。この向こうにあった橋は「釈迦内橋昭和25年12月竣工,開削され消失。
三叉路を右に進むと旧7号線バイパス(昭和40年3月23日供用開始),大館西道路と7号線合流点の建設に伴い不自然なバリケードで分断されている(獅子ヶ森 側とは通じてい る)。