モロッコはこんな国
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| 正式国名 |
モロッコ王国 Kingdom of Morocco アラビア語では「アル=マムルカ・アル=マグリビーヤ」。 |
| 国名の由来 | 「西の方の王国」「日の没する国」という意味。 |
| 首 都 | ラバト |
| 国 旗 | 中央の星は「ダビデの盾」と呼ばれる幸運の印。赤はアラウィ朝を、緑はイスラムを表す。1957年制定。 |
| 面 積 | 45万9000m2 日本の1.2倍。ウズベキスタン共和国とほぼ同面積。 |
| 人 口 | 約2870万人 |
| 民族構成 | アラブ人65% ベルベル人33% 他2% |
| 言 語 |
公用語はアラビア語・フランス語。日常会話ではマグレブ方言のアラビア語が話される。
地域によりさらに方言がある。 またベルベル語を話すベルベル人もいるが、ベルベル語は大きく3つの系統に分かれており、 互いに大きく異なる。国全体としてかなり複雑な言語状況。 |
| 宗 教 | イスラム・スンニー派99% キリスト教1% ユダヤ教ごく少数 |
| 通 貨 |
ディルハム(DH)。2003年1月時点で1DH=約11円。
日常的に1ドル=10DHで固定している場合が多い。 そのため、円安の時には日本人旅行者は、DHで払った方が得。 |
| 国家元首 | 国王 現在はムハンマド6世 |
| 主要産業 |
鉱業(リン鉱石の埋蔵量は世界一) 農業(オレンジ・オリーブ・小麦・トウモロコシなど。 日本へは松茸を輸出) 漁業(マグロ・タコ・サーモンなどを日本へ輸出) 観光(フェズのメディナ、ヴォルビリス遺跡などの世界遺産) |
| その他 |
アフリカ大陸54カ国(西サハラ含む)で唯一、アフリカ連合(AU)に加盟していない国。
西サハラの領有権を主張しているため、他の国々とうまくいかなくなった。 その代わりと言ってはなんだが、ヨーロッパ連合(EU)への加盟を希望している。しかし、アフリカ大陸の 国でイスラム国家ということを考えると無理がある。 イスラム国家ではあるが、アメリカと仲が良く、そのためイラク(フセイン政権時代)からの石油の輸入を 中止したほど。ソフト・イスラムの国で、「アッラーは信じないけど、自分はイスラム教徒」という不思議な人もいる。 国民の50%が20歳未満という若い国でもある。4家族以上が同居する大家族が一般的。都市部には核家族も わずかながら存在。カサブランカに老人ホームがひとつあるが、国民の感性に合わず、入居者は誰もいない。 |
| ■5分で見るモロッコの歴史 |
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他の国同様モロッコの歴史も私なりに四つの時代に分けてみました。 第1の時代は先史・古代です。 80万年以上から大西洋沿岸には人が住んでいたようで、この頃のものと思われる 道具がカサブランカで発見されています。 7000年ほど前には、ベルベル人の祖先がオリエントから移住してきたのではないかという説もあります(移設有り)。 この頃、サハラ沙漠はまだ草原でした。 その後、マウレタニア人、フェニキア人などが到来し、紀元前4世紀には北部にマウレタニア王国が建設され、 ローマと友好関係を持ちながら繁栄しました。 第2の時代はローマ時代です。 1世紀にローマがマウレタニア王国を征服しました。 5世紀にはゲルマン人の一派ヴァンダル族が王国を建国。6世紀にビザンツ帝国(東ローマ帝国)が ヴァンダル王国を滅ぼし、北アフリカ一帯を支配します。 第3の時代はイスラム時代です。 7世紀にイスラム国家ウマイヤ朝が侵攻し、ベルベル人にイスラムが広がります。その後16世紀まで、 いくつかのイスラム王朝が興亡します。 第4の時代は近現代です。 17世紀にイスラム王朝であるアラウィ朝が成立します。これが現在も続くモロッコ王国の王家です。 20世紀前半はフランス・スペインに支配されましたが、1956年にムハンマド5世が「スルタン」から「国王」 になり王国として独立しました。 |