バグダッド燃ゆ イラク女性リバーベンドの日記
…いつかあなたと会いましょう、チグリス川の流れる街で。そこは心を癒し、魂が甦る場所…
2006年12月31日 日曜日
リンチ…
リンチ…
はっきり言って、マリキと彼の一派は頭がおかしい。本当に最低。言語道断だーイードに処刑するとは。世界中(イランを除いた)のイスラム教徒は激怒している。イードはケンカや怒りを抑えて平和な時間を過ごす−少なくともイードの間だけは。
これは来たるべき年がよくないことの前兆。狂人たちがイード(犠牲祭)の間に処刑をするとは誰も想像しなかった。宗教的に容認できないし、それ以前に、憲法違反だ。私たちは、少なくとも、つかのまの平和とイードの休暇を楽しむわずかの時間くらいあると思っていた(新年のお祝いと重なるけど)。私たちは聖なる休日の最初の2日間を汚いリンチのひとコマを見るはめになった。
救世主アメリカ…4年間のイラクでのブッシュの最大の業績はリンチ。ブラボー、アメリカ人。
マリキは自らの人生を誤った。イード・アル=アドハー(何百万人ものイスラム教徒がメッカ巡礼をするイード)の初日に、処刑にサインをし、あらわな歓喜を示したことは、すでに彼の評判はボロボロだけど、それ以上のダメージを与えたことになるだろう。彼はスーツを着たハゲタカ(さもなけば、禿げかかったイタチ)。恥ずかしい限りだ。彼が処刑にサインをすると、ムワファク・アッルバイが彼の口の端から出たよだれをふいている姿が想像できる。これが新生イラクを代表する人々なの? 私たちはかつてないほど多くの困難のさなかにいる。
ええーBBCが報道しているような祝賀もないし、わずかの地域を除いて通りに人影もない。
今度はCNNについて言うわ。CNNジャーナリスト、恥を知りなさいーあなたたちは怠け者。処刑について記事を書くなら、少なくとも最後の言葉を正しく伝えること。あなたたちの記事は世界中で読まれ、引用として歴史に残るでしょ。世界一大きいニュースネットワークなんだから。少なくとも、まともな翻訳者にお金を使うことね。記事によると、ムニール・ハダドがサダムの最後の言葉は「ムクタダ・アル=サドル」と主張しているようだけど違うわ。ビデオの一部がテレビで放映されたけどそれを見たら、わかるでしょ。
「証人(イラク人の裁判官ムニール・ハダド)は、死刑執行人のひとりが、フセインに対し元独裁者がイラクを破壊したと言ったので、部屋のなかの役人たちの間で議論が起こった。
そして縄がフセインの首の周りに締められたとき、死刑執行人のひとりが『ムクタダ・アル-サドル万歳』と叫んだと、ハダドはシーア派の反米指導者の影響力に言及した。
ハダドによれば、フセイン(スンニ派)は死ぬ前に馬鹿にした調子で「ムクタダ・アル-サドル」と最後の言葉を発した。」
リークされたビデオを見ると、「ムクタダ・アル=サドル万歳」と大声で叫んだのは死刑執行人ではない。わかる?これが最低なマリキ政権のやり方――彼らは野次る人間を何人か処刑の間、都合よくわきに立たせていた。マリキは彼らを「裁判の証人」だと主張したが、彼らは明らかに野次り屋だった。
サダムの首に縄をかけるとすぐに、彼らはいっせいに「ムハンマドと彼の家族の上に神のご加護あれ…」と唱え始め、誰かが(関係者が)次に「ムクタダ、ムクタダ、ムクタダ!」と合唱した。そして、彼らのひとりがサダムに大声で叫んだ。「くたばっちまえ…」 (アラビア語で)。 サダムは軽蔑するように見下ろして言った。「ヒヤ ハイルマジャラ−…?」意味は「これがお前の男らしさか…?」
誰かが大声で叫んだ。「頼むぜぇ、こいつは処刑されるんだ!」彼らはわずかに沈黙し、次に、サダムが立って言った、「アシュハドウ アンラ イラーハ イラッラー、ワ アッシャハドゥ アナ ムハンマド ラッスルッラー…」意味は「アッラーのほかに神なし、 そしてムハンマドは神の使徒なることを証言します」これらはイスラム教徒(スンニ派のイスラム教徒もシーア派も)が死に際して言うべき言葉だ。彼はもう一度これを繰り返した。しかし彼はすべての言葉を言い終える前に、リンチされた。
そう。CNNさん、最後の言葉は馬鹿にしたような調子の「ムクタダ・アル=サドル」ではないの。誰かがそのことを訂正すべきだわ (本当よ、この記事の原稿を書いた6人の皆さん!)
それから、偽情報を彼らに与えたのは裁判官だと言うかもしれない。イラク控訴裁判所のある裁判官ー彼は処刑命令を批准した裁判官の一人だけど。誰もがアメリカがバックにあるイラク人裁判官は決して嘘をつかないと思っているーCNNの混乱がそれを証明している。
ムワファク・アルールバイはこう言った「サダムは弱々しく怯えていた」と。見たところ、ルバイは違うリンチを見たのね。だって、リークされたビデオではサダムはちっとも怯えているように見えなかったから。彼の声は震えていなかったし、黒いフードをつけるのを拒否した。彼は運命だと思って受けとめているように見えた。そして野次り倒されている間も相変わらず挑戦的だった。 (昨年米兵がムシン・アブダル・ハミードの家を家宅捜索して、彼がヒステリックになったときと大違い)
民兵を殺害に参加させるのもひとつの方法。真偽のほどはわからないけれど、これはアメリカ民主主義の誇示だとか。なんと私たちは恐ろしく残忍になってしまったの?これが今のイラクということ?処刑?他のアラブ諸国が感銘を受けるに違いないわ。
世界でもっとも進んだ国のひとつはイラクの再建を助けてくれなかった。彼らはまともな憲法をつくることさえ助けてくれなかった。けれど、彼らはでっち上げ裁判とリンチに貢献した。リンチはアメリカがイラクで行った最大の業績として歴史に残るでしょう。それで、次は誰?この戦争と占領で死んだ何十万もの人々のために誰が絞首刑になるの?ブッシュ? ブレア? マリキ?ジャファリ? アラウィ? チャラビ?
2006年は明らかにマリキと彼の政府を象徴しているーかつてないような殺害と最後のリンチ。いたるところでの死と破壊。私はこれらすべてのことに疲れた…
リバー@午後10時12分
2006年12月29日金曜日
もう1年の終わり…
もう1年の終わり…
イラクは以下のような問題を抱えている:
1 国連は混沌と流血をおさえるために特別な部門ーUNAMI−を置かなければならない。
2 でも、イラクはそれを自らの管理下に置くことは出来ない。
3 国をこのようなお粗末な状況にした政治家は、もはやどこにもいない。国内はもちろん国境近辺のどこにも。
4 米国とイランの同意は国の情勢悪化をもたらす。
5 8年の戦争と13年の封鎖は'黄金時代'のように見える。
6 イラクは一日あたり200万バレルを表向き「販売」しているが、私たちは発電機用の闇市のガソリンを購入するために4時間並ぶ。
7 毎日5時間の停電のあと1時間だけ電気がくる。けれど政府は供給したその時間をもカットすると発表する。8 戦争を支持した政治家が、(今の状態を)テレビで「宗派間の流血」か「内戦」かで討論して時間を費やす。
9 行方不明だった親類の死体を2週間で見つけられたら、人々は自分たちが幸運だと考える。
普通のイラク人の生活は、車両爆弾を避けながら、死体の身元を確認し、拘留、あるいは追放、誘拐された親族を探すことで一日が終わる。
2006年は明らかに今までで最も悪い年。いいえ本当に。この戦争と占領の破壊は国中をおおっている。乾ききった大きな堅い土の塊を抱えて、これを粉々に砕こうと決めるわね。最新の軍事技術とミサイルでインフラを破壊する。これが最初の杭、するとひびが出来始める。次に数回の小さな杭を打ち込む。これがチャラビ、アル・ハキム、タラバーニ、パチャーチ、アラウィ、そしてマリキのような政治家。ひびは、かつて堅固だった大地の向こう側に広がっていき、ゆっくりと伸び始める。たくさんの骸骨の手のように縁に向かって手を伸ばしていく。圧力をかけ、四方八方から、押したり引いたりする。ゆっくり、しかし確実に。すると塊は大小の破片となってバラバラに分解する。
それが今のイラク。アメリカ人は粉々にするためにとてもよく働いた。この一年で、誰もが、それが最初からの計画であったと確信した。単に失態というには、あまりに多くの大失態があり過ぎた。「ミス」は大惨事をもたらした。ブッシュ政権が選び、支持した者たち(詐欺と横領のチャラビから、テロリストのジャファリ、民兵のマリキまで)は、誰がみてもひどかった。イラク軍を解散して、本来あった憲法を廃止し、イラクの治安を民兵に引き継ぐことを認める決定はダメージが大きすぎて、偶然とはいえない。
今の疑問は、でもなぜ?ということ。私は、ここ数日自問自答し続けている。アメリカはイラクをここまで破壊することで何を獲得するの? この戦争と占領が大量破壊兵器かサダムへの恐怖が原因だといまだに信じているのはとんでもない馬鹿だと思う。
アル・カイダ? こっけいだわ。実際のところ、ブッシュはここ4年間で、オサマがアフガニスタンの丘の10ヶ所のテロリストキャンプで育成したであろう以上のテロリストをイラクで創りあげた。子どもたちはいま「狙撃兵とイスラム戦士」遊びをする。一人が米兵の目の間を撃って、一人がハンビー[註:米軍の軍用車輌]をひっくり返したふりをする。
とりわけ、去年はターニングポイントだった。ほとんどすべてのイラク人が多くのものを失った。あまりに多くを。私たちがこの戦争と占領で経験した損失について説明する方法が全くない。毎日40体の死体が腐敗し切断された状態で発見されたと聞いたときの気持ちは、どのような知識をもってしても、言い表す言葉がない。すべてのイラク人の頭上にかかる恐怖の真っ黒な雲の補償が全くない。自分ではどうにも出来ないことへの恐怖:つまらないことでは、たとえば「スンニ派らしい」あるいは「シーア派らしい」名前について。より大きな恐怖はー戦車のなかの米兵、黒いバンダナと緑色のバナーをして地域をパトロールする警察、検問所にいる黒覆面のイラク兵。
またも私は、これらすべてのことがなぜ起きたの?と自問せざるを得ない。修復どころかイラクを壊す意味は何なの?イランだけが唯一得をしているように思える。イラクでのイランの存在はかなり大きい。伝統的で、公的な聖職者かアヤトラを批判すると、自爆テロに近づくことになる。したがって、影響力はアメリカをはるかに超えて、今や取り返しがつかないのでは?これもまた、すべての計画の一部?このことを考えると頭がズキズキしてくる。
今最も困惑している問題は以下の通り。なぜ火に油を注ぐのか?スンニ派と穏健なシーア派は南部の大きな街と首都から追放されている。バグダッドはたび重なる脅迫と恐ろしい攻撃のもと、シーア派がいなくなったスンニ派地域とスンニ派がいなくなったシーア派地域とに分かれている。人々は、検問所で公然と撃たれ、運転中に殺され…多くの大学が休校している。何千人ものイラク人がもはや学校に子どもを通学させないー安全でないからだ。
今サダムの処刑を強要して、なぜ事態を悪化させようとするのか?サダムを絞首刑にして誰が得をするの?イラン、当然ね、それとも他のだれ?処刑がイラクを砕く最終的な打撃になるという現実的な恐怖がある。サダムが処刑されるなら、いくつかのスンニとシーア派部族は、米軍に対してレジスタンスを送ると脅かした。普通のイラク人は、最悪のことが起きてもいいように準備をして、次に何が起こるかをじっと凝視している。
サダムはもう自分たちの代理でも、政権の代表でもない。アメリカの戦争プロパガンダは最初から最後まで終始サダムはすべてのスンニアラブ人を代表していると主張した(彼の政府の大部分はシーア派だったことを忘れないで)。アメリカ人は、スピーチ、ニュース記事、およびイラクの操り人形を通して、占領に対するスンニ・アラブの抵抗を擬人化して考えていることを明らかにした。基本的に、この処刑で、アメリカ人が言うことは「見てースンニアラブ人ーこの男よ、みんな知っている。私たちは彼を絞首刑にしたー彼はあなたを象徴する」 それに関して誤解しないで。この裁判、判決、そして処刑は100%アメリカがしたこと。数人の俳優はイラク人で十分、けれど、制作、監督、およびモンタージュは純然たるハリウッド製(それにしても安上がり)。
もちろんタラバーニが彼の死刑にサインしたがらなかった理由はー乱暴者が突然良心を持ったのではなく、彼は自分がサダムを絞首刑にする人間になりたくなかったのーそれをしたら、遠くに逃げることなど出来ないから。
マリキ政府はうれしくてしようがない。彼らは、裁判所が判決を出す前に処刑命令に批准したと発表した。2、3日前、あるアメリカ・ニュース番組でマリキ政権の高官であるバシミ・アルーハッサーニがインタビューされた。彼は米語のアクセントで今度の処刑は自分が参加するカーニバルのようだと話した。彼は座っていたが、低俗で愚鈍に見えた。彼の会話は「gonna」 「gotta」「wanna」という言葉にちりばめられていた[註:米語の典型的な発音]。アメリカ兵とつきあっているとこうなるのね。
私の結論はアメリカ人がイラクからの撤退を望んでいるということ。けれど本格的な内乱を後に残したがるだろう。なぜなら良くなるように思えないから。米軍が撤退して、いろいろなことが実際に向上し始めたとしたら?
ここに私たちは2006年の終わりを迎える。私は悲しい。たんに国の状態が悲しいのではなく、私たちイラク人が人間としておかれている状況に対して悲しいのだ。私たちは皆、4年前に抱いていた特別のものー何らかの同情と礼儀正しさを失った。例として私のことを書くわ。およそ4年前、米兵の死について聞いたときはいつも恐れで身がすくんだ。彼らは占領者ではあったが人間であり、その彼らが私の国で殺されたということを知って眠れない夜をすごした。彼らがイラクを攻撃するために海を越えてきたことを気にもしていなかった。実際、私はそう感じていた。
このブロッグで動揺するそれらの気持ちを記録にとどめていなかったら、私は現在、それを絶対に信じないでしょう。今、彼らは単に数字にしか過ぎない。4年間で3000人のアメリカ人が死んだって?本当? イラク人の死者数のひと月にも満たない数だわ。米兵に家族がいたって?それは残念。私たちもそうよ。そう、街には死体があり、死体安置所では身元確認のために並んでいる人がいる。
今日アンバール州で死んだ米兵は、先月、婚約の夜に撃たれた私のイトコより重要だというの?私はそうは思わない。彼は6年間待ち望んでいた女性と結婚する予定だった。
米兵の死者数がイラク人より少ないから、それで、イラク人の死を問題にしないんでしょ?
リバー@午後1時
2006年11月5日日曜日
すべてに失敗したら…
すべてに失敗したら…
…独裁者を処刑にすべし。簡単なことよ。米兵が何十人と殺され、占領した国がより小さい国に解体する恐れがあり、街の中を跋扈する民兵と殺し屋集団がいて、聖職者たちが政治権力を握ったら、独裁者を処刑すべし。
誰もが裁判の初日からこの判決を予想していた。初代裁判長を決めたときは、簡潔であり、実に一貫性を持っている裁判だと思われた。イラク人が彼らの弁明を聞いて、何が起きたのかがわかる裁判だった。ところがすぐに検察官側が最初に偽の証人を出した。それに続く出来事はとても陳腐だった。今でも信じられないほどだ。
弁護側あるいは被告が話し始めたとき、突然音声が途絶えた。私たちは目撃者の声を聞くことは出来たが、その姿を見ることはできなかった。彼らはカーテンの後ろに隠れ、声を変えていた。ドゥジャイル事件で殺されたと思われていた人々は今も生きていることがわかった。
裁判長は次から次と変わった。なぜなら彼らはフェア過ぎるとみなされたから。彼らは即座に被告を有罪にしなかった(ひとえにメディア対策のためだけど)。注目すべきは最後の裁判長だ。彼の評判は泥棒として知られるチャラビと良い勝負。彼は政治上の理由でイランへ亡命したのではない。父親が経営するレストランで盗みを働いて父親の怒りを恐れて亡命した殺人者だ。
そう。私たちは全員この結果を知っていた(マリキが‘喜びすぎない'ようにと判決が出る24時間前にテレビ放送を行なった)。驚くことは現在のイラク政府が全く無知だということ。タイミングがよすぎない?議会選挙の直前だなんて。なんとブッシュにとって都合がいいのかしら。侵略と占領が始まって以来、イラクは、いまや、もっとも最悪だ。2003年4月の頃は(今から考えると)まるでハネムーンのよう。今こそサダムを処刑するときが来たというわけ?
私はとても不安。これはブッシュの最終カードだ。選挙が終わり、過激派と泥棒たちが権力に参加した(いいえ、私はワシントンではなく、バグダッドのことを言っているの)。選挙のあと、憲法はイラク人の血の川でおぼれ、忘れ去られた。操り人形のひとりが国を壊したいというとき、掘り起こされるだけ。再建ははかない望みとなった:私たちは、もはやビル、橋が欲しいなんていわない。安全と、イラクが分裂しないことを望むだけ。ブッシュが、‘独裁者を処刑しろ'というカードを使う必要があるということは、いろいろなことが想像以上に悪くなっているに違いない。
この何十年の間、イラクがこれほどひどくなったことはない。占領は失敗だ。親米、あるいは親イラン人たちのイラク政府はどれもこれも失敗した。新生イラク軍なんて、ひどい冗談だ。本当にサダムを殉教者にするときなの?いろいろなことがあまりに悪いので、占領シンパのイラク人さえ最初の頃の‘アメリカ歓迎'フィーバーを後悔している。ライス・クッバ(彼は大きな口と、いつも愚鈍に見えるので通称ナマズさんといわれる)は、これが正義の始まりであり、現在イラクで行なわれている殺人に関与する人々も処罰されるべきだと、最近BBCで発言した。彼は、彼自身が戦争と占領の支持者であり、殺人を引きおこした親米政府の重要メンバーのひとりであったことを忘れたように思える。しかし、歴史はクッバを忘れない。
イラクではその判決を支持するにしろ、しないにしろ、多くのデモが起きている。親サダムのデモ隊はイラク軍隊によって攻撃された。今のイラクのメディアがいかに自由か:親サダムのデモ隊を写していたチャンネルは止められた。イラク治安部隊はすぐに彼らを襲撃した。新しいイラクへようこそ。以下にSalahiddinとZawraチャンネルからのいくつかのイメージが載っている:

Zawraチャンネル、字幕入り:バグダッド:Zawra衛星チャンネルは、政府の命令により放映を中止しました。

サラヒディーンの緑色のスクリーンが突然現れる:Salahiddin衛星チャンネル

シャルキーヤは速報を流した:2チャンネル(SalahiddinとZawra)が、放映を中止しました。治安部隊がテレビ局を襲撃しました。
あの男だけの問題ではないーー大統領が来ては去り、政府が出来てはなくなり。イラク全体、国の内外のイラク人一人ひとりが、アメリカのなすがままの状態にフラストレーションを感じている。自由自在に前後に動かされるチェスのコマになったような激しい怒りだ。国民の要求に関してあまりに盲目で、冷淡な政府を持ったことが腹立ちの原因だ。彼らは行動する必要さえも感じてないようだ。そして、死。何千もの死者と死。ブッシュがこの国での勝利を祝い、進捗状況について嘘をつき、つくり笑いをしているとき、グリーンゾーンの外であらゆるイラク人の命が失われていく。
もう一度云う…このタイミングは完璧ーーー米議会選挙の2日前。これに気付かないなら、ごめんなさい、あなたは愚か。ブッシュが次回のスピーチでこれを‘成功'として何回利用するか見てみましょう。
最後に。私は、死んだ米兵の家族が‘彼らの息子と娘が何のために亡くなったのか’を知るためにイラク北部を訪問するという記事をどこかで読んだばかり。それが訪問の目的なら、「皆さん-右にあるのはイラク石油省、左に見えるのはドーラ精錬所です…そして、アッサイード・ムクタダ・アル・サドルの3×3インチのカラーポスター(彼に末長い命と繁栄がありますように)、アヤトラ・シスターニのTシャツと南部イラクイスラム共和国を書き入れたイランの地図をパッケージを皆さんにプレゼントします。あら、貴女…あなたのこと!後ろにいる貴女、私から見えるのは髪の毛?それを覆いなさい、それがイヤなら家にいることね」
これが米兵たちの死の理由。彼らはそのために亡くなったというわけ。
リバー@午後8時25分
2006年10月18日水曜日
ランセット報告…
ランセット報告…
この間、ずっとポスティングをしなかった。こんなにブログから遠ざかっていたことは今までなかった。私が書かなかったのにはいくつかの理由がある。私はいつも、イラクについて、あるいは現状について、書く衝動を感じていた。けれど他のイラク人が感じているように言葉に出来ない絶望感でいっぱいになってしまうのだ。
インターネットに接続して、いわゆる専門家、アナリスト、および政治家によって書かれた記事を読んでみるが、今の時点ではそれは難しい。彼らは、イラクを、コートジヴォアールかカンボジアについて書いているのかと思うような議論と記述をしている。それはどうみても無関心と感情の欠如によるものと私には思える。アメリカの政治家の意見はさらに悪い。彼らは、常に現実を見ようとしないブッシュのようなお馬鹿さんか、自分自身の出世のために戦争をし、混沌を維持し続けようとしている日和見主義者たちだ。
最近もっとも恐ろしいことは戦争以来60万人以上のイラク人が殺されていると結論を下したランセット・ジャーナルの報告だ。それを読んで私は複雑な気持ちになった。ある意味、妥当な数字のように思える。驚くべきことではない。一方、それが間違いであって欲しいと思う。けれど… だれを信じる? 誰を信じる…? アメリカの政治家…それとも信頼できる科学的調査技術を駆使する科学者? 反応は典型的だったー戦争支持者たちは、その数はナンセンスだと言った。誰だって、自ら支持したことが60万人の人間の死につながったなんて認めたがらないでしょ?(たとえそれが狂ったイラク人であっても…)。その数を認めることは、たとえば無情な超大国による発展途上国の占領を、津波、地震を地震観測計で計りマグニチュード9の大きさだと認めることと同じ…ちょっと待って――それは実際に起きたことなの。その数は本当にそんなに不合理?数千人のイラク人が毎月死んでいる。それはまぎれもないこと。そう。彼らは戦争と占領の結果、死んでいった(戦争支持者と傀儡政権があなたたちを信じ込ませようとしているけど、至福の中で死んでいったものはほんのわずか)。
アメリカの政治家と軍人についていえば、死体安置所と公式に発表された死体の数に関してとぼけるのは、もっとも新しい作戦のようだ。しかし、イラク人誰もが知っているように、すべての死が報告されているわけではない。保健省あるいは他の公的機関から信頼できる数字を得ることは、ジョージ・ブッシュから理路整然とした、文法的に正しい文章を得るのと同じくらい難しいこと。特に、省庁が死体の数を公表することを禁止されてからは。今までのところ、この数がとんでもないといっているイラク人は、私の知っている限りでは、海外にいて戦争を支持したイラク人、あるいは、国内にいてグリーンゾーンの中に住み占領によって直接利益を得ているイラク人だけ。
しかるべき施設の不足と混沌は、死体安置所・病院へ運ばれることもなく人々が埋葬されているという結果をもたらしている。サマッラーとファルージャで起きた米軍の攻撃では、犠牲者はそれぞれの家の庭か、あるいはサッカー場の集団墓地に埋葬された。そんなことは既に忘れられてしまった?
この3年間、親、子、兄弟、姉妹の非業の死に出会っていないイラク人家族は誰一人いない。拉致、民兵、宗派間の暴力、復しゅうによる殺人、暗殺、車両爆弾、自爆テロ、アメリカの軍事攻撃、イラク兵の武力侵入、殺し屋集団、過激派、強盗団、処刑、拘留、秘密刑務所、拷問、ミステリアスな兵器?さまざまの異なった方法で殺されているのに、その数字にはならないというの?
2003年以来、黒い喪服を脱がないイラク女性たちがいる。喪が明けるたびに新たに親戚が亡くなり、再び喪に服するのだ。それをずっと繰り返している。
60万人以上という数がすべて間違いで、最低これくらいの数だったら;およそ40万。それなら、まだまし?戦争前、ブッシュ政権はサダムが24年間にわたって30万人のイラク人を殺したと主張し続けた。ランセットの最新のレポートが発表された後では、30万はかなり穏やかでおとなしく見える。ブッシュよ、おめでとう!
誰もが戦争と占領の結果のイラク人の死に関する公式な数字が現実よりはるかに少ないのを知っている(タカ派のあなただって知っているでしょ。少しでも良心があるなら)。この最新のレポートはたぶん今まで発表されているどれよりも真実に近い。では米兵の死についてはどうなの?いつ、だれがそれらの本当の数について研究するの?ブッシュ政権がイラク人の死者数についてあんなに熱心にウソをつくのだもの、死んだ米兵についてもウソをついていることがある程度想像できる…。
リバー@午後11時35分
2006年8月5日土曜日
Summer of Goodbyes…
Summer of Goodbyes…
バグダッドの住人は街から組織的に追い出されている。一部の家は、朝目覚めると、カラシニコフの銃弾と「居住区から出ろ」と書かれた手紙を発見する。これらの攻撃と脅迫を影であやつっているのはサドル派のマフディ軍だ。だれも表(おもて)だって言わないが、誰でも知っている。先月、それぞれに異なる2家族が我が家に滞在した。彼らは殺人予告と攻撃のため彼らの住む地域から離れなければならなかった。スンニ派だけでなく、シadーア派、アラブ人、クルド人などの中産階級が多数住む地域が民兵によって狙われている。
ほかの地域では武装イスラム教徒が跋扈(ばっこ)している。米軍はこれらの地域を完全に管理下に置いていない。恐らく、彼らはただ単にその地域をコントロールしたくないだけだ。なぜなら、住宅地でサドルの民兵と別の民兵との衝突があったとき、米軍は地域を包囲して、ことのなりゆきを見ていたから。
7月初旬から、私たちの地域の男性は通りをパトロールしている。あるものは屋根をパトロールし、他のものは、その地域につながっている主な道路に作った手作りの封鎖ブロックに静かに座っている。とにかく米軍と政府をあてにはできない。家族と友人が生き残ることがたったひとつの願いだ。安心とか、安全ではなく、ただ生き残ることだけが。それで十分。
私に関していえば、6月からヒジャーブ、スカーフなしで家を出ることはしない。私は通常ヒジャーブを着けないけれど、もはやそれらを着けないでバグダッドの中を運転することは不可能になった。(ヒジャーブをつけない外出は)もはや良い考えではなくなった (備考:‘運転する'と言うのは、実際には‘車の後部座席で座っている'という意味。―私は長いこと運転をしていない)。何もかぶらないで車に乗ったり、街を歩くのは、一緒にいる家族を危険にさらすことになる。聞きたくないことを言われる危険性があるし、父親、兄弟、いとこまたはおじは、(それに対して)傍観することは出来ないから、何かが起きるに違いないから。私はずっと運転していない。女性であるというだけで、攻撃されるリスクを負うから。
私は、かつて着ていた洋服ージーンズ、Tシャツ、カラフルなスカートを眺める。すると、他国、あるいは別の生活をしている人の衣装を研究しているような気分になる。2、3年前、公共の場に行かないなら、多少、着たいものを着ることのできる時期があった。友人とか親類の家に行くくらいなら、ズボンとシャツ、ジーンズ、いつも着ないようなものを着ることができた。今は、車を止められて、民兵や他の人間たちにチェックされる危険性がいつもあるので、もう着ることはない。
ヒジャーブをつければならないと言う法律は(まだ)ない。しかし、全身黒づくめで頭にターバンをまいた男たち、占領によって解放された過激派と狂信的な者が、いくつものチェックポイントにいるので、無視することに疲れる。もはや誰にも見られたくはない。私は行き当たりばったりにかぶる黒か白のスカーフが私をある程度見えなくさせるような気がする。大多数が黒で覆い隠されている今のような状態に迎合するのは楽だ。女性であるなら、注目されたくはないはずーイラク警察からも、黒装束の民兵からも、米兵からも。気付かれたくはないし、見られたくもない。
選択で着ける限りにおいては、もちろん、ヒジャーブについて何も言うことはない。親類と友人の多くがスカーフを着けている。彼らの大部分は戦後にかぶり始めた。トラブルを避けるためと必要以上の注意を避けるため、かぶり始めたのだ。そして今、それをやめる理由もないので、かぶり続けている。この国に何が起こっているのか?
私は、7月中旬、幼馴染のM.が国を出る前にさようならを言いに来たとき、それがどれくらい一般的になったかに気がついた。彼女は、暑さと道路について不平を言いながら家に入ってきた。彼女のうしろには兄弟がしっかりとついていた。状況の変化に気がついたのは、彼女が帰るときだった。彼女は太陽が沈む前に帰り支度をした。傍らに置いたきちんと折り重ねられたベージュのスカーフをつまんだ。彼女は隣人のひとりが銃撃されたと話しながら、派手にスカーフを広げると、馴れた手つきで頭に乗せ、顎の下でヒジャーブ愛用者のように正確にピンで止めた。これらすべてを鏡なしでこなした…100回以上もしているかのように…Mがクリスチャンであることを除けば、とても素晴らしい動作。
M.が粛々とするのだから―そう、私だって。
先月、数えきれないほどの人に「さよなら」を言った。いくつかの「さよなら」は、慌ただしく、ひそかに。殺人予告を受けて、夜明けとともに出ていく隣人にひっそりという類の「さよなら」。
そして、親戚や友人との間の、感情的で、いつまでも終わらない「さよなら」。彼らはもはや内部から崩壊してくる国に住んでいることに堪えられない人たち。
多くの「さよなら」が、みせかけの微笑と言葉でー何気なくー「また会いましょう」という…しかしドアから出るや、愛するものとの別れの重さと悲しみで崩れ落ちる。
この間、ブッシュが2003年にしたスピーチを思い出す: 彼が広言した大きな実績の1つにサダム政権陥落後に歓喜に満ちた‘追放'イラク人の帰国があった。アメリカの占領下、今のところ、どれくらいのイラク人が国外にいるのかを知りたい。家と故国とを捨てたイラク人について言及はしないから。
私は時に思う。かつて経験したこともないほどの、この荒涼たる夏に、数十万ものイラク人がどのようにして祖国を出て行ったのかと。彼らのうちの何人が実際に戻るのだろうか。彼らはどこに行くの? 彼らはどうやって生活するの?後についていくべき「時」がきた?祖国にいることを断念し、どこか他の場所で安定した生活を見つける「時」がきたのだろうか?
リバー@午前12時38分
この時期、太陽は目が眩むほどまぶしいが、中東では暗い日々を迎えている…。
私は今朝テレビの大虐殺と破壊のシーンで目が覚めた。瞬間、イラクの映像だと思った。それがレバノンのカーナだと気がつくのには数秒かかった。カーナは最近イスラエルの空爆を受けた村。想像するだけでも恐ろしい。瓦礫の山から引っ張り出されているバラバラになった死体。嘆き悲しみながら愛する者を捜し求める親戚や友人たち…人道組織によれば、犠牲者の34人が子どもたちだった。イスラエルは子どもたちが避難用のシェルターの中で眠っている間に殺したのだーちょうど1991年のアメリヤ・シェルターのように。
生気がなくグロテスクにねじれた子どもたちの死体を見た。その顔には彼らの受けた痛みとショックが凍りついていた。私はテレビの前で泣き崩れた。イラク人にとって日常になってしまったことで、まだこんなに悲しいと感じることができるとは思わなかった。イラクではないけれど、以下のことでは同じ;民間人への致命的な攻撃であること。占領に対する戦いであること。
失望のあまり、私は理路整然と考えることができない。イスラエル、米国、イギリス、イラン、そしてヨーロッパの大部分の国に対して激しい怒りを感じる。世界が無辜の市民の虐殺を支持し許すなら、世界なんてくたばっちまえ。後生だから、そんなひどいこと…34人の子どもたち???国連は役に立たないことこの上なし。彼らは世界のために働く国々の連合から(かつてそうであったとしても)、墓堀り人の集合体になってしまった。ビルの跡からズタズタにされた死体を掘って、遺体の確認をし、集団墓地に葬るのが唯一の役目だ。虐殺を止めず、抗議の声さえ挙げず、混乱のさなかに来て、きれいにするのを手伝うだけ。アラブ人の命はそんなに価値がないの?もしこれが米国、イギリス、フランス、中国で起きていたとしたら、誰かがすでに核爆弾を落としていただろう…この出来事はどうして?
どこに、安全保障理事会があるの??? 彼らはなぜイスラエルを止めないの?エフード・オルメルト(イスラエル首相)はコンディに、殺戮にはあと10日から14日必要だと言った。それに関して、するべきことが何もなされていない!無能なアラブのリーダーはどこにいるの?親米で、骨なしな族長は、この殺戮に抗議するために金の宮殿から出てきたらどうなの?私たちの大統領や指導者は自分たちが持っている石油の量と同じくらい力があるというのに。
それでも世界は‘テロリスト'がどうして生まれるのかわからないのだ!15歳のレバノン人少女はカーサ爆撃で5人の兄弟、両親、家を失った…エフード・オルメルトは今すぐ彼女を殺すほうがよい。なぜなら、少女が、彼および彼を代表とするすべてものに対して心のうちに何の憎しみも抱かずに成長すると考えているとしたら、まったく非現実的だから。
これらすべての破壊行為はあるときはテロといい、あるときは防衛というのね?民兵、反対分子、レジスタンスならテロとされる(もちろん民兵、反対分子、レジスタンスが独占的にCIAによって資金を供給されている場合を除いて)。イスラエル、アメリカ、イギリスの軍隊なら、先制攻撃と称される。あるいは‘対テロ戦争'と。無辜の市民の数百の命が奪われることなど問題ではない。昨夜死んだ子どものことなんか問題ではない―だってたかがアラブ人にすぎないんだから。そうでしょ?
そのとおりでしょ?
リバー@午後10時16分
2006年7月11日火曜日
残虐…
残虐…
長い夏になりそう。今は暑さの盛り。日常がゆっくりと這うように過ぎていく。熱暑、ハエ、何時間もの停電、いたる所に転がっている死体の数々。
一昨日は悲劇的な日だった。その日はジハード地区での殺人についてのニュースで始まった。住人によると、黒装束の民兵が朝がた車で乗りつけ、通りにいた人々・家々に向かって発砲してきたという。彼らは道路のはしに人々を引き寄せ、スンニ派かシーア派かをIDカードでチェックし、スンニ派の人間たちを追い払い殺した。何人かがその場で殺された。メディアは、37人の死者が出たと控えめに報道しているが、その地域の人々によれば60人近くの犠牲者が出たとの話だ。
この虐殺に関して恐ろしいことは、その地域が2週間近く内務省の治安部隊と米軍によって封鎖されていたことだ。先週、1台の自動車爆弾がその地域の'スンニ派'モスクを訪れていた人々の目前で出発した。大虐殺の前夜、自動車爆弾は同じ地域のシーア派コミュニティセンターの前で爆発した。翌日、そこは人々の絶叫、銃撃、死に満ち溢れていた。なぜ米軍と内務省がすぐに対応しなかったのか誰にもわからない。彼らは町はずれにいて大虐殺を傍観した。
午後2時近く、私たちは悲しいニュースを受け取った。その虐殺で一人の素晴らしい友人が亡くなったのだ。T.は仲間と共にジャドリヤのコンサルタント事務所に働く26歳の土木技師。最後に彼に会ったのは1週間前だった。彼は姉妹が婚約したと私たちに伝えるために我が家に立ち寄った。彼は自分が関わっている最新のプロジェクトの写真を持って来た。バグダッドにある半分潰れたかけた校舎の修理だ。
いつも、彼は朝の交通渋滞と暑さを避けるために午前7時に家を出ていた。昨日、彼は家にいることにした。前夜突然壊れた発電機を取り付けるためアブ・カマルを連れて来ると母親に約束したからだ。彼の両親によれば、Tは攻撃が起こったとき、その地区から出る道を進んでいた。そこを2発の弾丸が頭を貫いた。彼の兄弟は彼が着ていた血まみれのTシャツから彼であることをやっと判別した。
その地区の人々は自分たちの家にじっと閉じこもっている。虐殺された人々の通夜がまだ始まっていないので、誰もあえてそこに行かない。私はまだ彼の家族に会っていない。だって、弔慰を述べる勇気もエネルギーも私にはないかもしれないから。ここ数カ月、伝統的な弔慰の言葉を1000回は言ったような気がする。「あなたの悲しみに終わりがありますように」虚しい言葉。その言葉をいうときさえ、私たちは、今日(こんにち)のイラクでは、悲しみがどんなに大きくても終わらないことを知っている。
また、死傷者の詳細は聞いてないが、昨日ガザリーヤ地区でも攻撃があった。人々は、その背後にサドルの民兵、マハディ軍がいると言っている。世界がイラクに関して聞くニュースは私たちが国内で聞く状況と完全に違っている。人々は、無理矢理、家と地域から駆り立てられ、街中(まちなか)で殺されている。アメリカ、イラン、傀儡政権は国民会議と進捗状況について話しあっている。
もはやバグダッドは1つの都市ではない。それぞれが互いに暴力に感染したいくつもの小さな都市がいりまじている。朝になるといつもとても多くの悪いニュースが報じられるので、眠るのが恐くなる。テレビは映像を流し、ラジオはそれを放送する。新聞は死体の写真を掲載し、腹立ち紛れの言葉がページに踊る。曰く「内乱…死…殺人…爆弾…レイプ…」。
レイプ。米軍による最新の残虐行為。実際に最新とは言えないけれど、最も広く知られたもの。可哀そうな少女アビルはアメリカ軍によってレイプされた最初でも、最後の犠牲者でもない。このレイプが広く知られたのは、遺体が燃やされたことと、彼女をとりまくすべての家族が彼女と共に殺されたからだ。レイプは、イラクではあってはならないこと。家族はレイプ被害を届けずに、自分たちでかたきを討つ。この3年間、ハディーサとサマッラーのような町を包囲攻撃する間、刑務所を管理下において、わたしたちは米軍のレイプの噂をずっと聞き続けていた。自分たちの'英雄'がそんな残虐行為をしているってことを信じないアメリカ人の無邪気さって、バカバカしくて話にもならない。占領軍がレイプをしないって???貴方達は国をレイプしたわ。人々をレイプしないなんてことある?
ニュースでは、彼らは、彼女の年令が24歳だと思ったというが、近所のイラク人によると、彼女は14歳の少女にすぎなかったと言う。14歳。貴方に14歳の姉妹か14歳の娘さんがいるとして、彼女が変質者のグループによって輪姦されたと想像してみて。それから、少女は殺された。その後、彼女の身体はレイプを隠すために燃やされた。そして最後に、彼女の両親と5歳の妹が殺された。ハイル、アメリカン・ヒーロー…[訳注:ハイル、ヒットラーにかけている?]'解放'の最高の後継者を育て―軍隊は今日、あなた方を誇りに思うでしょう。私は、米軍がアメリカの法廷で裁かれるべきだなんて思わない。彼らが犯罪を侵したその地域の人々に引き渡されるべきだと思う。あとは、適切な正義がなされるでしょう。
我らがおバカな首相、ヌーリーアル-マリキは'独立調査'を要求している。彼は、自分の娘か姉妹がレイプされ、拷問され(たぶん)、殺されたのではないから、アメリカの要塞の中で保身を図っている。彼の家族は怒り狂ったイラク人と精神異常のアメリカ軍の手から逃れて安全な海外にいる。
それを知って、私は激しい怒りを覚えた。私がかつて占領軍に抱いた同情はもうなくなった。アブ・グレイブの残虐な行為、ハディーサの殺害、最近のレイプ殺人によってすべて消え去った。装甲車に乗っている兵士を見る。正直にいうとー、彼らが19歳だろうか、39歳だろうかなんて、もう考えない。彼らが生きて故国に戻るかどうかなんてどうでもいい。彼らの残してきた妻、両親、子どものことなんて、もうどうでもいい。恐怖のただなかにあって、私にはもうどうでもいいこと。彼らを見れば、無辜の市民を何人殺したのだろうかと思うし、彼らが故国に帰る前に何人殺すのだろうと思う。彼らは何人の若いイラク少女をレイプするの?
アメリカ軍はなぜすぐに撤退しないの? 彼らはもう十分損害を与えた。彼らが急に撤退すると、イラクはあらゆるものが崩壊するだろうと言われている。しかし、実際には彼らは今何もしていない。これよりもっとひどくなるってことある? 人々が通りで家で殺され、それに関して彼らが何をした? 何にも。彼らにとってそれが便利だから。イラク人は互いに殺しあい、彼らは傍観して流血を見ている。殺人とレイプに加わることを除いて。
シリアとヨルダンに向かうバス、飛行機、タクシーは、夏の終わりまで予約でいっぱい。人々はさっさと荷物をまとめ、集団で出ていく。彼らの大部分は、国外に住む計画を立てている。海外で住む人のような生活を送ったらもはやここの生活は耐え難くなる。それはただ単に生きているということだけ。一日一日を無事にながらえ、親族や友人の逝去に遭遇するーTのような。
T.が亡くなったなんて本当に信じられない…今日、メールをチェックして、私は受信トレイの中に彼からのメールを発見した。一瞬、心臓が止まったかと思った。彼が生きている。T.は生きていた。彼が死んだというのは恐ろしい間違いだった!一瞬、めまいがするほどの喜びに満たされた。けれど、その日付けに目がとまり愕然とした。彼は殺される前日、私にメールを送っていた。1つのメールはジョークを集めたものだった。2つめは猫の写真。最後は、アメリカ占領下のイラクについてのアラビア語の詩だった。彼は占領下にもかかわらず残っているバグダッドの美しさを著した言葉を数行強調していた…。 私は、バグダッドは世界でも素晴らしい都市のひとつだと思っていた。けれど、このとき、 T.や多くの罪もない市民の血に染まったこの街で美しさを見出すことは、もはや出来ないと気付いた…。
リバー@午後11時43分
'ザルカウィ'がついに死んだ。昨日の朝に届いた面白いニュースのひとつだった((夜だったかしら?いつだったかわからなくなってしまった…)。彼の写真とフィルムを見せられたけどどうってことない。だって、バラバラで血だらけの映像なんて見慣れているから。
反応はそれぞれ異なっていた。彼がどういう人であれ、彼がいなくなって寂しいなんていう人は家族と友人の中にはいなかった。本当に彼だったの?やっぱり疑問がわく。彼は本当に実在したの? 彼はアメリカ人が騒ぎたてるような大きな脅威だったのだろうか? 彼は実際いつ死んだの? 彼は2003年に死んだとみんなは言っている… タイミングがとってもヘン:人々が役立たずなイラク政府に本当にうんざりしてきた頃、ザルカウィが殺されて、マリキが占領世界の勝利者として歓迎されるなんて! (もちろんイラク人は街頭でお祝いなんかしていない。電気、水、殺し屋集団、検問、権力に登りつつある過激派と軍団たちのことを心配するので精一杯だから)
反応を聞いているとーほとんど戦争大好きな政治家からの反応だけどー彼らがノーテンキなことにびっくりする。マリキ(現在のイラク首相)は発表しながら、気が動転していた(彼はかつてない特別任務を与えられ、必死だった!)。 彼らは占領に対する抵抗が終わると本当に信じているのだろうか? 外国の占領が続く限り、抵抗運動や'暴動'は続くだろう。なぜそれがわからないの?どう考えたらいいの?
「イラク人のための新しい日」がイラク傀儡政権とアメリカ軍の現時点でのテーマだ。まさに2003年4月9日が「イラク人のための新しい日」だったように。ウダイとクサイを殺したときも「イラク人のための新しい日」だった。一方、サダムを捕らえた日も「イラク人のための新しい日」になった。さらに、憲法草案をつくったときも「新しい日」に…。IQテストのときに与えられる質問のように思えてきた:「新しい」が「さらに」と同じ意味で、「日」が「苦しみ」と同じ意味なら、「イラク人のための新しい日」はどういう意味になる?
私がどう感じるかって? ザルカウィなんかくそくらえ!(ブッシュの言い方だとザイルカウィ)。彼はアメリカ人がつくったもの。彼はアメリカと一緒に来た。アメリカはもう彼を必要としなくなったというわけ。彼の影響は大いに誇張され、彼は軍事攻撃と占領によって殺されたすべての家族のための言い訳になった。初めに大量破壊兵器、次にサダム、そしてザルカウィ。今度は誰? 誰が、イラク人を殺害したり拘束したりする新しい言い訳になるのかしら?それとも口実はもう必要でないということかしらーー彼らにはしたいことをする自由があるもの。何カ月も前のハディーサでの虐殺はそれを立証した。「アメリカはもうザルカウィを必要としないのさ」近所に住むお年寄りはハエを追い払うようにそのニュースを拒んだ。「政府には50人のザルカウィがいるからな」
ザルカウィが死んだ現在、ブッシュとイラク傀儡政府によると、イラクの惨状は彼が背後にいたからだというのだから、こうなったらいろいろなことが改善されるべきでしょ。そうでしょ? 車両爆弾は減り、民族浄化は止まり、軍事攻撃と攻囲はなくなっていく… それが私たちに約束されたことなんでしょう? とってもステキ。それじゃあ、内務省の殺し屋集団、好戦的な外国占領軍を止めるためには、誰を殺さなければならないの?
リバー@午前12時47分
2006年6月6日火曜日
厄日…
ひどい一日だった。耐え難い暑さで目が覚めた。私たちの地区は毎日4時間ほど電気が来ている。あとは発電機を使っているが、天井ファンを使うくらいで、エアコンを使用することはできない。
私たちは不吉な静けさで目覚めたーそれは発電機が作動していないという指針だ。E.が チェックして、確認を得た。恐らく一日中動かないだろう。責任感の強い隣人が、手が空き次第、‘ジェネレータードクター(修理屋)'を連れてくることになった。
午後6時頃、ほんの20分ほど、私たちをバカにするように電気が来た。灯りが点滅すると私たちは台所に集まった。隣の家の子どもたちが喜んでホーホーと叫んでいる声が聞こえてきた。
電気がくる前に、私たちはバグダッドのサルヒーヤ地区で数十人が拉致されたニュースを聞いた。サルヒーヤはたくさんの旅行代理店が事務所を置く人通りの多い場所だ。戦争以来、ヨルダンとシリアに避難する人々は、すべてその地域にあるオフィスから予約するので、とりわけにぎわっていた。
その地域の住人によると15台のパトカーがその地域に止まり、制服の男たちが道路と車から民間人をひきずり出し始めた。彼らは頭に袋をかぶせられ、パトカーは民間人でいっぱいになった。抗議しようとした者もだれかれかまわず、たたかれるか、同じように車に連れ込まれた。連れて行かれた人間はおよそ50名くらいとみられる。
これはイラク全体にわたって起きているー内務省の得体の知れない人間たちが民間人を一斉に逮捕して連れ去っているのだ。しかし、これほど多くの人々が拉致されたことはなかった。憂慮すべきは、イラク内務省がこの大量の逮捕と関係があることを否定していることだ。 (最近の傾向は―大量の拘留、拷問、殺人については人権機関がからむので― 起こったことを否定している!) それは良い兆候ではない―これらの人々がたぶん数日後に死体として発見されることを意味する。私たちは彼らが生きて戻ることを祈るばかり…
もうひとつの悪いニュースがさらに入ってきた。ドーラでスクールバスに乗った数人の学生が暗殺された。--なぜかは誰も知らない―明らかになっていない。彼らはスンニだったの? シーア派だったの? たぶん、両方ともいたに違いない…年度末試験をむかえ、暑い中を勉強のために徹夜していただろう。彼らは自分達の家を出るとき、たぶん、試験に受かるかどうかだけを心配してー両親は激励の言葉と祈りで彼らを送った。だが、もはや彼らは決して戻ってこない。
民族浄化が進みつつある。それを否定するのは不可能だ。IDカードにより人々は殺され続けている。スンニ、シーアの急進主義者たちはともに生命を破壊している。あるものは‘ザルカウィ'のために働き、他のものはイラク内務省で働く。‘スンニ・トライアングル'ではシーア派が殺され、バグダッドの死体安置所に‘オマール'(スンニだが持つ名前)と名づけられたスンニの死体が届く。私は自分が車両爆弾を懐かしく思うなんて考えもしなかった。少なくとも車両爆弾は無差別で、スンニかシーアかという理由は必要ないもの。
重要な国防省と内務省の大臣がいまだに決まらない。イラクはバラバラに壊れている。マリキと政府の人間は誰が主導権を握るのかをいまだに口論している。外国占領軍の助けを借りてイラク人を抑圧するための資格を誰が得るのか?噂によると、イラク議会は、7月、8月に、‘休暇'を予定しているという。彼らは主導権を得ることにやっきとなり、論争に消耗し、2、3カ月の休みが必要になったのだ。イラクを離れ自宅を警護させ、海外で彼らの家族と過ごす (家族はとても大切だから、もはや誰もイラクで生活していない)。
死と破壊を避けるにはどこへ行けばいいの? アメリカ人はこの進歩に満足? ブッシュは、私たちが前進しているとまだ主張するの?
エミリー・ディキンソンは、「希望には羽がついている」と書いた。彼女が書いたことが真実なら、希望はイラクから遠くに―はるか遠くに―飛び去った…
リバー@午前2時53分