バグダッド燃ゆ イラク女性リバーベンドの日記
…いつかあなたと会いましょう、チグリス川の流れる街で。そこは心を癒し、魂が甦る場所…
2004年11月13日土曜日
殺戮…
ファルージャで殺戮が続いている。伝え聞く話はぞっとする。人々が路上で無惨にも銃撃され、コンクリートと鉄の塊に埋められている…世界はなぜ黙っているの?アラファトを埋葬したら、早急に、イラクで起こっていることに注意を向けてほしい。
殺戮…
食べるものが何もないという。農作物がまったく町に入らず、水は何日も断水し続けている。きれいな水がないってどういうことかわかる???人々が汚水を飲み、下痢や病気になっている。死体を埋葬したくとも家を出ることが出来ず、路上に死体が転がっている。家々の庭には子どもや親が埋葬されている。皆、どこにいるの???
シスターニはどこ? 彼はなぜこの状況について何も言わないの? 南部が攻撃されたとき、スンニ派聖職者はいたるところでその攻撃を非難した。人々が現在何らかの政治的意思を求めているときに、シスターニはどこにいるの?この沈黙は何にもましてつらい。
私たちは最近外出をしていない。今日、電気がきたのは8時間。理由のわからない燃料不足のため、私たちは控えめに発電機を使用している… 爆発音がそれぞれ違う場所から数回聞こえてきた。
事態は急激に悪化している。
ファルージャ危機についてはここを読んで:
支援組織、ファルージャ「大惨事」を語る…
目撃者:煙と死体…
イラク人はこれを決して許さないだろう。理不尽きわまりない。アラウィの支持でアメリカが行なったジェノサイドであり、アメリカはこれに責任がある。この殺戮に関わった誰もが、ファルージャの人間と同じような悲しみ、恐怖、苦しみに会うであろうことを祈る。
リバー@午前1時30分
2004年11月1日月曜日
テロリストたち…
ここ数日、どんよりとした日が続いている。ほこり、煙、湿気などがまざりあって空が灰色になっている。暗くて重い空は、いろいろな意味でイラクの雰囲気に合っている。
テロリストたち…
私はずっとファルージャのことを心配している。戦闘地域の状況がこれからどのようになるのかと考えるだけで、心配のあまり眠られなくなる。バグダッドの状況も良くないけれど、ファルージャはさらにひどい。ここのところファルージャから避難民が続々と出てきている。彼らはバグダッドやその近辺で避難場所を見つけようとしている。
先週、初めてファルージャの難民に会った。おばがこの陽気で体調をくずし、電話も繋がらなくなり、私たちは、夕方断食が明けたあと訪問することに決めた。おばの家の私道に車を入れたとき、庭のほうで聞きなれない子どもの声がした。おばには、8歳の娘S.がいるだけなので、近所の子どもが遊びに来ているのだと思った。
Sは軽い足取りで寄ってきて、車のドアを開けた。彼女はたくさんの客が来たのでうれしくて興奮して飛びはねていた。庭のほうをちらっと見た。子どもが見えると思ったのに、大きな椰子の木とバラの茂み以外に何も見えなかった。「お友達はどこにいるの?」と、おばにもってきたイラク菓子を取り出しながら尋ねた。Sは振り返って微笑みながら椰子の木を指した。暗がりの庭をよ〜く見ると、小さな頭ときらきらした二つの目がちらっと見えたが、すぐに消えてしまった。私はこっくりとうなづいて大声で叫んだ。「こんにちは、椰子の木さん!」 椰子の木が小さな声で. 「こんにちは」と答えたので、Sはくすくす笑った。
「大丈夫よ」Sは庭を振り返って呼びかけた。「出てきても大丈夫よ。私のイトコとその両親だから!」 私たちは家に向かって歩いた。S.はぺちゃくちゃとしゃべり続けた。 「ママは気分がずっと良くなったわ。今日、お客様が来たのよ。えぇ、昨日からずっと待っていたお客様なの。私のお友達で、パパの親戚…。私は学校へ行かなければならないけど、あの子たちは行かなくてもいいの。」
家に入ると、居間の中は大騒ぎのまっさい中だった。テレビは大きな音でホームドラマをやっていて、 エジプト人の俳優の叫び声にまじって、赤ん坊の泣く声と母親が「シッ、静かに」と黙らせる声が聞こえた。おば夫婦は4日間つながらない電話がこれからどうなるのかと話し合っていた。 私たちが部屋に入ると、赤ん坊を抱いた女性は急に立ち上がった。そして、廊下に通じるドアから出ていった。
おばは「サラーム」と挨拶すると、部屋から走りでて、いやがる女性と赤ん坊をともなって戻ってきた。 「ウム・アフマドよ。」 おばは私たちを紹介して、無理やり女性をソファーに座らせた。 「彼女はファルージャから来たの…」と、おばは説明した。 「彼女は夫の親類だけど、これまで会ったこともなかった。」 彼女は、ウム・アフマドを振り返って微笑んだ。女性はヘッドライトに驚いて立ちすくむ鹿のように見えた。
それほど彼女はスラッとして、優雅な雰囲気を漂わしていた。彼女は長めの伝統的な'ディシュダーシャ'(どっしりとして、刺繍がほどこされた上着)を着て、頭を黒いショールで覆っていたが、滑り落ちているので、ブラウンの髪の毛にわずかに白髪がまじっているのが見えた。年令を推測するのはほとんど不可能だった。とても若い印象をうけるので、たぶん、33か34歳に違いない。けれど、彼女の顔は緊張と不安でやつれていて、その上、白髪もあり、40歳くらいにも見えた。 彼女は、神経質に会釈をかわすと、赤ん坊をぎゅっと抱きしめた。
「ウム・アフマドと可愛い子どもたちはファルージャの状況がよくなるまでここにいるのよ」 おばはそう宣言した。それから小さいイトコに「サマとハリースを連れていらっしゃい」と言った。 私はサマとハリースは椰子の木の後ろに隠れていた子どもたちだと思った。 しばらくして、サマとハリースはS.に連れられて居間に入ってきた。サマは10歳くらいのきゃしゃな少女で、ハリースは6歳か7歳の丸ぽちゃの少年だった。彼らは、私たちの目を避けて、すばやく自分達の母親のもとに駆け寄った。
ウム・アフマドは、「'こんにちは'と言いなさい」と静かに促した。 サマは握手するために進み出たが、ハリースは母親の後ろに隠れてしまった。
「可愛いお子さんね!」 母はニッコリとサマにキスをした。 「サマ、あなたいくつ?」
「11歳。」 サマは自分の母親の隣に座りながら小さい声で答えた。
「ファルージャの状況はどうですか?」 父が尋ねた。私たちは皆、答えを知っていた。ファルージャは日ごとに状況が悪くなっていった。 絶えずミサイルと爆弾で砲撃され、街は廃墟となっていた。多くの家族が持てるだけのものをもって逃げている。家々は戦車と飛行機によって壊された。しかし、質問をしなければならなかった。
ウム・アフマドは不安げに顔をくもらせた。 「かなり悪いです。私たちは2日前にファルージャを出ました。アメリカ軍は街を包囲して、私たちを外に出さないようにしました。私たちは別の道を通ってこっそりと出なくてはなりませんでした…」 赤ん坊がぐずり始めたので、彼女は優しく揺すって寝つかしつけようとした。 「私たちは出なければなりませんでした…。子どもたちと一緒にファルージャにいることは出来なかったのです」と、彼女は申し訳なさそうに言った。
「もちろんよ。それでいいのよ」 おばがきっぱりと答えた。 「狂っている。自殺行為よ。あのきらわれものたちは誰一人生かそうなんて思わないもの」
「皆さんが無事だといいですね…」私はためらいがちに言った。 ウム・アフマドは、ちょっと私を見ると首を横に振った。 「先週、私たちは隣人ウム・ナジブと2人の娘さんを埋葬しました。眠っていたときにミサイルが庭に落ち、家が壊されたのです」
「うちの窓も壊れたんだ…」ハリスが突然興奮して言ったか思うと、また母親の後ろに隠れた。
「窓は壊れ、玄関のドアは吹き飛びました。戦争からずっと私たちは皆居間で眠っていたので無事でした」 ウム・アフマドはこの話を100回もしたかのようにスラスラと説明した。彼女が話している間、赤ん坊はこぶしを上げ小さく泣いた。それは歓迎される音だった。悲痛な話題を変えることができたのだから。 「この子がアフマド?」 赤ん坊を見つめて私は尋ねた。 おばは彼女を「ウム・アフマド」と呼んでいた(「アフマドの母」と意味)。ふつう一番上の子どもの名前はその両親と話すときに使われる。「アブ・アフマド」は「アフマドの父」という意味。彼女がウム・ハリスでもウム・サマでもない理由がわからなかったけれど、最後に残ったこの子が'アフマド'に違いないと思った。
「いいえ。この子はマジッドよ」 サマは静かに私の質問に答えた。赤ん坊は4カ月くらいに見えた。黒いモジャモジャの髪の毛で、 小さな白い帽子のようなものをかぶっていた。目は母親と同じハシバミ色(薄茶色)だった。 私は、マジッドに微笑んだ。頭を覆っている白いものが帽子ではないことに気がついた。白いガーゼの包帯だった。 「この包帯は?」 彼の頭を暖かく保つためだという答えを希望しながら、私は尋ねた。
「街から逃げるとき、私たちは他の2家族と一緒に小型トラックに乗らなければなりませんでした。そのとき頭を何かでぶつけ、かすり傷を負ったのです。お医者さまが感染がしないように包帯をしてなさいとおっしゃったのです」 赤ん坊を見ているうちに涙でいっぱいになり、強く揺すぶった。
「少なくとも皆無事だったのね…ここに来たことはとても賢明だったわ。」 母は言った。 「子どもたちは元気だし、それが一番重要なことよ」
この言葉は、私たちの予想と違う結果をもたらした。ウム・アフマドの目から突然涙が溢れでて、見る間に、声をあげて泣き始めた。サマは悲しげに赤ん坊を母の腕からそっと抱き上げると、廊下であやし続けた。おばは、ウム・アフマドのためにコップに水を注ぎ手渡した。「アフマドは14歳の息子さんで、彼は父親といっしょにまだファルージャにいるの」と私たちに説明して。
「私は置いてきたくなかった…」。グラスの水が震えた。 「しかし、彼は父親から離れることをいやがりました。車が街を出る最後のときに私たちは別れ別れになりました…」おばは彼女の背中をなでて、ティッシュを手渡した。
「ウム・アフマドの夫は…神さま、彼をお守りください…モスクに協力して他の家族が逃げるのを助けているのよ」 おばは、ウム・アフマドの横に座って、目に涙をいっぱいためたハリースを自分のひざに引き寄せた。 「二人とも無事だと思うのー彼らはすでにバグダッドにいるかもしれない…」おばはそこにいた誰よりも強い自信で答えた。ウム・アフメドは無表情にうなずくと、床の敷物をばく然と見つめた。 ハリースは目をこすって、母親のショールのはしにしがみついた。 「彼女と約束したの」おばは説明した。「2日たっても彼らの音信がなかったら、アブSがファルージャへ行って、彼らを探してくるわ。既に、すべての避難民がいるスクに伝言を頼みました。」
彼女を見つめていると、戦争の恐怖が甦ってくるー爆撃と銃撃の日々ー戦車が爆音を響かせて道路を走り、ヘリコプターが頭上で脅すようにホバリングしていた。彼女は夫と息子の連絡を待って、残りの苦しい日々をどのように過ごすのだろうか。愛する家族と切り離されて、その身がどうなっているだろうかと心配することほどつらいことはない。たえず不安が心の中をかきむしり、疲労とあせりが同時に襲いかかる。頭の中を悲観的な声が死と破壊の物語を1,000回もささやき続ける。極度の悲劇に直面したときにおちいる救いようもない絶望感。
そう。ウム・アフマドは街から追い出されたテロリストのひとり。 彼女の夫と息子が死ぬと、彼らはアルカイーダのリーダーか、アブ・ムサブ アルーザルカウィの親戚ということになる…アメリカでのお決まりの言い方ね。
私はブッシュとアラウィがファルージャでの犠牲者について話しているのを見ると気がヘンになりそうだ。誰も彼もがテロリストで、家ではなく、巣のような場所にいて、アメリカを壊滅させるために計画を練っているという。 アラウィは最近'和平交渉'がなぜ順調に進まないかを言及し、大きな軍事行動の可能性を示唆している。アブ・ムサブ・アル-ザルカウィに関するゴミ話やくだらない話はアメリカ人、イギリス人、快適な亡命生活をしているイラク人のためにある。
アラウィは愚劣だ。恐ろしいのは彼がアメリカの軍事的サポートがなければイラクで*決して*安全ではないということ。彼が政権を握っている限り、アメリカの戦車と基地がイラク中に存在するだろう。彼は、ファルージャに占領軍を解き放つと脅かすことでどんな支持を得るというのだろうか?
人々は英雄のようにファルージャからの避難民を受け入れている。難民を収容するために部屋を空け、食物、お金、および救急の物資を寄贈している。ここでは誰もが、アブ・ムサブ・アル-ザルカウィがファルージャにいないことを知っている。知る限り、彼は何処にもいない。 彼は大量破壊兵器に似ている:兵器を明け渡せ。さもないと攻撃するぞ。攻撃が行なわれた後で、どこにも兵器がなかったことがわかった。ザルカウィもこれを同じようになるだろう。 次々変わる政治家のひとりが彼について議論するのを聞くと笑ってしまう。彼は大量破壊兵器脚より都合が良いーだって彼には足があるから。ファルージャの総攻撃が終わってすぐに、ザルカウイは都合よくイラン、シリア、それだけでなく北朝鮮だって行くだろう。
ファルージャの'和平交渉'に関していえば、それは決して存在しなかった。彼らは現在、数週間もファルージャを爆撃し続けている。通常、彼らは夜間、爆撃する。だれもそこにおける損害とすべての死をカバーするものはいない。あとになって、家族がいきたまま埋葬されたとか、通りで射撃兵に狙撃されて殺されたとかを聞くのだ。
ところで、アメリカ人のみなさん、この1年半で10万人が亡くなり、犠牲者はさらに増え続けている。 もう4年間ブッシュにやらせてみたら?すぐに50万人を記録するかもしれないわ。
リバー@午後9時57分