ときど記コスモス

 

 

 

(^^) 52クール開始

 ( 8/2)

 

51クール

完遂

 

 

 

4 /10     定期検診  

4 /24          PET/CT   

  5/  1   脳MRI, 胸腹部CT

   5 / 8   検査結果

                 脳異常なし

肺12月から変化なし

今後の治療計画も変更なし

 

 

コスモスさんにそっくりな

「ぴんころ地蔵さん」

 

 

▲桜ギャラリー

▲信州桜ギャラリー

 

 

4

3

           2

      2007             1

  12

11

10

9

 

 

 

 

 

2006.  6/ 7〜 8/30  

 

2006. 4/116/22   

 

2006. 2/19〜5/20    

 

2006             1

 

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8月

ど根性コスモス&盆栽鉢

もう葉月

 

7月

地中海クルーズの旅J

地中海クルーズの旅I

ひまわり

地中海クルーズの旅H

グリーンダイヤモンド

地中海クルーズの旅G

地中海クルーズの旅F

今日から文月

 

6月

我が家のお花たち

我が家の紫陽花たち

紫陽花寺

地中海クルーズの旅E

地中海クルーズの旅D

地中海クルーズの旅C

地中海クルーズの旅B

娘の結婚式(6/2)

地中海クルーズの旅A

地中海クルーズの旅@

出窓

柏の葉公園のバラ園

ユリノキ

小諸城址懐古園

我が家のお花たち Part2

クレマチス

ハコネウツギ

ドウダンツツジ

初鶯

子供の日

我が家のお花たち

八十八夜

花水木

今日から皐月

一生ゴールド

木香薔薇

穀雨

君子蘭

唐変木 

朝のベランダ

まだまだますます元気

花の色はピンク

花桃

花海棠

花天上

花蘇芳

春爛漫

いちめんの菜の花

今日から卯月

 

 

 2007.8. 3.FRI

【 ど根性コスモス&盆栽鉢 】

 

先日7/28(土)、最凶先生の陶芸工房「うむき」におじゃましました。

3回目の陶芸体験で、またまた訳の分からないようなオブジェを作り、

先生を悩ませてしまい、大いに@(;・ェ・)@/反省…

無事に焼き上がるでしょうか?

 

 

夕方おいとまする時に、

工房横の道端に咲いていた「ど根性コスモス」を 見つけました。

その後の雷、豪雨、大風に耐えてまだ咲いているか気がかりです。

本家(?)コスモスも頑張っているので頑張って!!

 

前回の作品「盆栽鉢」が出来上がっていましたので、

早速庭の『ミソハギ・朧月セキショウ・ハツユキカズラ』を 掘り起こし、

寄せ植えてみました。

ミソハギはちょうどかわいらしいピンクのお花を咲かせていて、

うぅ〜ん、なかなか風流です(*σσ*)えへ♪

 

“陶芸deランチ”はご主人の腕を振るった「南アジアンエスニック料理」の数 々。

陶芸1時間、ランチ&おしゃべり6時間で、ランチがメイン。

飲んで食べておしゃべりし、楽しい愉しい美味しい一日でした♪

 

 

 *******************************************

いつも火曜日の治療を木曜日に替えていただき、

2日52クール目の治療に入りました。 骨髄問題なしで、

day2 ジェムザール1,400mg投与。

  

52クール day 2

8/2 ジェムザール1,400mg

投与

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 <信州桜ギャラリー U>

<信州桜ギャラリー T>

 < 桜ギャラリー>

 

 

 

 

 

 

(^^) 52クール開始

 ( 8/2)

 

51クール

完遂

 

 

 

4 /10     定期検診  

4 /24          PET/CT   

  5/  1   脳MRI, 胸腹部CT

   5 / 8   検査結果

                 脳異常なし

肺12月から変化なし

今後の治療計画も変更なし

 

 

コスモスさんにそっくりな

「ぴんころ地蔵さん」

 

 

▲桜ギャラリー

▲信州桜ギャラリー

 

 

4

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      2007             1

  12

11

10

9

 

 

 

 

 

2006.  6/ 7〜 8/30  

 

2006. 4/116/22   

 

2006. 2/19〜5/20    

 

2006             1

 

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我が家のお花たち

八十八夜

花水木

今日から皐月

一生ゴールド

木香薔薇

穀雨

君子蘭

唐変木 

朝のベランダ

まだまだますます元気

花の色はピンク

花桃

花海棠

花天上

花蘇芳

春爛漫

いちめんの菜の花

今日から卯月

 

 

 2007.8.1.THU

【 もう葉月 】

故郷信州佐久地方は毎年8月1日のお墓参りが恒例になっています。

江戸中期(1742年)、千曲川の大洪水で、流域の2.800人もの 尊い命が失われました。

この洪水・災害は、後に「戌の満水」と呼ばれています。

佐久地方では、この日を忘れずに犠牲者を悼む意味から、

お墓参りの習慣につながったとされています。

地元の会社はこの日を休日にするところもあり、

一族揃って お墓参りをする大切な年中行事となっています。

 

きのう関東甲信地方はやっと梅雨明けしましたが、

8月にずれ込んだのはこの半世紀で4番目に遅い梅雨明けとか。

お墓参りのため、30日に凄い雷と豪雨の中を帰省しましたが、

夕方からは回復し、夜中に満月が顔を覗かせました。

 

翌31日は快晴、近くのメアリーローズガーデンに行き、

高原の涼風を受けながら孫たちと遊んできました。

庭園には薔薇の2番花が咲き、

1本の木に赤・青・白の3色の花が咲く、

「3色むくげ」が一層華やぎを添えていました。

 

 

 *******************************************

いつも火曜日の治療を木曜日に替えていただき、

今日52クール目の治療に入りました。 骨髄問題なしで、

day1 ジェムザール1,400mg投与。

 

  

52クール day 1

8/2 ジェムザール1,400mg

投与

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 <信州桜ギャラリー U>

<信州桜ギャラリー T>

 < 桜ギャラリー>

 

 

 

 2007.7 31.TUE

< 51クール完遂 >

【地中海クルーズの旅  J】

<マルセイユ・アルル地方No.2>

 

アルルに残る最も巨大な遺跡の一つ「円形闘技場」は、

回りをグルッと60ものアーチが囲み、2万人も収容できる、

ローマ時代はまさに猛獣や剣闘士の戦いの場でした。




   <円形闘技場>




時は流れて、
今日ではお祭りや行事、また牛追いやスペイン式闘牛(コリーダ)

の場として、観客の熱い声援がアルルの街にこだまするといいます。



その姿は重厚そのもので、ローマのコロシアムと同時期に造られたといいます。

最上階部分は長い年月の間に失われ保存状態が悪いとされますが、

それは中世期に闘技場の回りに街ができ、

二つの教会と500軒もの家が建ってしまい、

それらの家屋を建造するために、

闘技場の石材の一部が切り出されてしまったからに他なりません。

それもまた歴史の事実を反映しているわけです。



しかし2層のアーチで囲まれた楕円形の外壁は、

現在もほぼ完全に保存されています。



最上辺に三箇所、ローマ遺跡としては違和感を覚える塔が立っています。

これらの塔は、中世期に砦として使用された際、物見の塔として活躍しました。




  <物見の塔>



その物見の塔のひとつに上りアルルの街を眺めると、

オレンジの瓦屋根の家々が建ち並び、

その先にはスイス南部アルプス山脈を水源とする、

ローヌ川が豊かな水量をたたえています。




   <アルルの街並み>





店先に絵葉書などを並べた土産物屋は、
地味な色合いの、午前の円形闘技場に彩を添え、まぶしい日差しを浴びて、

どこにでもある観光地の顔を見せています。




   <お土産物屋>




「古代劇場」は紀元前30年ごろの建設で、

円形闘技場よりも100年以上も前に建設された当時最大級の劇場で、

もともとは1万2千人を収容できたという規模を誇っています。



<ロランの塔>

かなり破損が進んでいますが、「ロランの塔」といわれる観客席左側の塔や、

舞台後方の壁の一部であったペディメントの破片を支える「ふたりの未亡人」

と呼ばれる、コリント式の2本の円柱などが残っています。




   
   <ふたりの未亡人>



ここで、オペラ「アルルの女」や「フィガロの結婚」、「セビリアの理髪師」

などが上演されたと聞き、遠い昔に想いを馳せました。



ここもまた、5世紀には教会用の石材として切り出され、

9世紀には要塞に改造されるなど、受難の歴史を辿りますが、

17世紀に再発見され復元されました。



円形劇場もまた、アルルの女王選びや、プロヴァンス地方全域から

民族衣装をまとった人々が参加するお祭りなどに、現在でも使われています。

このアルルの衣装祭りのパレードは、赤や黄色、青、それに花柄のスカートに、

思い思いのショールをまとった、アルルのとびっきりの女性達が、

華やかに美を競い合うといいます。



2,000年もの年月を経た、
これらの古代遺跡が今なお現役として活躍していることに、

歴史の重みとさらには畏敬の念さえ感じずにはいられません。



アルルの街の中心の市庁舎前のレピュブリック(共和国)広場の真ん中には、

円形闘技場から発掘されたという、
高さ10メートルを超えるエジプト型のオベリスクが天を突き、
ヒゲの男の顔をした噴水のその口からは水が滴っています。



  <市庁舎とオベリスク>



広場の北側には「市庁舎」、東側には「サン・トロフィーム教会」があります。

土曜日という休みのせいか、午前中にもかかわらず、
少しずつ人が集まってきています。 





オベリスクのある噴水の縁に座る人や、
小さなリュックを背負った子供連れの女性、

杖をついたお年寄りも歩いています。

時折しも気候が一番穏やかな5月のある日、絶好の観光日和です。



時としてミストラルという突風が吹き荒れるというアルル地方ですが、

市庁舎に掲げられたフランスの三色旗は垂れ下がり、風はありません。



オベリスクの向こう側に、水色のシャツを着た、少しおなか回りが太くなり

始めたひとりの男がサックスを吹いています。

その音色はやや愁いを帯び、柔らかく尾を引いています。

それはその場の雰囲気に変化を与えて、嫌がおうにも旅の郷愁を誘います。

男の前にはサックスのケースが蓋を開けて置かれ、

どこにでも見られる観光地の路上パフォーマーの姿。

しばし聞き惚れ、ケースめがけてユーロコインを一枚投げ入れ、
旅のひとこまです。



広場の東側のサン・トロフィーム教会は、南仏のロマネスク様式で、

北から伝わったロマネスク美術がプロヴァンス地方で花開いた典型です。



正面の扉の上の「最後の審判」を題材としたレリーフには、

キリストが最後の審判を下している図柄が描かれ、ロマネスク美術の傑作です。




  <教会の扉>



現在のロマネスク様式が施されたのは12世紀。

聖母マリア様が祀られ、ステンドグラスで表された聖書の物語や、

柱に彫られた繊細な彫刻の数々に目を奪われます。




  




中世期には教会がいくつも建てられましたが、

特にこの教会は巡礼の通過地点としてたいへん賑わっていました。

アルルの見ごたえある建造物の一つです。




  




静寂な空間に包まれていると、
中世の人々の素朴な信仰が伝わってくるようです。



  




 
市庁舎に程近く、土曜日に市が立つという名物アルルの朝市には、

これを目当てに近郊からも人々が出かけてきて、

他の都市と同様にかなりの人だかりで賑わいます。

たまたま我々が訪れたのは土曜日で、幸運にも朝市が開かれていました。

地元の新鮮な野菜や果物、肉製品や乾物などの他に、
香草や香辛料が目につきます。


<アルルの朝市>



様々な品物を並べて、露天がテントを張っている姿は、
壮観以外の何物でもありません。

人々はそこで必要なものを整え、お気に入りの逸品を求めていきます。



私も珍しい香辛料や、日本では高い「ドライトマト」などを買い求めました。

なかでも一番のお目当ては、名物「マルセイユ石鹸」。



ルイ14世の勅令によって作られたので「王様の石鹸」とも呼ばれ、

フランス革命から2度の世界大戦を経て現代まで世界の歴史の中で

唯一語ることのできる石鹸です。

<マルセイユ石鹸>

 
オリーブペーストを主成分とする純良の植物性脂肪 72%と水、

カマルグ地方の海塩を加えて作る文字通り100%天然成分の化粧石鹸で、

石鹸炊きから乾燥までおよそ40日かけて1本の石鹸を作るといいます。

まさに世界的に根強いその人気が「300年のロングセラー」と呼ばれる所以です。



お土産も買い、大満足でアルル地方を後にし
マルセイユの港に向かう道の両側には、

石灰質砂岩がむき出しの白い岩山が続き、
木々の緑と空の青とのコントラストが目にも鮮やか。

飛行機が飛ぶその空に、綿菓子が糸を引いたような雲が浮かんでいました。




  

 

 

  

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 2007.7 24.TUE

<がん剤 day 22>

【地中海クルーズの旅  I 】

<マルセイユ・アルル地方No.1>

 

一週間かけて地中海をひと回りしてきた船は、いよいよ最後の寄港地、

フランスの「マルセイユ」にその姿を横たえました。

< 船内の航路図 >

漁港としても有名なマルセイユは、フランスの東南、 地中海に沿うようにして広がっており、

1年のうち300日は太陽が顔を出しているリゾート地です。

現在フランス第2の都市としてパリより企業が移り始め、 観光地としても賑わい、

プロヴァンス(ローマの属州という意) 地方の中心ともなっています。

<船内から見たマルセイユ>

数多くの美術館や劇場、オペラハウスが存在し古くから多くの アーティストを魅了し続けてきました。

後期印象派を代表するオランダ人画家、 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホもその中のひとりです。

彼は弟テオを頼ってパリへと旅立ち、

最先端の前衛芸術であった 印象派の画家や作品を知ることとなります。

また当時の流行のひとつであった浮世絵にも触れ、 日本に憧れを抱くようになり、

日本を光の国だと考えていたゴッホは、 1888年、日差しの強い南仏のアルルへ向かいます。

上陸してすぐに私たちもまずアルルへ向かいました。

ビゼー作曲の「アルルの女」のメヌエット、 流麗で優雅なフルートの音色が頭のなかで鳴り響きます。

「街のどの通りを歩いても美女以外目にとまらないのだ。」

文豪バルザックは、アルルを訪れた時の驚きをこう表現しています。

確かに「アルレジェンヌ」と呼ばれるアルルの女性たちは、

ギリシャの大理石の彫刻をも思わせる美しさをたたえていました。

< ミストラル避けの防砂林 >

土地の人々が「ミストラル」と呼ぶ突風。

光溢れる穏やかなアルルの街もお天気が変わりやすく、 時として自然の神が荒れ狂います。

北から南へもの凄い強風が吹き荒れることがあり、

その対策としての糸杉やポプラなどの防風林を あちこちで見ることができます。 

 <アルル郊外に広がるのどかな田園風景>

 

時の流れが止まってしまったかのような心和む景色の中に、 それはポツンとありました。

ゴッホのあまりにも有名な「アルルの跳ね橋」です。  

 

<アルルの跳ね橋>

当時と川幅が違いますが、ゴッホがイーゼルを立てたと 思われるあたりでシャッター切りました。  

 

<アルルの跳ね橋>

ゴッホが描いた跳ね橋は戦争によって破壊されてしまい、 目の前にある橋は、絵を忠実に再現したものだそうです。

 

 

あるテレビのCMにも登場した、コストラのカフェ、 「夜のカフェ・テラス」の舞台です。

タングステンの光に照らされた黄色、美しく深い色合いの青と紫、 木々の緑、黒を使わない夜の光景。  

 <夜のカフェ・テラス>

「夜のカフェ・テラス」に描かれた場所は市庁舎広場からも近く、 小さなフォーラム広場に面しています。

ヨーロッパの古い街には広場がつきものです。

この広場は全体がオープン・カフェとなっており、 黄色いテントで埋め尽くされ、人々は思い思いに昼食をとり、

お茶を飲み、おしゃべりし、憩いのひと時を楽しんでいます。

<フォーラム広場>

<1904年にノーベル文学賞を受賞した、 詩人フレデリック・ミストラルの像 > 

 

 <噴水のある広場>

ゴッホはいつの頃からかひとつの理想を持っていました。

それは画家たちがお互いに刺激を与えながら、一緒に制作できるような 共同体を作るということ。

1888年、ゴッホはパリでの生活を捨て、数十人の画家たちに声をかけ、

このアルルの地にユートピアを求めてやってきました。

後に代表作のひとつとなった「ひまわり」を初め、

わずか10ヶ月の間に ゴッホは精力的にあの独特な、強烈な色彩を放つ絵を200点近くも 描いたといいます。

<ひまわり>

<糸杉の道>

 

しかし共同体を作るという、ゴッホの誘いに乗ってアルルに来たのは 結局ゴーギャンひとり。

そしてその彼も「ひまわり」の絵を見て、 「友よ、このすさまじい黄色は完全に病的だ。」と言い放ちます。

ゴッホの怒りは内で煮えたぎりますが、 1年ぶりに友に会えた喜びがそれを鎮めます。

2ヶ月ほどふたりで共同生活を送りますが、元々ふたりとも 激烈な火のような性格の持ち主。

考え方の違いから不和となるのには時間はかかりませんでした。

ゴーギャンに「自画像の耳の形がおかしい」と言われたゴッホは、 カミソリでゴーギャンに切りかかり、

さらには自らの左の耳を切り落とし、 女友達である娼婦に送りつけました。

時に1888年、ゴッホ35歳のクリスマス・イヴの出来事です。  

 

 <ゴッホの顔の像>

 

ゴーギャンはパリ行きの電車に飛び乗ってアルルを去ります。

ゴッホはその後も奇行が目立ち、自らサン・レミのカトリック精神病院に入院し 、

そこでも多くの作品を描きますが、1890年、麦畑で自らの銃で命を断ちます。

人間は自分にないものを求めます。

オランダ生まれのゴッホは南への憧れが潜在的にあったのでしょう。

ロートレックから聞いていた、明るい南フランスでの生活、

そこで敬愛する友人ゴーギャンと、お互いに刺激し合いながら一緒に制作ができ る、

と夢見ていた彼の人生は37歳という若さで幕を閉じたのです。

プロヴァンスの明るい太陽は、

南からやってきたローマ人をそれ以上北に進ませることなく、 この地にとどめてしまいました。

そして近代になり、その光がゴッホやセザンヌを魅了し、 たくさんの名作が生まれました。

彼らの絵はプロヴァンスのありのままを伝え、 今なおたくさんの人々を魅了し続けており、

近年ブームになり日本人も数多く訪れるようになりました。

しかし実は流行とは無縁の、自然とともにひっそり息づく素朴な小さな村々、

それこそがほんとうのプロヴァンスの素顔だと強い印象を受けました。  

 <プロヴァンスの素朴な風景>

 

NO.2 に続く お楽しみに (管理人) 

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(^^) 51クール開始

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50クール

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4 /24          PET/CT   

  5/  1   脳MRI, 胸腹部CT

   5 / 8   検査結果

                 脳異常なし

肺12月から変化なし

今後の治療計画も変更なし

 

 

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▲信州桜ギャラリー

 

 

4

3

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  12

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10

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2006             1

 

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ひまわり

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今日から卯月

 

 2007.7.19.THU

【 ひまわり 】

お散歩の途中、小さなひまわり畑に遇いました。

情熱的な印象のひまわりは、見ているだけで元気が湧いてきます。

 

漢字では「向日葵」と書き、

名前の由来はお花が 夏の太陽に向かって咲くところからきています。

 

花言葉は「憧れ」「崇拝」「熱愛」です。

そのいわれはギリシャ神話から・・・。

 

水の女神クリュティエは太陽の神アポロを愛しました。

 クリュティエはアポロを思い、

彼を見つめていましたが その愛は届かず、

太陽の光を浴び続けたクリュティエは  

そのままひまわりの花に変わってしまいました。

 

思いを残したままひまわりになってしまったために、

 ひまわり(クリュティエ)は

太陽(アポロ)の方向を見つめ続けているのです。

 

ひまわりといえば、ゴッホの絵を思い起こす方もいらっしゃるでしょう。

 

そのゴッホが滞在した南フランスのアルル地方。

次回はそのアルル地方への旅日記です。

 

お待ちくださいね。

 

  

   *********************************************

 

51クール終了後も、とても元気です♪

 

51クール day 17

7/3 ジェムザール1,400mg

7/10 ジェムザール1,400mg

タキソテール 90mg 

投与

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 <信州桜ギャラリー U>

<信州桜ギャラリー T>

 < 桜ギャラリー>

 

 

 

 

 

 

 2007.7 15 SUN

<がん剤 day 13>

【地中海クルーズの旅 】

<バルセロナ>

いよいよ旅も終盤にさしかかってきました。

地中海の楽園、パルマ・デ・マヨルカから128海里(約237km)、

スペインカタリューニャ地方の首都であり、

スペイン経済の都でもあるバルセロナに着きました。

<船内の航路図>

港には同じ船会社の新造船“オーケストラ”や、

ディズニーの“マジック”1週間ずっとストーカーのように我々の船の後をついてきた、

Costa“フォルティーナ”が勢ぞろいしました。  

<オーケストラ号>

<マジック号>

*先端が下の写真です

(管理人より)

<マジック号のアップ>

<フォルティーナ号>

 

バルセロナといえば、観光客にとって一番のお目当てはやはり、

建築家アントニオ・ガウディの作品でしょう。

フランス語でいう「アール・ヌーボー」、つまり「モデルニスモ」は、

1900年前後に流行した、新しい芸術・文化運動のことを指します。

「モデルニスモ」は、純粋に芸術的・文化的なムーブメントという側面もある一方、

マドリードの中央政府に対して、カタリューニャ独自のアイデンティティーを確立しようとする、

思想的運動という面もありました。

 

そしてこの時期、「カタリューニャ主義」を背景に、

ガウディを始め多くの建築家がカタリューニャの実業家の支援で、

個性的な建築物を多数設計、建築します。

現在ではこれらの建築家の中ではガウディが圧倒的な知名度を誇っていますが、

実はその当時はそれほど目立つ存在ではありませんでした。   

<カサ・パトリョ>

ガウディの代表建築のひとつ「カサ・パトリョ」です。

あいにく木の葉が生い茂りよく見えませんが、

外壁は非常に 印象的なデザインとなっています。

1階から2階にかけては動物の骨のような独特のデザイン、

その上の階には無数の青のタイルが貼り付けられています。

ちなみにこの家のオーナーであるベルナ家は、

あのチュッパチャップスの創業者として知られています。

 

すぐ近くの「カサ・ミラ」です。

 

 

<カサ・ミラ屋上のモニュメント>

一般住宅で現在も住んでいる人がいますが、

最上階には「ガウディ・ミュージアム」 屋上にはモニュメントがあります。

この建物の凄いところは、

何と言っても「 家なのに、直線が一切用いられていない」ところです。

何から何まで曲がりくねっています。

本来「完璧な直線」というものが存在しない自然界に対する、

ガウディの思想が読み取れて興味深い。

 

グエル公園」は、ガウディのオリジナリティを遺憾なく発揮した公園で、

波打つようなセラミック・ベンチの広場や、「百柱広場」に続く階段からは、

彼の自由な発想力が感じられます。

 <グエル公園のベンチ>  

<階段上のワニ>

このワニは、数ヶ月前何者かによって鼻のところを壊されたと報道されていて心配していましたが、すっかり修理されていました。  

 

<広場の天井のタイルモザイク画>

<公園内に建てられた2棟の住宅>

大富豪グエル公爵は

ここに50棟以上の住宅地を作ろうとし、ガウディに依頼しますが、

2棟建てられただけで計画は頓挫し、 後に市が買い取って公園を作りました。

聖家族教会(サグラダ・ファミリア)」は、

1882年にフランシスコ・デ・ピヤ ールが ネオ・ゴシック様式で建設に着手、

後に1891年からガウディが責任者として引継ぎ、

彼の没後も未だに建設中の教会です。

完成された暁には、合計18本の塔がそびえる外観となり、

交差部上のキリストに捧げられた大塔、それを囲む4人の福音書記者に捧げられた4塔、

そして12使徒に捧げられた塔からなる予定です。

 

 

 

<外観>

 

 

 

 

生前、ガウディが完成させたのは、

イエスの生涯の場面を含む正面4本の鐘塔の部分だけで、

その他は計画だけ、

生前に着工されなかった部分も含め、

最終案は地下の展示室に石膏模型として置かれています。

 

 

 

 

 

 

<完成模型>

 

 

  寄付と観光収入だけの予算で建てているので、

完成はいつになるかわからないと言われている謎の建物ですが、

近年世界一の観光入場者数を得て 、工事は急ピッチで進められている模様。

先ごろ25年後に完成予定とのニュースもあり、キャンサー・サバイバーになっ て、(管理人太字)

完成を観に行くのも夢ではないと、大いに希望を持ちました。

しかし、シエステタイムを3、4時間もとる

のんびりした国の人達のすることですからわかりません。

我が国の大手建設業者が手掛ければ数年で完成かも・・・。 もう説明はいりませんね。

どうぞごゆるりとサグラダ・ファミリアをご覧ください。

 

 

 

 <教会内部>

 

 

 a

 b

c

c ,d, <受難の門>

 

d

e

 

 

 

 

   

<生誕の門>

この生誕の門の彫刻は、日本人の主任彫刻師外尾悦郎氏の手掛けたものです。

このバルセロナは昨年も訪れた地であり、

「コスモス便り その12」スペイン旅行記(後編―2)にも書いてありますので 、

併せてお楽しみください。

../respect_shige/otayori.s12-2.html

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51クール終了後も、とても元気です♪  

  

51クール day 13

7/3 ジェムザール1,400mg

7/10 ジェムザール1,400mg

タキソテール 90mg 

投与

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 <信州桜ギャラリー U>

<信州桜ギャラリー T>

 < 桜ギャラリー>

  

  

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(^^) 51クール開始

 ( 7/3)

 

50クール

完遂

 

 

 

4 /10     定期検診  

4 /24          PET/CT   

  5/  1   脳MRI, 胸腹部CT

   5 / 8   検査結果

                 脳異常なし

肺12月から変化なし

今後の治療計画も変更なし

 

 

コスモスさんにそっくりな

「ぴんころ地蔵さん」

 

 

▲桜ギャラリー

▲信州桜ギャラリー

 

 

4

3

           2

      2007             1

  12

11

10

9

 

 

 

 

 

2006.  6/ 7〜 8/30  

 

2006. 4/116/22   

 

2006. 2/19〜5/20    

 

2006             1

 

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△20074月

7月

地中海クルーズの旅H

グリーンダイヤモンド

地中海クルーズの旅G

地中海クルーズの旅F

今日から文月

 

6月

我が家のお花たち

我が家の紫陽花たち

紫陽花寺

地中海クルーズの旅E

地中海クルーズの旅D

地中海クルーズの旅C

地中海クルーズの旅B

娘の結婚式(6/2)

地中海クルーズの旅A

地中海クルーズの旅@

出窓

柏の葉公園のバラ園

ユリノキ

小諸城址懐古園

我が家のお花たち Part2

クレマチス

ハコネウツギ

ドウダンツツジ

初鶯

子供の日

我が家のお花たち

八十八夜

花水木

今日から皐月

一生ゴールド

木香薔薇

穀雨

君子蘭

唐変木 

朝のベランダ

まだまだますます元気

花の色はピンク

花桃

花海棠

花天上

花蘇芳

春爛漫

いちめんの菜の花

今日から卯月

 

 

 2007.7.11 WED

【 グリーンダイヤモンド 】

 

昨年のお誕生日にお友達から贈っていただいた、

ミニ薔薇の“グリーンダイヤモンド”が

今年2度目の お花を咲かせてくれました♪

直径2センチほどの小さなお花ですが、気高く咲き誇り、

かわいくて愛おしくてたまりません。

四季咲きですので、昨年も何回も楽しむことができました。

 

夕方カーテンを閉めようとして西の空を見たら、

雨雲の下に茜雲が浮かんでいました。

各地で集中豪雨の被害が出ています。

南から台風も近づいているようですが、これ以上被害が 大きくなりませんように・・・。  

 

 

  

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51クール終了後も、とても元気です♪

 

51クール day 9

7/3 ジェムザール1,400mg

7/10 ジェムザール1,400mg

タキソテール 90mg 

投与

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 <信州桜ギャラリー U>

<信州桜ギャラリー T>

 < 桜ギャラリー>

 

 

 

 

 

 

 2007.7 10 TUE

<がん剤 day 8>

【地中海クルーズの旅 F】

<パルマ・デ・マヨルカ>

地中海に浮かぶ4つの島、

マヨルカ、メノルカ、イビザ、 フォルメンテーラからなるのが、バレアレス諸島です。

中でも一番大きな島が情熱の国スペイン領マヨルカ島で、

未だに開発されず手付かずに残っている自然の宝庫であり、

ヨーロッパの人々が「地中海の楽園」と呼び憧れる島です。

     

1.船内の航路図

チュニスを出航してから13時間余り、430海里(約796km)は今回の旅で一番長いものでした。

 

 

 

 

 <マヨルカの夜明け>

多感な学生時代『楽聖ショパン』という映画を観、

ショパンがジョルジュ・サン ド との恋に落ちたストーリーに惹き込まれました。

ポーランドへの愛国心にわが身を引き裂かれる、若き芸術家の苦悩を

より一層 深いものに印象付けていた「革命のエチュード」。

それはモノクロの映画だったと記憶していましたが、記憶違いでした。

ショパンが愛し、愛の逃避行をしたパルマ・デ・マヨルカ。

そのマヨルカを目前にして、嫌がおうにも私の胸は高鳴りました。  

 

 

気候は一年を通して温暖、地理的にも大陸ヨーロッパから行き易い距離にあり、

今や夏のリゾート地として一番の人気。

近年殊にドイツやイギリスの人々に人気が高いそうですが、

日本でいうハワイのような感覚でしょうか。

広い海岸通りにはパームツリーが海風にそよぎ、豪華ヨットがオーナーを待っています。

 

  首都パルマの街に近づくにつれ、

街の中心に小さな塔をいくつもくっつけたような大建築が見えてきます。

「ラ・セオ」こと大聖堂です。

  

<大聖堂 >

この壮大な大聖堂は、マヨルカ島をイスラム教から奪回したハイメ1世により、

1230年に建築が開始され実に370年余りもかかって完成。

ゴシック様式の内部は、天井が非常に高く、

特に中央部分は44メートルという壮大さで、

奥行き121メートル幅55メートルというスケールを誇ります。

 

中心地を少し離れると、

オレンジやレモン畑とともに、アーモンドの果樹園が広がっています。

2月にはアーモンドの花が咲き乱れ、「マヨルカの雪」と呼ばれるほど、

辺り一面真っ白になるそうです。

 

<アーモンド農園>

地中海原産のオリーブの木も多く、

中には樹齢千年を越えるような捩じれ曲がった老木がありました。 

オレンジ

レモン

オリーブの老木

 

あのマイケル・ダグラスも別荘を持っているというパルデモサ。

パルマから北北西17キロの山間のこの小さな美しい村は、

若き日の作曲家ショ パンと、 パリ社交界の花形ジュルジュ・サンドの、

ひと冬の愛の逃避行で一躍有名になったところです。

 

1399年にアラゴン王によって創建されたカルトゥーハ修道院が貸し別荘とされ、

そこにショパンとサンドが滞在しました。

ショパンは結核を患っており、その療養目的もありました。   

 

 <カルトゥーハ修道院 >

修道院の中では若きピアニストが、

「雨だれ」「ノクターン」「別れの曲」などを弾いてくれました。   

 

ショパンはこの美しい風景の中で「雨だれ」などを作曲しました。

しかし、道ならぬ恋に反感を持つ保守的な村人達に快く迎えられず、

ふたりはひと冬でこの島を去り、パリに向かうことになります。

ジュルジュ・サンドは後年「マヨルカ島の冬」を著しました。   

 

 

<修道院から見た風景>

 

 

やがてふたりが過ごした部屋はそのまま博物館となり、

ショパンのピアノや楽譜, 書簡、残された調度品などから

往時のふたりの生活を偲ぶことができます。

  

<ショパンが弾いていたピアノ フランスのプレイエル社製のピアノです>

 

「ドイツのピアノはピアノの音がする。

フランスのピアノは香水の香りがする。   そして

プレイエルのピアノはショパンの音がする。」   

 

<「雨だれ」の楽譜のコピー >

 

 

 

<ジョルジュ・サンドの原稿>

<ショパンのデスマスクと手>

 

 

 

 

 

 

<サンドの肖像画>

<ショパンの肖像画>

 

港に入りまず目に付いたのは、

パルマ市内を見渡す丘の上に建っている「ベルベ ル城」でした。

軍用ゴシックの見本とも言うべき建物で、かつてはマヨルカ王の住まいでした。

「ベルベル」というのは「美しい眺め」という意味から名付けられたものです。

またここはかつて牢獄として使われていた時期もあり、

ここに捕らえられた者の 中には 法務大臣や駐ロシア大使、作家などもいたそうな。

  <ベルベル城 >

 

その名の通りここからは海と街が一望でき素晴らしい眺めです。

  

 

 

今晩はゆっくりの出航。

帰りは地元のデパートやスーパーでお買い物。

昨年に学習せず、荷物倒れになることを恐れずに、

オリーブオイルやレンズ豆・ ヒヨコ豆、 コーヒーやいろいろな形のマカロニ・・・。

アッ、それからコアントローというアーモンド酒を買いました。

もちろんカクテルやケーキを焼くとき、また杏仁豆腐のシロップに入れたりすると

風味豊かでとっても美味しいです。

 

 

船は日付変わって午前1時、

次の寄港地バルセロナに向けて出港しました。

 

 

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7月3日(花陽美)、51クール目に突入しました。

Day1、ジェムザール1,400mg投与。

ジェムザールのみで、吐き気止めも何もなしですが、いたって元気です。      

 

本日 51クールday8の治療をしてきました。     

 デキサート      8mg   

カイトリル       1mg   

タキソテール    90mg   

ジェムザール 1,400mg

白血球4,300、 好中球1,763、 

リンパ球2,175と 骨髄もとても元気です。  

コスモス蘭ランランルンルン♪

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 2007.7.6 FRI

<day 4>

【地中海クルーズの旅 F】

<チュニス>

 シチリア島を後にして航行すること184海里(340km)、

北アフリカの大地に刻まれた地中海の歴史のモザイク、 チュニジアの首都チュニスに着きました。

   チュニジアには、「マグレブ=日の没する国」という意味もありますが、 その国の夜明けです。

 

 

   初めてのアフリカ大陸上陸です。

 

チュニスと聞いて、あなたならどんな街を想像するでしょう。

パリやローマならすぐに思い浮かべられても、 チュニスの街の景色を思い浮かべるのはちょっと難しいかも・・・。

新市街にはかつてフランス領だった頃に建てられた建物が 多く残っており、その美しい街並みを形成しています。

 

  世界遺産に指定されている旧市街のメディナは、 内部が細かい路地に入り組んでいて、

一度入るとまるで迷路に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥ります。

このメディナの中心にそびえるのが、グレートモスクで チェニスにて 一番の聖地として信仰を集めています。

  

 

グレートモスクを中心に

活気溢れるいろいろなスーク

(アラビア語で市場)が密集し、

観光客で溢れかえっています。   

 

「サハラの薔薇」は、サハラ砂漠の地下水が蒸発の際、 塩類が結晶として沈殿したもので、

結晶が薔薇の花に似ているところからそう呼ばれています。  

<サハラの薔薇>

 

 

チュニスの北東に位置し、最も高台にあるシディ・ブ・サイトは、

チュニジアンブルーと呼ばれる鮮やかな青と白のコントラストの 映えるチュニスでも最も美しい街です。

青と白のコントラストが目にも鮮やか!! 空の青、海の蒼さも負けてしまいます。

 

ここは景観保存地区に指定されていて、

どの家も白い壁と青いドアを

頻繁に塗りなおさなければなりません。

このメインストリートは坂になっていて、

左右にはお土産物屋が軒を連ねています。   

 

 

 

その中のひとつ、綿素材のワンピースに刺繍を施したお店に入りました。 

 30ユーロ(約5,000円)ぐらいなら、室内着に買ってもいいかなと。

お店の中に入ったら、おじいさんが奥の方へ案内し、いろいろ出して広げて 見せてくれました。

「いくら?」と訊くと「300ユーロ(約5万円)」と言うではありませんか。

とんでもない!! 「高い、もっと下げて!」と粘りに粘ったら

最終的に、思っていた値段の 30ユーロにまで下がりました。

しかしもはや私は途中で買う気は失せてしまっていました。

「最初300ユーロと言ったのに、30まで下がるなんて信用できないから 買わない。」と言うと、

「BINBOU?」と言ったので、「YES,BINBOU!!」と言って 買わないで帰ってきました。

店を後にして、お友達と大笑い!! 英語とボディラングエージでのディスカウント交渉は楽しかった。

 

ちなみに公用語はアラビア語、フランス領だったのでフランス語もOK。

海岸線に沿って南北にあるカルタゴは、 古くから交易や人々の行きかうところでした。

 

 

かつてフェニキア人の幻の都市、カルタゴ。

約4世紀に渡ってギリシャと西地中海の覇権をめぐり戦い、 ボエニ戦争でローマと争ってきました。

3度にわたるボエニ戦争で名将ハンニバルを傑出させたことは よく知られるところです。  

 

 

カルタゴ遺跡 敗戦の後、たちまち蘇るカルタゴの力を恐れたローマは

「カルタゴ滅ぼすべし!!」の合言葉の元、 3度のボエニ戦争で町を徹底的に滅ぼし、

その上に古代ローマ帝国の町はつくられました。

多くの遺跡を残し、それらはユネスコ世界遺産に指定されています。

 

 

 

 

 

 シディ・ブ・サイトで印象的だったお花、ブーゲンビリア。

日本ではあまり見たことがない、黄色や白い色のお花もありました。

  

< 地中海 >    

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7月3日(花陽美)、51クール目に突入しました。

Day1、ジェムザール1,400mg投与。

ジェムザールのみで、吐き気止めも何もなしですが、いたって元気です。      

 

コスモス蘭ランランルンルン♪

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(^^) 50クール開始

 ( 6/5)

 

49クール

完遂

(3/13)

 

 

4 /10     定期検診  

4 /24          PET/CT   

  5/  1   脳MRI, 胸腹部CT

   5 / 8   検査結果

                 脳異常なし

肺12月から変化なし

今後の治療計画も変更なし

 

 

コスモスさんにそっくりな

「ぴんころ地蔵さん」

 

 

▲桜ギャラリー

▲信州桜ギャラリー

 

 5〜6

4

3

           2

      2007             1

  12

11

10

9

 

 

 

 

 

2006.  6/ 7〜 8/30  

 

2006. 4/116/22   

 

2006. 2/19〜5/20    

 

2006             1

 

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今日から文月

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八十八夜

花水木

今日から皐月

一生ゴールド

木香薔薇

穀雨

君子蘭

唐変木 

朝のベランダ

まだまだますます元気

花の色はピンク

花桃

花海棠

花天上

花蘇芳

春爛漫

いちめんの菜の花

今日から卯月

 

 

 2007.7. 1 SUN

【 今日から文月 】

 

日めくりの 半分となりて 山開き    

                            元木

 

今年も半年が過ぎてしまいましたが、

各地の名山、霊峰では山開きが行われ、

これから本格的な登山シーズンを迎えます。

 

旧暦7月の別称「文月」は、

俳句の世界では 秋の季語となっています。

七夕があることにちなんで、

七夜月(ななよづき・ななやづき)、 愛逢月(めであいづき)など

ロマンチックな別称もあります。

本土寺の紫陽花もまだまだ力いっぱい咲いています。

先日とは違うアングルでお愉しみください。   

 

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次回から旅行記の続き、頑張ります。  

  

  

   

 

 

 

 

 

50クール終了後も、副作用もほとんど感じずとても元気です♪

怒涛のスケジュールを笑顔で過ごし、休む間もなく

次のコスモスランランラン♪に着手

やはりただものではありませぬ。(管理人)

50クール day 27

6/5 ジェムザール1,400mg

6/12 ジェムザール1,400mg

タキソテール 90mg 

投与

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 <信州桜ギャラリー U>

<信州桜ギャラリー T>

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