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夢の主人公の声は、態度とは裏腹な、初めて聞く声色に変化していた。
なんというか…深い落胆と哀しみが滲んでいるような…哀しい響き。
黒装束の男は答えず、男のクセに長い睫毛を僅かに伏せ、憂えた表情のまま沈黙していた。
答えないつもりだろうか。
近くで見ると彼の肌は、作り物のような真っ白の血の気の無い肌だった。
それが余計に深い紅の瞳を際立たせ、到底人では無いと思わせる。
「アレだけの銃弾を浴びて血の一滴も流れない…。それにあの禍々しい光……。この首を調べて
正体がはっきりと分かっても、信じたくはないがな…」
あたしの脳に直接響くように上から降ってくる声は、低く落ち着いていて、そしてどこか
蠱惑的な響きをもっている。
男はひとつ瞬くと、薄くあたしを見た。
――まただ…! 何でこんなに…。心臓を掴まれるみたいに…痛いッ……!
あたしは夢を観ていて、夢の主人公と視点を共有している訳だけど、(と思うけど)
何故かあたしにはあたしで、はっきりと意識があり、ドキドキしたり胸を締め付けられるということまで
はっきりと感じている。
夢って、こんなにリアルなんだっけ…?
「… …か…」
あたしの戸惑いなど気にもせず、夢のあたしはごく小さな声で何かを呟いた。
この身体の持ち主と視点を共有しているはずなのに、何故かその時の言葉は聞こえず、あたしは
(こんなに近くに居ても聞こえない事なんて…あるの?)と思ってしまう。
まるで周りの岩壁や、あの兜の抜け殻が聞き耳を立てているのを警戒するような、本当に小さな声だった。
風が乾いた色の砂を巻き上げ、不穏に砂の城――この岩山の上空を染めた。
どこか重苦しい二人分の、沈黙…。
なにか、この鎧は良くないことの前兆なのだろうか? だからこの人達はそれぞれ深刻そうな顔をして、重い気配を纏っているのだろうか?
彼らが考え事をするような間は、まだ続いていた。その隙に、と言う訳でもないケド、あたしは突然
自分の事が不安になってきてしまう。
いつになったら、目が覚めるんだろう? そして何故あたしは、このスタントマンみたいな女の人の
視点になっているのだろう? この男はどうしてあたしの心を揺らすの?
この二人は何者なんだろう――?
そういう好奇心に似た疑問が、あたしの腹の底から次々沸いてきた。
第一、元はと言えば、この舞台(世界)は…。
足元に転がるこの鎧の正体とは、一体何だったのだろうか…――。
その時どこかで重たげな足音がして、あたし達は鋭く振り向いた。
当然あたしの考え事も、中途半端に中断されてしまう。
何かと思えば、全ての元凶とも言えるあの薄緑のドレスを着た女が峡谷の壁に寄り添い
どうにか立ち、くしゃくしゃの情けない顔をしている姿があった。
さっきの光景を見ていたのか、震えているようだ。
「……あの…。お怪我はありませんか…何という事を、私は…!」
「良い。丁度退屈していたのでな…。それで、ロミ姫は私に何を伝えようというのだ?」
夢の主人公はドレスの女を憐れむでもなく、さっさと話を進めようとしている。
それにしても高圧的というか、高貴な身分の人か軍人みたいな、偉そうな喋り方だ。
その言葉を聴くと、さっきまで震えていた女がさっと表情を変え、急に前に飛び出してきて
片膝をつき、あたしの足元に遜(へりくだ)った。
それはとても良く教育された、従順な召使いの動きだった。
「お恥ずかしいところをお見せしました! 危ないところを救っていただき、ありがとう御座います。
私はトマイヤ国・皇女ロミリ姫様の一介の侍女、ユミエダと申します…。ミラ姫様にはお初に
お目にかかる事になりますが…。初対面でこのような醜態…どうかお許し下さいませ」
侍女はさっきの情けない顔とは打って変わって神経質そうにきびきびと話し出し、その間一度も
顔をあげなかった。
どうやら元からそういう性格の様子。
あたしはこういうの、非常に苦手なタイプだな。
負けず嫌いというかなんというか、(このままでは国も自分と同様に見られてしまう)という虚栄心が、さっきから声に見え隠れしているのだ。
「さっさと用件を話せ、まわりくどい! この場に長く留まるのは危険だ」
夢の中のあたし、そういえば『ミラ姫』とか呼ばれていた人物と、初めて意見が合った気がした。
――この侍女は、どこか好きになれない…。
そう思うと同時に、『彼女』とリンクしている感覚がより強くなった。
「はっ…! し…失礼しました…。あの…しかし、…その、ここは…?」
侍女は何だかまどろっこしく口篭って、顔を伏せながらもしきりに横目で辺りを窺っている。
あたしの体は威圧を篭めて腕組みをし、風格たっぷりに、その場に謙ったままの侍女を
見下ろした。
「案ずるな。カイニ=カマは近く元来の姿、聖バティールとなる。既に私に返還されている故、
正式の公表を待たずともここは私の治める国・聖バティール国ぞ。トマイヤと違って例の十戒は
さほどでも無いが…、まあ言動にはせいぜい注意する事だな」
気が合うかも。なんて思った隙から、そんな甘い考えは崩壊していった。
――…え…? い、今何て…? 『私の治める国』って言った!? じゃ…、夢の中のあたし…
じゃなかった、夢の主人公って…姫ってゆーか、……国王なわけ?
あたしはそう思っておいて、自分が自分で馬鹿らしくなった。
だって仮にも『姫』と呼ばれているのだ。そういう話なのだと割り切った方が話が早いし、ユミエダとかいう侍女の、どこか怯えた素振りもそれなら納得できる。
夢のあたし――なんとかという国の女王(おそらく)は、国王らしく厳格な声音で言い放ち、
別段意識した訳でもなくすっとしなやかに伸ばした体の線を見せ付けるように少し胸を反らし、
瞳は侍女を捉えたままでいた。
皇女の先程の声はその場に圧倒的な存在感を放ち、強く吹いていた上空の風さえも、
その威圧に活動を止めてしまったかのようだった。
隣に影のようにひっそりと黒く佇む男だけは例外のようで、大きな羽根飾り付きの唾帽の影から、
ぼそっと低い忠告をしてくる。
「このお転婆の前では、特に、な…」
途端にあたしは横の男を薄く睨んだが、噛み付きまではしなかった。
「そ、そうですか…。バティールはそのように…斬新な進化を始めているのですか…」
侍女は悔しいのか、歯軋りでもしそうな声で小さく漏らし、ちらと一度あたしの顔を盗み見る。
だが直接顔を見るのは失礼な事なのだろう。彼女はすぐにあたしの視線を避けるように俯き、
そうかと思うと今度は毅然として眉を上げ、掠れた声で皇女にすがりつくように叫び出す。
「ミラ姫様! 我がロミリ姫をお救い下さい…! 貴女様のその強い御力を…。どうか、トマイヤの
未来の為に…!」
切実な金切り声に、あたしも隣の男もちらと目を合わせ、事態の深刻さを予感した。
皇女はしゃんとした姿勢を一切崩さず、何かを思案しているようで暫くは無言だった。
だけどそれでは前に進まないと思ったのだろうか、考えを纏めるように唇は開かれた。
「今、現状はどうなっているのか…、この目で見る事が先決のようだな…。貴国とは今まで
カイニ=カマを挟んでの隣国であったが、正式に発表すれば我がバティールはトマイヤとも
隣国となる。長く言葉も交わしていないが…。あの静かに咲く華のようなロミ姫に、一体何があったというのだ…?」
皇女・ミラ姫の言葉からすると、相手の国の皇女・ロミ姫はかつて親しかった者のようだ。
侍女のユミエダとかいう女は真剣な表情でまっすぐこちらを見つめ、ドレスの胸元からペンダントを
引き出し、無言でこちらに差し出してくる。
当たり前なのかも知れないけれど、まるで『献上』するかの恭しい仕草。
あたしの手はそれを別に丁寧にも扱わずスッと取り上げ、天にかざして眺めた。
何かを差し出されるのに慣れている手つきだった。
姫で、国王なら当たり前か…。
その手が持つのは白銀の楕円形のペンダントトップがついたネックレス。中に写真が入るタイプの
ものだった。
表に繊細な細工が施されており、椿の花のような紋様が彫られている。
あたしは目を細めてしげしげとそれを見つめ、謙ったままのユリエダと一瞬見比べた。
侍女は強い眼差しでまっすぐ皇女を見ていたが、視線を合わせてしまっている事に今更気付き、
慌てて目を伏せた。
皇女は一連の仕草を軽蔑したような目で見て、そして視線を戻すと手元でペンダントトップを開く。
「――……。事態は、急を要するようだな…」
あたしの体は、すぐに曇った声で呟いた。
あたしには何が何だか判らないけれど、ペンダントの中には別に危険なモノも危険を知らせる物も
入っていないように見える。
中に入っているのは一枚の可憐な姿の少女の写真と、最近の携帯に良く付いている、SDカードを
更に極少にしたようなゴミみたいなものだけだ。それだけで内容がわかるんだろうか?
隣の黒装束の男は別段覗き込むでもなく、上背があるので角度的にペンダントの中身は見えて
いるようだった。
彼もまた、大きな唾帽の影でワインレッドの瞳を細め、訝しげだった。
侍女はペンダントの中身を知らないらしく、皇女と黒装束の男の表情を密かに交互に窺っている。
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