Carrowmore Megalithic Cemetery
キャロウモア巨石墓地・・・
キャロウモア巨石墓地はアイルランドにある4つのパッセージグレーヴ(墓地と墓地に続く道をもつ石室墓)の中では小さくまとまっていますが、墓の数は最多です。
墓地は1平方キロメートル以上にまたがっています。
1837年にジョージ・ペトリが墓に番号をつけました。地図の番号は当時から使われているものです。
ペトリが数えたときは60以上の墓がありましたが、そのうち25は消滅しました。
今では約30の墓を見ることができます。
ペトリの地域調査の結果から、キャロウモアには100から200の墓があったと考えられています。
近年の年代調査によるとキャロウモアでのほとんどの活動は紀元前5800年から6400年の間に起きたようです。
*見学はビジターセンターより、53→55→52→52a→51→57→56→58→59と、まわりました。
(ビジターセンター)
(53tomb)
(55tomb)
53TOMB・・・
これは典型的なキャロウモアのドルメンです。ドルメンは最もよく見られる墓の形態です。
これらはたいてい、オルソスタットと呼ばれる5つの直立した巨石とその周りを囲む土塁と玉石からできています。
墓は元々円状に並べられた玉石に囲まれていました。
51TOMBやキャロウモア近郊にあるQueen Maevesに見られる石塚は後期の発展形態です。
*Queen Maevesはこの後に訪れました。
55TOMB・・・
この墓は1998年に一部が発掘されるまでは新しい石によって覆われていました。
ドルメンの石の多くは1800年に取り除かれていました。
発掘中に多くの火葬後の人骨が精密な石の玉とともに見つかりました。
この墓はおよそ紀元前3800年に造られたものと年代測定されています。
(52tomb)
(52a tomb)
52TOMB・・・
保存状態のよいドルメンから当時の建造方法を見ることができます。
石を垂直に並べた後、部屋を土塁と小石で取り囲みます。
部屋は後方に向かって傾斜しており、これは上に載せる石を持ち上げやすくしたためです。
また、ドルメンの前に2つの石が立っています。
ほとんどのドルメンが中央の墓の方を向いています。
(51tomb)
(51tomb)
墓石群の中心にある墓です。小さな墓は51TOMBを取り囲むように楕円形にあります。
この墓は最も新しいものでおよそ紀元前5600年のものです。
51TOMBは現在、修復中のようで重機が置いてありました。
墓の上には石が載せてありましたが最近載せたものだと思います。
ビジターセンターのパネル写真には51TOMBの石を取り除いた状態のものが写っていました。
*私の仮説ですが・・・
小さな墓が中央に向いていることからわかるように、この重要な位置に一番新しい51TOMBがあるのは不自然に思います。
本来この位置に51TOMB以前に重要なものがあったと考えるのが自然ではないでしょうか?
このU字型の谷(左の山の部分)にCarrowkeelがあります。
Carrowkeelはアイルランドのパッセージグレーヴのひとつです。
(56tomb)
(奥が57tomb)
57TOMBは土塁の上に石がサークル状に並んでいました。
(58tomb)
(59tomb)
ビジターセンターを出て道路向かいの tomb 2,3,4,5,7 を見に行く。
tomb 4 はキャロウモアの中では最も古く紀元前7400年ごろのものです。
(2tomb)
(3tomb)
(4tomb)
(5tomb)
(5tombの後)
*tomb 2〜4は石が点在していて写真と地図の番号が一致していないかもしれません。
(7tomb)
tomb 7 はキャロウモアの中では一番大きなドルメンでした。載せられた石の高さは約2mです。
このドルメンのまわりには牛が放牧されていて我々が立ち去るのを待っていました。
我々が帰ると牛たちはサークルストーンに体を擦りつけ、かいていました。
ビジターセンターの駐車場の戻り、車にてtomb 14〜を見に行きました。
(13tomb)
*実はtomb 13はビジターセンターに着く前に見ていました。
(15tomb)
(16tomb 石がひとつ)
(17tomb)
(18tomb)
(19tomb)
(20tomb)
(26tomb)
(27tomb)
tomb 27 は中央にクロ−バー型に石が残っていました。これはマルタ島の巨石神殿に良く似た配置でした。
個人的には tomb 27 が興味深く見ることができました。
この後に訪れたCarrowkeelの墓室が同じ形をしていました。
(27tomb)
(クローバー型配置)