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福島は南関東と東北の接点に位置することから要所として,坂上田村麻呂や源頼朝の家来,戦国期は伊達家の牽制(けんせい)を念頭に,上杉,蒲生,丹羽など名門が中央の命令で派遣されていた。
県内の地形は複雑で山が多く,元来は交通不便であったが,東北地方の一番南,東京からは約200キロメートル圏内に位置することから,関東と東北との接続地として重要な地位を占め早くから開けた。
1876(明治9)年,当時の若松県,磐前(いわさき)県,福島県が合併して,今とほぼ同じ福島県が誕生した。面積は13,782平方キロメートルと,北海道,岩手県についで3番目の広さである。人口は,2008(平成20)年10月1日現在で,2,055,496人である。
福島県は南から北へつらなる阿武隈(あぶくま)高地と奥羽(おうう)山脈によって,中通り・会津・浜通りの3つの地方に分けられる。中通り地方は,日本海側と太平洋側気候の中間の気候であり,夏,山間部ではそれほど暑くはないが盆地はかなり蒸し暑い。冬は冷たい風が吹き雪が降る。日本海側気候の会津地方は,夏,山間部は涼しく,盆地は蒸し暑い。冬は豪雪で気温も低い。太平洋側気候の浜通り地方は,梅雨と秋に雨量は多く,夏は海からの風で気温上がらない。冬は,暖かく,雪はほとんど降らない。
●福島県の地域区分
福島県は,浜通り,中通り,会津の3つに分けられる。気候は地形と海流の影響で,会津地方は裏日本型,浜通り地方は表日本型,中通り地方は両地方の特徴をもつ中間型の気候である。
会津地方は会津盆地と会津山間部に分かれ,山間部は寒冷豪雪地域で,交通も極めて不便である。阿武隈山系,奥羽分水山地の間の盆地,中通りは阿武隈川流域に広がる農業地帯であり,交通の便もよく,関東と東北の結節点である。
●県庁所在地−福島市
人口と世帯数(09年3月1日現在)人口294,404人,世帯数112,873世帯。
「反骨精神はもっと古くから伝わってきている」と指摘する。「反中央」という福島の政治風土を持つ。
中央部には信夫山(しのぶやま),東には丘陵状の阿武隈山地,西には磐梯朝日国立公園を擁する吾妻連峰を望む。
●県民性
福島県人というと「頑固」,そして保守的で生真面目なイメージがある。その背景は戊辰戦争での長州への遺恨にある。かつて戊辰戦争で,長州藩の意向で,会津藩士の遺体は埋葬すら許されず,白虎隊は自害を強制されたということから,福島県人は今でも長州(山口県)を許していない。明治維新以降,福島の会津若松市と山口の萩市との間で何度となく和解交渉が行わたが,いまだに和解には至っていない。こうしたことが,福島県人の「頑固」というイメージをより強めている。
なお,幕末には会津(松平・二十八万石),平(安藤・三万百),中村(相馬・六万石),棚倉(戸田・七万石),白川(阿部・十万石),湯長谷(内藤・一万五千石二本松(丹羽・十万石),泉(本多三万石),福島(板倉・三万石),三春(秋田・五万石)と,中藩小藩が入り組んでいた。
加えて,奥羽山脈と阿武隈山脈により地形が東の浜通り,中央部の中通り,西の会津地方と三地域に分断されていた。こうした歴史・地勢が影響して,3地域の気質は異なり,それぞれが独立した地域という感が強い。県の左側部分の「会津」は律儀で頑固一徹だが,筋をとうし情に厚い。郡山など新幹線沿いの県央の福島市や郡山市の「中道り」は好奇心強く,都会的で柔軟な考え方が多い。太平洋岸の「浜道り」は,開放的でおおらかでさっぱりして気っぷがいい関東型に近い。
○喜多方の風土
「会津盆地」は,飯豊山(いいでさん),磐梯山などの連山に囲まれ,古くから人びとが住み着いていた豊かな地域である。山々から盆地に流入した河川は,阿賀野(あがの)川とななり,山峡を縫って北西へ流れ,越後平野を横切り日本海にそそぐ。古来,越後と会津は,阿賀野川とそれに沿う街道によって強くつながっていた(現在も国道49号,磐越西線が通る)。そして,阿賀野川の水運とともに栄えてきたのが商都・喜多方である。
●福島県の食
福島県は,北は宮城・山形,南は茨城・栃木そして西は新潟・群馬と6県に隣接することから,食習慣は多彩である。県内全域で,豆とその加工品は,米・麦に次いで利用頻度が高い。
○凍み豆腐
豆腐を凍らせ,乾燥させてつくる凍み豆腐は,冬場の代表的な保存食として,煮物や鍋物などに欠かせない具材として,家庭の食卓で重宝されている。一般的には高野豆腐や凍り豆腐という名前で親しまれ,凍み豆腐は東北,信州で呼ばれる名称。もともとは750年ほど前,鎌倉時代の初め頃に高野山(和歌山県)の僧房で生み出され,江戸時代に高野山の土産物として全国に広まったとされる。
福島県における凍み豆腐づくりの歴史は,300年ほど前にさかのぼる。かつての信夫郡大森村(現福島市大森)円通寺の住職が高野山で出会った精進料理に感激し,そこに使われていた高野豆腐を持ち帰って福島の気候に合わせてつくり直し,近所の人々に伝えたのが始まりとされている。その後,福島藩主・板倉重寛の御用達として生産されるようになり,福島の地に根づいていく。
やがて大正時代になり,立子山の篤農家である菅野總次郎という人が農閑期の収入源とするために本格的に製法を学び,研究を重ねて立子山の気候風土にあった製法を確立。現在の「立子山の凍豆腐」の礎を築いたのである。
●福島の民芸品
「郷土食」や「伝統工芸品」,全国に誇れる豊かな「自然」と心安らぐ「里山」の魅力を有する。
土湯伝統こけしは,遠刈田,鳴子に並び三大発祥地のひとつ。頭部は比較的小さく,黒の蛇の目模様,胴は,細身でロクロ模様が特徴。
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●会津磐梯山
「会津磐梯山は宝の山よ 笹(ささ)に黄金がなりさがる」。福島県民謡「会津磐梯山」のこの歌詞は,江戸時代の飢饉(ききん)の際に磐梯山のクマザサが大量の実をつけ,人々が飢えをしのいだという言い伝えにちなむ。笹はいうまでもなく竹のこと。一般的に大型のものを竹,小型のものを笹と呼び分ける。
●ランキング−ワースト&ベスト
福島県の面積は,13,782平方キロメートルと,北海道,岩手県についで3番目の広さである。
・農業
福島県の浜通り,中通り,会津の3地方は,それぞれの地形,気候に合ったおいしいお米がつくられている。そのうち,中通り地方は日中は気温が高く夜は低めという,お米を育てる環境に適した気候風土から,全国でも屈指の米どころとして知られる。
・製造業
03年の製造品出荷額は,パソコン,カーステレオといった情報通信機器を主力とし,約5兆2,100億円で全国第19位である。
コメ,サヤインゲンやキュウリ,トマトなどの野菜やモモやナシ,リンゴなどの果物の生産が盛んであり,2003年の農業総生産額は,約2,640億円で全国第10位である。
・心疾患の死亡率
厚生労働省の「04年心疾患,脳血管疾患死亡統計」によると,都道府県別心疾患の死亡率(人口10万人あたりの死亡数)では,男性は上位5位以内に青森,岩手,福島の3県が入った。東北地方の高さが目立つ。
・日本三大虚空蔵尊
1200年の歴史をもつ会津を代表する名刹, 福満虚空蔵尊(霊厳山・圓蔵寺)。言い伝えによれば, 唐の高僧から霊木を授かった弘法大師が 帰国後それを三つに分かち海に投げ入れたところ,
茨城,千葉そして柳津に流れ着いたといわれる。 流れ着いた霊木で大師が虚空蔵菩薩を刻み, それを受けた会津の僧・徳一大師が 圓蔵寺を開創したと伝えられる。
このいわれから,福満虚空蔵尊は 茨城県東海村の大満虚空蔵尊, 千葉県天津小湊町の能満虚空蔵尊と共に 日本三大虚空蔵尊の一つに数えられている。
・会津若松
歴史にはぐくまれた会津若松市は,様々な土地とのつながり(ゆかり)があります。
http://www.city.minamiuonuma.niigata.jp/ 上杉景勝,直江 兼続 南魚沼市
http://www.city.kumamoto.kumamoto.jp/ 秋月胤永 熊本市
http://www.city.futtsu.chiba.jp/top.html 会津藩江戸湾警備地,戊辰戦争・会津戦争
富津市 |