|
同時にあたしの足元に軽い振動が起こり、そこを取り囲むように半円が描かれ亀裂が走った。
見えない何かでえぐられたみたいに地面に溝が出来、黄色い土埃が舞い上がる。
大鎧の赤い光は、レーザー光線かなにかのようだった。
夢の主人公は驚愕に目を見開き、土煙の向うの黒装束を呆然と立ち尽くして見つめていた。
舞い上がった爆風で髪が煽られる。
敵も微動だにせず、さっきと同じ立ち位置でただこちらを眺めている。
双眸は相変わらず見えなかったが、これは含み笑いでもしていそうな雰囲気だ。
あたしにはこの状況の深い意味など全く理解できないけど、超人的なアクションを軽々こなす
夢の主人公が、手も足も出ないほどヤバイ状況なのだ、という事だけは、はっきりと分かった。
今まで蝶のように華麗にスタントしていたあたしが、その身体が…、
微かに震えている。
しかしあたしは果敢にも顔を歪め、憎悪を篭めて鎧を睨み付け威嚇していた。
「…なるほど。そのような物を持ち出すとは…そちらも必死なものだな…」
気位の高そうな声は、今やその震えを怖れでなく、怒りからの震えに変化させている。
嫌悪感を剥き出しにして吐き捨てるように言ったものの、状況はより深刻になっていた。
あたしの白いオールインワンのスーツの胸元に、赤外線レーザーの照準のような、紅く小さな点が狙いを定めていた。熱くはないはずだけど、胸元の一点がチリチリするようだ。
夢の中のあたしは敵を睨み付けたまま、何故かそれでも一歩も動こうとしない。
傍観者であるあたしの方が心臓をバクバク言わせ、
――…殺される…!!
そう、思った。
峡谷の裂け目から差し込む陽の光が、一瞬途絶えた気がした。
さして大した事ではない筈なのに、鎧は驚いた様子で真上を確認する――…と、同時に、
あたしの身体は何かに掻っ攫われるように、勝手に横方向に移動していった。
――なに…!? …ええっ?
あたしは頭の中も目の前も真っ白になったのだけど、あたしの身体の方は違ったらしい。
握り締めた剣先を天へ向って掲げ、一直線にそれを振り落とすと、勇ましい声で吼えた。
「やれぇぇぇ―――っ!!」
すると突然雷鳴のような激しい音が天より鳴り響き、鋭い雨のように地に降り注ぐ。
大きな力強い何かに連れ去られながらも、あたしはその光景から、目を逸らす事が
出来なかった。
目の前に居た鎧の騎士が、成す術もなく奇妙な形に陥没していき、巨大な雨でも受けたかの
染みを造っていく…。それは雨の中に踊る、操り人形のようだと思った。
腕が奇妙な方向に曲がり、ちぎれ、特に頭部に集中的に衝撃を受け、血も肉も飛び散らずに
煙の様なものを上げているのが見えると、黒い雨は染みなどではなく、銃撃を受けた穴なのだと
分かった。
今やスクラップのように変形した黒鎧はシュウシュウと音を立て、がくりと膝を折ると、上半身を
後ろに倒しながら、泥人形のように脆く崩れていった。
ガランと音がして、デコボコで穴だらけになった鎧の『頭部』だったものが転がる。
あたしはそこから目を放せず、瞬きも出来ずにいた。
あたしの身体を掻っ攫い、半ば荷物のように運んでいたものが、いつの間にか動きを止めていた。
辺りには何かが焼け焦げた匂いと、巻き上げられた土の匂い、それと、すぐ傍でとても上質な
革の香りがしていた。
あたしの身体がふと地に下ろされ、あたしの腹の辺りをずっと抱きかかえていた大きな手が離れて
いくのが、視界の端に見えた。
夢の主人公はそれには全く関心が無い様で、ちらりともそちらを見ない。
しかしあたしの心臓は何故か高鳴り、すぐ隣に居るのは背の高い、影のような男だと分かっている
ような気がしていた。
――…隣を見上げたい…顔を…。
何故かあたしは恋焦がれるような気持ちで、そう願っていた。
「……こんな所で、何をしていた――?」
無残に転がった蜂の巣の頭部からようやく目を逸らし、夢の主人公はすぐ隣に佇む男に吐き捨てるように言いつつ、キッと見上げる。
そこには憂えたような漆黒の影。先程倒した黒鎧騎士と寸分違わない様相の男がいた。
ただそこに居るだけで存在感を絶大に放ち、真昼だというのに彼の周囲には夜が訪れているかの
ようだ。影もまた、夢の中のあたしに似た尊大さで、ちらりとこちらを一瞥する。
深い色の瞳は心臓をつかむような迫力を持ち、良く整った唇はむっつりと真横に結ばれたまま。
黒い大きな唾の帽子には、真っ黒な羽根飾りが流れるように付いていて、何故かあれはくすぐったくてたまらない…。と、ふと思った。
広い肩に流れる夜そのものを広げたみたいな漆黒のマント。
さっきの鎧と違う点と言えば、そのマントの中に、なんとこの暑さなのに黒革のジャケット・黒革の
タイトなパンツにブーツだという事と、その獣のようにギラリと燃えるような真紅の瞳が、
はっきりと見える事だった。
「何をしていた、だと? それはこっちのセリフだ…! お転婆もいい加減にしておけ!」
獅子の吼えるような声が、低く峡谷に轟く。
それでいて、耳に残るどこか甘い声。
どうやらこの黒装束だけは敵の一味ではないらしい。
そして、この男と夢の主人公の二人は、顔見知りな様だった。
|