バグダッド燃ゆ イラク女性リバーベンドの日記
…いつかあなたと会いましょう、チグリス川の流れる街で。そこは心を癒し、魂が甦る場所…
2006年5月2日火曜日
人質米兵…
人質米兵…
2003年4月10日あるいは11日頃の話。3月の終わりから私たちの地域には電気が全く来なかった。水も断ち切られ、たいていのイラク人はまだ発電機を持っていなかった。私たちは、アメリカとイギリスの戦闘機の音、街を侵攻してくる戦車の音を聞き、祈りながら昼も夜も過ごした。また、必死になってニュースをおっかけた。
イラク国営テレビは表面上消滅した。戦争が始まってから、放映状態は悪かった。たまに、きれいな画像を受信できるときもあったけど、あとは、ぼんやりとした顔が写り、にわか仕立ての国歌が流れるだけだった。イラク国営ラジオも良くなかった。時々、火星から放送しているのではないかと思えた。それほど遠かったのだ。もっとも、ちゃんと聞こえても何ら意味をなさなかった:サハフ情報相は言う。「バグダッドに戦車は一台もありません!」そうでなければ、爆発とか、家族もろとも燃やされた車の残骸のことを言うのがせきのやまだった。
4月の始め、テレビからの情報に見切りをつけて、モンテカルロや、BBC、ボイス・オブ・アメリカなどのラジオ放送局からのニュースを当てにせざるを得なくなった。ボイス・オブ・アメリカはサハフと同じくらい役に立たなかったー彼らが放送していたニュースが真実かどうか、それとも単なるプロパガンダであったのか、まったくわからなかった。ニュースの間に、繰り返し、何度も同じ歌を流す。私はいまだにセリーヌ・ディオンの「新しい日が来た」を震えずに聞くことができない。頭の中で戦争の音が響くのだ。「だれかを待って…」 頭上で飛行機の爆音…「奇跡の訪れのために…」 ミサイルのブーンという音…「強くあれと告げる…」AK-47(カラシニコフ銃)のラッタッタッタという銃撃の音…。今は、この歌が嫌い。
戦争が始まってから放送し続けていた「アルーアラム」というイランの放送局があった。彼らはイラクの一般市民のためにサダム政権から許可を受けアラビア語で放送していた。そして、彼らは、イラクの放送局が放送中止になったあとも放送し続けていた。アルーアラムの戦争報道はかなり中立だった。彼らは、事実のみを報道し、不要な論評、意見を避けていたので、ある程度、信頼していた―私たちにはこれといって他に情報を得る方法がなかったこともあるが。
数少ないラジオ放送局から引き倒されたサダム像のニュースを聞いた。しかし電力不足のためテレビを持たなかったので、誰もそれを見ていなかった。イラク人の中には古いテレビを出してきて、車のバッテリーに接続していた人もいた。それは1991年に行なわれていた方法だ。E.といとこは、おばが去年の春の大掃除のときに捨てそうになった小さくて、古い白黒テレビを引っ張り出してきた。彼らは、20分もかけて接続した(徹底的にはたきをかけた後で)。もはやイラクのテレビ放送局はなかった。放送していたのはイランの放送局ひとつだけ。戦車がバグダッド中を走り、通りすがりのものすべてを爆撃していた。アパッチが低く飛び、刻一刻と、銃撃と爆発は激しさを増していった。
最終的に、サダム像がアメリカ軍によって引き倒された映像を見たのは、4月11日午後9時頃だった― 顔には一面に星条旗がかけられた。私たちは、戦車の中の米兵が見守り敬礼するなかを、男達によりバグダッドが略奪され燃えるのを見て、呆然とした。今、振り返ってみると、「バグダッドの陥落」とイラクの占領を、イランを介してーイランの放送局を通してー初めて見たのはまさに皮肉としかいいようがない。
私たちはすぐにイラン革命防衛隊の噂を耳にするようになった。彼らがどのようにイラン-イラク戦争でイランに亡命したイラク人の民兵を組織したかを。彼らはすでにイラク国内に入り、政府の施設から博物館まであらゆるものを略奪し、燃やすのを助けていた。ハキムとバドルは、私的な警護と民兵と共に、数人の聖職者のあとにやってきた。すべてイランから浸透してきた。
今日、彼らは国を統治している。3年という時間をかけ、たちの悪い民兵、暗殺、誘拐を通して、彼らはグリーンゾーンに首尾よく居座った。私たちは、絶えず新しい操り人形がシリアやサウジアラビア、トルコに対して、とりとめのないことをわめき散らすのを聞く。権力の座につかせてもらったことを感謝しなければならないアメリカに対してさえも・・・。しかし、イランがこの国で行なおうとしている役割については、誰もあえて話そうとしない。
ここ数日間、北イラク(イランと国境を接するクルディスタン)におけるイランの攻撃について耳にする。いくつかの場所が爆撃された。様々な情報によると、イラク国境で1,000人のイラン兵が待機しているという。これに先立ち、イランの革命防衛隊がディヤラやバグダッドの一部の地域にすでに入っているといわれている。
一方、新しい操り人形たち(同じ古い人形をくり返し使っているにすぎないが)は、だれが首相の役割になるかを数ヶ月かけて決めたが、現在、‘主要な'省庁をどの政党が把握するかで、口論している。この背景には、大臣がたとえば、SCIRIから命名されるとすぐに、その大臣は「身内の人々」を重要な地位につけてしまうということがある。すなわち彼の親戚、友人、とりまき、自分の民兵たち(これがもっとも重要だ)を。アル-マキリが首相になるやいなや、彼は、武装民兵がイラク軍の一部になると発表した (イラク軍はバドルとサドルの暴力集団のことだけを意味する)
数日前、新首相任命後に開催された式典の1つを見た。タラバーニは、グリーンゾーンの大きな部屋で多くの政治家の前に立ち、図々しくもこう言った。イラクは隣国によるあらゆる‘タダハル'、すなわち、干渉を認めない。なぜならイラクは‘外国の影響を受けない主権国家'だからと。いとこはあやうく笑いすぎで気絶するところだったし、E.は涙を拭きながら苦しそうにあえいでいた…。タラバーニが太鼓腹をかかえ、にやにや笑いながら、もったいぶって声明を読むと、彼に微笑み返したのは、米軍の司令官たちだった。タラバーニの左にはハリルザードがいて、優しく彼の腕を軽くたたき、長男を見つめる父親のように彼を見つめていた!
イラク人が数百人単位で亡くなって、いたる所で死体が発見されているときに (先週、いとこが通っている学校の前の空地で男性の死体が発見された)、イラクのあやつり人形たちは、だれが、どの省庁で、最も多くの窃盗をし始めるかを決めることに時間を費やしている。要は、公金の横領を軽くみなしてはならないということだ。それに値(あたい)するだけの考えと討論を経るべきだ。たとえ国が混乱していたとしても。
新生イラク軍のニュースに関して。ブッシュと彼の仲間が描くように、ことは順調に進んではいない。今日、アンバールで行なわれたイラク兵の卒業場面の映像を見た。式典の終わり近くまで普通の状態だったのが、指揮官が、兵士たちが様々な地域に配属されると発表したとたん、混乱しだした。兵士は彼らの作業服を剥取って、投げ散らかし始めた。上官を罵倒し、大声で叫び、もみあった。彼らは入隊申し込みをしたとき、彼ら自身の出身地域に配属されるという約束だったのだ―彼らの主張はもっともだ。報道によると、彼らは現在ストライキ中であるという。彼ら自身の州の外に配属されるのを拒否して。
彼らが配備されるはずであった‘地域'がイラクの北部であったとしたら?特に国境のイラン人兵士と戦うためだったら…。タラバーニは、数日前にクルディスタンの保護はイラクの責任であると発表した。私はこの変化に全面的に賛成だーなぜならクルディスタンはイラクの一部だから。彼がこの声明を出す前は、ペシュメルガだけがクルディスタンを保護するものだと理解されてきた。イランに対して、それは十分な方策とはいえない。
最大の疑問ー米国はイランをどうするのか?爆撃などの可能性が示唆されている。イラン政府は嫌いだけど、イラン民衆が空爆と戦争による混乱、損害を与えられるいわれはない。もっとも、私はこの問題をあまり心配していない。なぜならイラクに住んだらわかるけれど、アメリカの手は縛られているから。米国政府がテヘランを攻撃したら、すぐさまイラク中の米軍は攻撃を受けるだろう。実にシンプルだ―ワシントンは立派な銃や飛行機を持っている…けれど、イランは15万人の米兵の命を握っている。
リバー@午前12時59分