ウズベキスタン アングレンに行ってきました
一昨年の12月29日にアングレンで捕虜になっていた義父が亡くなって、生前に書いていた「地の果アングレン捕虜収容所」も本の体裁に出来たことから、義母を連れて実際にどのようなところか見に行こうということで娘二人と4人で行ってきました。
アングレンにも首都タシュケントにも日本人墓地があり、そこの管理をしている現地の方もいらっしゃり、アングレンの方もきれいな墓地となっていました。
アングレンは首都タシケントから車で130q。車だと1時間30分くらい。サマルカンドに比べるととても近いです。
タシケントを出るとサマルカンド同じようにひたすらまっすぐな道。いつものように100q/hで進んでゆきます。1時間くらいすると交差点を曲がったり、近づいてきた感じがします。もう少し行くと今まで見渡す限り平地だったところに山が見えてきます。だんだんその山が近づいてきて、天山山脈が進行方向左右に見えてきます。今の季節だと雪山です。
走っていると「ANGREN」の看板が。いよいよアングレンに入りました。
大きな火力発電所があり、山もあることから日本の田舎という感じもします。
幹線道路から曲がって500mくらいでしょうか、墓地がありその先に鉄製のゲートに囲まれた日本人墓地がありました。
すぐ前に線路が走っており、その向こうでは山羊?の世話をしている子供達が。
子供達はすぐに私たちを見つけ寄ってきました。
昔の田舎の子供達という感じであまり言葉は通じないが、「ジャポン」と言ってうれしそうでした。
墓地には鉄製のゲートを開けてはいることができ、見ることができました。
外国によくあるような寝かした墓石がそれぞれの埋葬されているところにあり、草もなく綺麗にされていました。
墓碑には、しっかりと漢字で名前と出身地が彫ってあり土葬で埋葬されているようでした。戦後地域の人や墓参団と現地の方によってきれいに改修されたそうです。
一人ひとりがきちんと埋葬されてあり、地元の人の墓地よりも綺麗になっているようでした。
このような形で埋葬されており、一人ひとりの墓標も漢字で作成されています。
失礼して撮影させていただきました。
しかし、それを見て一番感じたのは、遠い異国の地で亡くなって、埋葬されている。1年に1度か数年に1度、中には親族が一度も墓参に来ていない人もいるのではないか、これから長い年月が経つとその墓碑だけが残って亡くなった方だけが異国の地でずっと眠っている。ということになると思うととても切ない気持ちになりました。
こんな綺麗な慰霊碑も作成されています。
墓碑銘もあります。(クリックすると拡大します)
墓地の前には”たぶん”日本たんぽぽが。
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