2004年4月3日(土)の日記・・・・・・・・明日は 総会

明日は 自治会の総会です。

いよいよ 帳簿なども引継いで 会計の仕事が始まります。
まだまだ 役員全員の名前もわかりません。
どんな人たちなのでしょ?

1年、 頑張らなくちゃ!
人様のお金を 預かるのは 緊張します。

大変と思わず いろいろな行事を楽しめたらいいな・・・
でも、今は ちょっと気が重いかな〜 (-。-) ボソッ



2004年4月6日(火)の日記・・・・・・・・入学式のシーズン♪

小学校も中学も 高校も・・・入学式だよね!!!

朝、ピカピカの新1年生を たくさん見かけました。
小さくて 可愛い〜〜〜♪
そして お父さんの付き添いもちらほら・・・
お父さんもお母さんも 若いなぁ〜  (-。-) ボソッ

それで 思い出したのが・・・
長女の小学校の入学式の時のこと。

夫は その数日前に盲腸の手術をしていて
緊急で入院したので ちょっと遠い病院に入院していました。

それで 入学式の日、
一歳半の三番目を世話してくれる人もいなかったので・・・
早朝、タクシーで、民間のベビーホテルに ミルク、おむつ、着替えをもって 連れて行きあずけてきました。
見知らぬ所に連れて来られて、泣き叫ぶ三番目に後ろ髪ひかれながら・・・
また タクシーで帰宅。

2番目の年中の息子の食事、保育所へ 自転車でダッシュで送っていって・・・・
家に帰って ようやくやっと 自分と長女の仕度をして
化粧もそこそこに、小学校の入学式に ぎりぎりで駆けつけました。

入学式を終えると その足で・・・
夫の入院している病院まで 1時間半かけて 長女をつれて行きました。
父親に 長女の入学式の姿を見せたかったからです。

そして 夫の着替えなど、洗濯物を抱えて帰宅しました。

その後は 朝と逆の順番に 子供達を迎えに行きました。

長女の小学校の入学式は、 と〜〜ても 忙しい一日だったのを
思い出しましたよ。
     ( ..)ヾ ポリポリ


2004年4月10日(土)の日記・・・・・・・・イラク・・日本人人質のこと

今までに 犠牲になってきたのは、
日本人だけじゃないよね。
いろいろな国のたくさんの人々が 殺されている。

でも いざ日本人が人質になって
事態の深刻さを 再認識しています。
本当は 起こるべくして起こった事態なのにね・・・

「自衛隊撤退すればいいのに・・」っと 最初は思った。

でも 『人道支援』で、派兵じゃなく 派遣だと
主張しつづけるかぎり撤退はしないんだろうな・・って思った。

それじゃ どうしたらいいのか・・・

難しい問題です。
私の浅い知識では、あまり具体的な意見は言えませんが・・・

ただ 米英の攻撃は やり過ぎだと思います。
武力行使して 力で制圧しようとしても
もっと深い憎しみと恨みをかうだけで、
なんの解決にも ならないのじゃないかと思います。


今となっては、イラク問題というより
たくさんの国を巻き込んで・・・
世界的テロリスト集団 アルカイダや その周辺のテロリストたちに、
全面戦争を決意させるに充分なほどに・・・
事態は だんだんと 複雑に悪化していると思います。

彼らにとっては あくまでも『聖なる戦い』であって
長い歴史の間に深く根付いているイスラムの思想が 変わらない限り
そして 他の国が 彼らの主義を寛容に見守ることができない限り・・・

この憎しみの連鎖は 続くのではないでしょうか?

人質になられた方々が 一刻も早く無事に救出されることを
こころから 祈っています。


2004年4月15日(木)の日記・・・・・・・・ ひとまず (^。^)ホッ!ですね。

日本人3人が 無事に解放されて
ひとまず (^。^)ホッ! よかったです。

でも またふたり、 拉致?されてるらしいし、
どういう状態なのかも 報道されてないから
また 新たに心配です。

「ファルージャの現状を伝えてほしい」という
メッセージ・・・・

もう この辺で 人殺しの戦争は止めてほしいです。
他に道は ないのでしょうか???


2004年4月16日(金)の日記・・・・・・・・ 複雑な思い

人質になっていた3名が 無事に解放されて、
本当に とりあえず、 (^。^)ホッ!なのですが・・

いろいろなサイトを見てみると、
『彼らは 国が退避勧告している危険なところに行ったのだから
拉致されても 自業自得であるとか、
政府や国民に心配や迷惑をかけ、税金も救出の為に使ったのだから、
謝罪し責任をとるべき』
・・・・などなどの 意見を読みました。

(~ヘ~;)ウーン
確かに そうかもしれない・・・ですね。
現に 小泉首相も
  「危険な地域に行き みんなに心配をかけて
もっと自覚をもってほしい」・・・のような事を言っているし。

そういう意見も 理解できなくもないんだけど・・・


私は 思うのですよ・・・・

もしも、幸運にも 拉致されずに
イラクの一般の人々の役にたって 活動をまっとうしていたら?
自衛隊ではない民間人の彼らが、
「日本人は、イラクの人々の敵ではない」と 最後まで身をもって実践したとしたら??
それは それなりに 評価され 「よくやった」と賞賛されるかもしれない。

拉致されたとたんに、いきなり、
『自業自得だとか 責任を問うべき』というのは
なんか すっごく 極端な意見のように思います。

危険な冬山に 趣味で登って遭難した人々の救出に
たくさんの捜索隊や救助隊がでても、『自業自得、責任をとれ』とは、大きく取り上げて言われることはないのでは??

私の気持ちとしては、 今 ここで 責任うんぬんを
あまり日本人が 騒いでほしくないのです。
起こってしまった事の 重箱の隅をつつくような中傷はして欲しくないのです・・・


私たちには 考えるべきもっと大切なことがあると思います。

【なぜ? 3名が殺されずに、無事に解放されたのか・・・】

彼らに、イラクの惨状を伝えるメッセンジャーになって欲しいからではなかったのか・・・と思います。
もう攻撃しないで欲しいという事を伝えて欲しいから
  3名を 解放したのではないでしょうか??

フセイン政権も崩壊し、大量破壊兵器も見つかっていない今、
民間人を巻き込んでの アメリカの攻撃は 行き過ぎだと思います。

『テロに屈しない!』という考え
・・・・・それも 理解できます。

でも、今の状態は、 テロリストと呼ばれる人々の戦意を
高揚させているだけで、本当の意味の解決からは どんどん遠ざかっているような 不安を感じるのです。

アメリカは もう撤退すべきだと思います。
「やられたから やりかえす」という憎しみだけの戦闘になっていると思います。

いろいろな国の兵士や民間人、報道陣など、犠牲になった方々の
本国の家族たちは お国のために死んだと納得できるでしょうか?
みんなの心に 憎しみと悲しみが 根付いていくだけだと思います。

やっぱり 武力でいくら制圧しても 終わりはないと思うし、
次世代にまで残る【怨恨】を残すだけだと思います。

恨みは ふつふつとテロリストと呼ばれている人々の心に
もっと深く根付いていって 「やられたんだから、やり返す」という もっと危険な状態になって欲しくないです。

このまま続くと もっと最悪な事態を招くかもしれない。
もしも、誰かが 核兵器のスイッチを押してしまったら?

そうなる前に・・ 日本は アメリカに意見することはできないでしょうか??
唯一の被爆体験国として「もうやめましょう」と 声をあげることは できないのでしょうか?

【テロに屈しない】・・・
それは、 ただ攻撃して潰せばいいという簡単な問題じゃないと思います。

それじゃ どうしたらいいか・・・
私なりの意見です。

とにかく一度 アメリカも日本もイラクから撤退する。
そして イラクの新政権 確立の為に 国連が関与する。


さっきニュースで ビンラディンらしき人物が・・・本当かどうか わからないけれど
「3ヶ月以内に撤退すれば 話し合いをしてもいい・・」とか

本当かな??


今日の日記は あえて 【テーマ】にしました。
実は ちょっとビクビクしているのですよ。
【テーマ】にすると アクセス数が増えて、この日記が
私と正反対の意見の方々の目にも触れると思います。

他の方々の貴重な意見は 聞きたいけれど・・・
楽天で、何が正しいか論争は したくないのが本心です。


しっかし σ(・_・)は 文章を書く能力がないなぁ〜
国語の成績は あんまり良くなかったしねぇ (-。-) ボソッ


2004年4月19日(月)の日記・・・・・・・・ す、すごい風

あぁ〜ぁ 今日は いろいろな雑用に追われて、
パソコンで 遊ぶ時間がなかった (x_x;)シュン

そして もうこんな時間・・・
今は もう20日
もうすぐ夜中の2時・・・・

睡眠時間 あと4時間しかないよぉ〜

皆さんの日記を 読みにいきたいけど
あきらめて 寝ます   o( _ _ )o ショボーン

そ・・それにしても 外は台風みたいな強風が吹いています。

人質から解放されて帰国された方々にも
あまり 世間の風当たりが 強くありませんように・・

いろんな難しい問題が あるとは思いますが。。。

こころが落ち着いて冷静になるまで、
・・・優しい風が吹きますように!


2004年4月20日(火)の日記・・・・・・・・ (→。←) あちゃーっ

楽天のHPで、9500番を 自分で踏んでしまって自爆です。

 
(((<≪*****どっか〜ん*****≫>)))


今日は ついてない日

会社で 指先に カッターの刃を刺してしまいました。
・・・・自分の 不注意です。

ちょっと深かったのか じわじわと血が・・・
なかなか 止まらなかったのですよ。
指先は ジンジン痛いし・・・

でね、ちょっと 自分にも甘えがでちゃって・・
仕事を 早退してしましました。


ちょっと 情けないかな・・・・(x_x;)シュン


2004年4月25日(日)の日記・・・・・・・・ 体調不良

日記に書こうか やめようか、悩むことがいろいろある。
でも、自分の人生の1ページとして やっぱり書き記しておこうと思います。

まず、一昨日、息子が 大学の友人の車に同乗して、
4人で、夜中に ドライブをして遊んでいました。
そして、車の持ち主の運転から、別の友達に運転を交代したすぐ後に・・・

場所は 聞いたんだけど・・名前をわすれてしまったけれど、
貯水池? 池に車ごと落ちて、水没しました。

すぐに、電気系統がやられて パワーウィンドウは開かなかったそうです。

幸い、息子が ドアを足で力いっぱい押して 開けることができたので、
水没する前に、4人とも 無事に車から出ることができました。

港の岸壁のように いきなり ドボンと落ちたよりかは
池だというから・・・少しはゆっくりだったのかもしれません。

なには ともあれ、無事で良かった。
今ごろ、 葬式だったかもしれないと思うと ぞっとする。


それから 娘のこと、これも 数日前、
妊娠が わかって・・・・

本人たちは 「産みたい。結婚したい。・・でも金銭的な問題は苦しい」
・・・・と 悩んでいる様子です。

もう? まだ? 21歳の娘、
彼はまだ 成人してないし・・
 
今日、友人の居酒屋で、
彼と彼のお母さんと、娘と私と末っ子の5人で夕飯を食べながら
いろいろと話しをしました。

親として心配していること、
二人の結婚を 反対している訳ではない事などなど・・・・・

今も娘は 彼の家にいます。
ふたりは これからの楽しいだけじゃない現実問題を 話ししてるのでしょうか???

私としては、 とにかく母子ともに 元気であれば・・っと
願っています。


昨夜 すっごくおなかが痛くなって、今日は頭痛・・・
そして 月のお客さんが来ました。
なんとも言えず 微妙に体調不良です。

今朝の 町内の側溝清掃の時も 寒くておなかが 痛かったです。


2004年4月27日(火)の日記・・・・・・・・ 映画 「卒業」

昨夜、BS2で 久々に「卒業」を見ました。

エンディングが、有名な映画ですよね。

【別な男性との結婚式の最中に、ダスティン・ホフマンが乱入して
花嫁のエレーンをさらって ウェディングドレスのまま
  一緒にバスに飛び乗って式場から 逃げちゃう】って映画。

たしか 今までに 3回くらいはテレビで見ていると思います。

最初にテレビでこの映画を見たのは・・・
まだ 恋に恋をしていた 若かりし学生の頃、
純粋に感動して涙した記憶が・・

その後 多分 結婚してから見たとき・・・
「え”? こんなにイージーなストーリーだったけか?」
「現実は そんなに甘くないよぉ。」
「これから どうすんのよぉ〜」
みたいな、感想だったような記憶が・・・

そして、昨夜 偶然に・・見てしまって
ゆっくり見ているつもりはなかったんだけど
サイモン&ガーファンクルの音楽が綺麗で・・
ついつい最後まで 見てしまいました。

それで 昨夜の感想・・・・
「今はもう、私の心の中に こんなに熱い情熱とかパッションってないなぁ〜」

若くて未来が たくさんあると思えた頃は、
こんな私にも 【恋愛がすべて】みたいな時期 あったような???
ちょっと表現が オーバーかな?? (笑)
それでね、 この映画を見て 少しだけ、うらやましい〜〜と 思ったのでした!
o((*^▽^*))o アハハ

映画ってさ、見る側の年齢とか 状況や環境で
感想って変わるもんだな〜・・・と ひとり言でした。。。


2004年4月29日(木)の日記・・・・・・・・ たくさんの問題をかかえて

親として・・・・非力な私。
ウチには たくさんの問題がある。


夫のこと、夫が作った借金のこと、
生活が ぎりぎり精一杯で 余裕がないこと。
夫は 今 私たち家族のことを どう思っているのか・・
女性とは 別れたといっているけど、本当にそうなのか・・


娘が つわりがひどくて 仕事にならなくて
今日、「しばらく会社を休むように」と 言われて帰って来た。
つまり、求職状態。。。

私の パートの稼ぎだけでは 余裕がない。
手に職もない私・・・ どうしたらいいのか???


私には 帰る実家も 親も他界していない。
相談にのってくれる兄弟も いない。。。

時々、出口のない 迷路に 心が入り込む・・・
「どうしよう・・どうしたらいい?」と・・・


以前、私は、ストレスから 過呼吸を連発して
その苦しさと恐怖感から あらゆる事に臆病になってしまった。

また そうなってしまうのが 怖いから・・・
私は、ストレスを回避しようとしている。
  こころの振り子が・・・
大きく揺れゆれないように 身構えて生活している。

安心して生活していたいのに・・・
次から次と 問題が起こる。


娘が、「好きだから結婚したい 子供は産みたい」というならば・・・
前向きな方向で 協力していきたいけど・・

実際、大丈夫なのだろうか? っと 心配になる。
そして 親として 余裕のない私が 情けなくなる。。。


遠い昔、私自身 夫との結婚に 親から猛反対されて
父親から 拒絶され、話し合いにもならず、
そして 思いっきり殴られた。
あれは 愛情ではなかったと 今でも思っている。
父の思い通りにならない娘を 拒絶しての拳打だと思う。

その反動で、家出同然に 結婚してしまった。
映画のように、ある意味 ドラマチックだったかもしれない。
「若さ」=「バカさ」で できた駆け落ちだった。
・・・と 思う。

  だから、私は、娘と彼に対しても
ちゃんと 冷静に話し合ってゆきたいと思っている。

それにしても、 お金がないというのは、
親として 情けない・・・
そして それが・・・ 今の 一番の不安材料。







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