緑色のスケッチブック 妻を亡くしてのひとり旅
放浪の画家
秋山誠さんとの出会い
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秋山さんとロラン(撮影:富谷)
後ろは、琵琶湖から京都に流れている水路。

『晩秋の水路閣』 透明技法と不透明技法を織り交ぜた素敵な水彩作品です。

2001年11月1日、京都南禅寺水路閣で、放浪の画家秋山さんに会いました。

リフレッシュ休暇も三日目の11月1日(木)、 水路閣で、水彩画を描いている物静かな方がいらっしゃったので、一応絵描きの僕と富谷(旧姓高取)君は、好奇心旺盛で絵を見せていただくことになりました。いやあ、実にていねいな水彩画でした。少し話を聞かせていただきました。写真左手が秋山さん、右手が私ロランです。右側の絵が、秋山さんが描いた水彩画で5000円の格安で譲っていただきました。富谷君も1枚、同じ場所の絵をいただいてきました。秋山さんが、何のために描いているのか、秋山さん自身のメッセージカードから紹介したいと思います。
 先頃この世で唯一の肉親であった妻を亡くし、天涯孤独の身になってしまいました。そんな世の無常を悲しみとして、私は放浪の画家になるべく旅に出る決意をしました。勿論、妻との二人旅。常に私の心の中に彼女は生きています。この絵はそんな妻との共同作業のつもりで描きました。歩いていると「この辺がいいわ」と彼女が私に語りかけてくれそうです。その場所を、たまたま肉体を持つ私が描いているだけなのかもしれません。裏にその彼女の名前も併記しておきました。
 正式な夫婦ではなかったのですが、彼女は医者の娘でありながら、ブランド物や貴金属類などには一切目もくれず、貧乏絵描きの私を一人前の画家にするためにと、身を粉にして働いてくれました。辛そうな表情を決して表に出さず、常にニコニコしている彼女でした。享年48歳の若さでこの世を去りました。病気に気付いた時は既に手遅れの末期のすい臓癌で、入院して3日後にこの世を去りました。
 亡くしてみて、初めて妻の愛の大きさを知り、人生の寂しさを思い知らされています。そんな私のために残してくれた彼女の愛を、少しでも多くの方々に分けて差し上げることができればとの願いを込めて描いています。稼ぐために描いた絵ではありません。この場であなたとこの絵が巡り逢えたのも何かの縁。近い将来「ひょっとしたら値打ちが出るかもしれない・・・」というささやかな夢を持って戴けたらとの願いを込めて描いたつもりです。私のような者にただ尽くすためだけにこの世に生まれ、そして死んで逝ったのかと思うと、あまりにも彼女が不憫でならず、せめてもの供養になればと思っての旅でもあります。市井の片隅にこんな夫婦もいたことを、この絵を通して何かの機会にでも時々思い出して戴ければ幸いです。
 そして、どうか気付いた時にでも、必ずガン検診には行かれることをお勧めします。それがあなたへの彼女からのメッセージです。
 (直筆コピーで続きがあります)
 これは、決して絵の安売りではありません。
亡き妻の名を後生に残し、ひとりでも多くの方々に知っていただくための方法のひとつとしてカンパ金に対するお礼という形をとらせていただきました。画家として、彼女への感謝の気持ちをこういう形で表現できることの幸せを心から有り難く思っています。
 尚、この絵を保存される場合は、このメッセージもセットとして保存しておいて下さい。ご協力有り難うございました。 秋山誠   メッセージの続き

 秋山さんから購入した京都南禅寺「晩秋の水路閣」の絵は、私の最愛の妻、由紀にいただいていただきました。