Baghdad Burning
 イラク女性リバーベンドの日記   

…いつかあなたと会いましょう、弧を描き流れる河の岸辺で。そこは心を癒やし魂が甦る街、バグダード…

椰子と制裁…

誰もがドルアヤで伐採されようとしている木の話に驚き呆れている。ドルアヤはバグダッドの北、サマッラの近くで、素晴らしいナツメヤシ、柑橘類、ブドウの産地として有名。地域の住民は、果樹園で生計を立て、何十年もその土地を耕してきた地主ばかりだ。

イラクー特に中部イラクーでは、果樹園は砂漠の中のオアシスといえる。はるか彼方から、ナツメヤシの生き生きとした緑が、ゆらゆらとかげる熱い大気の向こうに、雲ひとつない真っ青な空へ伸びているのが見える。果樹園を見るだけで平和な気持ちになる。 

イラクには500種類以上の椰子の木がある。あちらこちらに伸びた緑の葉を持った太く短いものから、美しく対称に伸びた葉を持つ長くて細いものまで多種多様だ。椰子の木は、‘ナツメヤシ'として知られ、平和の象徴であり崇拝の対象とされる。イラク農民と地主の自慢のたね。椰子の木がない庭なんて考えられない。私たちは、地域とか、通りの名前の次に、「え〜と、4番目の家、いえ、違うわ、待って…5番目の左…それとも右だったかしら?あぁ、思い出した。通りで一番高い椰子の木がある家だわ」などと家を見つける。

椰子の木は美しいだけでなく、とても役に立っている。冬の間、イラクに飛来する外国の鳥にとっては‘保養地'となる。さまざまな種類の鳥たちが葉かげをねぐらにしたり、甘いデイツをついばんたり、巣に手の届かない幼い少年をからかったり。夏、‘雌椰子'はたくさんの実(デイツ)をつける。実はそのまま食べたり、保存したり、加工したりする。

イラクには、それぞれ名前も触感も香りも違う300種類以上のさまざまなデイツがある。焦茶で柔らかいもの、明るい黄色でカリカリしたものなど、それぞれデイツ特有の‘強い風味'を持っている。デイツを嫌いだというは人めったにいない。1つの種類が好きでなくとも他の種類のデイツが好きな場合もある。デイツから黒いトロっとしたデイツシロップー「ディビス」が作られる。ディビスを米と一緒に食べる地域もあれば、バタつきパンのシロップとして使う地域もある。多くはイラク菓子の砂糖として使われる。

イラクの‘ハッル'(酢)もデイツから作られる…黒く特有の味があり、オリーブ油と一緒にまぜて、きゅうりとトマトのアラビックサラダにかけると最高のドレッシングになる。イラクの‘アラク'(アルコール度が非常に高い飲み物)もデイツで作られる。

夏、各家庭ではデイツをかごやトレーで交換しあう。ご近所あるいは友人同士で、子供自慢をするように、自分たちが育てたデイツを配って楽しむのだ…。

椰子はどの部分も有効に活用される。葉は、乾燥して、浅黄色のかご、ほうき、マット、バッグ、帽子、壁掛けなどをつくり、屋根をふく材料にもなる。葉の根元は厚くて、重い木で出来ているので、東南アジアの竹のいすやテーブルのように、美しくて繊細な家具が作られる。低品質のデイツと種は牛、羊などの動物飼料として利用される。デイツの種は料理用の「デイツオイル」の原料にもなる。伐採された椰子は、薪,建築資材に使用される。

私の好きなデイツの種の利用法は…ビーズ。種をなめらかにして、手で磨き、真ん中に穴をあけ、ネックレス、ベルト、ロザリオにする。完成品は、粗削りだけど、優雅で、それぞれユニークだ。

椰子の木は主に果樹園の柑橘類と一緒に植えられる。装飾のためとか、経済的な理由からではない。椰子の木は、どの木よりも高くそびえたち、その葉がイラクの強い日差しから柑橘類を守るから。椰子の木の生長がとまるまで10年から15年かかる(例外もあるが)。そして、実を結ぶには平均5 -7年かかる。椰子の木が枯れることは深刻な問題だ。農民は、がっかりして、損失を真摯に受け止める。ひとつとして同じ木はないので、家族の一員を失うような気持ちがする…。

爆撃開始から数日たった戦争中のあるシーンを思い出す。ふたつに折れた椰子の木の姿が私の心に強く残った。堂々たる葉はしおれ、地面に薄汚れて転がったまま。死体を見たときと同じくらい私には印象的だった。

歴史的に、椰子の木はイラクとイラク人の持つ厳しさ、ストイックな美を代表している。椰子の木はどんなに状況が苦しくとも、生命と生産の希望を思い出させる。果樹園の椰子の木はいつでも堂々、かつ毅然と立っている。- 今日まで、暑さも、政治的争いも、戦争にも。何事もないかのように・・・。

バグダッドで最も有名な通りのひとつに、‘空港通り'がある。本当は2本の道路だ− 1本はバグダッド空港に通じる道であり、2本目は空港からバグダッドへ入る道。道路はシンプルでわかりやすい。荘厳な雰囲気が、中央分離帯と両側に植えてある大きな椰子の木からかもし出されている。空港からバグダッドに入り、両側から生い茂る椰子の木を見れば、3000万本の椰子の木の国に来たことを実感するに違いない。

占領後まもなく、この通りの多くの椰子の木が‘治安'を理由に占領軍によって伐採された。私たちはゾッとして見ていた。椰子の木は叩き落とされ、引きずられ、集団墓地のような場所にひとかたまりに置かれた。茶色としおれた葉が氾濫していた。空港通りの椰子の木は美しかったけれど、だれもその木によって生計を立てていたわけではない。パトリック・コッバーンが記述したドルアヤの木とは違う。

ドルアヤのいくつもの果樹園が伐採されようとしている・・・ドルアヤだけではない・・・バクーバ、バグダッドの郊外、他の地域でも伐採が行なわれている。木は、ブルドーザーで押し倒され、大型機械に踏みつけられた。これらの果樹園の住人と持ち主は、占領軍に木の命乞いをして、ぺちゃんこになった枝・葉・熟していない果実を拾いあげた。地面はバラバラにされた緑の葉が散乱していた。農民の顔は、米軍の残虐行為に驚き歪んだ。深い皺のきざまれた顔が地面からまだ青い4個のオレンジ(果実は冬に熟す)を取り上げ、カメラに向かって叫んだ。「これが自由か?これが民主主義か?」 10歳の息子は怒りの涙をほおに流しながら、そばに立っていた。彼は静かにこう言った。「やつらが切った木1本ごとに5人の兵士に死んでもらいたい・・・5人ずつ」。彼が「テロリスト」だというの? 民主主義と自由の名のもとにメチャメチャにされた椰子の木の姿を見て、恐怖におびえた子どもを--

パトリック・コッバーンは、ドルアヤがスンニ地域だと言うーそれは確か。スンニ派はドルアヤにたくさん住んでいる。けれど彼はハズラジ族(果樹園は強襲された)がイラクでも有名なシーア派であることに言及していない。

記事に関心がなくて読んでない人のために、最初の1行を全部書くわ。

「米軍兵士はジャズをガンガン鳴らしながらブルドーザーを運転して、農民への新しい政治処罰の一環として、オレンジやレモンの木と同じ様に、中央イラクに大昔からあるナツメヤシを根っこから引き抜いた。彼ら農民が米軍を攻撃しているゲリラの情報を提供しなかったという理由で。」

…昨日注意をひいた他の記事からも…。

「サダム・フセインが政敵であるシーア派の隠れ場所を取り除くために、美しい湿地を荒涼とした荒地にして、南東イラクの広大な沼地を変えてしまってから数十年・・・」

いつか見た風景? でも、果樹園は湿地帯のときと少し違うかも・・・。サダムは湿地帯を干すときジャズを演奏していなかったから。
          リバー@午前140