




B e n g M e a l e a




ベンメリア寺院・・・
アンコール・ワット建造前の11世紀末〜12世紀初めに造られたとされるが詳しくはわかっていない。
三重の回廊からなる平面型寺院である。
現在、修復はされておらず崩れたままの姿である。一般の観光は1年ほど前から出来るようになったばかりである。
10月5日(火)、アンコール・ワットの日の出を見たあとホテルで朝食を済ませガイドを待つ。
8時、ホテルのロビーに行くとガイドのヴァンナさんが私達を待っていた。
彼は我々の名前を確認すると運転手を呼んだ。
今日からは私と妻の二人きりのツアーだった。
迎えの車はトヨタのカムリだった。
カムリはカンボジアでは人気の乗用車でシェムリアップではトヨタ車はカムリ以外見なかった。
ホテルを出て、北に向かう。スラ・スランを右折、プレ・ループの角を道なりに曲がり、東メボンの手前を右折した。
この辺りから左右に高床式の住居が多く見られる。
炊事をする人やハンモックに揺られる子供、住民は豊かな暮らしとは言えない生活をしている。
2kmほど走り左折して再び北に向かう。ベンメリアまでは約80kmである。
進路を東に変え、道路は未舗装の赤い土の道と変わった。
9時5分、料金所(小屋)で通行料金3USドルを払った。
ベンメリア到着の手前にまた料金所があり入場料を払う。外人は1人5USドルである。
我々はツアーだったので通行料や入場料はガイドが払っていた。
9時47分、ベンメリアの前の食堂に到着した。
ここには缶ジュースやフィルムなども売っていた。
フィルム売りの女性はバイクで片道1時間近くかけてスラ・スランのあたりから毎日ここまで来るとガイドが説明してくれた。
ここまでくれば独占販売が出来るのである。
我々はレストランの裏にあるきれいとは言えないトイレを借りベンメリア寺院の観光に行った。
*写真の番号順に観光用のルートがあるが足元が悪いところもある。
南側の参道より遺跡に向かう。
道の左右には地雷を除去した団体の名前の入った木杭が立っている。
ポルポトの時代にはたくさんの地雷が埋められていたのである。
(写真1)
(写真2)
*(写真1 南側の参道の入口) (写真2 南門の手前)
参道の入口には左右にナーガの石造が我々を迎えてくれた。
参道を進むと正面に南門が見えた。南門の手前の空中参道は崩れこの門から中に入ることは出来ない。
(写真3)
*(写真3 橋の下の円柱)
観光客は右手より中に入る。橋の下には円柱の柱が見える。
この円柱はアンコール・トムのパプーオンの空中参道のスタイルと同じである。
(写真4)
*(写真4 崩れた第三回廊)
(写真5)
*(写真5 東側) (上部のレリーフ)
完全に崩れた第三回廊を過ぎると一番彫刻がきれいに残る東側の壁面を見る。
ここにはインドラ神やシヴァ神のレリーフが残っている。
我々は東門の内部から中心部へと入った。
(写真6)
*(写真6 内部より東門を見たところ)
東側を見ると完全に東門は崩れていた。
我々は中心部へ進んだ。
足元には崩れた石がごろごろ転がっていた。
中央部分は崩れていて進めない。ルートは北に行く観光用の階段があった。
(写真7)
(写真8)
*(写真7 ガイドと妻) (写真8 階段)
階段脇には乳海攪拌(にゅうかいかくはん)のレリ−フが彫られた石が置いてあった。
(乳海攪拌のレリ−フ)
乳海攪拌・・・
ヒンドゥー教の天地創造神話。ヴィシュヌ神の化身である大亀の背に乗せた大マンダラ山を両側から神々と悪魔(阿修羅)が大蛇の綱を引き合い海をかき回す神話。
この綱引きは1000年間も続き乳海となったその中から不死の妙薬が得られたという。
階段を進み、第一回廊の内側に沿って歩く。北側より中央部分を眺めると中央の御堂は完全に崩れていた。
(写真9)
*(写真9 中央の御堂)
中央部分より第一回廊の北側の入口をくぐる。東の入口(右側)の瓦礫の上を登り、第一回廊の屋根の部分に上った。これが正規の観光ルートである。
(写真10)
(写真11)
*(写真10 この入口を入る) (写真11 上から見たところ)
第一回廊の屋根の上から木の梯子を使い北側へ降りる。第一回廊と第ニ回廊の間に出た。
(写真12)
(写真13 第ニ回廊に入る)
*(写真12 梯子を降りる) (写真13 第ニ回廊に入る)
第二回廊の中を通り、第二回廊の外側の北東の角に出た。それから第二回廊の外塀沿いに歩き経蔵の前に行った。
(写真14)
(写真15)
*(写真14 第二回廊の外側) (写真15 経蔵の正面)
経蔵の脇には壊れた石棺が放置されていた。ガイドの説明によると石棺を中央の御堂より盗み出した泥棒がここで宝を取り出したという。
(写真16)
*(写真16 放置された石棺)
我々は石棺の脇を通り北側に進んだ。崩れた第三回廊を出て北門を見たがこれも壊れている。
第三回廊の外側に作られた小道を歩き東門に向かった。
(写真17)
(写真18)
*(写真17 第三回廊の北東) (写真18 東門)
(写真19)
*(写真19 東門のナーガ)
東門も崩れていたがナーガが置かれたいた。そこから南に戻り参道を引き返し駐車場まで戻った。
(写真20)
(写真21)
(写真22)
1時間ほどの観光を終え、11時5分、駐車場の前のレストラン(食堂)の席を借り、持参した弁当を食べる。
弁当はシェムリアップ市内にある日本食レストラン銀河のとんかつと肉じゃがの弁当だった。
朝、ホテルを出てから銀河により弁当を持ってきていたのだ。
ガイドのヴァンナさんは「私にはおいしいかわからない?」と言って弁当を渡してくれた。
とんかつと肉じゃがは日本の味であるがライスはカンボジア米でボソボソしている。
ガイドのヴァンナさんと運転手は違う弁当を食べていた。
我々は食堂で席を借りる代わりに缶コーラ(1本1USドル)を頼んだ。
(銀河)
(食堂)
(弁当)
11時38分、昼食を終えアンコール遺跡郡まで戻った。