トップページへ


北鹿地区の鉱山がばたばたと閉山した20世紀末,歴史の上では瞬間のできごとでも人の時間の感覚からすると一瞬というよりも櫛の歯が抜けるように徐々に消えたと感じるだろう。

鉱山文化を象徴するような物も,一瞬にして消えたというよりも,徐々に,知らぬ間に消えていった,そんな感じ。文化施設,たとえば大館市では大館郷土博物館,小坂町では郷土館,鹿角市では尾去沢鉱山の 鉱山歴史館に入れば知ることもできるが,歴史を知ることに対して積極的な姿勢がある人達だけにしか伝わらない。身の回りにかつての鉱山の隆盛を伝える物はないだろうか。
目次
(1) 大館市大鳳堂 『黒鉱ドーナツ』
(2) 小坂町レストラ ン青銅館『黒鉱カレー』&『鉱石アイス』
(3) 校歌に謳われる鉱山の姿を探る

花岡中学校
大館工業高校
花岡小学校
小坂中学校
小坂小学校
小坂高校
尾去沢小学校
尾去沢中学校
末広小学校
十和田小中学校
阿仁合小学校
(統合 前)
(4)
大館市内に露出した鉱脈を発見



(1)大館市大鳳堂『黒 鉱ドーナツ』


北鹿地区を席巻した黒鉱ブームが去りすでに30余年,黒鉱なるものが何なのか20代以前の人達は大半が知らないだろう。かつてこの地区の鉱業が最盛期の頃には「黒鉱」と銘打った商品が数多くあったらしい。この手の「ブーム」をいち早く捉えるのは菓子業界である。 今もそうだが,地域で注目すべきものが見つかるとすぐにそれに因んだ菓子に変化する。黒鉱もしかりで,黒鉱という名前ついた菓子が数多く発売されたらしい。羊羹,まんじゅう,飴,あけがらす(明けがら寿),ドーナツなどがあったという。黒鉱ブームが遠い昔に去った今,常識的に考えれば黒鉱という名前の付 いた商品など残っているはずがない。衰退したものというのはマイナスイメージを生み,イメージの劣化した商品は瞬時に店頭から消える運命にある。

市内のいくつかの菓子店を取材し,かつては黒鉱に因んだ菓子を作っていたという話を聞くことができた。今はないがどんな菓子だったのか情報を仕入れておこ いという程度の気持ちで菓子店巡りをしたいた。

そして今日,大館市役所の東100mほどの所にある老舗菓子店『大鳳堂』を訪ねた。店主に「すみません,黒鉱と名前の付いたお菓子を作っていたことはありますか?」と訊くと「黒鉱飴,黒鉱羊羹,黒鉱ドーナツなど5〜6品目作りましたよ」と云う。そして意味ありげに陳列ケースを静かに指した。えっ,まさか……。

こいつは驚き,かつ感動してしまった。「黒鉱ドーナツ」である,ブームが去り30余年の月日を超えて黒鉱という名が生存しているとは。シーラカンスを見つけたコートニー・ラティマー女史はかく高揚した気分だったのだろうか。店主によると,売れ続けている商品なので止めるわけにいかなかったという。40年以上黒鉱の名前を生かし続けたのは何を隠そうこのドーナツの味だったのである。

味であるが,甘みと油っこさが抑えられていて,さっくりと割れて口の中で崩れていく感じはなかなか心地よい。硬いが脆(もろ)いという岩石をイメージさせ たのだと推察する(実際には黒鉱は脆くないが),このような食感には好みが分かれるかもしれないが,なかなか美味しい。最近のドーナツの食感を期待すると裏切られるが,懐かしい味の個性的な菓子だ。鉱山関係者は思い出し出し食べるべし。(2006.10.15)

創 業70余年「大鳳堂」
黒 鉱ドーナツ 105円/個

このページのトップへ



(2)小坂町レストラン青銅館『黒鉱カレー』 &『鉱石アイス』

2006年10月16日,小坂町にある金属鉱業研修技術センターの隣り『レストラン青銅館』,ネットで「黒鉱カレー」なるものがあることを知り,早速訪ねた。

レストランはセンター敷地内にある。時刻はすでに2時近く,月曜日だということもあろう,客はまばら。ネットでは黒鉱スパゲッティーなるものもあると聞い ていたが,どうやらすでにメニューから消えた模様。黒鉱カレーと鉱石アイス,それから小坂町名産の桃豚ソテーを注文。

秋田県小坂町 レストラン「青銅館」
メ ニューにある「黒鉱カレー」
テレビで有名だったの?


出てきたカレーはメニューの通り真っ黒,カレーにイカスミが入れられて真っ黒になっているのだ。これのどこが「黒鉱カレー」なんだ,これは「イカスミカレー」じゃないか。そう言おうとする客の口を封殺する物がカレーの上にトッピングされている。金箔である。「イカスミカレー」と「金箔」の関連性はゼロ。 金箔に意図がこめられていることは明瞭である。僅かな金箔が「イカスミカレー」を「黒鉱カレー」に変身させているのである。しかし,これはどう見ても「黒鉱」よりも後生掛温泉の「鉱泥」だ。でも「鉱泥カレー」じゃ余りにリアルすぎて口にはいる瞬間まで安心できない。味の方だが,金箔は無味無臭であるから, 当然普通のイカスミカレーである。

黒 鉱カレー,ナプキンの隣には歯ブラシ
黒 鉱カレーたらしめる金箔のトッピング


さらに注文した「鉱石アイス」,実は黒ごまアイスなのだがカレー同様に金箔がトッピングされていて自分が単なる黒ごまアイスではないことをアピールしてい る。箔が付くとはまさにこのことであろう。

鉱 石アイス
こ の金箔が全て


鉱石アイスの歴史を聞き忘れたが,黒鉱カレーの歴史は約15年,ということは隣接するセンターの歴史に等しい,このレストランは同時期(平成3年)に建てられたのだろう。小坂鉱山は平成2年に閉山しているからこれらのメニューはかつての繁栄を名残り惜しんで作られていることに間違いはないだろう。先述の黒鉱ドーナツのように歴史を生き抜いた物とはまた違う性質をもつ物だが,大館にもかつての鉱業の栄華を名残り惜しむような物があってもよいと思うが。

このページのトップへ

(3)校歌に謳われる鉱山の姿を探る

鉱業の繁栄の名残の殆どは廃墟だけである。有限な地下資源を扱うという性質上,鉱業という産業には明瞭な繁栄と衰退が運命づけられている。鉱業の繁栄に即して成り立っていた他の産業も同様に衰退に即し消え行く運命にある,故に何も残らない。そんな中にあって例外的に後世へと受け継がれていくものがある。

それは歌である。

廃鉱になった地区の学校で歌われ続ける校歌,その歌詞にはかつて繁栄した鉱山の姿を感じさせるものがある。かつて私はそんな歌を快く感じていなかった。敗 北感というか悲哀というかマイナスのイメージを強く感じていた。しかし今は違う,このように残された校歌は実は誇るべきものだと強く言える。

鉱山を謳う校歌は何故か一際きらめいている,何故だろう。

一般的な校歌を作ることなど簡単,ひな形を作り空欄にそれぞれの地区の山とか川とか,海の名前などを入力し,校訓的な崇高な言葉で飾れば完成である。世の殆どの校歌は没個性的,理想を謳ってばかりで現実の学校との接点がない。言っちゃ悪いが,甲子園球場で聞く校歌,歌う球児を気の毒に思うようなものは枚挙に暇がない。

そんな校歌の中で,鉱山に関連したフレーズを持つ歌は,その中心に揺るぎない芯を持ち輝いている。過ぎ去った栄華がむしろ強い安定感を与えている。校歌か ら鉱山関連の部分を削除すると分かる,残るはくどいほど美化された叙事と空を切る崇高な理想だけ(本来校歌とはそういうものであろうが),歌は没個性側に 一挙に転落してしまう。

鉱山フレーズのように強烈な個性を持った校歌は実は貴重な宝物である。統合などと言う名目で消して欲しくない。

今回,北鹿地区の小中高の校歌を調査し,歌詞の中の鉱山に関連した部分を注目し考察してみる。まだ調査中の学校もあるので,情報が揃い次第更新する予定。

鉱山に関連したフレーズを持つ校歌を有する学校(北鹿地区)
大館市 小坂町 鹿角市 北秋田市
花岡小学校
花岡中学校
大館工業高等学校
小坂小学校
小坂中学校
小坂高校
十和田小中学校
尾去沢小学校
尾去沢中学校
末広小学校
(旧) 阿仁合小学校
(旧)阿仁中学校?(調査中)


まずは花岡地区から,花岡中学校

大館市立花岡中学校校歌
1.
鉱石日ごと山なして 伸びゆく日本にこだまする
わがふるさとのあしたをにない. 日々の学びも豊かに築く
われら花岡中学校
2.
かがやく空よ大山よ 朝風ながれる美しさ
ああ友愛の輪もむつまじく 平和の国の力を胸に
希望にもえて行く
われら,花岡中学校

(解説)歌詞の冒頭から「鉱石」で始まるインパクトの強さはすごい。「伸びゆく日本にこだまする」という部分は,かつていかに鉱業が上向きの繁栄を続けて いたか,いかに重要な産業として位置づけられていたかを教え,そしてそれを担う地区の誇りが感じられる力強い歌い出し。この校歌においてはまさに最初のフ レーズが全てであるといえる。


続いて大館工業高校


秋田県立大館工業高等学校校歌


あらがねの土に黄金の花咲けり
磨く知徳の学びやに人生の光なからんや
汲まば叡智のみずうみに力のもとは溢るべし
新日本のいしずえを築く工業
おお我等大館工高大館工高


(解説)大館工業高校も花岡地区にある学校で,以前は花岡工業高校といった。「あらがね」とは「粗鉱」つまり,まだ精錬されていない状態の鉱石をいう。花 岡中学校同様に冒頭から鉱山関連フレーズが飛び出す。第1フレーズは鉱業が繁栄する花岡地区から「黄金の花」つまり有望な人材が輩出されるということを喩 えているか,あるいは学校が創立したこと自体を讃えているように見える。「あらがね」とはまことに力強く美しい響きを持つ言葉である。やはり最初のフレー ズがこの歌に強靱な芯を与えている。


次に花岡小学校

秋田県大館市立花岡小学校校歌
1.
そびえて高き山脈の
雄々しき姿 窓に見て
集う学びのわが徒は
心崇高く身はつよし
その名ゆかしき花岡の
ああなつかしき わが校よ
2.
みずほの稲の美しく
山に銅鉱 華と咲き
集う学びのわが徒は
希望の光輝けり
ああなつかしき わが校よ

(解説)花岡地区の最後は花岡小学校,鉱山を述べたフレーズは2番にあっさりと登場するだけ,これは意外であった。「ああなつかしき」という懐古的な姿勢 も小学校の校歌らしくないし,当時隆盛を誇ったの日本屈指の鉱山のホームタウンらしいエネルギーが感じられない。校歌の制定にあっては複数案がありその中 の一つが採択されたのだと思うが,なぜこのような大人しくまとまったのか,善し悪しは別としてちょっと不可解,奥ゆかしさは評価したい。


次に小坂地区に移動し,小坂中学校

秋田県小坂町立小坂中学校校歌
1.
ながれる大気 さわやかに
つらなる山々 あけぼのにおう
鉱床ひろく 山ひらく
わがまち小坂 日に新しく
われらの力 わくところ
2.
幾山谷の 霧わけて
たゆまぬ米代 みなもときよく
学ぶひとみも はれやかに
明けゆく国の 希望をになう
われらの肩の すこやかさ
3.
大煙突も 溶鉱も
伸びゆく日本に さきがけすすむ
このふるさとの 雄々しさよ
正しく強く うけつぎ育つ
われらは小坂 中学校

(解説)歌詞の1番と3番に記述されているというのは珍しい。花岡中学校と同じ「伸びゆく日本」というフレーズは偶然の一致か?。鉱山の規模や雄大さが伝 わるが,記述のある部分は控えめでインパクトはやや弱い,良く言えば奥ゆかしい。


次に小坂小学校

秋田県小坂町立小坂小学校校歌
1.
山は緑だ 鹿角の山だ 水は真青だ 十和田 の湖だ
清く明るい 景色の中で 清く明るく 育つのだ
2.
鉱山は宝だ 日本の鉱山だ 子等も宝だ 日本の子等だ
国の宝の 輝くように 強く正しく 育つのだ
3.
みんななかよい 我等の友だ いつも楽しい  我が学校だ
力一つに 手をとりあって うんとよい子に 育つのだ

小学生が理解しやすく歌いやすいようにアレンジされている校歌。統合などで新学校ができた場合にこのような歌詞になる場合が多いように思う。村木清一郎先生が作る校歌は『だ』調が特徴的なのですぐに分かる,有浦小学校もそうである。鉱山の記述は 2番冒頭にある。単純なフレーズだが力強い。「日本の鉱山だ」ということは,つまり小坂鉱山が日本一だということである。その誇りが感じられる力強い2番 である。


続いて小坂高校

秋田県立小坂高等学校校歌
1.
南はるけく八幡平
星雲高くたなびきて
北に静もる十和田湖は
神秘の水を湛へたり
仰ぎ映さむ人待つと
2.
貫きて流るる小坂川
せせらぎ告げて絶間なく
甍並べし鉱場は
科学の粋を萃めたり
学び究めむ眉我等
3.
見よや銅温かく
アカシヤ花と清らかに
匂う徽章の精神こそ
豊けき明日を築くなれ
朋友よいざ起ていざ往かむ

(解説)鉱山に関する部分は2番にあり,写実的に謳われている。鉱山地区は古めかしい建物が軒を並べ,昔風の鉱夫が歩いている情景を想像させるが,それが かつては科学の粋を集めた所だったというのは矛盾しているようで実は事実だったのである。やはり歴史を感じさせる。大人っぽく,いかにも高校の校歌という 感じ。

次は鹿角市の尾去沢地区へ移動する

まずは尾去沢小学校

秋田県鹿角市立尾去沢小学校校歌
1.
山なぞえ 空は青し
尾去沢 よきまなびや
幼し我等 このまごころ
飛べよ翼 ともに巣立たん
尾去沢 尾去沢 我がかなやま
2.
山なぞえ 水は清し
米代よ 我がゆり床
勇ましい我等 このとどろき
響けいわお 常に励まん
尾去沢 尾去沢 我がかなやま
3.
山なぞえ 光深し
十和田湖よ 八幡平
さやけし我等 この朝夕
におえこがね ともにみがかん
尾去沢 尾去沢 我がかなやま

(解説)伝説によると1270年もの歴史を誇った尾去沢鉱山,歌詞からはその歴史の長さと鉱山がいかに地元の生活へ深く浸透しているかが感じられる。各番 の最後に「我 がかなやま(鉱山)」と静かに締めくくるあたりに何とも言えない歴史の重みと鉱山への親近感が感じられる。実際に尾去沢に行ってみると「かなやま」という 言葉を頻繁に見かける。長い歴史の間に鉱山と住民の生活が完全に均質に混じり合ったのだと感じさせる。冒頭から鉱業を前面に押し出すような歌詞は確か に力強いが,この歌詞を見てからではそのような詞作りは歴史の浅さを打ち消す手段のようにすら感じられる。悠久の歴史と重厚さ,そして鉱山への愛が感じられる格調高い校歌。
作 詞が北原白秋,作曲が山田耕筰という顔ぶれもすごい。脱帽。


続いて尾去沢中学校

秋田県鹿角市立尾去沢中学校校歌
1.
鉱山の煙は高く
空を行く希望のごとし
尾去沢尾去沢
ここにして我らは学ぶ
なつかしき学舎のうち
2.
米代の流れは清く
若き日の命のごとし
尾去沢尾去沢
ここにして我らは学ぶ
美しき山川のうち
3.
十和田湖の水は静かに
ゆるぎなき理想のごとし
尾去沢尾去沢
ここにして我らは学ぶ
新しき喜びのうち

(解説)中学校では冒頭から鉱山関連のフレーズで始まり力強い。あの高い煙突から精錬煙が高々と空に広がっていく姿が想像される。しかし,失礼を承知で言 うが,飛び抜けて格調高い小学校の校歌との落差は否めない。中学校の歴史は小学校よりも浅いため,得てしてこのような傾向になりやすい。一般論として言う が,中学校の校歌には「情熱」とか「希望」などという歯が浮きそうな台詞が多い。年長者の価値観から強要された若者の姿,この言葉に疑問を感じるようにな れば一人前の中学生である。


鹿角市末広へ移動し,末広小学校

秋田県鹿角市立末広小学校校歌
1.
春咲く花は うつろえど ときわの緑 いよ よ濃き
うまし鹿角の 国原の わが松山の 丘の上
学園こつと そばだちて 文化の芽生え つちかいつ
2.
土深井の山 小真木山 あらがね土にしくところ
南にむかい 北をうけ 大河米代 ゆくところ
わが末広の 学園は 古き歴史の 栄えあり
3.
岩ふみさくみ しずまれる 女神のみこと  かしこみて
みつぎまつるや 大欠の 田畑もさわに みのるごと
教えのつゆに うるおいて わが学園の 秋ゆたか

(解説)末広近傍の小真木山には白根金山という南部藩の重要金山があり,1600年代初頭(慶長年間)に隆盛を迎えていた。その後,小真木鉱山と呼ばれる ようになった。校歌では,小真木山にはあらがね土(粗鉱)が敷かれていた,つまり,地下から豊かな鉱石が掘り出され続けていたことを表している。


ここから十和田湖畔に移動し,十和田小中学校

秋田県小坂町立十和田小中学校校歌
1.
たゆとう湖の 水きよく
つらなるみねの 白雪と
千古かわらぬ その姿
友よ 互に むつみあい
われらの心 育まん
あゝ学び舎 十和田と共に
2.
はてなき鉱床 地下ふかく
空にそびゆる 煙突と
強く雄々しき その姿
友よ 互に 助けあい
われらのからだ 鍛えなん
あゝ学び舎 十和田と共に
3.
ほこ杉暗く 山たかく
屈して折れぬ 若竹と
創り続くる その姿
友よ 互に 手をとりて
われらの心 育まん
あゝ永久に 十和田と共に

(解説)十和田湖西岸において寛文5年(1665)万谷の与右衛門によって鉛山鉱山が発見され,翌年に十和田鉱山(俗にいう銀山)が発見されている。かつての鉱山があった付近にある小中一貫校,とは言わないが,小学生と中学生が同じ校舎で学ぶ小さな学校が本校である。あの緑深く神秘的な十和田湖畔に大きな煙突が立ち,もくもくと精錬煙を吐いていた時代があったとは,今となっては信じがたい。



阿仁合小学校に移動する。残念ながら学校統合により昭和53年度より校歌が新しくなり,鉱山に関する記述が消えてしまったので古い校歌を掲載させて頂く。 この校歌は阿仁合小学校の関係者から直接提供して頂いた。ご協力を感謝する。

(旧) 阿仁町立阿仁合小学校校歌
1.
黄金 白金 銅の
宝を産みて 名も高く
歴史は長し 三百年
文化輝く わが里よ
2.
西にそびゆる 姫ヶ嶽
流れは清し 阿仁の川
山と水との 秀麗の
霊気満ちたる わが校よ
3.
鎮まりませる 神明の
加護を受くる 友達よ
金の宝に まさるべく
学びの道に いそしまん

阿仁鉱山は延慶2年(1309年)に金山として開かれ,18世紀には日本の三大銅山として名を馳せ,徳川幕府御用銅の40〜50%を占めるなど産銅日本一 を誇った。その後鉱床を掘り尽くし昭和45年に操業を停止,
昭和53年に閉山した。阿仁鉱 山は一つの鉱山の名称でなく,六つの鉱山(小沢,真木沢,三枚,萱草,一の又,二の又)の総称である。

偶然か否か,閉山と時を同じくして学校統合が行われている。旧校歌の1番は全てのフレーズが鉱山に関連しており,校歌なのか鉱山歌なのか区別できない。誇 らしげである。3番では,その誇るべき鉱山で採れた金より増して勉学すべしと説く,鉱山のレベルが高かっただけに生徒には相当に荷が重いフレーズだ。

私としては校歌が改められたことが残念でならない。校歌を郵送して頂いた阿仁合小学校に感謝します。

(補遺)大葛金山に関連したフレーズを持つことが期待された大葛小学校校歌には金山に関連した語句は含まれていませんでした。大館市教育関係者諸氏
及び大館市教育委員会学校教育課羽生昇二氏(釈迦内小学校同期生)に感謝します。

このページのトップへ




(4)大館市内に露出した鉱脈を発見!

鉱山の名残というのはありそうでない。実際に地表に鉱床が見える ような場所が見つかることを期待していたが,大館に今まで住んでいて鉱山以外で鉱床が露出した場所など見たことも聞いたこともない。大規模な工事現場を見 てもただの岩ばかり,私は既に諦めていた。

しかし,先日ついに発見した。趣味の自転車で林道探検をしていたとき,落石が散乱する崖にきらめく何かが目にとまった。そこに至るまでの数カ所の崖で鉱床 の周囲に多く分布する「グリーンタフ」という緑色凝灰岩を確認していたので,もしかしたら,という期待していたのだが,それが現実のものになった。きらめ いていたのは硫化鉄鉱(黄鉄鉱)であった。岩の間にサンドイッチ状に挟まっている。たかが硫化鉄鉱だが紛れもなく「鉱脈」である。周囲には細かな破片が散 らばっていて,秋の陽光を反射してきらきらと輝いている。私は鉱脈を指で掘り起こした。数センチ程度の金色の塊がごろごろと出てきた。生まれて初めて「採 鉱」した私,感激してしまった。

グリーンタフの崖
鉱脈が露出した崖
硫化鉄鉱が層状の鉱脈を形成している
採鉱した硫化鉄鉱,昔は火打ち石として使われた
「愚者の金"fool's gold"」という名は有名


人が通る場所に鉱脈が顔を出している,鉱山の名残というよりも証拠である。場所は大館市の山間部,花岡鉱山が一番近いだろうか。崖は落石の危険があり,ま た,荒らされるのを防ぐために場所は伏せさせて頂く。私のお宝スポットです。

このページのトップへ